やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 ますます高齢化が進むわが国において,高齢者の「食事」にはどのような配慮が必要であろうか.高齢者では摂食・嚥下機能にもいわゆる老化現象が顕在化し,機能の低下がみられるようになる.また,高齢者では脳卒中の後遺症等の中途障害者やそのための長期服薬者が多くなり,それらが原因となる誤嚥をはじめとする種々の摂食・嚥下障害が多くみられるようになる.さらに,臨床や介護の現場では高齢者の肺炎とこのような摂食・嚥下機能の低下・障害との関係もにわかに注目されつつある.
 従来の高齢者に対する食事指導では,栄養学的な面に重点が置かれており,摂食・嚥下機能の低下・障害には,それほど目が向けられていなかった.すなわち,これまでは個人個人の摂食能力や,その低下に応じた「おいしさ」や「味わい」というような面がおろそかになり,ともすれば高齢者の食事=きざみ食,軟性食品でよいとする短絡的な傾向があった.
 このような背景を踏まえて,平成7〜9年度の3年間に「厚生省健康政策調査事業―個人の摂食能力に応じた“味わい”のある食事内容・指導等に関する研究―」が実施された.
 本書は,本研究の分担・協力研究者らにより,その研究成果を骨子として,それ以後の研究の進展をも加味し,さらに必要な周辺の知識の解説も加えてまとめられたものである.
 したがって,高齢者あるいは各種疾患の後遺症などによって摂食・嚥下能力が減退・障害された人達に対して,機能状態をどう評価したらよいかということ,またその評価に基づき機能程度に応じた「味わい」のある食事作りの基準,および指導方法のガイドラインとしての目標を示すことを試みたつもりである.本書が,現在臨床や介護の現場で摂食・嚥下障害の減退に取り組んでいる多くの関係者の定本として役立つことを願っている.
 なお,本書ではいわゆる「ビデオX線透視検査」の統一用語として,日本摂食・嚥下リハビリテーション学会・医療検討委員会答申案(平成12年10月24日)に従って,日本語では「嚥下造影」,英語略語としては「VF」を使用していることをここに付記する.
 2001年9月 金子芳洋 向井美惠
1章 摂食・嚥下障害者の評価法,調理・食事指導の現状と問題点
 1.はじめに
 2.本研究の目的
 3.現状と問題点
2章 摂食・嚥下のメカニズム
 1.摂食・嚥下器官の構造
  1 口腔の構造
  2 鼻腔・咽頭・喉頭・食道の構造
  3 嚥下に関与する筋
 2.摂食・嚥下機能の生理
  1 おいしさを知る機構
  2 食べ物の取り込みと粉砕
  3 嚥下反射とその働き
  4 嚥下の神経機構
  5 嚥下に関連する運動(咀嚼・呼吸)
  6 加齢に伴う嚥下機能の変化
3章 摂食・嚥下の機能障害とは
 1.成人期の摂食・嚥下障害(中途障害)とは
  1 原疾患と病態
  2 症状
  3 問題点
  4 介入のポイント
 2.高齢者の摂食・嚥下障害とは
  1 原疾患と病態
  2 症状と障害部位
  3 介入のポイント
4章 摂食・嚥下障害をどう評価するか
 1.はじめに
  1 主訴・病歴
  2 身体所見
  3 機能評価
 2.反復唾液嚥下テスト(Repetitive Saliva Swallowing Test:RSST)
  1 嚥下機能スクリーニング法
  2 RSSTの方法
  3 RSSTの背景
  4 正常値
  5 RSSTとVF所見との関係
 3.嚥下造影(VF)
  1 VFの概要
  2 摂食・嚥下各期
  3 体の嚥下と固形物の嚥下
  4 VFの方法
  5 VF評価の要点
  6 VF評価の例
 4.超音波エコー(US)検査,フードテスト
  1 US検査の概要
  2 USの矢状断面の検査方法と評価法
  3 USの前額断面の検査方法と評価法
  4 フードテストの検査方法
  5 フードテストの結果と評価
 5.嚥下内視鏡検査,嚥下圧測定検査
  1 嚥下内視鏡検査
  2 嚥下圧測定検査
 6.評価内容とその活用
  1 各種評価の関係
  2 各種検査の選択・組み合わせと今後の展望
5章 要介護高齢者の摂食能力と摂食状況・機能障害状況
 1.口腔内状態と摂食状況および食物内容・調理形態
  1 要介護高齢者の口腔内状態
  2 介護高齢者の摂食状況
  3 要介護高齢者の食物内容・調理形態の現状
 2.要介護高齢者の摂食・嚥下障害とその評価
  1 問診
  2 腔領域の評価
  3 口腔内状態の評価と機能不全との関連
  4 機能検査による評価
  5 食事環境の評価方法
  6 摂食姿勢の評価方法
 3.摂食能力が減退した高齢者への対応
  1 食事環境への対応
  2 食物内容・調理形態への対応
  3 口腔内への補助装置による対応
6章 摂食・嚥下と温度ならびに味覚情報
 1.摂食・嚥下機能と口腔,咽喉頭領域の感覚
 2.摂食・嚥下機能と食品の温度
  1 温度感覚についての基礎的知識(解剖・生理・心理学)
  2 実験的研究
  3 具体的指針
  4 食品の持つ温度の役割
 3.摂食・嚥下機能と食品の味覚
  1 味覚についての基礎的知識(解剖・生理・心理学)
  2 実験的研究
  3 具体的指針
  4 食品の持つ味覚の役割
 4.どのような食品の温度と味覚が摂食・嚥下を円滑にするか
7章 食物の物性は味わいにどう影響するのか
 1.はじめに
 2.食物の味わいと物性が飲み込み特性にどのように影響するのか
  1 食物の状態と物性のかかわり
  2 味わい(おいしさ)の評価
  3 おいしさが飲み込み特性にどのように影響するのか
 3.飲み込み特性に影響する食物の物性とは何か
  1 嚥下補助食品を用いた食物の飲み込み特性に影響する物性とは
  2 物性測定値に影響する測定条件とは
8章 摂食・嚥下障害に対する栄養調理の対応
 1.嚥下食の考え方
 2.嚥下食の基本
  1 食事基準
  2 嚥下食の動的モデル
  3 嚥下造影用検査食
 3.嚥下食の調理法
  1 嚥下食の品質管理
  2 真空調理と嚥下食の保存
  3 HACCP対応レシピ
  4 在宅への食事サービス―在宅への食事サービスシステムづくりを
9章 摂食・嚥下障害に対する評価と食事指導の実際
 1.導入期への対応
  1 考え方の基本
  2 チューブ例への対応開始
  3 チューブ例への食事開始
 2.入院患者に対する評価と調理,食事指導の実際(チームアプローチの実際)
  1 評価から訓練までの流れ
  2 摂食・嚥下訓練に用いる食物について
  3 栄養科のシステム
  4 チームアプローチの実践例
 3.在宅における摂食・嚥下障害への対応
  1 はじめに
  2 ベッドサイドの評価
  3 在宅チームとその役割
  4 実践例

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