医歯薬出版のページサイトマップ
医学のあゆみTOP最新号通常号第1土曜特集号第5土曜特集号バックナンバー年間定期購読
ホーム雑誌一覧医学のあゆみ273巻2号 > 論文詳細
糖尿病とスティグマ−Cure,CareからSalvation(救済)へ
273巻2号 2020年4月11日 p.141-143
AYUMI 糖尿病とスティグマ――Cure,CareからSalvation(救済)へ はじめに――日本の糖尿病医療がスティグマにどう関わっているか 清野裕
 糖尿病のスティグマとは
 近年の糖尿病医療の飛躍的な進歩に伴い,糖尿病の治療目標は,“いかに血糖値を下げるか”から“糖尿病合併症をいかに抑制するか”へと変遷してきた.そして現在,糖尿病患者の平均余命は糖尿病ではない人と比較しても大差がない1).このことは糖尿病医療の偉大な功績と考えてよいが,今後の課題としては,糖尿病患者に真の幸福を届けることであろう.そのためには,糖尿病患者が糖尿病とともに歩む人生のなかでごく普通の生活を送り,幸せな人生を全うできることにある.しかし現在でもさまざまな障壁があり,そのひとつに“スティグマ”があげられる.
 “スティグマ(stigma)”とは一般に“恥・不信用のしるし,不名誉な烙印”を意味し,ある特定の属性に所属する人に対して否定的な価値を付与することである.スティグマを受けた者は社会的アイデンティティを不当に侵害され,社会的にも個人的にも不利益を被ることになる2).糖尿病患者は,世間では糖尿病を発症したことや治療が成功しないのは本人の自己責任能力の欠如によるなどと誤った判断が下されることがあり,さらに糖尿病があると寿命が10 年短くなる,さまざまな合併症を引き起こすなど,ことさら疾患のマイナスイメージを煽る情報があふれている.糖尿病のスティグマにより,糖尿病患者は就職,就労範囲,結婚,生命保険や住宅ローンの審査など,社会生活をおくるうえで明らかに不利益を覆っている.糖尿病という診断がまさに烙印となり,その瞬間に一般社会から隔絶され,場合によっては友人や家族からも本人の人格にまで言及されるような事態になり,患者は大きな恥辱や疎外感を感じることになる(図1).
 さらに,もし糖尿病のスティグマ形成に,医療従事者,とくに糖尿病治療や療養指導に携わる医療者が深く関わっていることがあれば,看過できぬ事態である.糖尿病治療の目標が達成されないことを患者の自己管理の低下のせいにすることや,エビデンスの低い治療や療養指導,患者本人が実行不可能な生活習慣の是正を求めること,逆に患者の自己管理能力を低く見積もって治療計画を立てることも,医療従事者の糖尿病患者へのスティグマに起因すると考えられる.医療従事者がこのような態度を示す場合,患者は治療を継続することを拒否して治療中断するか,多くのストレスを抱えながら治療継続を強いられる,治療計画へのアドヒアランスが低下する,医療従事者とのコミュニケーションが不足することになり,適切な治療関係とは程遠い状態に陥ることになる.

なぜ糖尿病のスティグマが生まれるのか
 このような糖尿病のスティグマは高血圧,脂質異常症,高尿酸血症といった糖尿病以外の生活習慣病患者ではあまりみられないほど強力に社会に浸透している.海外においても,糖尿病が“blameand shame disease”であると思うというような質的研究の報告はみられるが3),日本における糖尿病のスティグマの形成には独自の背景が含まれているように思われる.
 日本において,糖尿病は1960〜70 年代の高度成長期に患者数が100 万人を突破するなど,一気に増加した.当時の医療環境では,がんは“死ぬ病”とみなされており,結核は“不治の病”として数年間の転地療養を余儀なくされていた.一方,糖尿病はもうひとつの“不治の病”とされ,こちらは病院での療養入院が必要とされた.この時代の糖尿病治療は治療手段が限られているため,厳しい食事制限が課され,尿糖の陰性化が得られなければ,使用できる薬剤はスルホニル尿素(SU)薬とインスリンのみであった.しかし,インスリン自己注射は当時,わが国では違法行為(合法化は1981年)であり,1日数回,医療機関でインスリン注射を受ける以外はこっそりと実施せざるを得ず,インスリンを自費購入し,注射器具や注射針を自宅で煮沸消毒して実施することを余儀なくされた.治療の継続には膨大な患者の肉体的・精神的・経済的負担が必要であった.血糖測定もルーチン化されておらず,尿糖での判定が一般的であったため,治療を行っても低血糖や高血糖による昏睡が頻発した.その結果,網膜症による失明や腎不全による死亡が後を絶たなかった.加えて当時,自己注射するものは麻薬とインスリンであったため,世間からは「なんの注射をしているのか」と疑いの目を向けられることが多く,糖尿病患者が病気そのものを隠さざるを得ない状況に追い込まれたことは想像に難くない.このような時期に,“糖尿病は悲惨な病気”という社会のイメージが定着したと推測される.
 現在,糖尿病をめぐる医療環境は飛躍的に進歩しており,糖尿病があっても社会で活躍できる時代となっているが,おそらく社会のイメージは以前のままで固定されており,このことが現在の糖尿病患者に大きな不利益をもたらしている.現在の糖尿病医療に携わる者として,われわれはこのような誤解や偏見を払拭する義務があると考える.

“糖尿病”の病名―スティグマの一因か?
 日本における糖尿病のスティグマの要因のひとつに,“糖尿病”という病名が深く関与している可能性が高いと思われる.糖尿病の病名の歴史を簡単に振り返ると,紀元2世紀にカッパドキアのアレテウスにより“diabetes(サイフォン,溢れ出すの意味)”と命名されたことが起源とされている.そして18世紀に,William Cullenによって尿崩症と区別するために“diabetes mellitus(蜂蜜のよう)”と名づけられ,西洋圏の糖尿病の語源となっている.日本では,古来より中国の文献を参考に“消渇”とよばれていたが,1857年に発刊された緒方洪庵による『扶氏経験遺訓』によると,ラテン語のdiabetesをオランダ語でpisvloedと訳し,これを日本語で“尿崩”と翻訳(pis=尿,vloed=洪水)された.1872年の『内科摘要』では,尿崩症との区別から“蜜尿病”と記載された.両疾患の鑑別において尿中の糖分を検出することが重要であることから,“糖尿病”という病名が派生し,一時は“蜜尿病”と“糖尿病”が混在していた.1907年の第4回日本内科学会講演会にて“糖尿病”と統一された4)
 このように歴史的な背景から,医学界では“糖尿病”という病名が定着してきたが,一般的には,排泄物の名前がついた病名を宣告されることによい印象を持たれないことは想像に難くない.西洋圏ではdiabetesというラテン語(外来語)がそのまま病名となっており,すくなくとも病名からは否定的な印象は受けないようである.もし“糖尿病”という病名が糖尿病のスティグマに一役買っているようであるならば,病名の変更についても今後検討の余地があるかもしれない.

糖尿病のスティグマのない社会へ―アドボカシーの重要性
 糖尿病のスティグマのない社会をめざして,とくに糖尿病医療に専門的に携わる医療従事者は,通常診療のみならず,糖尿病患者が社会のなかでおかれている現状を認識し,患者に寄り添った立場から広く社会に訴えかけ,患者の権利を擁護する活動を起こす必要がある.このような活動を“アドボカシー(advocacy)”とよび,海外では積極的な活動が展開されている.アメリカ糖尿病協会(ADA)では,組織内にMedicine and Science部門,Health care部門,Education部門のほかに,Advocacy部門が設けられており,それぞれにpresidentが就任し,平等な予算配分と独自の活動を行っている.患者の権利擁護,インスリンの経済的負担の軽減を政府に進言するなどのアドボカシー活動を行い,実績をあげている5)
 日本においては,臨床・研究・教育に関しては以前より欧米に比肩する活発な活動が行われていたが,アドボカシー活動については十分とはいえなかった.そこで2019年11月,日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は,糖尿病患者が疾患を理由に不利益を被ることなく,治療の継続により糖尿病のない人と変わらない生活を送ることができる社会環境を構築することを目標として,両団体合同でアドボカシー委員会を設立した.今後,この分野における調査・研究を実施し,エビデンスを集積することにより,社会の意識や仕組みを変革する活動に取り組んでいく予定である.糖尿病があっても安心して生活を楽しめる社会形成をめざす活動を通して,糖尿病のスティグマの解消に寄与していきたい.そのためにはむしろ,社会や企業が糖尿病についての現状を正しく理解できるような啓発活動が必要と考えている.
本誌を購入 特集TOPへ戻る
週刊「医学のあゆみ」のご注文
糖尿病とスティグマ
273巻2号 2020年4月11日
週刊(B5判,70頁)
定価 1,430円(本体 1,300円+税10%)
注文コード:927302
雑誌コード:20472-4/11
買い物カゴへ追加
買い物カゴを見る
お問い合わせ 会社案内 About us リンクについて オンラインショップの返品について
当サイトはリンクフリーです。ご自由にリンクしてください.
Copyright (C) 2020 Ishiyaku Pub,Inc.