やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

PREFACE
 高齢社会の進行に伴い,医療のみならず経済や文化など日本社会全体にパラダイムシフトが起こっているといわれて久しい.特に医療の分野では,EBM(Evidence-based Medicine)に基づいた診断と治療を行うだけではなく,老化と共存するさまざまな疾患に適切に対応し(Quality of Health Care),疾患を抱える高齢者の生活を支え(Quality of Life〈QOL〉),さらに満足した死を迎える(Quality of Death〈QOD〉)ことが求められるようになった.この流れと並行して,医療が患者とかかわる場も,病院や診療所のみではなく,在宅や介護施設にまで広がってきている.
 これら3つのQualityに大きな影響を与える要因の1つが「しっかり食べて栄養状態をよくする」ことであり,それを阻害する大きな原因の1つが摂食嚥下障害である.特に高齢者にとって,摂食嚥下障害がQOLとQODに与える影響はとても大きいと同時に,臨床現場ではうまく対応できない場面も多いのが現状であろう.
 本書では,老化に伴う摂食嚥下障害という問題をできるだけ多角的にとらえ,さまざまなアプローチを取り上げ,それぞれの専門家や先駆者に解説していただいた.Part1では摂食嚥下障害にかかわるさまざまな問題についてディスカッションを行い,ここであげられた視点を中心にPart 3で詳細に解説という構成とした.そして両パートをつなぐPart2では,高齢者の摂食嚥下障害の理解を深めるためには,“老化”という概念を整理しておく必要があると考え,老化に付随する代表的介護要因としてのサルコペニア,フレイル,ロコモティブシンドローム,認知症について解説していただいた.さらにPart4では摂食嚥下障害に対して具体的に地域ではどのように対応して患者を支えるかについて,行政や先進的な取り組みなどを紹介していただいた.
 また本書においては,“オーラルサルコペニア”“老嚥”をはじめとして,比較的認知度の低い言葉や,エビデンスの蓄積のない用語も用いられている.これは各項目の内容がup-to-dateであることと,摂食嚥下障害の研究は日進月歩であるからと理解していただきたい.また紙面構成上の特徴として,本文の内容を補強する脚注および側注(本文の下または左欄外での解説部分)が多く,中にはほとんどの頁に側注が設けられている項目もある.各執筆者にはわかりやすい詳細な解説に尽力していただいたが,その意をくみながら限られた頁数にまとめるためにこのような形となった.ぜひ側注も含めて読んで理解を深めていただきたい.
 現在,摂食嚥下障害学のパラダイムは確立されつつあり,研究も進みつつあるが,いまだ難渋している患者や悩む家族,かかわり方に戸惑っている医療者も多い.さらに人口構造の高齢化が進行すれば,今以上に大きな問題となっていくであろう.そんな時代背景においても,「食べて,しゃべって,大いに笑える」高齢者が増えるよう,私たち医療者は研鑽し続けなくてはならない.本書がその一助となることを願ってやまない.
 2017年9月
 編集委員(掲載順)
 藤本篤士 糸田昌隆 葛谷雅文 若林秀隆
 Preface
 Editors&Authors
Part 1 Round Table Discussion 老化と摂食嚥下障害をめぐる諸問題および展望―高齢者の「口から食べる」を多職種・地域で支えるために,今何をなすべきか
 (藤本篤士・糸田昌隆・植田耕一郎・葛谷雅文・若林秀隆)
 Topic 老化に伴う食べる機能の変化
 Topic 健やかな超高齢社会推進のためのキーワード
 Topic 誤嚥性肺炎をめぐるトピック
 Topic 介護現場が抱える摂食嚥下機能低下の問題
 Topic オーラルサルコペニアとの対峙
 Topic 予防の正しい考え方とアンチエイジング
 Topic 多職種連携による摂食嚥下障害への対応
 Topic 摂食嚥下障害に対する各組織の動き
 Topic 認知症患者への歯科的対応
 Topic がん患者の摂食嚥下機能保全
 Topic 摂食嚥下障害の治療にかかわる歯科の本分
Part 2 老化に伴う代表的要介護要因
 01 フレイル,サルコペニア,ロコモティブシンドロームの概念と日本におけるその重要性(葛谷雅文)
  超高齢社会における医療のパラダイムシフト
  フレイル,サルコペニア,ロコモティブシンドロームの概念と変遷
  健康寿命の延伸と介護予防 さらに広い概念へ
 02 サルコペニア(島田裕之)
  加齢とサルコペニア サルコペニアの操作的定義 サルコペニアによる弊害と解消法
 03 フレイル(荒井秀典)
  フレイルの概念 フレイルのスクリーニングおよび診断
  身体的フレイルの要因としてのサルコペニアの嚥下機能への影響
 04 ロコモティブシンドローム(原田 敦)
  ロコモティブシンドロームの概要 ロコモティブシンドロームの簡便な診査法
  ロコモティブシンドロームの介入法;ロコモーショントレーニング
 05 認知機能低下および認知症(鈴木裕介)
  認知機能と加齢 認知症の定義 認知症と年齢相応の物忘れの違い 認知症の初発症状
  認知症の簡易スクリーニング検査 認知症の臨床症状 認知症の症型分類と頻度
  原因疾患別の認知症の特徴 認知症の診断のための検査 認知症の治療
 Column 老化のメカニズム―さまざまな老化学説について……(葛谷雅文)51
Part 3 摂食嚥下障害・オーラルサルコペニアへの臨床現場での対応
 01 摂食嚥下障害・オーラルサルコペニアをめぐる諸問題―Part 3の総論として(藤本篤士)
  摂食嚥下障害とサルコペニア 「口から食べる」ということ 直接訓練の重要性
  間接訓練のとらえ方 予防的リハビリテーション栄養 オーラルサルコペニア
  口腔ケア 認知症と摂食嚥下障害 窒息に対する正しい対応
 02 口から食べるための包括的アプローチ(小山珠美)
  食べることを阻害する医療での課題
  食べることを一定の場面で評価することへの警鐘と食支援スキルアップ
  早期経口摂取開始の重要性と包括的食支援スキルの必要性
  多職種で行う包括的食支援“KTバランスチャート(R)”の開発
 03 サルコペニアおよび低栄養へのリハビリテーション栄養(若林秀隆)
  対象者別のサルコペニア サルコペニアの診断基準とステージ 低栄養とAt risk
  低栄養の原因 サルコペニアの原因 老嚥;摂食嚥下のフレイル
  リハ栄養ケアプロセス サルコペニアおよび低栄養へのリハ栄養介入
 04 摂食嚥下機能と老嚥,誤嚥(松尾浩一郎)
  正常の摂食嚥下機能 加齢と老嚥 摂食嚥下障害の原因 摂食嚥下障害の評価と対応
 05 舌のサルコペニア(吉田光由・吉川峰加・津賀一弘)
  舌の筋肉量の低下 舌の筋力測定 舌圧と全身の筋力との関係 舌圧と栄養状態
  舌圧と摂食嚥下機能 舌のリハビリテーション
 06 認知症と摂食嚥下障害(野原幹司)
  認知症とは 三大認知症とは 認知症の摂食嚥下障害の考え方―治る障害と治らない障害
  認知症高齢者におけるサルコペニアの問題点 三大認知症の摂食嚥下障害の特徴と食支援
  認知症の原因疾患を考慮した食支援が求められる
 07 摂食嚥下障害患者への栄養管理(前田圭介)
  高齢者の低栄養はどのように判断するのか 栄養管理のゴールの設定
  栄養管理の方法 効果判定の考え方
 08 食事形態(鈴木達郎)
  食材の特徴と調理法 嚥下食ピラミッド
  嚥下調整分類2013 とろみ調整食品(増粘剤)
 09 口腔リハビリテーション(糸田昌隆)
  口腔リハビリテーションとは 口腔リハビリテーションの対象となる口腔機能障害の原因と分類
  口腔リハビリテーション実施の対象者 口腔機能評価 口腔リハビリテーションの手法
 10 口腔ケア(大野友久)
  口腔ケアの必要性 口腔内環境を整える視点 高齢者における口腔ケアの意義
  口腔ケアの基本知識と用具 ジェルを用いた口腔ケアの実際
 11 窒息に対する正しい対応(安藤 綾・岩田充永)
  窒息発生の現状 窒息発生時の対応
 Column 震災避難者への「食べる」支援―災害時の対応(前田圭介/白石 愛)
 Column オーラルフレイルと口腔機能低下症(藤本篤士)
 Column 摂食嚥下障害に関する歯科の卒前・卒後教育(松尾浩一郎)
Part 4 住み慣れた地域で口から食べて豊かな老後を
 01 摂食嚥下障害に対する介護保険行政の取り組み(秋野憲一)
  地域包括ケアシステムと摂食嚥下障害への対応
  口から食べる楽しみの支援の充実(平成27年度介護報酬改定)
  在宅医療・介護連携推進事業 介護予防・日常生活支援総合事業
 02 地域高齢者におけるサルコペニアの予防・治療のアプローチ(山田 実)
  サルコペニア対策の考え方 地域でサルコペニアを判定する方法
  遠隔監視型郵送式介護予防プログラム
 03 東京都新宿区における食支援(五島朋幸)
  新食研が考える食支援 新食研の活動 地域連携 食支援の実現とストラテジー
 04 京都府における摂食嚥下障害に対する多職種・異業種連携(荒金英樹)
  京滋摂食嚥下を考える会 介護食を地域の食文化へ
  京都の食を支える地域づくり 多職種・異業種連携の課題
 05 大阪府大東市における介護予防活動(逢坂伸子)
  大東市における「大東元気でまっせ体操」普及の取り組み
  「大東元気でまっせ体操」の取り組みの介護予防効果
 06 地域に根ざした管理栄養士の摂食嚥下障害に対する活動(江頭文江)
  訪問栄養指導の開始と地域とのつながり 地域からの情報発信 研修会の企画と再編
 07 施設における摂食嚥下障害への対応(秋山利津子)
  介護保険で使用できる施設 介護保険制度における口腔・栄養関連ケア
  摂食嚥下障害者への口腔ケア 摂食嚥下障害者への食事支援

 INDEX