やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

Preface
“ブレッド&バター”
 今から60年ほど前,遠くに仰ぎ見てきたアメリカで,私は偶然に出会ったKatz夫妻の金属焼付ポーセレン(PFM)開発チームに加わり,研究や臨床に携わることになった.世界で誰も試したことのない方法を模索し,先の見えない研究を共に続けるなか,化学者Sigmundと歯科技工士GerryのKatz夫妻は,日本から来た若造の私を家庭に迎え入れ,身内のように接してくれた.
 ある日の会話のなかで,Gerryの口から出た言葉“ブレッド&バター”は,英語で「生活の糧」や「毎日の生活に必要なもの」という意味をもつ.Gerryは,「目的意識をもって生活ができているのは最高にうれしいことよ」と,続けて言った.
 Gerryはロシア系ユダヤ人で,父親が医師,母親が歯科医師の裕福な家庭に育ったが,第二次世界大戦中にナチスのユダヤ人迫害から逃れるため,両親と共にアメリカへ渡った.Dr.Katzもやはりドイツから逃れて来たユダヤ人で,筆舌に尽くしがたい苦難を乗り越えてアメリカへ辿り着いた人であった.
 逃げ回っていた日々を思えば,先の見えない研究であっても,目的をもって毎日を過ごせることは幸せ――Gerryの話を聞いて,私にも“ブレッド&バター”の意味がわかってきた.国や事情は異なれど,アメリカに渡り,仕事を共にすることになった私たちは,思いを共有し,研究に没頭し,PFMを歯科臨床に普及させるという共通の目的に向かって試行錯誤を重ね,それがPFMの成功に結実したのである.
生体そして“歯の形”は変わらない
 私が歯科技工士として歩んできた長い歳月の間に,歯科医療においては新たな治療法が生まれ,また,技術の進歩によって次々と新しい機械や材料が導入された.近年,発展の目覚ましいデジタルテクノロジーは,歯科医師・歯科技工士の作業環境を劇的に変え,作業の効率化をもたらしている.
 それに伴って教育のあり方が変化していくことは必然であるが,歯科医療のフィロソフィーは踏襲されるべきである.技術や学問は,それを習得すること自体が目的なのではなく,「歯科の道を通じて,人類の健康に寄与する」という目標に正しく向かうための手段であることを忘れてはならない.
 治療法や材料が変わっても,生体そして歯の形は変わらない.
 基(もとい)となる歯牙解剖や臨床コンセプト,基本手技を身につけてこそ,新しい技術や材料を有効に使用して人々の健康に寄与できるようになるはずである.
 将来,デジタルデンティストリーが歯科治療の主流になる日が来たとしても,生体そして自然から学ぶ真摯な姿勢を変わらず持ち続けていたいものである.
継承と発展
 私は幸運にも,PFMの臨床や研究,学会での講演などを通じて,多くのジャイアンツと呼ばれる素晴らしい臨床家と巡り会い,彼らから多くを学びながら自身の臨床のスタイルを確立していくことができた.
 また彼らは,それを自身の臨床にだけ用いるのでなく,多くの人に伝えることにより歯科医療界全体のレベルアップに役立てていくことの大切さにも気づかせてくれ,私に講演や教育の機会を与えてくれた.
 彼らが私に与えてくれたものに感謝するとき,そのフィロソフィーを私が受け継ぎ,発展させて次代へ継承していかなければならないとの思いを新たにする.
 私は,アメリカから帰国後,自身が学んできたことを伝達するべくクワタカレッジを立ち上げて47年間,世界各国から受講生を受け入れ,多くの歯科医師と歯科技工士を指導してきた.技術指導はやってみせて,手で覚えてもらうことが大切だと考え,これまで各国でコースを開催し,学生教育の場にも立たせてもらった.
 その根本となる臨床のコンセプトをあらためてまとめ直そうと,本書を企画した.本書は私の集大成として,これまで雑誌や書籍で発表したり講演で述べてきたりした臨床のコンセプトやテクニックを余すところなく紹介している.本書のためにイラストをすべて描き直し,新しく臨床手技の写真を撮影し,詳細な解説を付した.
 特に,この10年ほどの間に考えがまとまったFDO(Functionally Discluded Occlusion)のコンセプトについては,多くのページを割き,筆者自身の口腔内での治療例を提示しながら紹介している.
 本書をまとめるにあたり,あらためて「Back to Basics」基本に立ち返ることと,「Learn from Nature」自然に学ぶ謙虚さが大切であることを実感している.
 最後に,私の歯科技工士としてのこれまでの歩みに関わってくださったすべての方々に心から感謝の意を表したい.
 桑田正博
CHAPTER 1 歯冠修復物の製作に役立つ外形基準
 SECTION 01 歯冠修復物に求められる要件
 SECTION 02 スリープレーンコンセプト
 SECTION 03 エマージェンスプロファイル
 SECTION 04 カントゥアガイドライン
CHAPTER 2 天然歯の形態と役割
 SECTION 01 天然歯の形態を学ぶ意味
 SECTION 02 中切歯
 SECTION 03 側切歯
 SECTION 04 犬歯
 SECTION 05 第一小臼歯
 SECTION 06 第二小臼歯
 SECTION 07 第一大臼歯
CHAPTER 3 臨床基準に基づく支台歯形成とクラウンデザイン
 SECTION 01 スリープレーンコンセプトを応用した支台歯の3面形成
 SECTION 02 三角構造の理論によるマージン部形成と材料の構成
 SECTION 03 セラミッククラウンにおける構造体の形態
CHAPTER 4 骨格技法によるワックスアップテクニック
 SECTION 01 作業姿勢と指使いの原則
 SECTION 02 骨格技法によるワックスアップの手順
CHAPTER 5 セラミックの築盛と形態修整
 SECTION 01 水分のコントロールが築盛作業の“要”
 SECTION 02 アナトミカルシェーディングテクニックによるセラミック築盛のプロセス
 COLUMN PFMが開いた審美歯科の扉
CHAPTER 6 Functionally Discluded Occlusionに基づく咬合の与え方
 SECTION 01 Functionally Discluded Occlusionの考え方
 SECTION 02 フルマウスリコンストラクションにおけるFDOの実践
 SECTION 03 FDOに基づいた修復治療の実際
CHAPTER 7 天然歯の咬合調整
 SECTION 01 天然歯に咬合調整を行う目的とその手順
 SECTION 02 咬合調整の基本手技
 COLUMN Schuylerによる咬合調整
 オクルージョンをわかりやすく
CHAPTER 8 金属焼付ポーセレンと私
 SECTION 01 金属焼付ポーセレンと私
 SECTION 02 私の臨床の礎を作り上げてくれたジャイアンツたち
 SECTION 03 金属焼付ポーセレンが誕生するまで
 COLUMN 金属焼付ポーセレンおよび高強度ポーセレン(HSP)のUS特許

 History of Masahiro Kuwata

 索引