やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム準拠教科書シリーズの改訂に際して
 国民医療費が40兆円を超える現在,生活習慣病の発症の増加と重症化,社会生活を営むために必要な機能の低下等,健康課題は多様化,深刻化している.これらの健康課題に深く関わる栄養・食生活もまた,多様化,複雑化している.たとえば,栄養素等の不足と過剰の両方を併せ持つ栄養の二重苦(Double burden of malnutrition)の問題,家庭における共食機会の減少,日本の伝統的食文化継承の危機,食の安全への不安,食物供給の過度の海外依存などである.こうした社会情勢のなか,管理栄養士に求められる責務と役割も,高度化,複雑化,多様化してきた.
 海外では,Academy of Nutrition and Dietetics(AND;米国栄養士会)が,2003年にNutrition Care Process(NCP;栄養管理プロセス)を発表した.栄養専門職の専門性を高め,管理栄養士の主要業務である「栄養管理」の質を担保するためである.その後,International Confederation of Dietetic Associations(ICDA;国際栄養士連盟)は,この栄養管理プロセスを国際標準として普及することを2008年に決議した.
 こうした「栄養管理」の国際標準化の動向に加え,国内の「管理栄養士養成課程における教育のあり方検討会報告」(2013年報告)や,健康日本21(第二次)など栄養・食に関わる政策の動向も踏まえ,2009年の「管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム」の見直しを行った.本学会がめざすべき管理栄養士像は,以前と変わりなく,「人間の健康の維持・増進,疾病の発症予防・重症化予防,および生活の質(quality of life;QOL)の向上をめざして,望ましい栄養状態・食生活の実現に向けての支援と活動を,栄養学・健康科学等関連する諸科学をふまえて実践できる専門職」とし,その実現に向けて,コアカリキュラムの項目を精査し,2015年夏に,「モデルコアカリキュラム2015」を学会理事会にて採択し,提案した.
 この2015年版の内容を含み,また社会の変化に柔軟に対応できるように,学会監修で発刊した「管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム準拠教科書シリーズ」の改訂を行うこととした.これからの管理栄養士には,対象者の健康・栄養状態を適正に栄養評価(アセスメント)して,栄養診断し,ライフスタイルや生活環境,社会環境に対応した栄養介入を計画・実施し,栄養モニタリング・評価を行うPDCAサイクルを回すための応用力,統合力,マネジメント力等が,ますます求められるであろう.そうした管理栄養士の養成に向けて,各養成校が建学の精神や教育理念に基づく特色ある教育を組み立てるために,この改訂教科書シリーズを基本的な学修の教科書として活用してくださることを願っている.
 最後に,タイトなスケジュールのなかで改訂作業に取り組んでくださった編者・執筆者の皆さまと,それを支えてくださった医歯薬出版株式会社編集部の皆さまに深謝申し上げる.
 2016年3月
 武見ゆかり 特定非営利活動法人 日本栄養改善学会理事長
 木戸康博 特定非営利活動法人 日本栄養改善学会前理事長


序 第2版
 本書の目標は,管理栄養士養成施設の学生が4年間の教育を通して管理栄養士としての資質を高め,スキルアップに資する基礎知識を習得し応用能力を開発し,さらに自分の力で課題を発見し,自己学習によって解決するための能力を身につけられるようにすることである.また,専門職である管理栄養士像を入学時から具体的に理解している学生は少ないので,本書には管理栄養士をめざす気持ちを育むための内容も盛り込まれている.
 初版刊行当時,このような導入教育の必要性は認識されていたが,管理栄養士養成課程のカリキュラムに系統立てて取り入れられることはほとんどなかった.そのため,「管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム」に準拠した教科書『導入教育』は多くの管理栄養士養成施設の教員に注目され,管理栄養士をめざす学生の導入教育と出口教育を兼ねたユニークな教科書として,これを採用する管理栄養士養成施設数は順調に増えてきた.
 初版刊行から足掛け5年が経過したころ,改訂第2版の作業に着手した.同じころに「管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム2015」が提案されたが,本書が取り扱う範囲では,モデルコアカリキュラムの内容に大きな変更はなかった.そのため,改訂第2版の構成は初版とほぼ同様である.しかし,2015年4月に新しい「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」が施行された.「研究対象者の福利は,科学的及び社会的な成果よりも優先されなければならない」という本質的原則がさらに厳しく強調されるようになったため,改訂第2版では研究倫理の項を新設した.栄養管理(Nutrition Care)の現場で働く管理栄養士は,実践栄養学の科学的根拠づくりを担う人材であるので,今後は学生時代から研究倫理への理解が必要となる.このほか,初版刊行後の社会変化に伴う栄養政策のアップデート,全体的な情報の更新等も行って改訂第2版とした.
 管理栄養士養成課程における4年間の教育のさまざまな場面で,本書が活用されることを願っている.
 2016年3月
 編者一同



 本書は,日本栄養改善学会監修・編集による管理栄養士養成課程におけるモデルコアカリキュラム準拠教科書シリーズの先陣を切って,第0巻として刊行された.日本栄養改善学会が提案した「管理栄養士課程におけるモデルコアカリキュラム」での新たな取り組み4項目のうち,(1)「全学年を通じて学ぶ」項目の提示,および(2)「導入教育」の設定,を取り上げたものである.従来から管理栄養士をめざすことへの動機づけ教育については,その必要性が問われていたが具体性に欠けていた.そのため,モデルコアカリキュラムでは「管理栄養士を目指す気持ちを育む導入教育」が設けられた.
 全国の管理栄養士養成施設のホームページでは,教育内容を説明する際に調理実習や試験管などを用いた実験の画像が多く使われ,栄養教育やプレゼンテーション中の画像が用いられているケースもある.管理栄養士教育のイメージを1枚の写真やイラストで表現するのは大変困難なことであることが分かる.管理栄養士の多岐にわたる使命や役割を知らずに,管理栄養士養成課程に入学する学生が多くても不思議ではない.
 本書では第I編を導入教育用として編集した.学生は入学後の早い時点で栄養学や管理栄養士の歴史,社会における管理栄養士の使命や役割,活動分野を理解することによって,管理栄養士をめざす気持ちを育むことができる.本書の利用者は専門科目を学ぶ前の学生を前提としているので,内容的には難しいものであっても,平易な文章で丁寧に説明することを心がけて執筆された.
 第II編としては,全学年を通じて学ぶ項目を取り上げた.これらは,卒業までに折に触れて学んでおきたい内容で,出口教育としても利用可能なように編集した.
 管理栄養士養成課程の教育が効果的に行われるために,本書がその礎となることを祈念している.
 2011年8月
 編者一同
第I編 専門科目を学ぶ前に
第1章 栄養専門職としての管理栄養士のすがた
 1 食べ物・食生活・健康を考える(伊達ちぐさ)
  1)生活のなかの食を考える
   (1) 食物連鎖 (2) 人間の生活活動と食物 (3) あなたの生活と食
  2)よりよい食生活を考える
   (1) 食生活指針の活用 (2) 食事バランスガイドの活用
  3)食生活と健康
 2 法令に定められた管理栄養士の役割と業務(田中弘之)
  1)法律と政令,省令など
  2)栄養士法
  3)健康増進法
  4)その他の法令(保健,医療,福祉・介護,教育分野)
   (1) 地域保健法 (2) 母子保健法 (3) 高齢者の医療の確保に関する法律
   (4) 医療法 (5) 食品表示法 (6) 食育基本法 (7) 学校給食法
   (8) 学校教育法
 3 管理栄養士の使命と役割・関連職種との関わり(押野榮司)
  1)管理栄養士の使命
  2)医療施設で働く管理栄養士の役割・関連職種との関わり
   (1) 病院(医療施設)での役割 (2) 医療現場における管理栄養士業務の具体例
   (3) 関連職種との関わり (4) 栄養サポートチームの取り組み例
  3)福祉施設で働く管理栄養士の役割・関連職種との関わり
   (1) 福祉施設での役割 (2) 関連職種との関わり
  4)学校で働く管理栄養士の役割・関連職種との関わり
   (1) 学校での役割 (2) 関連職種との関わり
  5)行政分野で働く管理栄養士の役割・関連職種との関わり
   (1) 行政分野での役割 (2) 関連職種との関わり
  6)企業で働く管理栄養士の役割・関連職種との関わり
   (1) 企業での役割 (2) 関連職種との関わり
  7)社会が要請する管理栄養士の役割
   (1) 時代とともに変化する管理栄養士の役割 (2) 各職域で何が求められるか
   (3) すべての管理栄養士に求められていること
第2章 栄養学・栄養士発展の歴史
 1 栄養学の歴史
  1)医学と栄養(志村二三夫)
   (1) 栄養と生命 (2) 医学と栄養の関係
  2)栄養学のはじまり(岸 恭一)
  3)呼吸とエネルギー代謝
   (1) 空気中の気体の発見 (2) 燃焼理論と呼吸 (3) エネルギー代謝の研究
  4)三大栄養素
   (1) 炭水化物 (2) 脂質 (3) たんぱく質
  5)出納実験およびたんぱく質の栄養価
   (1) 出納実験 (2) たんぱく質の栄養価
  6)ビタミン
   (1) ビタミンB1 (2) ビタミンC
  7)ミネラル(無機質)
 2 食生活・栄養と健康の変化と課題(志村二三夫)
  1)食生活・栄養状態の変化と課題
   (1) 食生活の変化の概要 (2) 統計から見る食生活の変化
   (3) 栄養状態の変化:第二次世界大戦後の栄養改善の推移
   (4) 食生活・栄養状態の課題
  2)食生活・栄養と健康問題の変化と課題
   (1) 死亡原因の推移 (2) 「米国の食事目標」 (3) 日本の健康づくり対策
   (4) 管理栄養士に求められること
 3 管理栄養士の歴史(中村丁次)
  1)栄養士の誕生と栄養改善活動のはじまり
  2)栄養士制度と栄養改善活動
   (1) 栄養士による栄養改善活動 (2) 低栄養問題の解決と新たな問題
   (3) 栄養改善から健康増進へ
  3)管理栄養士制度と期待される活動
   (1) 管理栄養士制度のスタート (2) 栄養問題の複雑化,多様化,個別化
   (3) 個々の人間の栄養状態改善に取り組む
第3章 地球レベルでの栄養の課題と取り組み
  1)世界および日本における食料需給の実態と今後の展望(林 宏一)
   (1) 健康問題と食料 (2) 世界の人口と食料 (3) わが国の食料需給
  2)今,世界の栄養状態はどうなっているか(足立己幸)
   (1) 栄養状態が著しく悪い国が多い
   (2) 飢餓率の高い国にも肥満者が多くなっている (3) 栄養不良の循環性
  3)世界における栄養学上の課題と取り組み
   (1) 栄養状態にはどんな要因や背景が絡んでいるのか
   (2) 国際的にどのような取り組みがなされているか
   (3) 日本人として,また管理栄養士として,私たちは何をしなければならないか
  4)諸外国の管理栄養士・栄養士の養成とその活動(奥田豊子)
   (1) 国際栄養士連盟 (2) 米国における栄養士養成制度
   (3) 世界の管理栄養士・栄養士の活動
第4章 現代医学と生活習慣病
 1 現代医学がめざしている方向と現状(渡邊 昌)
   (1) 感染症との闘いから慢性疾患対策へ
   (2) 高度経済成長期からの栄養素過剰摂取による病気
   (3) 生活習慣病の提唱と予防医療
   (4) 長寿社会に必要な抗加齢医学(アンチエイジング)
   (5) 介護医療と死の質(QOD) (6) 近未来の医療
 2 現代医学における健康の維持・増進,病気の予防・治療
  1)人生における食事・栄養の意義の位置づけ
   (1) 食べ物と脳との関係 (2) 栄養療法のあゆみ (3) 栄養学と医学の関係
  2)生活習慣病の位置づけと特徴
   (1) 生活習慣病とは (2) がん (3) メタボリックシンドローム
   (4) 糖尿病 (5) 高血圧症 (6) 脂質異常症と動脈硬化
   (7) 脳血管疾患 (8) 肝脂肪化とNASH
   (9) 腎不全,慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease;CKD)
   (10) そのほか生活習慣が関係する病気
 3 国民医療費(柳 元和)
  1)国民医療費の概要と推移
   (1) 医療費とは何か (2) 日本の国民医療費
   (3) 医療保険で扱われる管理栄養士業務 (4) 医療費の動向
   (5) 医療費は誰が負担しているか
  2)生活習慣病関連の医療費
   (1) 医療費の出費の区分 (2) 生活習慣病に区分されるものはどれか
第II編 卒業までに知っておきたいこと
第5章 生命の尊厳と生命倫理観
 1 生命の倫理(香川靖雄)
  1)生命倫理,綱領,生命観
   (1) 生命倫理 (2) 生命倫理の綱領 (3) 生命観
  2)個体の死の概念・定義および生物学的な個体の死
   (1) 個体は有機的統一体 (2) 脳死における個体死の判定
  3)医療科学技術の進歩に伴う生命倫理の変遷
   (1) 問題提起:延命医療の苦しみ (2) 安楽死と尊厳死の可能な諸国
   (3) 日本における末期患者と栄養補給の中止
   (4) 安楽死事件の違法性阻却6要件 (5) 解決策:緩和医療,尊厳死法制化
 2 職業倫理
  1)管理栄養士としての基本的な責務(中村丁次)
   (1) 栄養と食の倫理 (2) 「倫理」とは
   (3) 栄養業務の変化と管理栄養士の職業倫理
   (4) 管理栄養士に求められる職業倫理の原則
  2)インフォームド・コンセントを含めた対象者に対する責務
   (1) 人格の尊重に基づいた対応と信頼関係の醸成
   (2) 科学的根拠に基づいた支援・指導
  3)チーム医療・ケアに携わる関連専門職の一員としての責務〜糖尿病チームで管理栄養士が果たす役割とは(石田 均)
   (1) 食事療法の意義 (2) チーム医療・ケアの必要性とその実際
   (3) 今後に残された課題
  4)社会的責務(柳 元和)
   (1) 社会に対する情報の発信
   (2) 社会貢献活動や公衆衛生活動への積極的な対応
 3 研究倫理(柳 元和)
  1)現場における管理栄養士の日常業務
  2)介入について
  3)管理栄養士による現場研究の目的
  4)現場研究の手法
  5)「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」について
  6)現場研究上,注意すべき諸点
  7)現場研究の今後の展開

 参考文献
 索引