やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 「早期発見・早期治療」中心のこれまでの歯科医療の時代から,「早期発見・早期予防」を核としたこれからの歯科医療に向けての展開が散見されるようになってきました.医療担当者は,何を早期発見し,どのように早期予防するのか知識と技術を身につける必要があります.このような時代背景の中にあって「脱灰―再石灰化」「フッ素」あるいは「PMTC」といったキーワーズを聞く機会も,それらに関する情報も多くなってきたことは喜ばしいことです.
 しかし,残念なことは,「脱灰―再石灰化」あるいは「脱灰―再石灰化」と「フッ素」の両者の関わりについてわかりやすく解説した本がなかったことです.本書が生まれた理由はそこにあります.したがって,本書をまとめるにあたっては,わかりやすく解説することを努力目標としました.「早期発見・早期予防」を希望して来院してくる人達に,脱灰抑制―再石灰化促進処置を行う際に必要となる専門的な知識がまとめてあります.
 本曹は熊谷崇先生との合作によって完成しました.再石灰化反応の臨床的意義とその大切さを歯科関係者のみならず来院患者さんにも伝えてきた熊谷先生が口絵部分の「リスクコントロールと再石灰化」「唾液の多いところ少ないところ」「ライフステージとう蝕のリスク」の貴重なスライド資料の例示とポイントとなる事柄の解説をしています.
 脱灰―再石灰化処置法の基礎知識について必要な知見をまとめる過程でよりどころとなったのは,これまでの共同研究を通じて得られた成果と,その成果を論文としてまとめる過程で行った討論があったからでした.その意味でも,以下の二人の研究者に感謝したいと思います.口腔内実験装置を用いてより実際的な口腔内環境で先駆的な脱灰―再石灰化実験法を確立してきたT.Kou1ourides教授(米国:アラバマ大学)からは,再石灰化ミネラルの耐酸性の機序についての実験法と基本的考え方を学びました.J.Arends教授(オランダ:クローニンゲン大学)からは,脱灰―再石灰化ミネラルの定量法とフッ素と再石灰化ミネラルの反応論について,今日的な考え方を学びました.その要約本といえるものが本書です.
 エナメル質とフッ素に関する研究は,米国が方法論も解釈もリードしてきた感があります.脱灰―再石灰化とフッ素の反応については,北欧を含めヨーロッパ(おもにイギリス・オランダ)が米国の研究をさらに発展させ,新しい解釈を加えてきたところです.
 両方の研究機関で学ぶことで,異なる数々の点について考える機会を与えられたことは望外の成果でした.それでもなお共通していることは,微量元素であるフッ素の存在が,脱灰―再石灰化ミネラル全体の性状を変化させる効果を持つということです.具体的内容については本書から学んでいただきたいと思います.
 1998年12月 飯島洋一
はじめに……………………………3
刊行に寄せて……………………………5
口絵 カリエスコントロール
 リスクコントロールと再石灰化
 唾液の多いところ少ないところ
 ライフステージとう蝕のリスク
第1章 う蝕の成り立ちについての考え方の変遷……………………………21
 1.う蝕の自然史
 2.う蝕要因の概念図の変遷………………………22
  う蝕要因としての脱灰―再石灰化の概念図/24
第2章 再石灰化のメカニズム……………25
 1.脱灰病変の再石灰化……………………………………………26
  脱灰病変の定義/26 脱灰病変=初期う蝕病変/26 エナメル白斑の進行停止と可逆的変化/27 白斑の確認/28 象牙質の初期う蝕病変/28 脱灰以外の原因に由来する白斑/28 脱灰と再石灰化のバランス/29 無機質・布機質の相互作用/29
 2.再石灰化機構……………………………30
  再石灰化に関する用語/30 再石灰化の評価法/30 歯の無機質と結晶構造/30 ハイドロキシアパタイトの結晶構造/31 生体アパタイト/31 脱灰―再石灰化の発現機構/31 脱灰―再石灰化エナメル質のミネラルの種類/34 ミネラルの種類と溶解性/35 サメの歯も脱灰する/35 唾液・髄液中の共通イオンと再石灰化/36 何を再石灰化と呼ぶのか/36 エナメル質と象牙質の再石灰化/36 エナメル質の再石灰化は一方向:外部環境から脱灰病変内部へ/36 象牙質の再石灰化は両方向:外部・内部環境から脱灰病変内部へ/37 歯髄内圧と髄液の組成/37 象牙質の過再石灰化/37 セメント質/37 セメント質の再石灰化/39 再石
灰化ミネラルの性状=ミネラルの改善と耐酸性/39 0HとFの置換/39 萌出後のエナメル質の成熟と再石灰化の違い/40
第3章 再石灰化における口腔内環境(唾液・歯垢)の役割……………………………41
 1.再石灰化に果たす唾液の役割……………………………42
  唾液の基礎知識=脱灰―再石灰化をよりよく理解するために/42 唾液の分泌量/ 42唾液の流れ/43 唾液の組成成分が果たす緩衝作用/43 唾液の組成成分が果たす歯質表面の保護作用=唾液・エナメル質複合体/44 唾液タンパク質と過飽和/44 唾液の分泌速度により異なる組成成分/45 刺激により高くなる唾液pH/45 唾液組成の加齢変化/46 唾液分泌量の病的減少状態/46 口腔乾燥症の原因/46 口渇を副作用とする医薬品/46 市販されている人工唾液/47
 2.再石灰化に果たす歯垢の役割………………………………47
  ステファンカーブから脱灰と再石灰化を理解する/47 エナメル質,象牙質が溶け出す臨界pH/47 脱灰は発現しやすく,再石灰化は成りがたし/48 脱灰―再石灰化に果たす歯垢の役割/48 発酵性糖質の摂取頻度とpHサイクリング/49 脱灰と口腔細菌/49 脱灰抑制と口腔細菌/49 歯質との共通イオンの存在部位/50 歯垢は共通イオンの貯蔵庫/51
第4章 再石灰化におけるフッ素の役割……………………………………53
 1.再石灰化に果たすフッ素の役割……………………………54
  低濃度・高濃度フッ素と反応生成物/54 CaF2の生成濃度/55 水和層でのイオンの交換・蓄積/55
 2.臨床応用されているフッ化物……………………………55
  フッ化物配合歯磨剤の特異な使用法/56 低濃度・高濃度フッ素のう蝕予防効果/56 エナメル質のフッ素濃度分布/56 第1・第2・第3のフッ素/57 低濃度・高濃度に応用されるフッ化物/57
第5章 診療室で行う再石灰化処置……………………………………59
 1.再石灰化処置の具体例……………………………………60
 ●脱灰を抑制的にする処置/60
  PMTC/60 PMTCに必要な専門的知識/61
 ●再石灰化処置による再石灰発現機構
  セルフケア確立の重要性/62 再石灰化処置法による初期う蝕病変の可逆性/62 再石灰化処置法と従来の処置法との違い/62
 2.再石灰化処置による再石灰化発現機構……………………………………63
  唾液の恩恵を期待できる環境での再石灰化発現機構/63 唾液の恩恵を期待しにくい通常の環境での再石灰化発現機構/63
 3.脱灰―再石灰化を念頭においた口腔健診と保健指導…………………………………64
 ●口腔健診における脱灰病変と「う歯」の関連/64
  乳幼児健康診査における「う歯」/64 児童生徒の健康診断における「う歯」/64 COへの対応:学校保健の現場/64
 ●早期発見・早期予防と予防勧告/65
  「C0]早期発見のポイント/65 早期予防のポイント/65 カリエスリスク診断/67 小窩裂溝填塞法/67 小窩裂溝填塞後のフッ化物応用/67 小窩裂溝填塞材料の種類/68 一般的な術式/68 小窩裂溝填塞材料の安全性/68
 ●脱灰―再石灰化のバランスを取るための保健指導/69
  脱灰力と回復力の平衡関係/69 脱灰―再石灰化と食品/70 嗜好性飲料の直接脱灰能/70 再石灰化と関連性を有する食品/71 う蝕誘発性食品を見きわめる/72 ノンシュガーとシュガーレスと砂糖不使用/72
文献…………………………………74