やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 骨格筋は,身体を動かす“運動器“であると同時に,エネルギー代謝を担う“代謝臓器”として知られてきた.さらに近年,筋収縮に応じてさまざまな生理活性物質を分泌し,脳,内臓,脂肪組織,骨,免疫系など全身の臓器と情報を交わす“分泌臓器”としても認知されるようになった.
 その中心的な役割を担うのが,骨格筋由来のサイトカイン・ペプチドなどのマイオカインである.マイオカインを介した骨格筋と全身の臓器連関は,肥満やメタボリックシンドロームをはじめとする生活習慣病,サルコペニアやフレイル,スポーツパフォーマンスなどを理解するうえで重要な視点となり,健康,エイジング,スポーツ,食・栄養など幅広い領域にかかわっている.
 このような骨格筋の新しい位置付けは,単に筋を維持・増強するだけでなく,その機能を適切に保ち,ライフステージに応じた全身の健康につなげていくことの重要性を示している.食・栄養と運動による筋への働きかけは,そのための手段となる.
 本書では,骨格筋と全身のコミュニケーションを,とくに食・栄養とMuscle Healthの観点からとらえる.
 Part1では,筋の“第3の働き”としてのマイオカイン分泌と,サルコペニア概念の現状を概説する.Part2では,マイオカインが全身臓器の恒常性や,慢性炎症,がんなど疾患に及ぼす作用について,最新の知見をもとに紹介する.Part3では,Muscle Healthを高める具体的なアプローチについて,食・栄養と運動の両面から考察する.Part4では,さまざまな刺激・介入,研究モデル,社会実装など,多彩な切り口からマイオカイン研究の広がりを紹介する.
 骨格筋と全身の臓器連関を多面的にとらえることを念頭に,各分野の執筆者にこれまでの知見と最新の研究を踏まえて紹介いただいた.
 本書を通じて,骨格筋を全身の健康を支える重要な臓器としてとらえ直し,食・栄養と運動によって筋の機能を高め,全身の臓器連関を整えるという新たな視点を提示したい.
 2026年9月
 京都府立大学大学院生命環境科学研究科 栄養科学
 青井 渉
 東京科学大学 リベラルアーツ研究教育院
 佐久間邦弘
 序文(青井 渉・佐久間邦弘)
Part 1 筋肉と全身のコミュニケーション
  筋肉の第3の働き―マイオカインの分泌(青井 渉)
  サルコペニアの概念up to date-全身臓器へのベネフィット(佐久間邦弘)
Part 2 マイオカインの働きと恒常性・疾患との関連
  脳・神経におけるマイオカインの働き―外側視床下部のNAD+代謝とサルコペニアの関係性(伊藤尚基・江口貴大)
  血管・心臓におけるマイオカインの働き(大内乗有)
  筋肥大と筋萎縮におけるマイオカインの働き(浜田拳仲・佐久間邦弘)
  骨におけるマイオカインの働き(河尾直之・梶 博史)
  代謝におけるマイオカインの働き(羽田幹子・岩部真人)
  肝臓におけるマイオカインの働き(宮﨑照雄)
  肺におけるマイオカインの働き―運動と呼吸器疾患をつなぐ筋由来因子PEDF(津島博道・杉本昌隆)
  マイオカインの働きと慢性炎症の予防(榎木裕紀)
  マイオカインの働きとがんの予防(青井 渉)
  マイオカインの働きと皮膚老化の予防(白土真紀)
Part 3 Muscle Healthを高める食・栄養と運動
  Muscle Health総論(吉村芳弘)
  筋腸相関によるMuscle Health(青井 渉)
 食・栄養
  Muscle Healthを高めるエネルギーを中心とした個別化栄養サポート(川瀨文哉・山田陽介)
  ビタミンDとMuscle Health―2つの作用点による筋恒常性の維持(細山 徹)
  カロテノイドとMuscle Health(山地亮一)
  Muscle Health向上のためのたんぱく質と新たな食品機能の可能性(森 博康)
  発酵食品とMuscle Health(岩佐真代)
  ケトン食が骨格筋に与える作用―その特異性と交絡要因(中里浩一・鴻﨑香里奈)
  望ましい食習慣と避けたい食習慣とは(清水宗茂)
 運動
  運動不足のリスクと筋肉の意義,筋トレの価値の大転換(渡邊裕也)
  座りっぱなしからの脱却―座位行動ブレイクの重要性(柴田 愛)
  望ましい運動の強度とは―オープンウィンドウとJカーブ(谷村祐子)
  望ましい運動のタイミングとは―時間栄養学と時間運動学(髙橋将記・渡部裕登)
  質・量ともに“いい筋肉”のための運動と栄養のバランス―運動栄養学からの提言(安田 純)
  年齢・ライフステージと運動の効果―内分泌代謝系の加齢性変化との関連(高橋路子・高橋 裕)
Part 4 TOPICS
  咀嚼によるマイオカインの分泌促進(加藤千帆・小野卓史)
  暑熱依存的なマイオカインの発現制御(根建 拓)
  神経筋電気刺激(EMS)によるマイオカイン発現に有効な周波数帯(西川裕一)
  筋収縮と「Exercise Mimetic(運動模倣薬)」の設計図(沼澤 瞭)
  鍼と骨格筋・マイオカイン(小峰昇一)
  魚類研究からみる筋肉特性(長阪玲子)
  マイオカイン研究の社会実装における筋トレ普及・啓発の実践―運動未経験の中高齢者に対する「翻訳」の役割と実践事例(小俣 惠)