やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 顎関節症は,歯科の三大疾患の1つとして普遍的な疾患であり,顎関節痛,顎関節雑音,開口制限などの障害を訴えて歯科を訪れる患者は多く,マスコミなどで取り上げられる機会も増えている.この疾患が,齲7と歯周疾患の他の二大疾患と異なっている点は,その原因が多様かつ複雑で,必ずしも明確にされていないことである.また,その病態や経過も様々であるため,診断や他の疾患との鑑別がきわめて重要になる.さらに,原因の多様性に呼応して治療方法も選択肢が多く,患者ごとに治療方法が異なることは珍しいことではない.しかも,患者の心理的状態やストレスなども有力な病因の一つとして取り上げられていることから分かるように,病因に心理的な面が含まれるとその治療は,時に極めて困難で,長い経過をたどり,他科に協力を求めることも少なからず見られる.
 このように顎関節症は多様な病態を含む症候群であるので,その治療に際しては多方面からの系統的なアプローチが必要である.しかし,顎口腔系の形態的および生理的な特徴を含め,疾患の基礎から臨床までを多方面から取り上げて,十分に解説した成書は少ない.
 本書は,口腔解剖学,口腔生理学,歯科薬理学などの基礎歯科医学をはじめ,臨床では,歯科補綴,口腔外科,放射線,歯科麻酔,保存,歯科矯正などの多くの学問分野から,顎関節症について第一線で活躍中の研究者の執筆を得て出来上がったものである.したがって,病因,病態の基礎的解析,診断法,診断機器の解説,病態に対応した様々な治療法とその選択,病態の経過などを症例報告も含めて系統的に紹介している.本書は「入門」と題してはいるが,内容的には顎関節症について初めて取り組む歯科医師ばかりでなく,すでに専門的に取り組んでいる歯科医師にとっても入門書を超えたレベルの知識の整理に役立つ内容を含んでいる.
 今後の社会的構造の更なる複雑化を考えると,歯科の治療もまた顎関節症を含めて,困難な局面を迎えることが予想される.本書がその対策に少しでも役立つなら,編者としては大きな喜びである.
 最後に,本書の刊行に一方ならぬご努力を頂いた医歯薬出版に衷心より感謝申し上げる.
 2001年10月 編者一同
第1章 顎口腔系諸器官の健全な形態と機能
1.顎関節の形態と機能井出吉信・阿部伸一
  A.顎関節の発生
  B.顎関節の発育
  C.顎関節の骨部
  D.軟組織部
  E.外側翼突筋
2.咬合河野正司・池田圭介・荒井良明
  A.下顎位
  B.下顎運動および関連する器官
3.下顎運動の神経機構と顎関節の感覚森本俊文・岩田幸一
  A.咀嚼時の下顎運動
  B.歯根膜感覚と顎運動
  C.咀嚼筋感覚と咀嚼力調節および筋緊張の亢進
  D.顎関節感覚(非侵害性感覚)と咀嚼筋活動
  E.顎関節と痛みの受容機構
  F.顎関節感覚入力を受ける延髄ニューロンの応答
  G.実験的顎関節炎における中枢神経応答
  H.顎関節炎に関与する化学物質
4.顎関節症の筋痛木野孔司
  A.筋痛の発現機序
  B.筋痛の発現部位
  C.筋痛の取り扱い
第2章 顎関節症の疫学と病因
1.顎関節症の疫学小林義典
2.顎関節症の病因古谷野潔・築山能大
  A.顎関節症の病因(各論)35
第3章 顎関節症の診断
1.症状と徴候(局所的症候,全身的症候)松矢篤三・安井康順
  A.歴史的背景と定義
  B.症状と徴候
  C.欧米における顎関節症の概念
2.診察ならびに検査
 1 問診,一般検査およびプロトコール岩片信吾・河野正司
  A.検査用プロトコール
  B.問診
  C.現症の一般検査(視診,触診)52
 2 触診小林義典
  A.顎関節雑音
  B.下顎頭運動
  C.不快感や疼痛からみた病態
 3 画像検査村上秀明
  A.顎関節部の静態検査
  B.顎関節部の動態検査
 4 咬合検査中野雅徳・竹内久裕・西川啓介
  A.顎関節症と咬合
  B.咬合の 5 要素に基づいた系統的な咬合診断
  C.顎関節症における咬合検査の手順と咬合診断
 5 筋電図検査山辺芳久・藤井弘之
  A.筋電図の記録と解析
  B.顎関節症と筋電図検査
  C.筋電図検査の将来展望
 6 顎関節音検査志賀博・小林義典
  A.顎関節音検査法
 7 下顎運動検査
  (1)MKG志賀博・小林義典
  A.MKGとは
  B.咀嚼運動の分析による咀嚼機能の検査
  (2)シロナソグラフ石垣尚一・瑞森崇弘
  A.シロナソグラフとは
  B.測定原理,精度,特徴
  C.シロナソグラフアナライジングシステム
  D.咀嚼運動の検査
  E.発語時下顎運動の検査
  F.シロナソグラフによる診断と将来
  (3)MM-JI-E坂東永一
  A.MM-JI-Eの測定原理
  B.MM-JI-Eのソフトウエア
  C.顎関節症患者の下顎運動検査
  D.形態データと運動データの同時解析
  (4)TRIMET小林博
  A.特徴
  B.原理
  C.診断
  (5)ナソヘキサグラフ桑原洋助・常盤肇
  A.装置の概要
  B.下顎頭顎運動軌跡・解析データの一例
  C.顎関節症患者の測定結果の一例
 8 臨床検査柴田考典
  A.血液検査一般および生化学的検査
  B.滑液検査
  C.関節鏡検査
  D.心理テスト
第4章 顎関節症の分類ならびに鑑別
1.顎関節症の分類飯塚忠彦
  A.顎関節症の症型分類
  B.各症型の病態と臨床症状
  C.顎関節症症型分類の診断基準
  D.症型分類の手順
2.鑑別診断
 1 歯・口腔由来の疼痛築山能大・古谷野潔
  A.歯原性疼痛(歯由来の疼痛)120
  B.歯肉・口腔粘膜および舌からの疼痛(口腔由来の疼痛)122
 2 顎関節内疾患柴田考典
  A.発育異常
  B.外傷
  C.炎症
  D.退行性関節疾患あるいは変形性関節症
  E.腫瘍および腫瘍類似疾患
  F.全身性疾患に関連した顎関節異常
  G.顎関節強直症
 3 顎口腔内疾患杉崎正志
  A.疼痛の診断
  B.歯痛
  C.粘膜痛
  D.顎骨周囲炎
  E.抜歯後異常疼痛
  F.顎骨骨髄炎
  G.シェーグレン症候群(Sjogrens syndrome)131
  H.舌痛症
  I.非定型顔面痛,非定型歯痛
  J.唾液腺痛
 4 顎口腔外疾患杉崎正志
  A.外傷
  B.頭痛
  C.腫瘍および腫瘍類似疾患
  D.炎症
  E.その他
 5 慢性痛杉崎正志
  A.悪循環説
  B.神経分布密度の変化
  C.中枢神経系を含む悪循環説
  D.神経可塑性
  E.侵害受容抑制の乱れ
  F.心理身体的相互作用
  G.悪化および持続因子
 6 精神神経的疾患皆木省吾・有馬太郎・西川啓介
  A.ブラキシズム
  B.神経痛
  C.心因性疼痛
  D.ストレス
  E.自律神経失調症
  F.心身症
  G.顎関節症と関連する精神疾患・障害
第5章 顎関節症に対する治療計画ならびに治療法
1.治療の意義と目的村上賢一郎
  A.インフォームド・コンセント
  B.顎関節症の自然経過
  C.治療開始時の所見
2.患者指導・教育長島正・野首孝祠
  A.患者に対する指導(カウンセリング)152
  B.顎関節症に対する自宅療法
  C.スプリント療法を行う際の指導
  D.メンテナンス(予防と健康管理)155
3.急性症状の処置村上賢一郎
4.ナチュラルコース栗田賢一
  A.クリッキングのナチュラルコース
  B.非復位性円板転位のナチュラルコース
5.薬物療法石田甫・石川康子
  A.非ステロイド系抗炎症薬
  B.抗不安薬(マイナートランキライザー)164
  C.中枢性骨格筋弛緩薬
6.基本的治療(選択基準と治療目的)167
 1 スプリント療法小林義典
  A.応用目的
  B.スプリントの種類と応用法
  C.応用に際しての留意点
 2 各種薬物の用法松矢篤三・安井康順
  A.用法についての一般的注意
  B.各種薬物
  C.各種薬物の解説
 3 理学療法窪木拓男
  A.理学療法の種類とその内容
  B.筋障害ならびに関連疾患
  C.関節障害に対する理学療法
 4 バイオフィードバック療法関晋也・渡辺誠
  A.バイオフィードバック療法の基本
  B.顎関節症への EMGバイオフィードバック法の応用
  C.EMGバイオフィードバックによる咬合検査の術式
  D.タッピング運動における EMGバイオフィードバックの影響
  E.緊張性頸反射と EMGバイオフィードバック
 5 咬合治療中野雅徳・佐藤裕・郡元治
  A.顎関節症治療における咬合治療の位置づけ
  B.顎関節症に対する咬合治療の進め方
  C.可逆的咬合治療
  D.不可逆的咬合治療
 6 外科的療法村上賢一郎
  A.顎関節腔穿刺,パンピングならびに洗浄療法
  B.顎関節鏡視下手術
  C.下顎枝垂直骨切り術(IVRO)195
  D.関節円板整位(形成)術
  E.関節円板切除術―顎関節形成術法
 7 心身医学的療法竹之下康治
  A.症例
  B.心身医学的接近と治療法
 8 東洋医学的療法丹羽均
  A.鍼治療の基本
  B.顎関節症への鍼治療の適応
  C.鍼療法の実際
  D.鍼治療の有効性
 9 その他の療法小林義典
  A.ホームケアの指導療法
  B.プラセボ療法
  C.精神療法
  D.レーザー療法
第6章 顎関節症における咬合再構成上の留意点
1.歯冠修復矢谷博文
  A.顎口腔系における咬合の位置づけ
  B.咬合因子のとらえ方の二極化
  C.顎関節症治療に関するテクノロジーアセスメント
  D.咬合再構成の一般的留意点
  E.咬合再構成の手順
  F.二次治療で咬合再構成を行った症例
  G.咬合再構成後の術後管理
2.欠損補綴野首孝祠・長島正
  A.顎関節症と咬合の基本的考え方
  B.欠損補綴による咬合再構成の基本的考え方
  C.咬合再構成の留意点
3.矯正治療藤田幸弘・相馬邦道
  A.不正咬合あるいは矯正治療と顎関節症との関係
  B.顎関節症症状とその対応
  C.顎関節症の誘因となる咬合様式とその対応
  D.顎関節症を伴う不正咬合患者の治療
  E.重篤な顎関節症を伴った不正咬合患者の治療例