やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

緒言
 2003年に『楽しくわかるクリニカルエンドドントロジー』を上梓してから,早いもので9年たった.その間,思いがけず多くの読者を得たことは,望外の幸せであった.思わぬところで熱心な拙著のファンに会い,楽しい思いをすることが多かった.
 他の教科書と違い,筆者の考えを全面に出したものとなったため,全体を流れるコンセプトが均一のものとなりわかりやすいものとなったという利点はあったが,独断に走りエビデンスに乏しい部分もあったかもしれない.しかし,将来のエンド治療を見るという意味で大きな過ちは起こさなかったものと思っている.
 本書は,前著の問題点を削除するとともに,大きな内容の変化があった“根管洗浄の重要さ”を全面に出した内容になっている.根管洗浄の重要さを理解することで,よりよいエンド治療が,理論にも裏づけされた形でできるようになった.これは,私にとっては,小さいようで大きなパラダイムシフトであった.専門家の間でも,わかってはいても実践していない人が多いものと思われる.
 このこと自体は,シルダー教授が30年以上前から実践していたことであった.しかし,多くの人は彼の華麗な根管充填に注目しただけであることが多かった.側枝に根管充填するためには,いかに根管洗浄が大事であったか,その点に関しては,彼自身も述べることは少なかったため,垂直加圧根管充填というのは,難しい秘義のように伝えられがちであった.
 しかし,最も重要なのは側枝に根管充填することではなく,根管洗浄により根尖周囲の細菌数を激減させることであった.ここに“エンドの鍵”がある.筆者の最近の講演では,根管洗浄のことばかり話すので,「また,根管洗浄ですか」と言われることが多い.重要なことは,何度でも繰り返し話さなくてはならないと思っている.根管洗浄は難しく,危険で,手間もかかるし,形に表れにくいので,ほとんどの人は真剣に根管洗浄していない.根尖部に細菌が残ったまま根管充填しているので,なかなかすっきりと治らない.これがエンドの現状である.ここを,きっちりと押さえないと,顕微鏡を使ってていねいに治療しても,表面的な,技術的なものとなってしまう.
 根管洗浄をきっちりとやらないエンドをやっている限り,その上に上等な補綴物を入れても,砂上の楼閣になってしまう.これは,歯科治療の信用度を低下させる大きな問題であると考えている.治療の流れのなかで,1つでもまずいところがあると,すべては台無しになってしまう.意外なところに盲点が存在するということである.
 私自身は,根管洗浄の重要さに気づくのに何十年も要したことになるが,ここにきて,これまでの過ちに気づいたというのは,本当に幸せであった.
 本書は,全面的にリニューアルしたもので,新しい項目も多数追加した.これからは,より優れた根管洗浄法の開発,改良,普及のために全力を尽くさなくてはならないと思っている.まだまだ,引退するわけにはいかないようである.
 ここまでくるのに,同門の多くの先輩方に本当にお世話になった.鈴木賢作先生,石橋真澄先生,戸村二郎先生,大谷満先生,砂田今男先生(以上故人),松元仁先生,堀内博先生.本当に恩師には恵まれたと思う.
 この場を借りて心からのお礼を述べたい.
 2012年1月12日 小林千尋
I編 序説
  エンドは不完全な治療である
  治らない感染根管治療
  なぜ感染根管治療が治らないか
  誰も根尖部の根管を洗っていない
  根管形成は確実な根管洗浄のために行う
  根管洗浄が確実にできるような根管形成がされていれば根管充填も確実にできる
  根管充填材は長期間にわたって吸収されにくく収縮しにくいものがよい
  どのような治療がよい治療か
  痛みを起こさない治療がよい治療とは限らない
  エンドは薬が治すのではない
  テクニックの重要性
  よりよいエンドをめざして−顕微鏡の使用
  失敗には必然性がある
  上手になるためには
II編 理論的背景
 1.病因としての細菌
  エンドは細菌との戦いである
  細菌が存在しなければ根尖病巣はできない
  根管内に死腔があるだけでは根尖病巣はできない
  炎症歯髄は感染していると思え
   コラム:抜髄と感染根管治療の分類
  根尖病巣再発の原因は細菌である
  実際には治っていない感染根管治療
  根管充填による細菌の封入
  Entombmentの失敗症例
 2.感染経路としての根管
  太い根管ほど根尖病巣ができやすい
  ずれた根尖病巣(側枝・根尖分岐の重要性)
   コラム:象牙細管の大きさ
  根管が空洞だと大きな根尖病巣が早くできる
  すべての根管充填はいずれ漏洩する
  根管充填材は長いほど漏洩が少ない
  根管充填が予後を支配する
  エンドの予後を左右するのは歯冠修復物である
  コロナルリーケージの防止
  病因としての根尖部根管─根尖治療とは
  根尖付近の根管に細菌を残さないために根尖孔は穿通させる必要がある
 3.根尖孔外の細菌
  根尖孔外に細菌はいるか
  セメント質内にも細菌がいることがある
  バイオフィルムが細菌を生存させる
 4.エンドの有効性
  エンド(非外科的)でどのくらい治るのか
  再治療は成績が悪い
  大きな根尖病巣のある歯は成績が悪い
  歯根嚢胞は非外科的エンドで治るか
III編 術式の科学
 1.エンドのための解剖学
  歯冠歯髄腔の形態
  根管の数・形態─第四根管の存在と2根管性に留意する
  根尖狭窄部は通常存在しない
  根尖孔の数・形態
  根尖孔の大きさと根尖病巣の成り立ち
  根管の形成に関して─歯根は見かけより薄い
  いままで根管口付近にフレアーをつけすぎではなかったか
  いままで太すぎるポスト窩洞形成をしていなかったか
  ポストの長さは歯根長の
  ポストは歯を強化しない
  エンドを行った歯は割れやすくなる
 2.根管洗浄
  根管洗浄の必要性
  根管洗浄とは
  どの程度まで洗浄するか
  シリンジによる洗浄の問題点
  洗浄液には何を使うか
  ヒポクロリットの事故
  超音波洗浄とは
  その他の方法
  超音波吸引洗浄法(Ultrasonicaspirationtechnique:UAT)
  よく洗うと側枝まで根管充填できる
  根尖部は洗えていないことが多い
   コラム:Apexum
 3.貼薬
  根管貼薬の必要性は─感染が軽度の場合は必ずしも必要ない
  水酸化カルシウムの根管消毒薬としての有用性は
  1回治療の正当性は─1回治療は根管貼薬剤を使わない治療法である
  1回治療の利点と欠点
 4.根管充填
  垂直加圧根管充填は過剰根管充填ではないのか
   コラム:成功率とは
  ガッタパーチャは痩せる
  根管充填材は何mm根管内に残す必要があるか
 5.難治性根尖性歯周炎の診断と治療
  米国の傾向は外科的治療
  難治性根尖性歯周炎とは
  難治性根尖性歯周炎の診断
  難治性根尖性歯周炎の歯外療法─根尖病巣への直接的な働きかけ
  嫌気培養は治療に有効か
  外科的歯内療法
  Microsurgery
 6.顕微鏡を用いたエンド
  顕微鏡の用途
 7.ファイル破折
 8.歯髄保存か抜髄か
  歯髄保存か
  どのようなときに抜髄するか
IV編 臨床
 1.診断のポイント
  痛みのある歯はどれか
  症状の原因は何か
  抜歯するかどうかを決める
  治療方針を決める
  診断の方法と使用器具
   コラム:触診の重要性
  口内法デジタルX線写真撮影装置の有用性
  CBCT(ConeBeamCT)は歯内療法では有効か
  歯根破折の診断
 2.診断の難しさ
  う蝕がなく,深いポケットも見つからないが患者さんは痛いという.抜髄する必要があるか
  そこらじゅうが痛いというが,痛みの原因はどの歯か
  そこらじゅうがしみるというが,抜髄する必要があるか,どの歯を抜髄するのか
  歯が悪くなってから肩がこって仕方がないという.どう対処するか
  痛みが正中を越えて反対側に動くときは要注意!
  神経を取ったら歯が痛くて3カ月も夜眠れないという.どう対処するか
  神経質な患者さんに注意
  抜くチャンスを逃さない(恨まれないようにしてなんとか抜歯する)
  どういうときに保存を断念して抜歯するか
  術前よりよくなる見込みのない歯には手をつけない
  自分では治せないと判断したら歯内療法からは,早めに撤退しよう
  歯科治療は患者さんが必ず治ると思っているから特殊である
  治らない可能性もよく説明すべきか─個々の患者さんに合ったインフォームドコンセント
  診断のフローチャート
   コラム:歯内療法チェックリスト─治療を開始する前に
 3.髄腔開拡のポイント
  髄腔開拡の手順
  髄腔開拡はなぜ必要なのか
  髄腔開拡のコツ
  髄腔開拡の前準備(見やすくすること)
  修復物はできるだけ除去する
  根管が見つからないのは角度がずれているから
  咬合面を削除する
  歯髄腔への穿孔はその形態をイメージして
  ラビアルアクセス(labialaccess)とは
  歯が傾斜しているときには,歯の長軸の方向に特に注意を払う
  深さの規定
  天蓋の除去
  側壁の削除
  側壁を削りすぎると,その後の根管形成が非常に困難になる
 4.根管口付近の拡大
  エンド三角除去の重要性
  根管口付近の拡大を根管形成の前に行っておくと,その後の根管形成が非常にスムーズにできる
 5.根管口の位置と数の確認
  削る
  よく見えるようにする
  X線写真を利用する
 6.根管作業長の決定(根管長測定法)
  種々の根管長測定法から総合的に根管作業長を決める
  電気的根管長測定法(EMR)は簡便であり,最も正確
  X線写真撮影による方法
  手指の感覚による方法
  患者さんの訴えによる方法
  ペーパーポイントによる方法
  ルートZXRで正確に測定できないとき
  そのほかのルートZXRの使用上の注意
  根管長測定法の実際
 7.根管形成
  どういう形の根管形成がいいのか
  Standardizedpreparation(標準化された根管形成)とは
  アピカルシートは不要である
  ステップバック法
  クラウンダウン(Crown-down)法とは
  Earlyflaring
  Continuallytaperingpreparation(Buchanan)
  Balancedforce法とは
  根管形成時のさまざまなトラブル
  レッジ形成しないためには
  根尖孔は穿通させる必要があるのか
  改造Kファイルによる根尖孔の穿通
  Patency(穿通)ファイルとは
  ニッケルチタンファイルでの根管形成
  ニッケルチタンファイルを用いたエンジンによる根管形成のほうが手用のステンレスファイルによる根管形成よりもはるかに優れている
  ニッケルチタンファイルを用いるには専用のエンジンが必要か
  トライオートZXRとは
   コラム:トライオートZXRその後
  各種ニッケルチタンファイル
  ニッケルチタンファイルの断面形態
  最新のニッケルチタンファイル
  ニッケルチタンファイルは折れやすいが対処法は─抜去歯で練習してから臨床に
   コラム:レシプロ動作によるニッケルチタンファイル
  ニッケルチタンファイルはどのくらい使用したら捨てるか
  トライオートZXRによる根管形成時の注意
  超音波振動による根管形成
  ソルフィーZXRとは
  超音波チップによる根管口付近の削除
  ポストを除去したが,ポスト窩洞の窩底部分が硬くてファイルが進まない.どうしたらよいか
 8.根管形成に関するそのほかの疑問
  根管内にファイルが認められた.除去に超音波ファイルは有効か
  根管が閉塞している.どうしたらよいか
  根管が彎曲している.どう根管形成したらよいか
  プレカーブのつけ方
  どういう形の根管形成がよいのか
  レッジを除去するにはどうしたらよいか
 9.洗浄方法
  根尖孔が穿通されていなければ根尖部根管は洗浄できない
  細い洗浄針のほうが安全
  サイドに穴が開いた洗浄針がいつも安全だとは限らない
  1mLのシリンジが安全で使いやすい
  なかなか取れない水酸化カルシウムペースト
  シリンジでの洗浄のコツ
   コラム:ゲージ
 10.根管充填
  根管充填の時期
  垂直加圧充填法のほうが側方加圧充填法よりも優れている
  垂直加圧充填法の利点は根尖孔の封鎖がより確実であること
  垂直加圧充填法に対する批判
  側方加圧充填法はたまにやってもうまくできるが,垂直加圧充填法はいつもやっていないと上手にできない
  垂直加圧充填していると根管形成が上手になる
  シーラーは何がよいか
  ObturaRとは
  オブチュレーションシステムとは
  オピアン法とは
  SystemBRとは
  ダブルインジェクション法とは
  現在行っている根管充填法
  もう一つの方法(テーパーの大きいガッタパーチャによるシルダー法)
  垂直加圧充填しているが側枝に入らない,どうしてか
  シーラー塗布の方法
  多量にガッタパーチャを溢出してしまった,対処法は
  多量にシーラーを溢出してしまった,対処法は
  MTA根管充填
 11.再治療
  再治療する場合
  非外科的再治療時に遭遇する技術的問題点
  歯冠の崩壊が大きく,ラバーダム防湿が難しい(クランプをかけにくい)
  長いポストの除去が困難である場合
  ファイバーポストの除去
  根管充填材の除去が困難である場合
  ガッタパーチャの除去方法
   コラム:MicroExca
  銀ポイントの除去
  本来の根管とずれた方向にポスト窩洞が掘られていると,根管形成しにくい
  本来の根管とずれた方向にすでに根管形成されていると,正しい方向に修正するのが非常に困難である
  偶発的穿孔を起こしていることも多い─偶発的穿孔部の封鎖
  MTAとは
  MTAの扱い方
 12.破折ファイルの除去
  根管内にファイルが折れ込まれていることも多い
 13.除去できなかった場合
  バイパス形成
  外科的に除去する
  他院で自分の折ったファイルを見つけられ患者さんに怒鳴り込まれて困っている
  筆者がファイル除去を依頼されたら
 14.その他
  大きな問題のない補綴物が装着されている.臨床症状はないが軽度の根尖病巣がX線写真で見つかった.再治療する必要はあるか
  補綴物を作り直す.再治療する必要があるか
  最近作った補綴物が装着されている.臨床症状があるので放置できない.どうするか
  割れていると思っても,補綴物を除去して慎重に診査する
  迷ったときには再治療する
  エンドでここまでできる
 15.経過観察
  経過観察は何のために行うのか
  大きな根尖病巣がX線写真で見つかった.エンドあるいは外科的歯内療法で治癒するか
  ペリオと合併した根尖病巣である.外科処置をすれば治癒するのか
  抜髄すると歯質は弱くなるのか
  抜髄すると歯質は変色するのか
  いったん治りかけた根尖病巣が再発した.原因と対処法は
  自信のない場合にはリコールしメインテナンスを繰り返す
  おわりに

 索引