やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 神経難病患者は近年徐々に増加の一途をたどり,私たちが普段,臨床の現場にて対応することが徐々に増えてきているのではないかと推測する.神経難病患者においても,他の疾患と同様に在宅生活が中心となり,病院関係者だけでなく,地域医療に携わる者においても在宅生活を支えるチームの一員として医療に参加することが増えてきているのではないだろうか.神経難病の研究は発展し,遺伝子による解析をはじめ最先端治療の試みがなされるようになってきたが,目の前の神経難病患者に対して私たちが提供できる医療というのはリハビリテーションに重きが置かれている場合が多いのが実情ではないだろうか.神経難病のなかで最も多いパーキンソン病ではさまざまな治療薬の開発が進んでおり,薬物治療は治療の中心となってはいるが,現在も進行する変性疾患であることに変わりはない.薬物治療のみでの治療戦略を検討することは難しい面があるが,患者の生活の視点で治療戦略を検討した場合,還元できる医療は多く存在することを,あらためて認識できるかと思う.神経難病患者に対する治療戦略の一つとして重きをなすのはリハビリテーションであることについて異論はないと考えるが,具体的にどのようなリハビリテーションを提供すればよいのか,はたして効果はどうなのか,さまざまな疑問が浮かぶのではないだろうか.
 一般的に,神経難病のリハビリテーションとして提供できることは,原疾患による運動機能低下による動作障害,歩行障害,日常生活動作の低下に対する訓練および環境整備の指導,原疾患による非運動機能障害や薬物治療による合併症のそれぞれの症状に対して心身の安定化や規則正しい生活の提供に関すること,原疾患のため活動が低下しそのために生じる廃用症候群の予防に対する訓練,指導等がある.同じ疾患であっても,個体差は大きい場合が多く,また,直面している問題点が異なることも多い.
 今回のClinical Rehabilitation別冊「神経難病のリハビリテーション─症例を通して学ぶ」では,神経難病を網羅的に取り上げ,総論として,可能な限り遺伝子解析,画像評価,治療等に関する最新の知見や神経難病医療,ネットワーク,福祉,在宅医療について取り上げ,各論として,それぞれの疾患のリハビリテーションについての概説だけでなく,症例を提示したうえで,普段の臨床で経験された疾患に対しての取り組みについて解説を行い,すぐにでも臨床の現場で参考となるような書籍を目指した.エビデンスという観点ではなく,現場で経験し患者に対して臨床上効果のあった内容であることも含まれているが,現場で悩みながら医療を行っている医療者にとっては参考になる内容となっている.執筆者はその分野の第一人者の先生方に依頼し,わかりやすく解説をいただいている.最先端の内容についてもわかりやすく解説していただき,神経難病の根本的な治療の開発も進んでおり,リハビリテーション科の立場としてもこれまでの認識を改める必要がでてくる時代が近づく可能性を感じる.
 最後になりましたが,ご多忙の中,ご執筆いただきました先生方におかれましては,心から深く感謝申し上げます.
 2012 年3 月
 監修者を代表して 中馬孝容
第1章 総論
1.神経難病の診断のトピックス
 1)遺伝子解析(後藤 順)
 2)画像診断(森 墾 柳下 章)
2.神経難病の治療のトピックス
 1)遺伝子治療・細胞治療(村松慎一)
 2)免疫療法(上田昌美 楠 進)
3.神経難病のリハビリテーションのトピックス─呼吸リハビリテーション
 (花山耕三)
4.神経難病の生活を支援するブレイン-マシン・インターフェイス(BMI)
 (神作憲司)
5.神経難病医療ネットワーク
 (福永秀敏)
6.神経難病の在宅療養支援のポイント
 (岩木三保 立石貴久・他)
7.神経難病の福祉サービス 
 (成田有吾 中井三智子・他)
第2章 症例を通して学ぶ神経難病のリハビリテーション
1.パーキンソン病
 1)すくみ足等,歩行障害の増悪がみられる症例(林 明人)
 2)精神障害を伴った症例(柏原健一)
 3)摂食・嚥下障害を伴う症例(野ア園子)
2.進行性核上性麻痺
 転倒が主体である症例(中馬孝容)
3.多系統萎縮症
 1)起立性低血圧症に難渋した症例(菅田忠夫)
 2)長期在宅療養の症例(松尾雄一郎)
4.脊髄小脳変性症
 1)小脳失調への対策を講じた症例(安井建一 中島健二)
 2)脊髄小脳変性症者のケアにコーチングを活用した事例(出江紳一)
5.筋萎縮性側索硬化症
 1)呼吸機能障害に対するアプローチを行った症例(荻野美恵子)
 2)コミュニケーションの方法が特徴的な症例(橋本 司)
 3)緩和ケア(痛みのコントロール)を行った症例(難波玲子)
6.多発性硬化症・視神経脊髄炎
 1)再燃を繰り返す多発性硬化症の症例 堤 涼介(花島律子)
 2)痛みを伴う症例 吉田 良(山崎聖児・他)
 3)視神経脊髄炎の症例(鈴木千尋・瀬田 拓・他)
7.皮膚筋炎・多発性筋炎・封入体筋炎
 1)リハビリテーションの概念と実際(松原四郎)
 2)嚥下障害がみられる症例 (1)(小原朋子 松本真以子・他)
 3)嚥下障害がみられる症例 (2)(大杉敦彦)
8.筋ジストロフィー
 1)デュシェンヌ型筋ジストロフィーの症例(石川悠加 三浦利彦)
 2)筋強直型ジストロフィーの症例(小林庸子)
9.スモン
 感覚障害,運動障害が強い症例(松本昭久)
10.膠原病と類縁疾患
 ベーチェット病・シェーグレン症候群・全身性エリテマトーデスの症例(渡部一郎)
11.アルツハイマー病
 1)介護サービスを利用し,在宅生活が良好な症例(藤本直規 奥村典子)
 2)グループホームを利用した症例(下村辰雄)
12.重症筋無力症
 嚥下障害を主訴とする症例(本村政勝・石飛進吾・他)
13.慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー
 1)総説を含めた症例について(桑原 聡)
 2)シクロスポリンとリハビリテーションが有効であった抗SGPG抗体関連ニューロパチーの症例(松永 薫 中園寿人・他)