やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

緒言
 歯内-歯周複合病変では,歯内疾患と歯周病が相互に影響を及ぼしあって病態を複雑にしたり,相互に病状を悪化させることがある.また,患歯が複根歯の場合,歯内-歯周複合病変は往々にして「根分岐部病変」を形成している.このような根分岐部病変のある患者は,歯周病に罹患するリスクが中等度以上に高い.それゆえ,歯内-歯周複合病変に対して治療を行うには,両疾患の診断と治療法に習熟しておかなくてはならない.そこで,本書では両疾患の相違点を踏まえ,確実な歯内療法と歯周治療を実践するための考え方を体系的に詳説し治療のオプションを提示した.
 現在,根分岐部病変の治療においては,根分岐部をできるだけ廓清して定期的なメインテナンスを継続すれば予後が良好であること,歯根切除術や歯周組織再生療法がテクニックセンシティブであること,骨接合型インプラント治療の予後が良好なことから,「感染源の除去」および「清掃性の向上」を目的とした旧来の切除型手術に加えて,歯周組織再生療法あるいは抜歯後にインプラント治療が選択されるようになった.治療法のオプションは大いに広がりをみせている.
 2006年のWall Streetジャーナルは,米国が「歯科の黄金期」を迎えたと報道した.それは,米国では社会に対する歯科界の啓蒙活動が成功していること,「医療」を「消費」と捉え,市場原理が優先されていることによる.医療制度が日本と異なり「医療はお金次第」の感が強い米国の現状をみる限り,市場原理主義という観点に偏って医療を捉えることには反対だが,日本の歯科医療が「保険診療は必要だが十分ではない」という現状を勘案すれば,治療の基本としてなくてはならない保険診療(red ocean)とともに,あらゆるニーズに対応できるよう自費診療(blue ocean)もオプションとして備えることが重要なのは論を俟たない.
 国に認可され「保険医」として実践可能な治療オプションは,たくさんある.そのうち本書の内容に関わるものでは,根尖性歯周炎の再根管治療,外科的歯内療法あるいは歯根端切除術などが術者の技術力に結果が大きく依存するため,治療技術の研鑽が求められる.一方,欧米から発信された「審美治療」「歯周組織再生誘導法」「骨接合型インプラント治療」を含むInterdisciplinary periodontal treatment(包括的歯周治療)が一部の歯科医師によって実践されている.「(骨増大術で)骨をつくって(インプラント治療で)歯をつくり,審美的要求と咬合機能を回復する」ことがすでに日常臨床の場でも可能になってきた.保険診療がよいとか自費診療がよいとかという二者択一的な考え方ではなく,正しい診断のもとに,患者ニーズを汲み取ったうえで然るべき選択肢を提示することが,今後,ますます求められるようになるであろう.科学性を重視し,患者の希望を考慮した予知性の高い高度な治療を選択し,患者のQOLを高めることが日本の歯科医療の発展につながることは間違いない.
 歯科医療の高度化,複雑化した状況を国民に提示し,歯科医療の意義と治療法の「幅」を知ってもらう努力が求められている.歯内-歯周複合病変を切り口にそのような意義と「幅」を考え,社会に向けた歯科医療の啓蒙活動のための一助として本書を活用していただければ,望外の喜びである.
 2009年6月
 高橋慶壮,吉野敏明
 歯内-歯周複合病変と根分岐部病変の治療の考え方 高橋慶壮
1編―診断と治療の考え方
 Chapter 1 歯内-歯周複合病変の分類(Simonの分類)と対処の考え方(高橋慶壮)
  1 歯内疾患が原発の場合(Simon I型)
  2 歯内疾患と歯周病が独立ないしは共生する場合(Simon II型)
  3 上行性歯髄炎(Simo III型)
  4 歯内-歯周複合病変の治療
  5 歯内-歯周複合病変の予後
 Chapter 2 根分岐部病変の分類(高橋慶壮)
   COLUMN ファーケーションアロー
 Chapter 3 患者ごとの一口腔単位の診断と治療方針の立案(高橋慶壮)
  1 治療方針決定のための判断基準
  2 大臼歯部に多発した根分岐部病変により臼歯部の咬合が崩壊し前歯部の歯周組織破壊も進行した症例
   COLUMN 歯内-歯周複合病変の治療におけるEBMとNBM
2編―歯周治療,歯内療法,咬合の問題へのアプローチ
 Chapter 1 歯周病の病態学に関するパラダイムシフト(高橋慶壮)
  1 歯周病病因論のパラダイムシフト
  2 歯周病の疫学研究
  3 歯内-歯周複合病変の疫学研究
   COLUMN 歯周病と宿主因子
  4 根分岐部病変の疫学研究
  5 歯周炎の進行モデル
  6 歯周病の分類
  7 歯周病のリスク因子
   1)デンタルIQの低さ
   2)喫 煙
   3)ブラキシズム
   4)ストレス
   5)糖尿病
   6)肥 満
   7)薬 剤
   8)ホルモン
   9)性 別
 Chapter 2 歯周治療の考え方(高橋慶壮)
  1 歯周医学
  2 歯周基本治療
   1)患者のモチベーション
   2)TBI
   3)スケーリング 歯肉縁上および一部縁下のプラークコントロール
   4)ルートプレーニング
   5)暫間固定
  3 暫間固定,治療用義歯
  4 歯内療法
  5 齲蝕治療
  6 矯正
  7 悪習癖の矯正
  8 再評価
  9 Hopeless toothの抜歯基準
 Chapter 3 歯内療法のパラダイムシフトと治療の考え方(高橋慶壮)
  1 歯内疾患の病因論におけるパラダイムシフト
  2 歯髄疾患
  3 歯髄疾患の検査・診断と治療法の選択
  4 根尖性歯周炎
  5 根尖性歯周炎の診査および診断
  6 根管治療
 Chapter 4 前歯のガイドと咬合性外傷(高橋慶壮)
  1 前歯部ガイド診査の重要性
 Chapter 5 リスクアセスメントにおける咬合の評価(田中真喜,吉野敏明)
  1 残存歯数と咬合支持
  2 アンテリアガイダンス
  3 咬合支持を評価する分類
   1)Eichnerの分類
   2)宮地の咬合三角
  4 評価に基づく治療方針決定
  5 症例でみる咬合のリスク評価
3編―歯内-歯周複合病変の治療オプション
 Chapter 1 歯内療法の理論と術式(吉野敏明)
  1 歯内療法の前処置,応急処置
  2 ラバーダムの装着
  3 歯周治療の要素を加味した歯内療法
  4 症例でみる歯内療法の実際
 Chapter 2 外科的歯内療法(高橋慶壮)
  1 外科的歯内療法と歯周組織再生療法の比較
  2 外科的歯内療法の分類
 Chapter 3 切除療法 vs 再生療法(吉野敏明)
  1 切除療法
   1)根尖膿瘍掻爬術
   2)歯根嚢胞摘出術
   3)歯根端切除術
   4)抜歯再植による逆根管治療
  2 再生療法
 Chapter 4 歯周外科の選択基準(高橋慶壮)
  1 根分岐部病変の治療予後
  2 骨縁下ポケットへの組織再生誘導法の治療効果
  3 根分岐部病変への治療効果
  4 トンネリング
  5 歯根切除術,ルートアンプテーション
  6 切開方法
 Chapter 5 歯周外科の実際(吉野敏明)
  1 歯周外科に至る過程
  2 切除療法
  3 再生療法
  4 臨床応用例
 Chapter 6 歯周補綴の選択条件―ブリッジ,義歯,骨接合型インプラント―(吉野敏明)
  1 ブリッジ(架橋義歯)
  2 義歯
  3 インプラント
 Chapter 7 歯根切除術 vs 抜歯後のインプラント治療
  1 単根歯の歯内-歯周複合病変 高橋慶壮
  2 複根歯の歯内-歯周複合病変 高橋慶壮
  3 歯根切除術 高橋慶壮
  4 ルートアンプテーション 高橋慶壮
  5 トンネリング 高橋慶壮
  6 Perio vs Implant 高橋慶壮
  7 歯根切除術の臨床 吉野敏明
 Chapter 8 Hopeless toothの抜歯基準と抜歯後の選択肢(吉野敏明)
  1 抜歯前の検討事項
  2 保存不可能な歯の抜歯基準
   1)一般的抜歯基準
   2)相対的抜歯基準
  3 抜歯から補綴,矯正も含む歯科治療計画立案の考え方
  4 抜歯後の選択肢
 Chapter 9 歯槽堤保存術 Ridge Preservation(奥田裕司)
  1 抜歯後の歯槽骨吸収
  2 抜歯窩の分類
  3 歯槽堤保存術(ridge preservation)
  4 歯槽堤保存術の注意点
  5 おわりに
 Chapter 10 骨増大術(GBR,サイナスリフト,ソケットリフト,垂直骨増大術,その他)(吉野敏明)
  1 骨増大術の分類
  2 骨増大術の症例
 Chapter 11 骨接合型インプラント(吉野敏明)
  1 歯周治療の一環としてインプラント治療を選択する根拠
  2 歯周治療におけるインプラント治療の適応症
  3 臨床術式
  4 問題点
4編―症例別にみる治療のナビゲーション
 Chapter 1 歯内単発病変(吉野敏明)
 Chapter 2 二次的な歯周病変を伴う歯内単発病変(Simon II型)(吉野敏明)
 Chapter 3 根尖病変(奥田裕司)
 Chapter 4 歯周単発病変(吉野敏明)
 Chapter 5 根尖性歯周炎→歯根嚢胞(Simon II型)(高橋慶壮)
 Chapter 6 二次的歯髄疾患を伴う歯周病変(Simon I型)(吉野敏明)
 Chapter 7 根分岐部病変Class III(Simon III型),上行性歯髄炎(高橋慶壮)
 Chapter 8 根分岐部病変Class III(Simon III型)(高橋慶壮)
 Chapter 9 根分岐部病変Class III(Simon II型)(高橋慶壮)
 Chapter 10 根分岐部病変(奥田裕司)
 Chapter 11 根分岐部病変Class III(Simon III型)(高橋慶壮)
 Chapter 12 上下顎第一大臼歯に根分岐部病変class IIIが多発していた症例(高橋慶壮)
 Chapter 13 上行性歯髄炎(Simon III型その1)(高橋慶壮)
 Chapter 14 上行性歯髄炎(Simon III型その2)(高橋慶壮)
 Chapter 15 上行性歯髄炎(Simon III型その3)(高橋慶壮)
 Chapter 16 包括的歯周治療とコーヌス義歯対応例(高橋慶壮)

 文献
 索引