やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 近年,国民のいわゆる「健康志向」の高まりと行動の広がりはますます顕著になってきている.
 衛生学・公衆衛生学は,人間の健康の問題と,それを取り巻くあらゆる環境因子との相互関係を追究する学問である.そして,臨床医学が個々の健康問題を直接個人のレベルで扱うものとするならば,衛生学・公衆衛生学は健康問題を人間集団の現象としてとらえ,そのレベルから疾病の原因追求,疾病の予防,さらには健康の増進まで考え,実行していこうとするものである.すなわち,近代社会における健康を考えるときには,衛生学・公衆衛生学的な考え方と手法は不可欠な要素である.
 本書の随所にみられるごとく,人間集団の現象やその環境はつねになんらかの変化をし続けており,西暦2000年が間近に迫ってきた近年では,さらに従来からの問題の急速な拡大や新たな問題の発生が著しくなっている.そして,それらの解決に向けてできるだけすみやかな対処や,あるいは対処法の転換が必要とされている.
 このような健康の問題は,大きく分けて二つの局面で考えなければならない.一つは,世界人口の急速な増加,地球の温暖化,オゾン層の破壊,酸性雨,森林の破壊,あるいはエイズの問題などのように,いわゆる“地球規模“で考えなければならなくなってきている部面である.他方はわが国における,急速な高齢社会の到来に伴うさまざまな医療・保健問題や,障害者の保健,少子・核家族化と女性の就労による乳幼児の保育,いじめや過労死などの問題,また,歯科における8020運動などに対する,“地域レベル” でのきめ細かな公衆衛生学的な取り組み,すなわち地域保健が重要な鍵となる部面である.
 さて,歯科衛生士はこのような健康の問題にどのように関与するものであろうか.歯科衛生士法の規定によれば,歯科衛生士は歯科医師の指導の下における歯科疾患の予防,歯科診療の補助,歯科保健指導がその業務とされている.最近では,地域保健において,歯科衛生士によって行われる歯科保健指導の重要さが認識されはじめ,歯科衛生士の役割の拡大が期待されるようになってきた.その例として,老人保健法における歯科衛生士による訪問指導,社会保険診療における訪問歯科衛生指導料の新設,同じくリハビリテーション料の新設に伴って導入された「摂食機能療法」が,歯科医師の指示の下で診療補助として歯科衛生士が行うことができるようになったこと,などがある.
 このような社会的背景と,歯科衛生士がおかれている状況のなかで果たすべき役割を考えるとき,本書から得られるであろう衛生学・公衆衛生学的な考え方や知識が活用され,保健の問題を地球規模で考え,しかも地域社会で地に足の着いたきめ細かな活動ができるような歯科衛生士が育つことを願ってやまない.
 なお,衛生学・公衆衛生学は,歯科衛生士にとって重要な学問の一つである口腔衛生学とは切り離せない関係にあることも念頭において学習してもらいたい.
 本書の執筆にあたっての分担は次のとおりである.1章,2章,6章,12章は金子,3章のI〜IIIおよび8章は可児,3章のIV,5章,10章は新庄,4章,9章は宮崎,7章,11章は末高が,それぞれ担当した.
 1995年1月 著者一同

推薦の序

 厚生省健康政策局歯科衛生課長 佐治靖介

 近年,わが国では,人口の急速な高齢化に伴い,疾病構造が変化してきていることなどから保健医療サービスに対する住民のニーズが急速に高まってきており,良質な保健医療の供給を行いうる体制を整備するため,資質の高い保健医療関係者の養成を行うことが重要な課題となっている.
 歯科衛生士の資質向上を図るため,歯科衛生士学校養成所の就業年限の延長,学科過程の改正等が昭和58年に行われ,5年後の昭和63年よりすべての養成所で新カリキュラムによる教育が行われるようになった.本改正により,保健指導や歯科予防処置に関する教科内容の充実が図られた.そして,平成元年6月には,歯科衛生士法の一部が改正され,歯科衛生士の業務に歯科保健指導が加わるとともに,免許権者が都道府県知事から厚生大臣に改められた.
 また,わが国における歯科保健対策の動きについて目を向けると,近年,80歳になっても20本以上の歯を保つことを目的とした8020(ハチマル・ニイマル)運動が全国各地で広がってきている.平成4年度老人保健事業第3次計画において歯の重点健康教育・重点健康相談に併せて歯科衛生士による在宅寝たきり老人に対する訪問口腔衛生指導が実施されており,歯科保健事業の充実強化が図られるようになってきている.また,本年は世界口腔保健デーや世界口腔保健年として歯科界挙げて口腔保健の推進に邁進している.そして,歯の健康づくりに対する国民の関心は年々高まってきており,歯科保健指導や歯科予防処置等の業務を通じて,国民の歯の健康づくりに従事する歯科衛生士の果たす役割は今後ますます重要となると考えられる.
 資質の高い歯科衛生士が養成されるためには,最新の歯科保健医療に関する知識および技術が,効果的に学生に対して教授されることが必要である.このようなときに新しい歯科衛生士教本が発刊され,内容の見直しが行われることは誠に意義深く,歯科衛生士教育の充実強化とともに,わが国における歯科保健対策を推進していくうえで要となると確信している.
 本書が多くの歯科衛生士教育機関において十分に活用され,よりよい歯科衛生士が養成されることを期待し,推薦の序としたい.
 1994年6月
1章 総 論/1
 I 衛生・公衆衛生の定義…… 1
 II 健康の概念…… 3
 II I予防医学の概念…… 5
  1.第一次予防 …… 5
  2.第二次予防 …… 6
  3.第三次予防 …… 7
 IV 国際保健…… 7
2章 人 口/9
 I 人口に関する統計…… 9
  1.人口の静態統計と動態統計 …… 9
  2.人口構造……10
  3.人口の老齢化……12
  4.人口密度……15
 II 人口動態統計……15
  1.出 生……15
  2.死 亡……17
 III 生命表……22
  1.完全生命表と簡易生命表……22
  2.平均余命と平均寿命……24
3章 環境と健康/26
 I 環境と健康の概念……26
 II 生活環境……27
  1.空気と健康……27
  2.温熱環境……28
  3.水……30
  4.気象と健康……34
  5.放射線……34
  6.衣服と健康……35
  7.住居と健康……36
 III 廃棄物処理……37
  1.一般廃棄物……38
  2.産業廃棄物……38
  3.医療廃棄物……38
 IV 環境保全……39
  1.公害と環境対策……40
  2.大気汚染……41
  3.水の汚染……42
  4.地球環境……44
4章 疫 学/48
 I 疫学の定義および概要……48
  1.疫学とは……48
  2.歯科における疫学……48
 II 疾病,異常(健康障害)の発生要因……49
  1.疾病の発生,流行状態を表す指標……51
 III 疫学の方法論……51
  1.記述疫学……53
  2.観察疫学……54
  3.介入研究……57
  4.スクリーニング検査……57
5章 感染症/61
 I 感染と発病……62
  1.感染とその概念……62
  2.感染症の流行……62
 II 感染の三大要因……62
  1.感染源……62
  2.感染経路……63
  3.宿主の感受性……64
 III 感染予防……65
  1.感染源対策……65
  2.感染経路対策……67
  3.感受性対策……68
 IV おもな感染症の動向と予防……70
  1.一類感染症……70
  2.二類感染症……71
  3.三類感染症……72
  4.四類感染症……73
  5.結 核……76
  6.ハンセン病……76
6章 食品と健康/77
 I 国民栄養の現状……77
  1.栄養所要量……77
  2.国民栄養の問題点……78
  3.健康づくりのための各種指針……81
  4.機能性食品……83
 II 食品衛生……83
  1.食中毒……83
  2.食品添加物……87
7章 地域保健/89
 I 地域保健の概念……89
  1.地域保健とは……89
  2.地域保健の特徴……89
  3.地域保健の対象……90
 II 地域保健の組織……91
  1.国,都道府県,市町村の役割……91
  2.保健所……91
  3.市町村保健センター ……93
  4.地域の保健推進組織……93
  5.福祉事務所……94
 III 地域の保健計画……94
  1.地域保健医療計画……94
  2.老人保健福祉計画……95
 IV 地域社会と住民の生活……95
  1.地域社会とは……95
  2.地域特性……95
  3.生活様式と健康……96
 V 地域保健活動の進め方……98
  1.現状把握(問題発見)……98
  2.問題分析,活動項目決定……99
  3.活動計画……99
  4.活動の実際……100
  5.活動の評価……101
  6.地域保健組織の育成……101
8章 母子保健/103
 I 母子保健の意義……103
 II 母子保健統計……104
  1.出 生……104
  2.乳児死亡および新生児死亡……104
  3.周産期死亡……106
  4.妊産婦死亡……106
  5.死 産……106
  6.児童死亡……109
  7.乳幼児の体位……111
 III 母性保健管理……111
  1.妊産婦の保健管理……111
  2.労働と母性保護……113
 IV 小児保健管理……113
  1.乳幼児の保健管理……113
  2.低出生体重児・未熟児……114
  3.先天異常……114
  4.心身障害児……115
  5.事故対策……115
 V 母子保健対策……116
  1.保健指導……117
  2.健康診査……117
  3.医療援護……118
  4.母子保健の基盤整備……118
9章 学校保健/120
 I 学校保健の意義および概要……120
  1.学校保健の意義……120
  2.新しい健康問題への対応……121
  3.学校保健の関係法規……121
 II 学校保健の活動と組織……122
  1.学校保健教育……122
  2.学校保健管理……123
 III 保健組織活動……127
  1.学校保健行政組織……127
  2.学校保健関係職員と役割……128
 IV 学校保健活動の推進……131
  1.エイズ教育の推進……131
  2.学校歯科保健活動の推進……131
  3.要保護,準要保護の児童・生徒の医療費補助……131
  4.へき地学校保健管理費補助……131
  5.児童・生徒の健康増進特別事業……131
10章 成人・老人保健/132
 I 成人・老人保健の現状……132
  1.成人保健と受療の現状……132
  2.おもな生活習慣病とその予防対策……133
  3.老化とはどのようなものか……136
 II 成人・老人保健の課題……137
  1.高齢者の保健と生活の質の確保……137
  2.成人,高齢者の健康確保と歯科保健……138
 III 成人保健と老人福祉対策……139
  1.老人保健法に基づく保健事業……140
  2.高齢者に対する総合的な社会サービス……143
11章 産業保健/145
 I 産業保健の概念……145
  1.産業保健の目的……145
  2.産業保健の特徴……145
 II 職業性疾病……146
  1.職業性疾病とは……146
  2.職業性疾病の発生状況……147
  3.おもな職業性疾病……147
 III 産業保健管理……148
  1.産業保健管理体制……148
  2.衛生委員会……149
  3.産業医,産業歯科医……149
  4.総括安全衛生管理者,衛生管理者……149
 IV 産業保健活動……149
  1.産業保健対策……149
  2.健康診断……151
  3.健康診断の事後措置……152
  4.健康保持増進対策……153
12章 精神保健/155
 I 精神保健の意義……155
 II 精神障害の分類……156
  1.精神障害者とは……156
  2.精神障害の概要……156
 III 心の健康と障害……158
  1.行動の起こり方……158
  2.フラストレーションと葛藤……159
  3.防衛機制と適応障害……159
 IV ライフサイクルからみた精神保健……160
  1.乳幼児期(生後6歳ごろまで)……160
  2.学童期(6〜12歳)……160
  3.青年期(12〜25歳)……161
  4.成人・壮年期(25〜65歳)……162
  5.老年期(65歳以上)……162
 V 精神保健対策……162
  1.精神保健福祉法……162
  2.精神障害者医療……163
  3.精神保健福祉行政と地域精神保健福祉対策……163
  4.社会復帰対策……164

参考図書……165
用語解説……166
さくいん……168