近年,シーケンス技術の革新を背景として,がんの治療戦略は大きく変貌を遂げつつある.Renard Dulbecco教授が,“A turning point in cancer research:Sequencing the human genome”1)と題してがん研究を展望した1986年当時にはほとんど夢物語としか思えなかったがんゲノムの全塩基配列の解読は,大量並列シーケンス技術による次世代シーケンサの開発によって,今世紀の初頭にはすでに実現され,米国のがんゲノム計画(The Cancer Genome Atlas:TCGA)あるいは国際協調研究(International Cancer Genome Consortium:ICGC)を通じて,大規模ながんゲノムシーケンス解析が行われた結果,今やほとんどの主要ながん種について,その発症に関わる主要な遺伝子・ゲノムの異常が明らかにされている.一方,こうした網羅的ながんゲノムシーケンスによって新たに同定された異常を標的とした分子標的薬の開発が進むとともに,臨床シーケンスを通じたゲノム異常の同定と,これに基づいた分子標的薬の使用,病系分類や予後予測技術も年々,普及しつつある.わが国においても,2019年6月1日をもって,がんのパネルシーケンスが保険収載されたことは記憶に新しい. がんはゲノムの異常に起因する疾患である.がんゲノムの異常を理解することは,がんの病態と治療戦略を考えるうえで不可欠であることは論をまたない.次世代シーケンスのスループットは年々加速しており,これに伴うシーケンスコストの低下を背景として,がんゲノム異常の知見に基づいた医療はますます加速することは明らかである. 本特集では,こうしたがんゲノム医療の展開を踏まえて,がんゲノム研究・がんゲノム医療の第一線で活躍されておられる専門家の方々に,近年のがんゲノム研究の最新の成果と,がんゲノム医療の現状について解説をいただいた.本特集がわが国でがんの研究・医療に携わる方々のがんゲノム医療の最新の知見の理解の一助となれば幸いである. 文献 1)R Dulbecco. Science 1986;231:1055-6.