やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

治癒の病理 臨床編第1巻 まえがき

 臨学の調和した本をめざして1988年3月に刊行された『治癒の病理』は,“臨床家の疑問に基礎が答える”という前提で,基礎歯学に重点を置いた内容となっている.とくに,歯周疾患および歯髄疾患の病態と治癒機転に関する臨床家の疑問に対して,基礎側が生物学的な裏づけとなる解説を加えているように,歯科臨床と基礎歯学のそれぞれの現場からの発想と知識を集めて作成されたものである.その結果幸いにも,臨床と基礎のあいだのギャップを埋める書として一定の評価を得ることができた.
 しかし,『治癒の病理』と同じコンセプトで,臨床的な内容,同書には記載されていない分野,およびごく最近では,さらに新しい情報を盛り込んだ成書に対する要望が強く出されるようになってきた.そこで,臨床家の疑問や問題点を,臨床側と基礎側の双方から検証することによって,理論に裏づけされたbiologicalな治療とはなにかを探究してみようと考え,この『治癒の病理・臨床編』を企画した.
 今回の企画では,さまざまな臨床的問題点をできるだけ多くカバーするため,「歯内療法」,「歯周治療」,「歯の移植・再植,インプラント」,「顎機能との調和」の4巻に分けて編集した.それぞれの巻で,一般開業医,大学の臨床家,ならびに基礎研究者の方々の協力を得て,いろいろな立場からのアプローチを試みると同時に,up to dateな情報や近未来を視野にいれた内容を執筆していただくようお願いした.
 第1巻の「歯内療法」は,“歯髄保存の限界を求めて“という副題に示すとおり,抜髄をしない歯科臨床の可能性を探ることが目的である.最近,“象牙質・歯髄複合体Dentin/Pulp Complex”という概念が提唱され,象牙質と歯髄は発生学的にも機能的にも同レベルの組織であると考えられるようになってきた.事実,象牙質の透過性に関する最近の研究あるいは接着性レジンの出現によって,従来の充填方式や覆髄(歯髄覆罩)の考えは転換期にきているように思える.
 また,歯髄は弱い組織であるというわれわれの既成概念もまた,歯髄内の血液循環動態,神経分布とその機能,歯髄組織の治癒能力などに関する研究結果によって大幅に変えなければならないようである.さまざまな臨床的アプローチと,それらの術式の裏づけとなるであろう生物学的な研究結果から,歯髄の生命力や歯髄保存の可能性についてお考えいただければ幸いである.
 終わりに,ご多忙にかかわらずご執筆いただいた著者の方々に厚くお礼申し上げます.また,本書発刊にあたってご尽力いただいた医歯薬出版株式会社および編集部の諸氏に深く感謝いたします.

 学術用語の統一について
 読者の便を考え,用語はできるだけ統一した.しかし,著者の意見も尊重した結果,次のような不統一な用語も散見されるが,ご寛容願いたい.括弧内は同義語である.
 エナメル質(琺瑯質),スメア層(スミア層),覆髄(歯髄覆罩),根尖病変(根端病巣),歯肉(歯齦),象牙質橋(dentin bridge),微少漏洩(マイクロリケージ)
 1993年10月 下野正基 飯島国好
第1章 歯髄の診断と保存処理-歯髄はほんとうに弱い組織なのか?……1

臨床編
1 歯髄の診断と保存処置
 飯島国好・山本共夫・今井文彰……1
 1 う蝕の臨床的診断と充填の見直し……2
 2 軟化象牙質の除去……8
 3 覆 髄……10
 4 歯髄のX線診断……14
 5 歯髄保存の処置……22
 6 根未完成歯の処置……29
2 歯髄の電気診断 大多和由美・町田幸雄……35
 1 電気歯髄診断を行うにあたって……35
 2 歯を電気刺激したときの感覚……36
 3 歯の閾値と電気抵抗……36
 4 グローブの使用……38
 5 歯根の形成程度と電気歯髄診断に対する反応……38
 6 外傷後の歯髄生活反応……41
 7 乳歯について……41
3 う蝕病巣の無菌化療法を試みて
 森田正純……43
 1 使用した薬剤……44
 2 う蝕窩洞の無菌化……44
 3 間接覆髄による感染象牙質の無菌化……46
 4 直接覆髄による歯髄と感染象牙質の無菌化……46
 5 経過観察……48
 6 考 察……50

基礎編
1 歯髄の治癒・再生能力
 井上 孝・下野正基……53
 1 歯髄治癒のメカニズム……54
 2 歯髄の象牙質形成能……58
 3 歯髄の免疫応答……70
2 神経からみた歯髄の治癒
 前田健康・高野吉郎……75
 1 歯髄の神経分布……75
 2 加齢に伴う歯髄神経の変化……85
 3 炎症に対する歯髄神経の反応……89
 4 歯髄治癒における神経の働き……94
要約と展望……101

第2章 象牙質知覚過敏-歯の痛みを制御できるか?……103

臨床編
1 象牙質知覚過敏症の処置
 黒岩 勝・小高鐵男……103
 1 原因的アプローチについての臨床的考察……103
 2 歯頚部知覚過敏症の処置法……106

基礎編
1 象牙質の透過性と歯の痛み 須田英明……115
 1 象牙質の透過性に影響を与える因子……115
 2 象牙質知覚過敏のメカニズム……123
2 歯の痛みと神経 脇坂 聡……133
 1 痛みを伝える神経……133
 2 神経インパルスの調整物質……136
 3 神経調節物質の分布とその働き……138
要約と展望……151

第3章 接着性レジン-レジンに歯髄為害性はないか?……153

臨床編
1 接着性レジンの臨床 山本共夫……153
 1 コンポジットレジン系接着性レジンの利点……155
 2 臨床応用の実際……157

基礎編
1 接着性レジン修復と覆髄の生物学的意義
 青木 聡・石川達也……174
 1 接着性レジン修復における歯髄刺激の原因……174
 2 接着性レジン修復における覆髄の必要性……178
 3 接着性レジン修復における覆髄法……181
 4 現在考えられる覆髄の意義……189
 5 象牙質・歯髄複合体への象牙質代替材の応用……191
2 接着性レジンに対する歯髄の反応
 下野正基・井上 孝……195
 1 歯髄の治癒能力……195
 2 4 META/MMA-TBB-O接着性レジンの細胞増殖能試験……196
 3 4 META/MMA-TBB-O接着性レジンの細胞毒性試験……197
 4 4 META/MMA-TBB-O接着性レジンのラットとイヌ歯髄への影響……201
 5 4 META/MMA-TBB-O接着性レジンのヒト歯髄への応用……202
要約と展望……211

第4章 窩洞・歯冠形成-歯髄の涙?……213

臨床編
1 歯髄保護のための窩洞・歯冠形成法
 片山 直・宮田 隆……213
 1 歯髄保護のための切削……214
 2 歯髄保護のための麻酔法……221
 3 窩洞形成時の偶発症……222

基礎編
1 窩洞・歯冠形成と歯髄の血液動態
 高橋和人・岸 好彰……224
 1 閉じ込められた血管たち-歯髄の成長と血管網の変化-……225
 2 窩洞・歯冠形成と歯髄の血管構築<歯髄の涙>……237
 3 窩洞・歯冠形成による歯髄の血液循環の変化……238
 4 血液循環と炎症……242
 5 歯髄の生命力-加齢による血管網の変化-……245
要約と展望……254

第5章 これからの歯内療法
1 歯の破折への対応 飯島国好……256
 1 歯髄の機能と作用……256
 2 歯内療法と歯根破折……257
 3 これからの歯内療法……260
2 レーザーの歯内療法への応用
 井澤常泰・須田英明……265
 1 レーザー照射による歯髄の創傷治癒促進作用……265
 2 根尖外科手術におけるレーザーの応用……266
 3 根管拡大への応用……267
 4 レーザーの歯頚部知覚過敏症への応用……270
要約と展望……278

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