まえがき
近年の歯科医学は,口腔に発生する各種疾病の予防に多大な精力を注ぐに至っているが,これを完璧なものとするには疾患それぞれの原因と病状を把握し,さらにその治療と転帰を確実に理解しておくことが求められる.そのためにも基礎歯科学の修得はきわめて大切であり,口腔諸組織・器官の発生を含む構造と機能の理解なくして予防の実践はありえない.
歯科学は,歯そのものを中軸として構成されている学問であることはいうまでもないが,これまでは解剖学,病理学などの形態系基礎学科,あるいは生化学,生理学などの機能系基礎学科がそれぞれ独立して講義され,その教科書も独自に出版されてきた.一方,大学設置基準の大綱化とともに,項目ごとに各教科間で相互的関連をもたせた,言い換えれば横割りの教育の重要性が指摘されるに至った.しかし,学生に基本的な知識を関連領域とともに十分に履修させることは容易ではない.たまたま,筆者のひとり柳澤が所属する大学の機構改革によって,組織学,口腔組織学,そして口腔病理学のうちの歯牙疾患を一貫して講義するようになり,これに見合う参考図書を捜したが,満足するものが見当たらなかった.
そこで,歯の発生学ならびにその構造と病変を一冊の本にまとめてみようということになり,平成6年秋の第1回編集会議にて以下のような編集の基本方針が確認された.すなわち,本書は,第I編を「歯の発生」,第II編を「歯の組織」,第III編を「歯の病変」とし,各編とも平成6年に改定された歯学教授要項に定められた範囲を収録するとともに,歯科医師国家試験出題基準による領域を網羅するよう努めること.基本となる事項を簡潔明瞭に解説し,重要な推論以外は定説を中心に記述すること.乳歯と永久歯の比較および増齢変化を加えること.各編にわたる相互的な関連を明確にすること.日本語と英語を対比した索引を付すこと.などである.研究者を対象とした専門書でなく,あくまでも歯学生の良き参考図書となるよう心がけることを根底においたことはいうまでもない.したがって,低学年の学生諸君には講義や日常の勉学に,あるいは試験の準備に活用し,高学年の諸君には臨床実習に際しもう一度本書を読み返し,歯というものを十分に理解してくれることを願っている.さらに歯に興味をもつ関連学部・学科の多くの学生諸君にも役立ててもらえることを期待している.
多くの歯科大学・歯学部では今,カリキュラムの改定が行われているので,これが一段落した時点で補足すべき項目などについて再度検討するつもりでいる.歯に関する生化学,生理学,あるいは微生物学や免疫学など,機能系学科の内容を追加して充実させることが必要となるかもしれない.こうなると本書は,<歯・基礎編>というべきであろう.さらに保存修復学,補綴学とそれらのための歯科薬理学,歯科理工学などを含むようになれば,それは<歯・臨床編>へと発展する可能性も秘めている.
今回,口腔組織学と口腔病理学のわずか2教科間ではあるが,歯そのものについて横の繋がりをもって一冊の本にまとめることができた.もとより完全とはいえないが,先輩の方々からご叱正をいただいてより良い書とし,本邦における歯に関する基本図書のひとつとして本書が迎えられることを願っている.
平成7年(1995年)8月
著者一同
追記
各編・章の執筆者
第I編 歯の発生:山本茂久
第II編 歯の組織:明坂年隆
第III編 歯の病変 第1章~第5章:柳澤孝彰
第6章,第7章:澤田 隆
序章
最初に認められる歯の発生の兆は,口腔粘膜上皮の増殖肥厚であり,それは主として口腔上皮内における変化である.その後,上皮下の結合組織中に形成された顎骨内部では,歯の発生および形成がしだいに進行する.ある一定の時期に至ると,歯冠が完成し,歯根の形成が開始する.歯の萌出に伴い,歯は口腔内に向かって移動し,口腔粘膜上皮を貫通して,エナメル質だけが口腔内に出現する.咬合機能を営むようになると,それに対応するために歯および歯周組織に変化が生じる.歯の個体発生の過程は,どの歯種についても,まったく同一と考えられている.
歯の構造を正しく理解するためには,完成した歯についての知識だけでは必ずしも十分とはいえない.したがって,歯の発生およびその発育過程で種々の組織構造がどのようにして形成され,さらに変化していくかを学ぶことは,正常構造あるいは病的変化を考え,理解するための基礎であり,欠くことのできない予備知識となるので,その点をこの第I編で学ぶ.
近年の歯科医学は,口腔に発生する各種疾病の予防に多大な精力を注ぐに至っているが,これを完璧なものとするには疾患それぞれの原因と病状を把握し,さらにその治療と転帰を確実に理解しておくことが求められる.そのためにも基礎歯科学の修得はきわめて大切であり,口腔諸組織・器官の発生を含む構造と機能の理解なくして予防の実践はありえない.
歯科学は,歯そのものを中軸として構成されている学問であることはいうまでもないが,これまでは解剖学,病理学などの形態系基礎学科,あるいは生化学,生理学などの機能系基礎学科がそれぞれ独立して講義され,その教科書も独自に出版されてきた.一方,大学設置基準の大綱化とともに,項目ごとに各教科間で相互的関連をもたせた,言い換えれば横割りの教育の重要性が指摘されるに至った.しかし,学生に基本的な知識を関連領域とともに十分に履修させることは容易ではない.たまたま,筆者のひとり柳澤が所属する大学の機構改革によって,組織学,口腔組織学,そして口腔病理学のうちの歯牙疾患を一貫して講義するようになり,これに見合う参考図書を捜したが,満足するものが見当たらなかった.
そこで,歯の発生学ならびにその構造と病変を一冊の本にまとめてみようということになり,平成6年秋の第1回編集会議にて以下のような編集の基本方針が確認された.すなわち,本書は,第I編を「歯の発生」,第II編を「歯の組織」,第III編を「歯の病変」とし,各編とも平成6年に改定された歯学教授要項に定められた範囲を収録するとともに,歯科医師国家試験出題基準による領域を網羅するよう努めること.基本となる事項を簡潔明瞭に解説し,重要な推論以外は定説を中心に記述すること.乳歯と永久歯の比較および増齢変化を加えること.各編にわたる相互的な関連を明確にすること.日本語と英語を対比した索引を付すこと.などである.研究者を対象とした専門書でなく,あくまでも歯学生の良き参考図書となるよう心がけることを根底においたことはいうまでもない.したがって,低学年の学生諸君には講義や日常の勉学に,あるいは試験の準備に活用し,高学年の諸君には臨床実習に際しもう一度本書を読み返し,歯というものを十分に理解してくれることを願っている.さらに歯に興味をもつ関連学部・学科の多くの学生諸君にも役立ててもらえることを期待している.
多くの歯科大学・歯学部では今,カリキュラムの改定が行われているので,これが一段落した時点で補足すべき項目などについて再度検討するつもりでいる.歯に関する生化学,生理学,あるいは微生物学や免疫学など,機能系学科の内容を追加して充実させることが必要となるかもしれない.こうなると本書は,<歯・基礎編>というべきであろう.さらに保存修復学,補綴学とそれらのための歯科薬理学,歯科理工学などを含むようになれば,それは<歯・臨床編>へと発展する可能性も秘めている.
今回,口腔組織学と口腔病理学のわずか2教科間ではあるが,歯そのものについて横の繋がりをもって一冊の本にまとめることができた.もとより完全とはいえないが,先輩の方々からご叱正をいただいてより良い書とし,本邦における歯に関する基本図書のひとつとして本書が迎えられることを願っている.
平成7年(1995年)8月
著者一同
追記
各編・章の執筆者
第I編 歯の発生:山本茂久
第II編 歯の組織:明坂年隆
第III編 歯の病変 第1章~第5章:柳澤孝彰
第6章,第7章:澤田 隆
序章
最初に認められる歯の発生の兆は,口腔粘膜上皮の増殖肥厚であり,それは主として口腔上皮内における変化である.その後,上皮下の結合組織中に形成された顎骨内部では,歯の発生および形成がしだいに進行する.ある一定の時期に至ると,歯冠が完成し,歯根の形成が開始する.歯の萌出に伴い,歯は口腔内に向かって移動し,口腔粘膜上皮を貫通して,エナメル質だけが口腔内に出現する.咬合機能を営むようになると,それに対応するために歯および歯周組織に変化が生じる.歯の個体発生の過程は,どの歯種についても,まったく同一と考えられている.
歯の構造を正しく理解するためには,完成した歯についての知識だけでは必ずしも十分とはいえない.したがって,歯の発生およびその発育過程で種々の組織構造がどのようにして形成され,さらに変化していくかを学ぶことは,正常構造あるいは病的変化を考え,理解するための基礎であり,欠くことのできない予備知識となるので,その点をこの第I編で学ぶ.
第I編 歯の発生山本茂久……1
序章 ……2
1章 歯胚の形成……3
1 歯堤の形成……3
2 歯胚の形成……3
3 歯堤の変化……11
4 永久歯(代生歯)歯胚の発生……11
2章 歯冠の形成……14
1 象牙質の形成……15
2 エナメル質の形成……19
3章 歯根の形成……24
1 歯根象牙質の形成……26
2 セメント質の形成……27
4章 歯髄の発生……30
5章 歯の萌出と萌出時期……33
1 歯の萌出……33
2 乳歯および永久歯の萌出時期と萌出順序……38
3 乳歯の脱落……40
第II編 歯の組織明坂年隆……43
序章 ……44
歯の組織学的方法論……46
1章 エナメル質の構造……47
はじめに……47
1 歯冠エナメル質の肉眼による観察……48
2 エナメル質の基本構造……49
3 小柱の横紋……52
4 レッチウスの平行(褐色)条……54
5 周波条……56
6 ハンター・シュレーゲル条……58
7 エナメル叢……58
8 エナメル葉または葉板……60
9 エナメル紡錘(棍棒)……63
10 エナメル象牙境……64
11 エナメル質の増齢的変化……67
12 乳歯と永久歯の違い……67
2章 象牙質と歯髄の構造……69
A 象牙質の構造……69
はじめに……69
1 象牙質の基本構造――象牙細管と周辺基質……71
2 象牙質と歯の知覚……75
3 象牙質の形成に伴う構造……77
4 象牙質の石灰化の進行……78
5 原生象牙質とそれ以後に形成される象牙質……82
6 球間象牙質……85
7 トームスの顆粒層……86
8 球間網……86
9 象牙セメント境の構造……86
10 象牙質にみられる増齢変化……89
11 乳歯と永久歯の違い……91
B 歯髄の構造……92
はじめに……92
1 歯冠部歯髄と歯根部歯髄……92
2 歯髄の組織構造……93
3 歯髄の細胞成分……93
4 歯髄の機能的役割……96
5 歯髄の増齢変化……98
6 根尖孔……99
7 歯髄の脈管と神経……99
8 乳歯と永久歯の比較……101
3章 セメント質の構造……102
はじめに……102
1 歯周組織としてのセメント質……103
2 セメント質の構造……105
3 セメント質の形成……108
4 セメント小腔……109
5 セメント質の成長線……111
6 増齢変化……112
7 乳歯と永久歯の比較……113
第III編 歯の病変 柳澤孝彰・澤田隆……115
序章 ……116
1章 歯の発育の異常……117
1 歯の数の異常……117
2 歯の大きさの異常……118
3 歯の形の異常……119
4 歯の位置,歯列弓および咬合の異常……123
5 歯の萌出の異常……125
6 歯の形成不全(構造の異常)……126
2章 歯の損傷……131
1 歯の物理的損傷……131
2 歯の化学的損傷……135
3章 象牙質,セメント質の増生と歯の吸収……136
1 象牙質の増生……136
2 セメント質の増生……140
3 歯の吸収……143
4章 歯の沈着物と着色および変色……146
1 歯の沈着物……146
2 歯の着色……149
3 歯の変色……150
5章 齲蝕……151
1 齲蝕の原因……151
2 齲蝕の分類……154
3 好発部位と肉眼所見……156
4 エナメル質齲蝕……157
5 象牙質齲蝕……162
6 セメント質齲蝕……167
7 齲蝕予防……169
6章 歯髄の退行性変化……171
1 歯髄の萎縮……171
2 歯髄の変性……172
3 歯髄の壊死……174
7章 歯髄炎……175
1 原因……175
2 歯髄炎の特殊性……175
3 歯髄炎の分類……176
4 急性漿液性歯髄炎(急性単純性歯髄炎)……176
5 急性化膿性歯髄炎……178
6 慢性潰瘍性歯髄炎……182
7 慢性増殖性歯髄炎……183
8 慢性閉鎖性歯髄炎……185
9 上昇性歯髄炎……186
10 歯髄充血と歯髄炎の関係……187
11 歯髄炎の経過と転帰……187
12 歯髄処置の病理……189
索引――和英対照……195
序章 ……2
1章 歯胚の形成……3
1 歯堤の形成……3
2 歯胚の形成……3
3 歯堤の変化……11
4 永久歯(代生歯)歯胚の発生……11
2章 歯冠の形成……14
1 象牙質の形成……15
2 エナメル質の形成……19
3章 歯根の形成……24
1 歯根象牙質の形成……26
2 セメント質の形成……27
4章 歯髄の発生……30
5章 歯の萌出と萌出時期……33
1 歯の萌出……33
2 乳歯および永久歯の萌出時期と萌出順序……38
3 乳歯の脱落……40
第II編 歯の組織明坂年隆……43
序章 ……44
歯の組織学的方法論……46
1章 エナメル質の構造……47
はじめに……47
1 歯冠エナメル質の肉眼による観察……48
2 エナメル質の基本構造……49
3 小柱の横紋……52
4 レッチウスの平行(褐色)条……54
5 周波条……56
6 ハンター・シュレーゲル条……58
7 エナメル叢……58
8 エナメル葉または葉板……60
9 エナメル紡錘(棍棒)……63
10 エナメル象牙境……64
11 エナメル質の増齢的変化……67
12 乳歯と永久歯の違い……67
2章 象牙質と歯髄の構造……69
A 象牙質の構造……69
はじめに……69
1 象牙質の基本構造――象牙細管と周辺基質……71
2 象牙質と歯の知覚……75
3 象牙質の形成に伴う構造……77
4 象牙質の石灰化の進行……78
5 原生象牙質とそれ以後に形成される象牙質……82
6 球間象牙質……85
7 トームスの顆粒層……86
8 球間網……86
9 象牙セメント境の構造……86
10 象牙質にみられる増齢変化……89
11 乳歯と永久歯の違い……91
B 歯髄の構造……92
はじめに……92
1 歯冠部歯髄と歯根部歯髄……92
2 歯髄の組織構造……93
3 歯髄の細胞成分……93
4 歯髄の機能的役割……96
5 歯髄の増齢変化……98
6 根尖孔……99
7 歯髄の脈管と神経……99
8 乳歯と永久歯の比較……101
3章 セメント質の構造……102
はじめに……102
1 歯周組織としてのセメント質……103
2 セメント質の構造……105
3 セメント質の形成……108
4 セメント小腔……109
5 セメント質の成長線……111
6 増齢変化……112
7 乳歯と永久歯の比較……113
第III編 歯の病変 柳澤孝彰・澤田隆……115
序章 ……116
1章 歯の発育の異常……117
1 歯の数の異常……117
2 歯の大きさの異常……118
3 歯の形の異常……119
4 歯の位置,歯列弓および咬合の異常……123
5 歯の萌出の異常……125
6 歯の形成不全(構造の異常)……126
2章 歯の損傷……131
1 歯の物理的損傷……131
2 歯の化学的損傷……135
3章 象牙質,セメント質の増生と歯の吸収……136
1 象牙質の増生……136
2 セメント質の増生……140
3 歯の吸収……143
4章 歯の沈着物と着色および変色……146
1 歯の沈着物……146
2 歯の着色……149
3 歯の変色……150
5章 齲蝕……151
1 齲蝕の原因……151
2 齲蝕の分類……154
3 好発部位と肉眼所見……156
4 エナメル質齲蝕……157
5 象牙質齲蝕……162
6 セメント質齲蝕……167
7 齲蝕予防……169
6章 歯髄の退行性変化……171
1 歯髄の萎縮……171
2 歯髄の変性……172
3 歯髄の壊死……174
7章 歯髄炎……175
1 原因……175
2 歯髄炎の特殊性……175
3 歯髄炎の分類……176
4 急性漿液性歯髄炎(急性単純性歯髄炎)……176
5 急性化膿性歯髄炎……178
6 慢性潰瘍性歯髄炎……182
7 慢性増殖性歯髄炎……183
8 慢性閉鎖性歯髄炎……185
9 上昇性歯髄炎……186
10 歯髄充血と歯髄炎の関係……187
11 歯髄炎の経過と転帰……187
12 歯髄処置の病理……189
索引――和英対照……195