やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

本書の発刊にあたって
 世界最速で高齢化が進む長寿社会の日本において,人々の健康寿命をいかに延ばし,いかに楽しい人生を過ごしてもらうかが医療人にとって重要な課題となっており,その鍵を握るのは歯科医療といっても過言ではありません.このような背景の中,咀嚼機能や審美性に優れたインプラントは,歯を失った患者さんに対するスタンダードな治療法となりつつあり,さらに無歯顎,多数歯欠損に対しては,少数のインプラントで高い治療効果の得られるインプラントオーバーデンチャー(IOD)が注目されています.
 IODは,2002年に提唱された「下顎無歯顎においては,インプラント2本を支台としたIODを第一選択とすべきではないか」というMcGillコンセンサスをはじめ,世界的に優れた治療として認められています.また,下顎2本のIODは,1999年にスイス口腔インプラント学会が示した難易度レベルSAC分類においてはSimple(簡単)に分類され,広く使用されるようになっています.
 しかし,非常に残念なことに,わが国においてIODはいまだに十分に普及していないのが現状です.IODは義歯の安定だけでなく,長期の顎堤の保全や咬合支持などにとても有効な方法であるにもかかわらず,インプラント治療を多く手がけるインプラントジストでも,無歯顎や多数歯欠損の患者さんが来院された際に,IODを選択肢の1つとして説明していないことが多いと聞きます.
 最近では一般の方々にもインプラントのメリットが認識されつつありますが,無歯顎や多数歯欠損の方の中には,固定性のインプラント補綴だと植立本数が多く治療費が高額となるために,インプラントを断念し,妥協した食生活,社会生活を送っている方も多くいらっしゃいます.人生100年時代にあって,患者さんの10年,20年,30年先を見越した治療が望まれており,ぜひとも少数のインプラントで高い治療効果のあるIODを臨床に取り入れていただきたいと思います.
 IODがわが国で広まらない理由として,IODの臨床に即した手引書がほとんどないことが挙げられます.そこで,筆者はIODの臨床を広めるため,2012年に本書の前身となる『インプラントオーバーデンチャーの基本と臨床』を上梓したところ,中国語にも翻訳されるなど多くの臨床家にご購読いただきました.発行後はIODを用いる頻度がますます増え,さらに新たな製品や手法,技術を臨床に応用してきました.
 このたび,より多くの臨床家にIODを取り入れていただけるよう,前著を大幅にアップデートして発刊する運びとなりました.10年以上の症例も多く含む120症例以上の代表例を供覧しての詳細な解説,そして要介護を見据えたインプラント治療,デジタルデンティストリーの進歩に伴う次世代の義歯設計法,口腔内スキャナーや3Dプリンターを用いた最新の義歯製作テクニックを含む,30年以上の臨床経験から導き出したIODのノウハウを余すことなく紹介させていただきました.
 本書が,わが国におけるIODの普及と健康寿命の延伸に貢献できたなら,このうえない喜びです.xii頁に示した本書の活用法を参考に読み進め,臨床にお役立ていただければ幸いです.
 2020年9月
 田中譲治
 発刊にあたって
 インプラントオーバーデンチャー(IOD)成功のための7つの勘所
Chapter 1 インプラントオーバーデンチャーの現状
 治療法としての位置づけ
Chapter 2 無歯顎インプラント補綴の分類とその留意点
 無歯顎インプラント補綴の分類
 クラウンブリッジタイプ
 ハイブリッドタイプ
 オーバーデンチャータイプ
 無歯顎・多数歯欠損における固定性インプラント補綴の設計指針
Chapter 3 インプラントオーバーデンチャーの必要性―vs全部床義歯,vs固定性インプラント補綴
 固定性インプラント補綴の限界および注意点
 全部床義歯 vs インプラントオーバーデンチャー
  咀嚼力の限界/予知性と有用性〜McGillコンセンサス〜/顎堤保全〜バイオロジカルコストの抑制〜
 固定性インプラント補綴 vs インプラントオーバーデンチャー
  水平的吸収(リップサポート,切歯乳頭の位置,顎間関係)/垂直的吸収(顎間距離,上唇の長さ,スマイルリップライン)/口蓋の吸収(発音障害)
 実際の臨床における選択指針―固定性インプラント補綴 vs リジッドIOD vs フレキシブルIOD
Chapter 4 インプラントオーバーデンチャーの利点
 インプラント植立本数を少なくできる
 審美回復
 リップサポート(顔貌の回復)
 適切なアーチフォームの回復
 発音機能の回復
 スムーズな食事
 メインテナンスのしやすさ
Chapter 5 インプラントオーバーデンチャー施術上の注意点
 外科における注意点
 免荷期間中の注意点
  ガーゼ法/手術後の義歯の取り扱い/インテグレーション後の義歯の取り扱い
 維持装置のスペース確保
Chapter 6 インプラントオーバーデンチャーの設計指針―リジッドIOD,フレキシブルIOD
 インプラントオーバーデンチャーの支持様式による分類
 長期安定とニーズから考えた設計(リジッドIOD,フレキシブルIOD)
  リジッドIOD,フレキシブル(ノンリジッド)IOD/両側性バランスの利用/義歯と顎骨間の粘膜の存在/機能回復と支台の保全
 インプラントオーバーデンチャーの設計指針の実際
  骨量,骨質および治療費に問題はないが,顎堤吸収があり,リップサポートに問題がある場合/治療費は問題ないが,骨量,骨質に問題がある場合/治療費の制約が強い場合/高齢化や要介護を見据えた対応が必要な場合
Chapter 7 維持装置の選択
 維持装置の種類
 バーアタッチメント
 スタッドアタッチメント(ボール,ロケーター)
 磁性アタッチメント
 維持装置の選択
Chapter 8 磁性アタッチメントを臨床で用いるメリット
 磁石の臨床応用
 磁性アタッチメントの利点
  支台の保全(優しさ)/義歯のバリアフリー(使いやすさ)/審美補綴(美しさ)
 インプラントの難点を克服する磁性アタッチメント
  インプラントからの視点/有床義歯からの視点
 ユニバーサルサポートからとらえた磁性アタッチメント
Chapter 9 磁性アタッチメントの種類とその特性
 国内外の各種磁性アタッチメント
  国内の磁性アタッチメント/海外の磁性アタッチメント(国内製品との比較)
 磁性アタッチメント(マグネット)の文献的考察
  長期経過観察比較研究/クロスオーバー比較研究/下顎インプラントオーバーデンチャーによる下顎顎堤および上顎への影響/高性能磁性アタッチメントを使用した研究
 磁性アタッチメントの安全性
Chapter 10 磁性アタッチメントを用いた義歯の設計と術式の実際―IODにおける磁性アタッチメントの有用性10項目を踏まえて
 IODにおける磁性アタッチメントの有用性10項目
 磁性アタッチメントを用いた義歯の設計(使用目的による分類)
  Type R使用(ソフトデザイン)/Type SR使用(サポートデザイン)/Type BSR使用(リジッドデザイン)
 全部床義歯における具体的設計
  上顎全部床義歯/下顎全部床義歯
 部分床義歯における具体的設計
  審美改善およびユニバーサルサポートへの配慮/咬合支持の改善および顎堤保全/レストについての考え方
 磁性アタッチメントの注意点
 磁性アタッチメントの術式
Chapter 11 磁性アタッチメントのさまざまな臨床応用
 磁性アタッチメント専用ミニインプラント
 可撤式クラウンブリッジ・印象採得への応用
  可撤式クラウンブリッジへの応用/印象採得への応用
 片側処理の義歯への応用
 即時荷重インプラントオーバーデンチャーへの応用
 フラップレスサージェリーの症例への応用
 その他の臨床テクニック
Chapter 12 無口蓋義歯の製作ポイント
 インプラントポジション
 人工歯排列
 義歯装着後の調整
Chapter 13 すれ違い咬合への対応
 すれ違い咬合の悪循環
 インプラントによる受圧・加圧の改善
Chapter 14 コンビネーションシンドロームへの対応
 コンビネーションシンドロームの予防や悪化の抑制
 下顎インプラントオーバーデンチャーによる誘発への疑問
Chapter 15 シングルデンチャーとしての活用
 シングルデンチャーが難しい理由
 シングルデンチャーにIODを用いるための口腔内状況の分類
 IODによる上顎シングルデンチャーの設計指針
  M×SD-K-III:下顎が片側性中間欠損Kennedy III級(欠損なしも含む)/M×SD-K-II:下顎が片側性 遊離端欠損KennedyII級/M×SD-K-I:下顎が両側性遊離端欠損KennedyI級/M×SD-K-IV:下顎が前方歯中間欠損Kennedy IV級/M×SD-Ft:下顎の残存歯が前方1〜3歯
Chapter 16 インプラントオーバーデンチャーのメインテナンス
 メインテナンスのポイント
 磁性アタッチメントに関する注意点
Chapter 17 要介護を見据えたインプラント治療
 健康長寿と歯科医療
  身体的健康と咀嚼機能の関わり/記憶力(認知症)と咀嚼機能との関わり/医科からの関心
 要介護における天然歯 vs インプラント
 要介護状態の患者におけるインプラントの問題点と対処法
  口腔衛生状態不良/咬傷/手の不自由さによる義歯の取り扱いや誤飲の問題/介護者や他職種の情報・知識不足/認知症
 健康長寿につながるインプラント治療
Chapter 18 インプラントオーバーデンチャーへの設計変更必要度レベル評価
 要介護者におけるインプラントオーバーデンチャーの有用性
 インプラントオーバーデンチャーへの設計変更必要度レベル評価
  口腔清掃(舌や口腔周囲を含む)/顎堤吸収度または咬合支持数/手の不自由さ(巧緻性低下)/口腔機能(含嗽,嚥下など)/認知症・理解能力不足/ADL(日常生活動作)
Chapter 19 CAD/CAM・CT・3Dプリンターを用いた次世代の義歯設計と製作
 CAD/CAMがもたらす歯科補綴のパラダイムシフト
 CTデータとの合成による次世代の義歯設計
 CAD/CAMを利用したバーアタッチメントの製作
 削り出しによるCAD/CAMデンチャーの製作
 3Dプリンターデンチャー
Chapter 20 口腔内スキャナーによる義歯製作・次世代コピーデンチャーへの利用
 口腔内スキャナーの有用性
 口腔内スキャナーを利用した次世代コピーデンチャーの製作法
Chapter 21 インプラントオーバーデンチャーへの展望と期待
 健康長寿社会に寄与するインプラントオーバーデンチャー

 References
 Index

 付録
  インプラントオーバーデンチャーを手がけるにあたり知っておくべき事項の確認チェック表
  インプラントマグネットデンチャーの治療について……巻末