やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

特定非営利活動法人 日本栄養改善学会 管理栄養士養成のための栄養学教育モデル・コア・カリキュラム準拠教科書シリーズ発刊に寄せて
管理栄養士養成のための栄養学教育モデル・コア・カリキュラム
 国民の健康問題や少子高齢化社会におけるさまざまな問題を改善できる高度な専門的知識および技能を有する管理栄養士の育成を目的とし,平成12(2000)年に栄養士法の改正が行われました.一方,管理栄養士養成施設数は,平成7(1995)年の約30校から平成30(2018)年には150校ほどに急増し,毎年約1万人が管理栄養士国家試験に合格し,管理栄養士名簿に登録され,その教育の質の担保が重要となっています.
 日本栄養改善学会では,教育課程は本来その専門職のコアカリキュラムに基づいて設定されるべきものという考え方から,学術団体として独自に「管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム」の検討を行ってきました.その実績を踏まえ,厚生労働省から委託を受け,平成30(2018)年度に「管理栄養士・栄養士養成のための栄養学教育モデル・コア・カリキュラム」を策定,公表しました.
 本モデル・コア・カリキュラムでは,管理栄養士・栄養士に共通して期待される像を「栄養・食を通して,人々の健康と幸福に貢献する」としました.栄養学を学術的基盤とし,栄養・食を手段として,さまざまな人々の健康はもとより,より広義のwell-beingに寄与する専門職であることを,明瞭簡潔に表現したものです.
 そして,期待される像を実現するモデル・コア・カリキュラムの全体的な構造を概念図(次頁)にしました.上部のA「管理栄養士・栄養士として求められる基本的な資質・能力」の達成に向けて,Bを踏まえ,左側のCから右側のGやHへと,基礎的な学修内容から総合的,統合的な内容へと学修が発展します.また,基礎教養科目や各養成施設の教育理念に基づく独自の教育内容も位置づけています.
モデル・コア・カリキュラムの趣旨と活用
 本モデル・コア・カリキュラムでは,管理栄養士養成における基礎教養分野を除く学修時間の3分の2程度で履修可能となるよう内容を精選しています.学生が卒業時までに身につけておくべき必須の実践能力について,具体的な学修目標をいわゆるコンピテンシーの獲得として記述しました.共通したモデル・コア・カリキュラムに基づく学修は,社会に対する管理栄養士の質保証に資するとともに,管理栄養士は何ができる専門職なのかを広く国民に対して提示することにもなります.
 養成課程のカリキュラム構築は,各分野の人材養成に対する社会的要請や学問領域の特性等を踏まえつつ,各養成施設が建学の精神や独自の教育理念に基づいて自主的・自律的に行うべきものです.各養成施設がカリキュラムを編成するに当たっては,学修目標だけでなく,学修内容や教育方法,学修成果の評価のあり方等も重要な検討課題です.各養成施設においては,本モデル・コア・カリキュラムの学修目標を内包したうえで,特色ある独自のカリキュラムを構築されることを期待申し上げます.
新シリーズ編集の経緯・ねらい
 日本栄養改善学会では2011年より,医歯薬出版株式会社との共同事業として,学会独自のモデル・コア・カリキュラムに基づく教科書シリーズを発行してまいりました.この度,新たに国として初めての「管理栄養士・栄養士養成のための栄養学教育モデル・コア・カリキュラム」の策定を受け,これまでのシリーズを全面刷新することにいたしました.
 新シリーズは,厚生労働省の了解も得て,「管理栄養士養成のための栄養学教育モデル・コア・カリキュラム準拠」教科書シリーズと称することとなりました.各巻の編者は,モデル・コア・カリキュラム策定に深く携わった先生方にお引き受けいただき,栄養学教育および管理栄養士の職務に造詣の深い先生方にご執筆をお願いしました.
 本モデル・コア・カリキュラムは,先述の概念図に示すように,科目の相互のつながりや学修内容の発展段階を踏んで上級学年へと進められるように構成されています.このため新シリーズは,国家試験の出題基準に沿った目次構成となっている従来の教科書とは異なり,管理栄養士養成課程での系統立った学修の流れを示し,各巻のつながりを意識した構成といたしました.学生が卒業後一人の管理栄養士として現場に出た際に,管理栄養士・栄養士の期待される像の実現を可能とできるように,構成や内容の充実を図っております.
読者に期待すること
 管理栄養士養成課程で学ぶ皆さんは,卒業後は大きな社会の変革のなかで,課題解決力をもち,「栄養・食を通して,人々の健康と幸福に貢献する」管理栄養士となることが期待されます.栄養学およびその背景にある学問や科学・技術の進歩に伴う新たな知識や技能について,すべてを卒前教育で修得することは困難であり,卒業後も自律的に自己研鑽していくことが必要です.そのための基本的な能力を,本シリーズを通して培っていただければ,編者,執筆者一同,幸甚に思います.
 2021年2月
 村山伸子
 特定非営利活動法人 日本栄養改善学会 理事長
 武見ゆかり
 特定非営利活動法人 日本栄養改善学会 前理事長



 2019年に,世界195か国の非感染性疾患(NCDs)の食事関連リスクとそれらに起因する死亡者数を推計した研究結果が発表されました(GBD2017 Diet Collaborators,Lancet.2019).世界全体では,全死亡の22%が望ましくない食事に起因するとされ,日本を含む東アジアの国々では,その割合は30%と高いことが示されています.望ましくない食事とは,食塩の過剰摂取,全粒穀物の不足,果物・種実類・野菜の不足などです.
 研究結果を示すまでもなく,多くの人は,健康のためには,適量を食べることが必要,食塩は控えめにしたほうがよい,野菜をもっと食べたほうがよい,といったことを知っています.知っているのにできないのは何故でしょうか.知識として知っているが,自分事として分かっていない,自分事として危機感を抱いていないからです.あるいは,分かっていても,生活環境や経済状況によりできないからです.人間の行動はさまざまな要因に影響を受け,促進されたり,制約を受けたりします.
 人間の行動に影響する要因を構造的に整理し,課題を明らかにし,どのように働きかけたらよいかの解を得るために学ぶべき学問の1つが,行動科学です.経験や勘に頼った保健指導や栄養教育から脱し,より効果的な支援とするために,行動科学に基づく健康行動理論やモデルを学ぶ必要があります.
 一方で,多くの理論やモデルは,食以外の生活習慣,たとえば喫煙や飲酒を例に開発されてきました.したがって,食行動に適切に活用するには,食行動の特徴と関連要因を理解しておく必要があります.同時に食行動の対象物である「食物(food)」の階層的捉え方も理解しておく必要があります.
 また,人は適切に食べることによって健康を維持・増進できますが,健康のためだけに食べるのではありません.食や食べることは,楽しみや喜びであり,コミュニケーション手段であり,そして時には自己実現そのものでもあります.このような多様な意味合いや価値を有する食行動を,望ましい方向に,主体的に変容してもらうよう支援するには,専門職に『個人の多様性の理解』と,『栄養・食の選択と決定を支援するコミュニケーション能力』が必要です.これらの資質・能力は,管理栄養士・栄養士養成のための栄養学教育モデル・コア・カリキュラムにおいて,管理栄養士として求められる基本的な資質・能力の10項目に含まれています.
 本書は,行動科学の基本(Chapter 1),および食行動の基本(Chapter 2)を学んだうえで,健康行動理論やモデルを食行動変容の文脈でどのように活用するか(Chapter 3),さらに対象者主体のコミュニケーション能力を育むカウンセリングの基本(Chapter 4)を学ぶ,まさに栄養教育の「基本(essentials,本質的要素)」に絞った内容としました.本シリーズ9巻「栄養教育論 多様な場での展開と実践」と併せて学修していただくことで,本書で学ぶ基本の活用について,理解が深まると思います.
 また,管理栄養士・栄養士はもとより,対象者の食行動変容を支援する医師,保健師,看護師など他の保健医療職にも役立つ「基本」の書と考えます.やや大袈裟かもしれませんが,本書が,一人でも多くの人々の健康で幸せな食行動の実現に寄与することを願っています.
 2022年3月
 編者一同
Chapter 1 行動科学と行動変容
 (中村正和)
 1.行動科学の定義と発展の歴史
  1)生活習慣改善における行動科学の必要性
  2)行動科学とは
  3)行動科学の発展の歴史
 2.健康教育とヘルスプロモーション
  1)健康とは
  2)健康教育とヘルスプロモーション
   (1)健康教育
   (2)ヘルスプロモーション
 3.行動科学の理論・モデルの行動変容支援への適用
  1)健康行動の種類と特徴
  2)健康行動の特徴に合った行動変容支援のモデル
  3)重要性と自信への介入
  4)複数のリスク行動と行動変容の優先順位の決め方
  5)行動変容支援のための3つの視点
Chapter 2 食行動の基本
 1.栄養状態の改善と食行動の変容(武見ゆかり)
  1)栄養状態の改善と食行動
  2)食物の階層構造を踏まえた食行動変容の支援
 2.人間の食行動
  1)食行動の多様性
  2)他の生活習慣と異なる食行動の特徴
 3.ライフステージにおける食行動の特徴(長谷川智子)
  1)生涯発達において食行動を見通す視点
   (1)人間らしさと共食
   (2)食行動の構成要素
   (3)食行動の代行
  2)ライフステージにおける食行動の特徴
   (1)胎児期─誕生までの準備
   (2)新生児期─生への指向性
   (3)乳児期─単食から雑食へ
   (4)幼児期─好き嫌いに影響を与えるもの
   (5)学童期─食物選択と食事の状況の多様性
   (6)思春期・青年期─食物摂取の簡便化
   (7)成人期─生活の変化と食
   (8)高齢期─老いとウェルビーイング
Chapter 3 行動科学の理論とモデル
 1.社会および環境との関わりを考慮した行動変容の考え方(武見ゆかり)
  1)食物選択・食行動に影響するさまざまな要因
   (1)生物学的に決定されている素因
   (2)食体験による条件づけ
   (3)個人的要因
   (4)社会的・環境的要因
  2)生態学的モデル(エコロジカルモデル)
 2.行動変容の基礎(赤松利恵)
  1)食物視点と行動視点
  2)行動分析
  3)刺激-反応理論
   (1)レスポンデント条件づけ
   (2)オペラント条件づけ
 3.個人の要因に焦点を当てた理論,概念と技法(鈴木朋子)
  1)ヘルスビリーフモデル
   (1)脅威の認知―罹患性の認知・重大性の認知
   (2)利益の認知・障害の認知
   (3)自己効力感の認知
  2)トランスセオレティカルモデル
   (1)準備性
   (2)行動変容ステージ
   (3)行動変容プロセス
  3)計画的行動理論
  4)意思決定バランス
  5)目標宣言,行動契約
 4.対人関係の影響に焦点を当てた理論,概念と技法(林 芙美)
  1)社会的認知理論
  2)セルフモニタリング
  3)自己効力感(セルフ・エフィカシー)
  4)ソーシャルスキルトレーニング
  5)ストレスマネジメント
 5.組織づくり・地域づくりに関する理論と概念(助友裕子)
  1)コミュニティ・オーガニゼーション
   (1)コミュニティとコミュニティ・オーガニゼーション
   (2)コミュニティ・オーガニゼーションのプロセス
   (3)コミュニティ組織
  2)セルフヘルプグループ
   (1)セルフヘルプグループの背景と分類
   (2)ピアサポート
  3)グループダイナミクス
   (1)基礎科学としてのグループダイナミクス
   (2)アクションリサーチとしてのグループダイナミクス
  4)エンパワメント
   (1)エンパワメントのプロセス
   (2)エンパワメント教育
  5)ソーシャルキャピタル
   (1)ソーシャルキャピタルの定義
   (2)政策への応用
 6.計画と実施に関する理論と概念
  1)プリシード・プロシードモデル(武見ゆかり)
  2)ソーシャルマーケティング
  3)イノベーション普及理論
  4)ヘルスリテラシー(林 芙美)
   (1)ヘルスリテラシーとは
   (2)包括的なモデルにみるヘルスリテラシーの概念
   (3)ヘルスリテラシーと健康
  5)ナッジ
   (1)行動経済学
   (2)ナッジ
   (3)ナッジの活用法
Chapter 4 カウンセリングの基本と栄養教育への応用
 (赤松利恵)
 1.栄養カウンセリングとは
  1)栄養カウンセリングの意義と特性
  2)栄養カウンセリングと心理カウンセリング
  3)栄養カウンセリングと行動カウンセリング
  4)栄養カウンセリングを行ううえでの態度と倫理
 2.カウンセリングの基本
  1)クライエント中心の考え方
  2)ラポールの形成
  3)課題の明確化と目標の共有
 3.カウンセリングの技法
  1)傾聴
  2)受容
  3)要約
  4)開かれた質問,閉ざされた質問
  5)沈黙への対応
 4.行動変容を目的としたカウンセリングの応用
  1)認知行動療法
  2)動機づけ面接法
   (1)4つの精神
   (2)4つのプロセス
   (3)5つの技法
  3)栄養カウンセリングへの応用
   (1)初回カウンセリング
   (2)2回目以降のカウンセリング
 5.グループカウンセリング
  1)グループカウンセリングとは
  2)グループカウンセリングの栄養教育への応用
   (1)計画
   (2)実施
   (3)評価

 参考文献
 索引