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122巻6号 2013年5月25日 p.653-654
 脂質異常症UPDATE2013  
オーバービュー
東京慈恵会医科大学内科/附属柏病院総合診療部
多田紀夫
 
臨床栄養学の軌跡  
 文久元年(1861)9月,オランダ軍医ポンぺの進言により長崎養生所が開設されてから150年余が経過した.長崎養生所には市中の患者も多く入院し,入院患者のための食事,いわゆる病院食が供給された.長崎養生所に併設された医学所の初代頭取となった松本良順は元治元年(1864)食品成分表を発表し,疾病予防,治療を目的とし,食品に含まれている栄養成分の調整によって食事の内容が語られるようになった.それまでの「体質とそれぞれの食品の効用」を重んじる考えから,食品中の栄養素の割合,栄養成分の量を重視する考え方に変遷した.わが国の食品栄養学の実践がここにはじまったわけである.長崎養生所での病院給食の調理室は洋式,和式の2つあり,それぞれ別個に調理されたようである.当時は日本人の食事摂取時間は生活習慣上定まっておらず,その調整に苦労したことなど,そのころの興味深いエピソードもある.
 明治に入り,折からの富国強兵のスローガンのもと国民の体力増強を目的とした軍発の調理講習会が開かれたりした.こうした,食養概念の広がりのなかで,わが国が世界に誇れる「金字塔」ともいえるものの1つが「脚気病へのアプローチ」であろう.英国水兵が脚気に陥りがたく,わが国の水兵が脚気に陥りやすいことに目をつけた東京慈恵会医科大学学祖である高木兼寛男爵は,食事内容にその原因があると考えた.そこで疫学的手法を用い,この推論を実証に導いたわけである.折しも練習艦「龍驤」で376名の乗員数のうち169名が重症脚気に陥り,25名の死者が出た事件が明治16年(1883)に勃発した.当時の高木は海軍医務局長として八方に手を尽くし,「艦船営下士以下食糧給与概則」の実施により兵食の金給制度が廃止され食料の現物給与制度がはじまったのを機に,龍驤艦と同じコースを辿らすよう航路変更された練習艦「筑波」では大麦,大豆,牛肉を食材とした洋食(白米を減らしてたんぱく質を多くした食糧)が試験的に供された.その結果として,練習艦「龍驤」とほぼ同じ日数,同じ航路の運航で,333名の乗員数のうち脚気の延患者数は16名に過ぎず,死者は0名であった.しかも,ここでの脚気発症者のうち数名は洋食摂取を拒絶したものであった.こうした事実を目の当たりにしたにもかかわらず,食様式はすぐには変えがたく,水兵において洋食の受け入れは不評であり,海へのパンの投げ捨ても相当あったとのことである.パン食が麦飯に代わったことや,実際に脚気罹病者が劇的に減少した事実の浸透から,食事内容の変化は少しずつ受け入れられ,陸軍においても明治38年(1905)には麦飯の有用性が認識されてきたようである.このように脚気が食物の偏りにより発症する事実は捉えられても,高木の発表した脚気がたんぱく質/炭水化物の比率に関連して発症するとの説には反論も多く,この理解はビタミンBの発見を待たざるをえなかったのである.……(雑誌本文は続きます)
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脂質異常症UPDATE 2013
122巻6号 2013年5月25日
月刊(B5判,228頁)
発行時参考価格 2,700円
注文コード:740820
雑誌コード:09320-05
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