やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第4版 監訳者序
 2008年に『Saliva and Oral Health原著第3版』の翻訳書を出版してから6年が経過した.第3版の翻訳書は,大変好評を博し多くの方々に読んでいただき,わが国でも唾液に関する代表的な本としてすっかり定着してきたように思われる.その間,2012年に原著第4版が出版され,引き続きその翻訳にかかわることができたことを大変光栄に思う.
 第4版原著では2名の著者が交代となり,その他のCHAPTERでも多くの文献の追加,修正がなされている.翻訳にあたっては本川渉教授が退職を期に退かれたため,新たに村本和世教授に同じCHAPTERをお引き受けいただいた.その他のCHAPTERにおいては第3版と同じ翻訳者に引き続きお願いすることができた.
 唾液は,口腔環境の恒常性を担い,歯や粘膜を保護し,ヒトの食物咀嚼や嚥下を可能にしている.また,口腔が全身の健康を支えているように,唾液は口腔の健康を維持するために重要な働きをしている.
 唾液に関する研究は歯科臨床に留まらず,生体が放つ多くの情報の供給源としての価値が広い分野で認められている.原著は,世界の第一線で活躍する唾液研究者8名により執筆されており,いずれもレベルの高い雑誌に掲載された多くの文献が紐解かれ,最新の情報が詳細に解説されている.翻訳書は,原著の内容に照らして,現在それらの領域に精通された方々にお願いし,極力内容をかみ砕いてわかりやすく表現していただいたことにより,短時間で容易に内容が理解できる本に仕上げられていると自負している.
 本書が,唾液に関する知識を満たすためのバイブルとして,多くの学生,臨床家,研究者に広く愛され,役立てていただき,歯科医療の発展に寄与できればこの上ない幸せである.
 最後に,本の翻訳,編集に携わった多くの方々,そして医歯薬出版株式会社に心より感謝申し上げる.
 2014年9月 渡部 茂


第3版 監訳者序
 初版本『Saliva and dental health』は1990年に出版され,約1万冊が世界中に行き渡った.私は1985〜1987年,マニトバ大学,Colin Dawes教授の下で研究生活を送っていたが,当時からDawes教授はこの本の制作の着想に意欲的であったことを記憶している.当時,Dawes教授は唾液クリアランスのメカニズムの解明に着手し,それまで曖昧であった口腔環境に及ぼす唾液の働きを一つひとつ明らかにしていた.その研究が,現在Keyesの三つの輪をすっぽり包み込むほどの大きな輪に発展していることは,この領域の研究者の知るところである.
 1996年には原著第2版が出版され,タイトルが『Saliva and oral health』と歯(dental)から口腔(oral)へと変わったように,内容も一段と深まり範囲も広くなった.この本は,もともと第一線での研究内容を一般歯科医師が理解し,日々の歯科治療に生かされることを狙って作成されたものであるが,ハイレベルかつ最新のトピックスが集約されており,大学院講義や臨床的研究の参考書としても十分活用できるものと思われる.
 原著第2版は,河野正司新潟大学名誉教授監訳により日本語への翻訳が行われ,多くの日本人歯科関係者に広く読まれた.今回,原著第3版が出版されるにあたり,編者の一人にDawes教授が加わったことから,筆者もぜひ翻訳者に加わりたく申し出たところ,幸運にも河野教授のご好意により継承させていただく形で監訳者としてこの本を翻訳することとなった.
 翻訳者には,いずれも各々の原著の内容に照らして,第一線で活躍されているその研究領域に造詣の深い方にお願いをした.
 本書を多くの日本の歯科医師,歯科衛生士に読んでいただき,日々の歯科臨床で,常に変化する患者の口腔環境の掌握,的確な予防の概念と処置をベースにした,本来の歯科治療体系の科学的な構築,さらにはすべての医療・保健領域の関係者に役立てていただくことを,翻訳者一同切に望む次第である.
 最後に,版権の取得をはじめ編集事務に携わっていただいた医歯薬出版株式会社に感謝申し上げる.
 2008年5月 渡部 茂


第4版 原著者序
 『Saliva and Oral Health』第4版の発行は,2004年に第3版が出版されて以来の唾液研究の多彩かつ著しい進歩からすると,遅すぎた感が否めない.
 この第4版では前版8つのCHAPTERの著者のうち6名が引き続き担当している.Jonathon Ship教授の早すぎる逝去によって著者の交代を余儀なくされたが,Mahvash Navazesh教授に『CHAPTER 2 口腔乾燥症と唾液腺機能低下症:病因と診断,臨床的意味と管理』の引き継ぎを了承していただくことができた.Jorma Tenovuo教授は退職が迫っていることを理由に交代を望まれたため,これまで多くの重要な論文を出されているEva Helmerhorst博士に『CHAPTER 7 唾液の防御機能』を執筆することに同意いただいた.
 本書では8つのCHAPTERを通じて健康に及ぼす唾液の影響について濃縮されているが,スポンサーであるWrigley社のMichael Dodds博士とTaichi Inui博士から,特に食品製造の観点からみて興味深い,唾液のもつ他の機能についての解説文を寄稿していただいた.この寄稿文には,「口腔感覚」に果たす唾液の役割と食べ物や飲み物の感覚認知について,そしてまた口腔に限らず全身の疾患の診断として唾液成分の分析が用いられる可能性について包括されている.
 以前の版でもそうであったように,本書は学生や大学院生ばかりでなく,臨床歯科医や口腔疾患に取り組む他の健康専門家を対象としている.
 我々は新版の発行にあたり関係したすべての協力者,ならびに新しい出版社に大変感謝している.そして我々はまた,これまでと同様にM.W.J.Dodds博士に代わってこの第4版の出版コストを引き受けていただいたWm.Wrigley Jr.社に,深甚なる感謝の意を表したい.
 Michael Edgar
 Colin Dawes
 Denis O'Mullane


第3版 原著者序
 『Saliva and Oral Health』の第3版は,内容や文章,図の刷新など増刷の時機がきたからというよりは,相変わらずこの本の評判がよく,前版がもう入手できないといった声に応えて出版されることになった.
 前版と同様に,この版でも執筆者が交代している.すなわち,Bill Bowen教授執筆の『第7章 口腔内細菌への唾液の作用』,そしてDon Hay教授とBill Bowen教授の共著『第8章 唾液タンパクの機能』は,Jorma Tenovuo教授によって『第7章 唾液の防御機能』と題して一つの章にまとめられた.Tenovuo教授の専門知識と業績が加わったことはこの本にとって大変歓迎されることである.また前版でのLeo Sreebny教授執筆の『第4章 口腔乾燥症の診断,治療と臨床症状』は,Jonathan Ship教授によって『第4章 口腔乾燥症:病因と診断,管理,臨床的意味』に書き改められた.他の著者はすべて引き続き同じ章で執筆していただいた.いずれもこの機会を利用して,すべての章で新しい知見が加えられ,読者に対してそれほど重要でないと思われる項目についてはスペースを縮小した.前版で二つの章を執筆されたColin Dawes教授には,今回引き続き二つの章を担当していただき,また新たに編者として加わっていただいた.
 本書は,初版から主として『進歩的で好奇心旺盛な開業医』を対象にしてはいるが,読者からの反応では大学生や大学院生,あるいは,他の健康医療職の専門家たちからも非常に有益な本であるとのご意見をいただいている.われわれは,口腔の健康の維持における唾液の重要性を知ることによって,歯科医師のみならず医療関係者がいままで抱いていたものとは違う,新しい考えに気づいてくれることを信じている.そしてこの小さい本が,その変化に多少とも貢献できることを望んでいる.
 新しい知見を導入する際に,著者は前版の執筆者の労に大いに助けられた.筆者と編者は,2003年6月にイェーテボリでのIADR General Sessionの前に会い,章概略について議論を行った後,9月までに原稿を編者に提出し,さらに編集された章と数値などは,10月に版元に提出した.
 今回の新版(第3版)の迅速な事務処理に携わっていただいたすべての方々に心より感謝したい.
 最後に,初版のNiels Hoegh-Guldbergに変わってWm Wrigley Jr.Co.に大変お世話いただいた.それからMichael Dodds博士には,イェーテボリでの編集会議に際して資金供給ならびに出版の経費を引き受けていただいたことを感謝する.
 Michael Edgar
 Colin Dawes
 Denis O' Mullane
CHAPTER 1 序説:唾液腺の解剖と生理機能
 (村本和世)
 1.唾液の機能
 2.ショ糖摂取後のプラークpHの変化と唾液存在下での緩衝能
 3.解剖と組織構造
 4.唾液腺の構造
 5.唾液の生成
 6.神経支配
 7.血液供給
 8.生理学
  組成 分泌速度 加齢の影響
 9.唾液を利用した診断
  う蝕のリスク評価 全身性疾患診断
CHAPTER 2 唾液分泌のメカニズム
 (田隈泰信)
 はじめに
 1.分泌刺激
  唾液分泌の神経支配 セカンドメッセンジャー
  アデニル酸シクラーゼとサイクリックAMP
  ホスホリパーゼC,イノシトール1,4,5トリスリン酸,カルシウム 高分子物質
 2.水と電解質
  水分泌 重炭酸イオンの分泌 カルシウムとリン酸の分泌
  水チャネル 一方向性の分泌 水と電解質分泌への薬理学的介入
CHAPTER 3 唾液分泌速度と成分に影響を及ぼす要因
 (渡部 茂)
 1.安静時唾液
 2.安静時唾液分泌速度に影響を及ぼす要因
  水分量 体姿勢,光の状態 生物学的リズム 薬物
  精神的な刺激 機能的刺激
 3.刺激時唾液
  刺激時唾液分泌速度に影響を及ぼす要因 機械的刺激 嘔吐
  味覚刺激および嗅覚刺激 性別,唾液腺の大きさと片側咀嚼 年齢 食物摂取
 4.唾液分泌速度と口腔の健康
  口腔からの炭水化物のクリアランス 1日の総唾液分泌量
 5.唾液の組成
 6.唾液組成に影響を及ぼす要因
  各唾液腺の割合 唾液分泌速度 刺激の持続 刺激の種類 概日リズム
 7.唾液と味覚
 8.唾液の緩衝能
  タンパク質 リン酸塩 重炭酸塩 pH 尿素
 9.カルシウムとリン酸の濃度
 10.小唾液腺の分泌
 まとめ(臨床的側面)
CHAPTER 4 口腔乾燥症と唾液腺機能低下症:病因と診断,臨床的意味と管理
 (王 宝禮)
 はじめに
 1.口腔乾燥症および唾液腺機能低下の病因
  唾液腺の病態 全身性疾患 薬物療法 頭頸部放射線療法
 2.口腔乾燥症と唾液腺機能低下の診断
  主観的な応答と質問票 一般的な口腔診査 唾液採取
  病理組織学的検査 画像診断 血清学的検査
 3.口腔乾燥症と唾液腺機能低下の臨床的意味
  歯のう蝕と酸蝕 歯肉炎 義歯の使用困難 口腔真菌感染症
  味覚障害 嚥下障害 QOLの低下
 4.口腔乾燥症と唾液腺機能低下の管理
  管理の概要 味覚刺激および咀嚼刺激 薬理学的刺激
  薬物の変更と停止 唾液の補充 鍼治療 唾液腺の低線量放射線療法
  細胞保護剤 唾液腺の移植 遺伝子治療 臨床的側面
CHAPTER 5 唾液クリアランスと口腔に及ぼす影響
 (渡部 茂・廣瀬弥奈)
 1.唾液クリアランスのモデル
  Swenander-Lankeモデル Dawesモデル 嚥下
 2.口腔組織に結合性を有する物質のクリアランス
  フッ化物 クロルヘキシジン 細菌と上皮細胞
 3.唾液クリアランスに影響するいくつかの要因
  嚥下後の口腔に残る唾液量(残留唾液量) 嚥下直前の口腔の唾液量(最大唾液量)
  安静時唾液分泌速度 刺激時唾液分泌速度
 4.フィルムとしての唾液
 5.局所からの物質のクリアランス
  摂取された炭水化物 局所応用されたフッ化物 プラーク由来の酸
  水での洗口がステファンカーブに与える影響
 6.う蝕と歯石の部位特異性
  臨床的側面
CHAPTER 6 唾液とプラークpHコントロール
 (橋信博)
 1.ステファンカーブ
 2.安静時プラークpH
 3.プラークpHの低下
 4.プラークpHの最低値
 5.プラークpHの上昇
 6.唾液によるプラークpHの維持
  重炭酸塩 リン酸塩 その他の因子
 7.プラークの緩衝能
 8.プラークの成熟度と付着部位
 9.食事歴
 10.プラークpHと唾液クリアランス
 11.腎透析患者のプラークpH
 12.プラークpHとフッ化物レベル
 13.唾液分泌刺激とプラークpH
 14.う蝕のない被験者とう蝕感受性が高い被験者のプラークpH
 15.唾液分泌刺激の臨床的意義
 16.プラークpHと唾液腺機能低下
 まとめ―臨床的側面
CHAPTER 7 唾液の防御機能
 (香西克之・光畑智恵子)
 1.全唾液中の微生物
 2.唾液接触による細菌の伝播
 3.唾液中の細菌増殖
 4.口腔バイオフィルムの唾液成分
 5.唾液タンパク質の生物学的活性
 6.唾液の防御成分と防御システム
  リゾチーム ラクトフェリン ペルオキシダーゼ
  α-アミラーゼ ヒスタチン シスタチン 唾液免疫グロブリン
  う蝕に対するワクチン
 7.唾液の防御機能に対する加齢の影響
  酸性プロリンリッチタンパク質とスタセリン
 8.唾液中の抗微生物物質の臨床応用
 まとめ―臨床的側面
CHAPTER 8 ミネラル平衡における唾液の役割:う蝕,酸蝕症,歯石形成
 (稲葉大輔)
 はじめに
 1.唾液・ペリクル・プラーク
 2.エナメル質の成分
 3.唾液とステファンカーブ
 4.う蝕と再石灰化
 5.酸蝕症
 6.歯石
 7.プラークフルイドと唾液の個人差とう蝕
 8.う蝕と歯石形成の予防に向けた唾液の改質
  う蝕 根面う蝕 歯石 唾液分泌の刺激
 まとめ
 臨床的側面

 索引