やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 近年,「根拠に基ずく医療」の重要性が盛んに討議されるようになった.今更という感がしないでもないが,これまでの医療が国民に充分理解され,納得されて行われていたかどうかは医療人が今再考しなければならない時期であることには間違いない.しかし,「根拠に基ずく医療」を全てに応用することは必ずしも容易ではない.何故なら,医療の有効性を評価するには充分に吟味された試験のデザインと相当数の症例数を必要とする.これを検証するには,医療人のみならず産業界,行政界の協力あるいはタイアップなしには不可能であるとともに疾患の中にはいまだ不透明な領域もあることも否めない.
 幸い,本邦においても,この方面の関心が急速に高まり,「根拠に基ずく医療」を行う社会的構築が積極的になされるようになった.血管疾患も他の疾患と同様,生活構造・社会構造の変化に伴い,近年急激に増加してきた.昭和40年代には経験しなかった高齢者,さらに疾病の変化が医療のあり方を変えてしまったと云っても過言ではない.従来,疾患を直すことを主眼としてきた医療がさらに患者に即した治療をすることが要求されてきた.たとえ,医療人が納得出来ない治療でも患者の充分な理解と納得が得られれば,それを患者に供与することを是とする社会環境に変革してきた.
 本書はこのような社会構造・生活構造の変化と,日進月歩している新薬開発のスピードに末梢血管疾患の薬物治療が充分対応出来ているかを模索するために企画されたものである.
 臨床医にとって薬物治療を開始することは比較的容易である.そのため,安易な作業に終始しているのではないかとの素朴な疑問が血管外科医に醸成してきている.ちなみにこの数年間で,末梢血行障害と薬物療法との関係が論じられたシンポジウムは第22回 日本血管外科学会総会における「末梢血行障害における薬物療法の意義」,第40回 日本脈管学会総会における「薬物動態からみた四肢末梢血管障害の薬物療法」に過ぎない.たまたま,私が両シンポジウムを司会し,「何時」,「如何に」,「どれくらいの量を」,「どの期間」,「どのような組み合わせ」で使用すべきかを討議した.これらのシンポジウムでは,多施設,多数症例のデータがまったく示されず,経験的に「作用機序の異なる薬剤を2剤併用し,可能な限り,長期間投与すべきであろう」と結論ずけられた.多施設,多数例集積試験が本邦で行われることが急務であるが,本書では最近開発・市販されている薬剤の作用機序,効果,末梢血行再建に及ぼす薬物療法の効果などについて,血管外科領域の若手専門医に執筆をお願いし,構成した.
 本書が日常診察において,常に活用されることを期待するとともに,末梢血行障害治療が患者によりやさしくなる指針になれば幸いである.最後に,本書作成に尽力された医歯薬出版株式会社の担当者諸氏に感謝申しあげる.
 平成12年5月 江里健輔
序章 薬物療法は四肢末梢血管障害の改善に寄与したか?(江里健輔)

第1章 閉塞性末梢血管疾患の薬物療法の意義(松原純一)
第2章 治療に用いる薬物
 薬物治療の概論(江里健輔)
  1.抗トロンビン剤
   1 アルガトロバン(スロンノン,ノバスタン)(應儀成二)
  2.抗血小板剤
   1 アスピリン(アセチルサリチル酸)(ミニマックス,バファリン)(桜井恒久)
   2 イコサペント酸エチル(エイコサペントエン酸)(エパデール,ソルミラン)(桜井恒久)
   3 塩酸サルポグレラート(アンプラーグ)(国原 孝)
   4 シロスタゾール(プレタール)(国原 孝)
   5 塩酸チクロピジン(パナルジン)(国原 孝)
  3.プロスタグランジン製剤
   1 アルプロスタジル(PGE1)(プロスタンディン,パルクス,リプル)(浦山 博)
   2 ベラプロストナトリウム(PGI2)(ドルナー,プロサイリン)(菅野範英,岩井武尚)
   3 リマプロストアルファデクス(PGE1)(オパルモン,プロレナール)(菅野範英,岩井武尚)
  4.バトロキソビン(デフィブラーゼ)(石丸 新)
  5.ヘパリンナトリウム,ヘパリンカルシウム(正木久男)
  6.ペントキシフィリン(トレンタール)(小代正隆)
  7.ワルファリンカリウム(ワーファリン,アレファリン)(佐々木久雄)
  8.新しい薬物(藤岡顕太郎,江里健輔)

第3章 急性期における治療の要点(根岸七雄,新野成隆,前田英明,梅澤久輝,瀬在幸安)
第4章 重症度別薬物治療の実際(Fontaine分類による)(古森公浩,杉町圭蔵)
第5章 薬物療法の早期,遠隔期成績(太田 敬)
第6章 外科的治療への決断のタイミング(稲葉雅史,笹嶋唯博)
第7章 血行再建路開存率向上のための薬物療法(竹中博昭)
第8章 薬物療法の展望(星野俊一)
第9章 トピックス
 1.血小板反応療法の最適化―血小板反応亢進とアスピリン抵抗性―(川崎富夫,小関 靖,井川武洋,上林純一)
 2.抗血小板療法における血小板機能の評価(林田直樹)
 3.下肢慢性動脈閉塞症に対する経皮的ニトログリセリン投与の有効性(力丸裕人,佐藤 成,橋爪英二,佐々木茂,里見 進)
 4.経皮的酸素分圧からみた閉塞性動脈硬化症患者の微小循環に及ぼすTTC-909の効果(藤岡顕太郎)
 5.虚血肢の下腿血流に及ぼすPGE1の影響―air plethysmographyを用いての検討(林 富貴雄)
 6.虚血性潰瘍に対するLipo-PGE1 one shot動注療法(蔡 景襄)
 7.慢性動脈閉塞疾患に対すイオントフォレシスの臨床応用(伊与田義信,松下昌裕,錦見尚道,桜井恒久,二村雄次,山村恵子)

索引