やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 糖尿病は今や国民病ともいわれ,厚生労働省の推計では現在700万人,2010年には1,000万人に達するのではないかと推定されています.このようになった背景には,わが国の経済的な豊かさと生活習慣の変化が関係しているものと考えられます.したがって,その合併症としての糖尿病性腎症の患者さんも増加し,とくに国民の高齢化,血糖コントロールの不良,高血圧などによって糖尿病性腎不全も著増しており,現在では透析療法を必要とする原因疾患として,慢性腎炎を抜いて第1位となっています.そして,透析療法の成績は以前よりは改善しているもののやはり合併症をきたすことが多く,予後も慢性腎炎のそれと比べて不良です.奥の手ともいうべき移植療法もドナーの不足などのため,遅々として進んでいません.このような現状をみるとき,糖尿病性腎症ないし腎不全の予防および進行阻止は焦眉の急と考えられます.そして,これらは医療者側のチームワークによる適切な対策とともに,患者さんや周囲の方々のこの問題への真剣な取り組みが必要です.
 本書は前述した理由から,いかにすればこれらに有効に対処できるかを具体的,実践的に記しました.むずかしい学問的,理論的なことがらは割愛し,容易に理解し,直ちに実施できるように記したので,コメディカルスタッフ,すなわち看護師,糖尿病療養指導士,栄養士,薬剤師,ソーシャルワーカーの方々が,それぞれ直ちに,どのようにしたら予防あるいは治療や進行阻止ができるのか,やむをえず透析療法が必要な状態となった際の効果的な透析のしかた,移植の可能性などを最新の研究成果に基づきまとめています.
 一方,多くの糖尿病性腎症の患者さん,あるいはその家族の方々には以上に述べたことがらをよく理解していただき,実践することによって病状が改善し,不自由な生活から離れることができ,希望を持ちながらQOL(quality of life,生活の質)の充実した毎日を過ごすことができるように記しました.
 このようにして治療に携わるスタッフおよび治療を行う患者さんとその家族の方々が親密でしっかりしたチームを作り,協力して最善の治療を行い,最高の成績をあげることができればと心から願っています.本書がこの際に皆様の座右にあり,よき友,親切な兄弟姉妹になって,スタッフにとっては行うべき指針が示され,患者さんにとっては進むべき道案内になることができれば,私どもの願いもこれに過ぎるものはありません. 平成15年5月
 飯田喜俊 羽田勝計 著者一同
1 糖尿病の治療と合併症の発症
 糖尿病の適正な治療とは
  糖尿病および糖尿病性腎症患者の増加
  新しい糖尿病の判定基準と診断基準
  糖尿病治療の基本は何か
  糖尿病合併症の出現
 糖尿病合併症にはどのようなものがあるか
  急性合併症
   (1)糖尿病性ケトアシドーシス
   (2)非ケトン性高浸透圧性昏睡
   (3)乳酸アシドーシス
   (4)低血糖性昏睡
   (5)急性感染症
  慢性合併症
   (1)血管障害
   (2)その他の合併症
 糖尿病合併症はどのように早期診断するか
  合併症を早期に診断する方法
  細小血管障害の早期診断
  大血管障害の早期診断
 糖尿病合併症の予防的な治療
  合併症の発症機序に基づいた治療
  血糖コントロール
  血圧コントロール
  血清脂質のコントロール
 糖尿病治療を中断するとどうなるか
  急性合併症の出現
  慢性合併症の出現
 Q&A
2 糖尿病性腎症が発症するとどうなるか
 糖尿病性腎症発症のしくみ
 糖尿病性腎症の病期分類
 糖尿病性腎症の発症率
  1型糖尿病患者から糖尿病性腎症の発症
  2型糖尿病患者から糖尿病性腎症の発症
 糖尿病性腎症にならないためにはどうすればよいか
  血糖コントロール
  血圧コントロール
  遺伝的要因
 どのような症状・所見があると腎症の発症を考えるか
  微量アルブミン尿の出現
  どのようなときに糖尿病性腎症を疑うか
  どのような場合に腎生検を行うか
 糖尿病性腎症が発症したときの腎機能の変化
 糖尿病性腎症が発症したときの腎組織の変化
  1型糖尿病での組織像と臨床所見
  2型糖尿病での組織像と臨床所見
 血糖コントロールで糖尿病性腎症は回復するか
  血糖コントロールの目標とその効果
  厳しい血糖コントロールと組織像の改善
 Q&A
3 糖尿病性腎症の発症・進行の原因は? これを阻止する方法はあるか
 糖尿病性腎症の自然経過はどのようなものか
 発症・進行する原因には何があるか
  高血糖とそれに基づく異常
   (1)メサンギウム細胞のブドウ糖代謝の特徴
   (2)ポリオール経路の活性化
   (3)ジアシルグリセロール産生亢進とプロテインキナーゼC活性化
   (4)ヘキソサミン産生経路の亢進
   (5)非酵素的糖化と反応の亢進
   (6)酸化ストレスの増加
  高血圧と糸球体高血圧
  糖尿病性腎症の発症・進行に関与する遺伝因子
 糖尿病性腎症の進行を阻止する方法とその効果
  生活習慣の改善
  厳格な血糖コントロール
  血圧コントロール
  たんぱく制限食
  糖尿病性腎症の遺伝因子に基づいた「集約的治療」
 Q&A
4 糖尿病性腎症ではどのような症状がみられるか
 糖尿病性腎症の症状のあらまし
 糖尿病性腎症の自然経過と病期
 糖尿病性腎症の症状
  たんぱく尿
  体液貯留,むくみ,体内に水分がたまることで起こる症状
  溢 水
  ネフローゼ症候群
  腎不全
   (1)腎不全とは
   (2)腎不全の病期分類と症状の変化
  尿毒症
   (1)尿毒症とは
   (2)尿毒症の症状
  腎性骨異栄養症
  高カリウム血症
  高脂血症
  高血圧
  腎性貧血
  代謝性アシドーシス
  高尿酸血症
  その他の糖尿病合併症による症状
   (1)糖尿病網膜症
   (2)糖尿病性神経障害
   (3)糖尿病性消化器合併症
   (4)動脈硬化性疾患(大血管障害)
 Q&A
5 糖尿病性腎症でみられる検査異常
 糖尿病の検査
 糖尿病性腎症の検査
 尿検査の異常とその判断のしかた
  尿検査
   (1)微量アルブミン尿
   (2)顕性たんぱく尿
   (3)血 尿
   (4)24時間尿採取の重要性
  血液検査
   (1)腎機能検査
   (2)その他の生化学的検査
   (3)貧血の検査
  腎機能検査
  画像検査
  腎組織検査
 糖尿病性腎症が進行すると検査所見はどのように変わるか
 糖尿病性腎症に併発する合併症の検査
  腎症以外の細小血管障害
   (1)網膜症
   (2)神経障害
  大血管障害(動脈硬化症)
   (1)末梢血管障害
   (2)脳血管障害
   (3)冠動脈疾患
 Q&A
6 糖尿病性腎症の食事療法
 食事療法の特徴
 食事療法の考え方,食品交換表とその使い方
 各栄養素のとり方
  エネルギー
  炭水化物
  たんぱく質
   (1)たんぱく質の必要量
   (2)食品に含まれるたんぱく質量
  脂質
  食塩
  水分
  カリウム
   (1)カリウムはなぜ大切か
   (2)カリウム制限の方法
   (3)エネルギーは十分に
  リン
   リン制限の方法
 嗜好品
  香辛料
  アルコール
 外食
  外食の食塩量
  外食時の減塩注文
 健康食品,保健機能食品,治療用特殊食品
  健康食品
  保健機能食品
   治療用特殊食品
 高齢者の栄養管理
  高齢者の特徴
  高齢者の嗜好
 栄養指導の実際
   (1) 第1期:腎症前期
   (2) 第2期:早期腎症期(微量アルブミン尿)
   (3) 第3期A:顕性腎症前期〔たんぱく尿(1g/日未満)で糸球体濾過量は60ml/分以上〕
   (4) 第3期B:顕性腎症後期〔たんぱく尿(1g/日以上)で糸球体濾過量が60ml/分未満〕
   (5) 第4期:腎不全期(高窒素血症とたんぱく尿)
   (6) 第5期:透析療法期(HD)
   (7) 第5期:透析療法期(CAPD)
 Q&A
7 糖尿病性腎症の薬物療法
 糖尿病性腎症治療の基本
 各病期での治療
  第1期(腎症前期)
  第2期(早期腎症期,微量アルブミン尿期)
  第3期(顕性腎症期)
  第4期(腎不全期)
 糖尿病性腎不全のときの薬物服用の際の注意点
  腎機能による薬の調節
  腎機能を悪化させる薬を控える
  胃腸薬
 血糖をコントロールするための薬物療法
  糖尿病治療の原則
  血糖コントロールの目標
  各薬物の適応
  経口血糖降下薬の使用のしかた
   (1)スルホニル尿素系(SU薬)の用い方
   (2)速効型経口血糖降下薬の用い方
   (3)ビグアナイド薬の用い方
   (4)糖質吸収抑制薬(αグルコシダーゼ阻害薬)の用い方
   (5)インスリン抵抗性改善薬の用い方
  インスリン注射の行い方
   (1)インスリンを用いるのはどのような場合か
   (2)1型糖尿病に対するインスリン療法
   (3)2型糖尿病に対するインスリン療法
   (4)超速効型インスリン
   (5)シックデイルール(急性感染症時のインスリン投与)とはどのようなものか
 降圧療法の行い方
  血圧コントロールはどのようにするか
  降圧療法の目標血圧はどれだけか
  使用する降圧薬の種類
   (1)アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)の用い方
   (2)アンジオテンシンII受容体拮抗薬(AII受容体拮抗薬)の用い方
   (3)カルシウム拮抗薬の用い方
   (4)α遮断薬の用い方
   (5)β遮断薬の用い方
   (6)中枢神経抑制薬の用い方
 糖尿病性腎症の体液管理
  体液管理のしかた
  利尿薬の用い方
 エリスロポエチン製剤の用い方
 高脂血症に対する薬物療法
 糖尿病性神経障害の薬物療法
 腎不全に対する薬物療法
  アルカリ化剤の用い方
  血清カリウム抑制薬の用い方
  高リン血症治療薬の用い方
  活性型ビタミンD製剤の用い方
  高尿酸治療薬の用い方
  尿毒症物質経口吸着薬の用い方
 虚血性心疾患に対する薬物療法
 Q&A
8 糖尿病性腎症での日常生活の守り方
 安静,運動療法はどうするか
  各病期における運動療法
 安静と休養
 血糖コントロールの実際
  腎症時に起こる高血糖・低血糖
   (1)高血糖
   (2)低血糖
  血糖の自己測定
 血圧管理のしかた
  重要な血圧コントロール
   (1)血圧の測り方
   (2)測定する時間
   (3)測定回数と記録
   (4)血圧値の見方
  起立性低血圧
 浮腫管理のしかた
  浮腫とは
  浮腫の自己管理のポイント
 感染症の予防
   シックデイルールの確認
 尿排泄障害の管理と尿路感染症
  神経因性膀胱
 フットケアのしかた
  足壊疽とは
  足の観察方法
  足の応急手当
   観察で異常がある場合の対処
  日常のフットケア
  靴の選び方
  スキントラブルとケア
   (1)足白癬のケア
   (2)胼胝や魚の目のケア
   (3)腎不全時に発症する皮膚掻痒症のケア
   (4)皮膚の乾燥を予防する
 妊娠・出産時の注意
  妊娠時のリスク
  避妊方法
 外科手術時の管理のしかた
  手術のリスク
  術前の検査
  術後の留意点
 Q&A
9 糖尿病性腎不全の透析療法の実際
 糖尿病性腎不全の透析導入
  わが国の透析患者数とその特徴
  透析導入基準
  透析療法の種類と特徴
   (1)血液透析療法(HD)
   (2)腹膜透析療法(PD)
   (3)血液濾過法(HF)
   (4)血液透析濾過法(HDF)
   (5)血液吸着法(DHP)
   (6)血漿交換療法(PE)
  透析療法の選び方
   (1)HDかCAPDか
   (2)CAPDの適応患者
 血液透析療法
  ダイアライザーの種類とその選び方
   (1)種 類
   (2)膜素材
   (3)ダイアライザーの選び方
  透析液とその組成
   (1)アルカリ化剤
   (2)ナトリウム(Na)
   (3)カリウム(K)
   (4)カルシウム(Ca)
   (5)ブドウ糖
  ブラッドアクセスの諸問題
   (1)ブラッドアクセスの種類とその選択
   (2)ブラッドアクセス作製時期
   (3)ブラッドアクセスの手術
   (4)管理上の注意点
   (5)抗凝固薬の使い方
  血液透析療法中に出現する特徴的な症状と対策
   (1)低血糖
   (2)血圧低下
   (3)血圧上昇
   (4)頭 痛
   (5)発熱・悪寒
   (6)筋痙攣
   (7)悪心・嘔吐
   (8)呼吸困難
   (9)胸 痛
 腹膜透析療法
  実施法
   (1)腹膜透析カテーテルの挿入
   (2)腹膜透析療法の種類
  透析液
   (1)一般的な透析液
   (2)アミノ酸透析液
   (3)中性透析液
   (4)イコデキストリン(icodextrin)透析液
  腹膜カテーテル操作とその問題点
   (1)カテーテルの種類と特徴
   (2)カテーテルの選択
   (3)カテーテルトラブル
   (4)主な合併症
 糖尿病透析患者の特徴的な病態と管理のしかた
  血糖管理
   (1)意 義
   (2)血糖コントロール
   (3)血糖コントロールの評価
  血圧管理
   (1)高血圧管理の実際
   (2)低血圧管理の実際
  栄養管理
   (1)栄養管理の重要性
   (2)食事基準
   (3)栄養評価の指標
  感染症対策
   (1)感染症の現状
   (2)高血糖と易感染性
   (3)感染症対策の実際
  高齢者の諸問題
   (1)透析患者の高齢化
   (2)加齢にともなう問題点
   (3)透析時の問題点
  外科手術時の問題点
   (1)術前管理
   (2)術中管理
   (3)術後管理
 糖尿病透析患者の主な合併症の特徴と対策
  虚血性心疾患
   (1)特 徴
   (2)診 断
   (3)治 療
   (4)予 防
  脳血管障害
   (1)特 徴
   (2)治療上の注意点
  自律神経障害
   (1)特 徴
   (2)対 策
  末梢神経障害
   (1)特 徴
   (2)症 状
   (3)治療上の注意点
  末梢循環障害
   (1)特 徴
   (2)症 状
   (3)治 療
  視力障害
   (1)網膜症
   (2)網膜剥離および眼底出血
   (3)白内障
   (4)緑内障
  感染症
   (1)尿路感染症
   (2)呼吸器感染症
   (3)皮膚感染症
   (4)胆道感染症
  その他
   (1)栄養障害
   (2)下痢・便秘
   (3)不整脈
   (4)妊娠・分娩
 Q&A
10 糖尿病性腎不全の移植治療
 糖尿病性腎不全の移植治療とは
 糖尿病性腎不全への移植治療の利点
  腎移植医療の利点
  膵腎同時移植の利点
  糖尿病合併症における移植治療の効果
 糖尿病性腎不全への移植治療の特徴
  腎移植の成績
  糖尿病性腎不全と糸球体腎炎による腎不全との腎移植成績の比較
  糖尿病性腎不全への腎移植治療の慎重な対応
 腎移植および膵腎同時移植の適応
  糖尿病性腎不全における腎移植の適応
  1型糖尿病による腎不全での膵腎同時移植の適応
  2型糖尿病による腎不全での膵腎同時移植の適応
 手術方法と免疫抑制療法
  移植治療の第一歩は手術の成功から
  腎移植の手術方法
  膵移植の手術方法
  免疫抑制療法
 糖尿病性腎不全への移植治療の問題点
  再び,腎不全,糖尿病に戻るときの対応
  膵島移植
 移植治療のわが国の現状と今後
 Q&A
11 糖尿病性腎症患者の心理社会的問題
 糖尿病性腎症患者の生活ストレス
  生活ストレスとは
  糖尿病性腎症患者の生活ストレス
  家族の生活ストレス
 糖尿病性腎症への対処
  効果的な対処
  対処に用いる資源
   (1)福祉制度
   (2)患者会
  効果的な対処を促進するための医療スタッフの役割
   (1)適切な情報を提供する
   (2)具体的な目標を設定する
   (3)過剰な要求を課さない
   (4)よきパートナーとなる
 Q&A

 文献
 索引