やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 「石を投げると,歯科医院に当たる!」──現在の歯科医院数はコンビニを抜いているといわれます.そして,ほとんどの歯科医院の治療案内に「矯正治療」の項目をみることができます.同じ歯科医師でありながら,「矯正治療は大学矯正科出身の先生など専門医の牙城であり,別世界」と決め込んでいた時代があったことを振り返ると,昨今にみられる変化は隔世の感がします.
 かつて一般臨床に取り入れられた,補綴前処置としての環境整備を目的としたGPによる矯正治療(MTM)は,矯正装置の進歩に加え,いかに臨床で応用していけばよいかといった数多くの情報が伝えられていったことで進化・発展していきました.私自身もそうした時代背景のなかで矯正治療に出合い,勉強を続け,現在は全顎矯正も守備範囲とするようになりました.
 新米の歯科医師が,いかにMTMに出合い,そしてどのように全顎矯正に取り組んでいったのか──それをこれから矯正治療に取り組もうとされている先生方に示すことで,なんらかの参考にしていただければというのが,本書の一つの目的です.
 そして,もう一つの大きな目的は,矯正治療の重要性とそこに秘められた大きな可能性に目を向けていただきたいということです.矯正治療は,歯列をきれいに整えるだけのものではありません.歯科医療の根幹をなす,咬合の構築に大きくかかわります.充.物一つの処置にも,咬合の概念が反映されることが必要です.全顎矯正は,正に咬合関係を再構築していく治療行為です.MTMから全顎矯正へのハードルの高さはここにあります.
 私が全顎矯正に取り組み始めて約20年になります.その経過のなかで,「水平的思考による矯正治療の概念」に次いで「垂直的思考による矯正治療の概念」(神奈川歯科大学・佐藤貞雄先生が提唱)に出合いました.こういうと,「矯正治療にそんな分類があったの?聞いたことないよ!」という声が聞こえてきそうです.詳しい内容については,ぜひ本書を読み進めていただきたいと思いますが,一言で表現するのであれば,「水平的思考による矯正治療=従来の矯正治療の概念」「垂直的思考による矯正治療=従来の概念の矛盾から,より生体にとって生理的に適応しやすい咬合環境を再構築しようとする矯正治療の概念」です.
 従来の小臼歯便宜抜歯による矯正治療後に現れる多くの咬合不調和やそれに由来すると思われる不定愁訴に遭遇されたことはありませんか?ある程度の経験をおもちの先生方にはご理解いただけると思います.これが,矯正治療における重要なポイントの一つです.矯正治療は,生体に対して歯科医師が想像するよりはるかに大きなダメージを与える危険性を孕んでいます.しかし,矯正治療によって,生体にとってより生理的で,生体の適応能力を引き出せるような環境整備ができるならば,その効果は口腔内に止まらず,全身的にも驚くほどの効果を示すことを経験します.これが,矯正治療に秘められた可能性ということです.
 これから矯正治療に取り組もうとされている方,いますでに取り組み始めている方に,従来の概念からパラダイムシフトした「垂直的思考による矯正治療」をご紹介したいと思います.歯科治療とは無縁と思われている病も,実は歯科のフィールドでしか解決できないことがたくさんあるのです.21世紀は歯科医師が先頭に立って活躍していく時代です.
 「夢じゃない!無理じゃない!」──あなたが手にする「垂直的思考による矯正治療」によって,道は開けていくのです.
 2013年6月 菊地武芳
第1編 矯正治療の扉を開く
 1章 私の体験から
  ・矯正治療との出合い
  ・MTM入門
  ・MTMの限界と全顎矯正への壁
  ・全顎矯正との出合い/「水平的思考」による矯正治療
  ・「垂直的思考」による矯正治療との出合い
  ・これまでを振り返って
 2章 歯科矯正学の成り立ち
  ・歯科矯正学の源
  ・近代歯科矯正学の父Angle
  ・「矯正=抜歯」という「常識」のはじまり
  ・日本の近代歯科矯正学
  ・新しい流れ/Greenfieldによる非抜歯矯正へのアプローチ
  ・佐藤貞雄先生による「垂直的思考による矯正治療」の提言
  ・「水平的思考による矯正治療」と「垂直的思考による矯正治療」
  ・MEAWと次世代のGEAW
  Columnエッジワイズ法の新潮流・ゴムメタルの登場
第2編 まずはMTMからスタート
 3章 矯正治療で知っておくべきこと
  ・矯正治療による歯の移動のメカニズム
  ・矯正力の種類
  ・歯の移動様式
  ・作用と反作用
  ・固定源の加強
 4章 やってみようMTM
  ・まずはMTMから
  ・MTMにおける3つの注意点
  ・MTMの代表例
 5章 エキストルージョン
  ・エキストルージョンの適応症
  ・治療期間の目安と保定期間
  ・エキストルージョンの治療術式
 6章 アップライト
  ・アップライトの適応症
  ・治療期間の目安と保定期間
  ・アップライトの治療術式
  ・診断が大切
 7章 フレアアウト
  ・フレアアウト/前歯の水平的なずれに対する治療方針
  ・治療期間の目安と保定期間
  ・咬合高径の低下によるフレアアウトの治療ステップ
  ・MTM応用症例の治療ステップ/咬合性外傷歯への対応
  ・暫間固定での経過観察
第3編 矯正治療で必要な診査・診断と治療目標
 8章 矯正治療で必要な診査
  ・口腔内・顔貌・姿勢などの写真診査
  ・模型診査/フェイスボウトランスファー
  ・X線診査/セファロ側貌・正貌,パノラマX線写真,顎関節断層写真
  ・ブラキシズム時の咬合接触の検査
  ・顎運動の採得と顎関節の機能検査/アキシオグラフによる検査
  ・全身状態の診査/健康調査質問表
 9章 いまは簡単!セファロ分析
  ・セファロ分析
  ・デンチャーフレームアナライシス
  ・水平的要素の分析/II級・III級
  ・垂直的要素の分析/High-Vertical,Low-Vertical
  ・咬合平面に関する分析
  ・下顎の適応に関する分析
  ・パソコンソフトによるセファロ分析の実際
 10章 不正咬合4パターンの特徴と治療目標
  ・不正咬合の形態的分類
  ・III級High-Angle
  ・III級Low-Angle
  ・II級High-Angle
  ・II級Low-Angle
  ・下顎偏位の考え方
  ・ポステリアディスクレパンシー
 11章 日常臨床へのセファロの応用
  ・セファロを日常臨床でも使おう
  ・セファロで見なきゃわからない症例の落とし穴
  ・総義歯の咬合採得への応用
  ・MTM・欠損補綴に危険をはらむII級High-Angle症例
第4編 全顎矯正の扉を開く
 12章 垂直的思考へのスイッチング/佐藤貞雄先生に学ぶ
  ・全顎矯正への道しるべ
  ・頭蓋の進化的整直と咬合系の変化
  ・垂直的思考の意義
  ・骨格性不正咬合の成り立ちとは
  ・矯正治療と咬合平面
  ・不正咬合の不正要因
  ・矯正治療の目標
  ・21世紀はII級の不正咬合との戦いとなる
  ・II級咬合の骨格的特徴
 13章 全顎矯正へのトライ
  ・症例/II級不正咬合
  ・症例/II級不正咬合のカモフラージュ治療/失敗を振り返って
  ・症例1,2の治療を振り返って/水平的思考から垂直的思考へのパラダイムシフト
  ・症例/咬合機能と全身の調和を意識した咬合再構成
  ・症例/下顎枝の変形をともなう顎偏位症例
  ・症例/不正咬合を是正せずに行った補綴治療により顎機能障害を惹起した症例

 参考文献
 さくいん
 コース案内
 あとがき