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ひきこもりからみた思春期の精神医療
250巻4号 2014年7月26日 p.243-248
AYUMI ひきこもりからみた思春期の精神医療 ひきこもりと精神医療・総論 斎藤環
 ■現状と定義
 「ひきこもり」とは,不登校や就労の失敗などをきっかけに,しばしば何年間もの長期にわたって自宅閉居を続ける青少年を指す言葉である.近年では海外でも“hikikomori”として広く知られつつある.2010 年に内閣府が発表した調査研究によれば,日本国内には約69 万6 千人のひきこもりがいるとされている.
 冒頭でも述べたとおり,「ひきこもり」は臨床単位や診断名ではなく,ひとつの状態像を意味する言葉である.厚労省研究班の定義では,@6 カ月以上社会参加していない,A非精神病性の現象である,B外出していても対人関係がない場合はひきこもりと考える,とされている.
 ひきこもりに至る原因は多様である.きっかけとしては,成績の低下や受験の失敗,いじめなど,さまざまな挫折体験からはじまることも多いが,原因やきっかけがはっきりしない場合も少なくない.
 ひきこもり状態に随伴する精神症状や問題行動があれば,治療的支援の対象となる.しばしば未治療の「発達障害」や「統合失調症」が潜んでいる場合があり,ときに専門家による鑑別診断も必要となる.
 現在,筆者が治療者として関わっているひきこもり事例の平均年齢は,すでに32.6 歳と,著しい高年齢化傾向を示している.その原因の一つが,ひきこもり状態の長期化しやすさである.
 数年以上のひきこもり状態から社会参加を果たしたケースの多くに共通するのは,社会への導き手として,家族以外の「理解ある第三者」の介入がなされていることである.この第三者には医療関係者も含まれるが,支援団体のスタッフや,友人,恩師といった人々の存在も,ひきこもりからの回復においては,きわめて大きな意味を持つ.
 本特集においては,幸いなことに,ひきこもりの治療や支援活動において筆者が篤く信頼する方々にご協力いただけた.各論についてはそれぞれの論文を参照されたい.この総論では,ひきこもりを巡る最近の重要なトピックについて簡単にふれておく.
 
■高年齢化の問題
 現在,ひきこもりに関連して,もっとも深刻な問題と考えられるのが,「ひきこもりの高年齢化」である.
 厚労省の研究班の一員として,筆者は勤務先の精神科病院で治療中であったひきこもり事例の統計的な特徴を調査した.その結果明らかになったことは,著しい高年齢化傾向であった.
 初診時の平均年齢は27.3 歳であり,筆者自身が行った1989 年の調査時点より7.7 歳上昇していた.さらに現在年齢では32.6 歳と,10.8 歳もの上昇が認められた.
 こうした高年齢化の背景には,少なくとも二つの要因が考えられる.一つは初発年齢の上昇である.最初にひきこもりが起こった年齢が,1989 年の時点では15.5 歳だったが,今回の調査では20.3 歳と,4.8 歳上昇していた.これは,かつてのひきこもりの多くが不登校からはじまることが多かったのに対して,近年はいったん就労した後に退職して,そこからひきこもりはじめる事例が増加したことが大きく影響しているものと考えられる.
 今ひとつの要因は,ひきこもり状態がきわめて長期化しやすいという事実である.ひきこもり期間が数年間以上に及んだ事例が,外部からの支援や治療といった介入なしに,自力で社会参加を果たすことはきわめて困難である.このためひきこもり期間が10 年,20年といった長期に及ぶ事例が珍しくない.高年齢化の背景には,こうした加齢という要因が深く関与している.
 いまやひきこもりの問題は,思春期・青年期特有の問題ではなくなりつつある.いうまでもなく当事者の高年齢化は,その生活を支える親世代の高齢化と並行して進む.今後のひきこもり支援や治療においては,「親亡き後」を視野に入れたライフプランをいかに設計するか,という視点が不可欠になるであろう.

■「社会的排除」の視点
 ひきこもりは日本固有の問題と考えられがちであり,ときとして日本人論と結びつけて論じられることがある.しかし,ひきこもり問題は決して日本に固有のものではない.少なくとも韓国には,およそ30 万人のひきこもりがいると推定されており,筆者は個人的に,イタリアやスウェーデンなどからも相談のメールを受けることがある.
 筆者はここで,ひきこもりを個人の不適応という視点ばかりではなく,「社会的排除」,すなわち社会から居場所を奪われた存在としてとらえてみることを提案したい.
 例えば,イギリスには25 歳以下のホームレスが25 万人いると報告されている(2006 年11 月14 日付BBC ニュース http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6134920.stm).また,アメリカに至っては50 万人から170 万人の間と推計されている(“Homelessness Among U.S. Youth” http://www.tapartnership.org/docs/3181−YouthHomelessnessBrief.pdf).一方日本におけるホームレス人口は,全年齢を含めても1 万人に届かないと推定されている.
 筆者の考えでは,「ひきこもり」とは,「若年ホームレス」などと同様に,青少年が社会から疎外されていく形式の一つである.社会から排除された青年たちの居場所は,「家の中」か「路上」のいずれかしかない.いずれになるかについては,社会文化的な影響が大きいと考えられる.
 例えば,個人主義的な文化が優位な地域(アメリカ,イギリスなど)では若年ホームレスが,家族主義的(同居主義)な文化が優位な地域(日本,韓国など)ではひきこもりが増える傾向にあると考えられるが,この差異については,引き続きデモグラフィックな検証を進めたい.
 いずれにせよ,ひきこもりをホームレスと同様に社会的排除という文脈で考えることは,この問題を医療に限定されない包括的支援の対象と考える上でも重要な視点であると考えられる.
 
■診断的問題
 先にもふれた厚生労働省の研究班は,2010 年5 月に「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」を発表した.この調査結果について,当時の報道資料から引用してみる.
 「研究班が184 人の引きこもりの人を分析した結果,149 人は精神障害と診断されていたことが判明.そのうち統合失調症などで投薬治療を必要としたり,発達障害などで福祉サービスを必要としたりする人がいずれも3 分の1 程度を占めた」(2010 年5 月19 日付 朝日新聞Web 版).
 この報道の元となった近藤直司らによる精神保健福祉センターのひきこもり相談における研究では,当事者と面談可能だった事例の大半に精神障害の診断が可能であることが示された.
 ここでひきこもりと関連の深い精神障害の主なものとしては,広汎性発達障害,強迫性障害を含む不安障害,身体表現性障害,適応障害,パーソナリティ障害,統合失調症などが挙げられている.統合失調症は定義上,除外することになっているが,それでも未診断の統合失調症事例が潜在している可能性を排除しない,という意味である.
 この視点はきわめて重要である.「ひきこもり」を臨床単位にすることが困難である理由として,それがもともと非特異的な精神症状の一つであるということのほかに,次の2 点が考えられるためである.
 @ ひきこもり状態から二次的にさまざまな精神症状が生じうること.
 A ひきこもり状態が潜在する基礎疾患のカムフラージュとなっている可能性があること.
 実際に治療を開始したのちに統合失調症を発症したり,人格障害や発達障害の存在が明らかになったりすることもありうる.つまり,ひきこもり状態は,それ自体が病因的に作用する働きと,症状の顕在化を抑える働きの双方を可能にするのである.
 とりわけ鑑別において重要な疾患は,統合失調症と発達障害である.
 他の疾患であれば,たとえ誤診であっても,治療方針が大きく食い違って転帰に影響する可能性は少ない.しかし,この2 つの疾患に関しては,誤診による治療方針のずれが,医原性の問題をもたらす可能性が少なくない.それゆえ治療初期に,慎重な鑑別診断を行うことはきわめて重要である.以下,それぞれについて具体的に述べておく.
 
■統合失調症との鑑別
 筆者の経験からも,非精神病性のひきこもり状態が,単にひきこもっているという「症状」ゆえに統合失調症と誤診されたと思われる事例が少なくない.
 とりわけ破瓜型など寡症状性の統合失調症の発症経過は,みかけ上ひきこもり事例に共通する点が多い.ほかにもひきこもり状態は「自閉」や「自発性の減退」に,独りごとや思い出し笑いは「独語」や「空笑」に,家庭内暴力は「精神運動興奮」に,妄想様観念は「真性妄想」と誤診されやすい.
 患者の礼容や対話の疎通性が保たれていることは重要な鑑別点であるが,このほかにも,ひきこもり状態では幻聴はほぼみられないこと,「メディアを巻き込んだ妄想」は少ないこと,思考伝播,思考吹入といった思考障害はみられないこと,などが挙げられる.もちろん薬物治療への反応も含めた経過観察にもとづいて鑑別診断の視点を維持することも重要である.
 特に注意しておきたいのは,ひきこもり事例では,被害妄想的な訴えが少なくないことである.その訴えが「妄想様観念」か「一次妄想」であるかを鑑別することがしばしば困難である.
 たとえば「隣近所の住民が自分の悪口を言っている」という訴えだけでは,いずれか判断できない.長くひきこもった生活をしている人がそうした疑念や確信を抱くことは自然なことであり,いわば発生的了解が可能である.しかし「テレビやラジオが自分の悪口を放送している」といった訴えになると発生的了解は困難になり,一次妄想である可能性が高まる.
 ただし,非精神病性のひきこもり事例では,こうした妄想様観念はありえても,幻聴は生じない.まれにいじめ被害を体験した事例で,「聴覚性フラッシュバック」がみられることはあるが,匿名性が高い幻聴に比べ,フラッシュバックの場合は「誰が何と言っているか」がはっきりしていて,薬物治療が無効であることが多い点などは鑑別上の参考になるであろう.
 
■発達障害との鑑別
 近年,ひきこもり事例の中に,成人の発達障害の事例が含まれている可能性が指摘されている.発達障害には自閉症スペクトラム障害やADHD が含まれるが,ひきこもりが問題になりやすいのは主として自閉症スペクトラム障害のほうである.厚労省の研究班による調査では「ひきこもり事例の約三割が発達障害」とされているが,筆者が個人的にカウントした範囲では,多めに見積もって全体の一割前後であった.
 このように,発達障害に関しては,医師による診断のばらつきが大きい.この診断を広く取る医師が,「対人関係の障害(社会性の障害)・コミュニケーションの障害(言語機能の発達障害)・イマジネーションの障害(こだわり行動と興味の偏り,固執性)」といった自閉症の症状を,多くのひきこもり事例に見て取ることも十分にありうる.
 筆者は現病歴や心理検査の結果のみならず,生育歴の詳細な聴取や,治療に対する反応を十分に確認することなしに,発達障害の診断を下さないようにしている.また,本人がその診断を受け容れることで少しでも「生きやすく」なることも重要である.成人の発達障害の診断においては,それが単なるレッテル張り以上の意味を持つためにも,その診断が本人にとっていかなる利益をもたらすかを第一に考える必要があるであろう.
 
■治療的支援の考え方
 ひきこもり問題への治療的支援を,図1 のフローチャートに示す.
 一般にひきこもりを治療的に支援する場合,その過程には,@家族相談,A個人療法,B集団適応支援の3 段階がある.厚労省のガイドラインでは,これに就労支援の段階が加わる.本稿では紙幅の関係で,それぞれについては詳述しない.
 新潟市の精神科病院「佐潟荘」にてひきこもり外来を開設した中垣内正和は,ひきこもり治療における依存症モデルを提唱している.事実,ひきこもりがこじれていく過程,あるいは有効や治療や支援のあり方において依存症との共通点は少なくない.また依存症モデルの導入は,事例経験が少ない精神科医にとっても,ひきこもりへの理解と治療への参加を促す効果が期待できる.
 以下,「依存症としてのひきこもり」について検討してみよう.
 まず,ひきこもり事例では依存症と同様に,「否認」の病理が基本にあるという点が挙げられる.当事者はひきこもっている事実を「自分はひきこもりではない」と直接に否認したり,「その気になれば抜け出せる」と過小評価する傾向がある.これはアルコール依存症の患者が酒害を否定したり軽く見積もったりする態度と同様の問題である.
 また,家族との関係においては共依存的になりやすいという点も良く似ている.当事者は経済的のみならず心情的にも両親に依存しており,両親,とりわけ母親の側も「ダメな我が子の面倒をみる母親」という役割に依存しているため,問題意識を持つことが難しい.このため医療機関への受診行動も遅れがちになるのである.
 また,暴力や他の依存症(インターネット依存など)を合併しやすい点も共通している.
 治療面においては,家族会や自助グループの利用が有意義である点などが良く似ている.ただ,ひきこもりの場合は,就労支援など社会性の改善それ自体が治療に繋がりやすい傾向がある.それゆえ,治療や支援に結びつきさえすれば,依存症の事例などより対応上の困難が少なく,成果も上げやすいと考えられる.
 
■おわりに
 ひきこもりへの支援ないし治療は,決して強要されるべきものではなく,常に当事者の意志を確認しつつ,合意に基づいてなされなければならない.また,閉じた自己完結的な治療構造は,ひきこもりの治療においては不適切であると筆者は考えている.ひきこもり支援のためには,複数の専門家間の柔軟で緩やかな支援ネットワークを充実させる必要がある.医療はあくまでも,その一端を担うに過ぎないが,きわめて有力な支援手段であることを述べて締めくくりとしたい.
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