やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 平林直次
 国立精神・神経医療研究センター病院司法精神診療部

 司法精神医学は精神医学と法とが密接に交錯する分野である.司法精神医学と聞くと,刑事責任能力鑑定を思い浮かべる人も多いだろう.精神科医は裁判所や検察官の依頼で精神鑑定を引き受け,被告人や被疑者の精神障害の有無や,精神障害が犯行に与えた影響を明らかにする.精神鑑定書の提出や,法廷での証言が求められる.精神鑑定の結果は少なからず判決や決定に影響を与え,処遇の分岐点として重要な意義を持つのである.

 2009年に裁判員制度が実施され,刑事責任能力鑑定の件数は増大した.しかし,日本司法精神医学会の認定鑑定医は全国に58名(2024年6月30日時点)しかおらず,不足が目立つ.裁判所や検察官からの鑑定依頼に応えられていないのが現状である.2005年には心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)が施行され,重大な他害行為を行った精神障害者に専門医療を提供する目的で,指定入院医療機関が設置され,また指定通院医療機関が指定された.裁判員制度や医療観察制度の実施に伴い,司法精神医学の領域は急速に拡大した.

 近年では,規制薬物使用,高齢者ドライバーによる事故の増加,子供・配偶者・高齢者への虐待など社会的課題が多種多様となり,法や制度と精神医学の接点は広がり続けている.このような現状を踏まえ,本書では,薬物取締法,虐待防止法,道路交通法との接点も取り上げ,それぞれの領域のエキスパートが非専門家にもわかりやすく解説する.
 はじめに(平林直次)
1 現代社会と司法精神医学─司法精神医学のパラダイムシフト
 (五十嵐禎人)
2 法的処遇の分岐点における精神科医の関わり
 (田口寿子)
3 精神鑑定の基礎知識
 (大澤達哉)
4 裁判員制度における精神科医の役割
 (村松太郎)
5 わが国における矯正精神医療の位置づけと役割
 (奥村雄介)
6 医療観察法における入院処遇
 (竹田康二)
7 医療観察法医療の現状と課題─通院処遇
 (久保彩子)
8 医療観察法による手続きの始まりと精神鑑定
 (茨木丈博)
9 司法精神医学と法律─刑事司法の視点から
 (柑本美和・水留正流・山本輝之)
10 成年後見制度における精神鑑定の実際と意義
 (椎名明大)
11 薬物規制法と地域精神保健福祉的支援─司法と地域を結ぶ架け橋「Voice Bridges Project」の試み
 (松本俊彦)
12 道路交通法と精神障害
 (赤崎安昭)
13 児童虐待・いじめなどの小児期逆境体験と法律
 (桝屋二郎)
14 ドメスティック・バイオレンスと精神医療
 (森田展彰)
15 高齢者虐待の実態と課題─なぜ虐待が起こるのか
 (加藤伸司)
16 精神科医と法曹関係者との対話と協働
 (柏木宏子)
17 犯罪被害者支援の現状と課題
 (賀古勇輝)
18 認定鑑定医制度と人材育成
 (八木 深)