やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本書は1983年に初版,1987年に第2版,1999年に第3版,2011年に第3版14刷という30年もの永きにわたって版を重ねた歯科衛生士教本『齲蝕予防処置法』(全国歯科衛生士教育協議会編,榊原悠紀田郎,中垣晴男,石井拓男,石飛國子著)を,新しい編著者で書き改めたものである.前版は,日本の歯科衛生士教育制度づくりに寄与された恩師・故榊原悠紀田郎教授の下,当時は若手の教育者であった3名が著者に加わり,類書がないために歯科衛生士の齲蝕予防処置法はどのようにあるべきかということから議論を重ね,歯科衛生士教本として世に送り出され,その是非を問うてきたものである.その間,1989年に歯科衛生士法が改正され,歯科衛生士の業務に歯科保健指導が加わり,近年では教育制度が修業年限3年以上となった.全国歯科衛生士教育協議会の教本も,新歯科衛生士教本『歯科予防処置』,そして現在は最新歯科衛生士教本『歯科予防処置論・歯科保健指導論』として『齲蝕予防処置法』はそのなかの一つとして編入されたが,演習や実習の部分が若干少ないのが現状である.
 歯科衛生士法第2条では,歯科衛生士の業務について,“歯科医師の直接の指導の下に”,“歯牙及び口腔の疾患の予防処置として”2つの行為を行うこととしている.1つは,いわゆる予防的歯石除去であり,ほかの1つが“歯牙および口腔に対して薬物を塗布すること”とされる齲蝕予防処置にあたるものである.手技が中心である前者に比べ,後者はその学問的な進歩に合った理論的なバックグラウンドが要求される.たとえば,フッ化物の齲蝕予防機序についても,1988年以前までは歯質の耐酸性向上作用であったが,それ以後は,再石灰化促進作用が中心と考えらえるようになった.そのため,プラーク(歯垢)中のフッ化物イオン濃度とpHの動向に注目されるようになった.したがって,白濁・白斑など,齲蝕の早期(初期)段階における診断とその管理指導が,齲蝕予防にとって重要事項となってきており,学校保健におけるCOやICDAS基準(国際齲蝕診断基準)による白濁部の診断法やその診断補助具の活用が重要になってきた.それに伴い,近年の歯科臨床では,齲蝕の早期診断とそれに基づいた管理やその指導ができる歯科衛生士の役割が大きくなってきている.
 本書では,それらのニーズに応えるため,前版を全面的に書き改めるとともに,新たに齲蝕予防処置法の基礎を理解する実習・演習の追加,近年の齲蝕の発症理論と早期(初期)診断法の解説,齲蝕抑制効果の評価法の追加,フッ化物ゲル(ゼリー)調製法などの新しい実習や演習を加えた.それによって,歯科衛生士教育の講義や演習・実習のなかで,また,臨床に従事する歯科衛生士がさらに理解を深めるために,実習や体験を通じてその理論や応用法の理解ができるように工夫した.また,各章には文献を明示し,さらに詳しく調べるために,また,その齲蝕予防処置法の予防効果がどのように評価されているか(システマティックレビュー)をまとめてみることができるデータベースチェック法も取り入れた.さらに,関連する項目について簡単な解説をつけた“ノート”を入れて理解を助けるようにした.各章の終わりにはその章のまとめをつけた.最後には身についた知識や理論を自ら点検できるチェックリスト,過去に出題された歯科衛生士国家試験問題も参考につけた.
 故榊原悠紀田郎教授は「どこでもいつでも自分で考え行動や実践することで,それが真物(まこともの)となる(随処に主となれば立処皆真なり)」を座右の銘とされていて,自ら考えて行動することの大切さを説かれた.また,1972年のユネスコにおけるフォール報告書(委員長・フォール元フランス首相)では「これからの教育は,知識をもつ(Learning to have)ことだけではなく,どのように考えるか(Learning to be)を目標とすべきである」(日本訳:未来の学習)が示されている.齲蝕予防処置法に限らず,歯科衛生士はいつも自ら考えながら進む(keep studying)ことが大切であり,本書がその一助になれば幸甚である.
 本書を上梓するにあたり,ご生前にその考え方をご教示いただいた恩師・故榊原悠紀田郎教授,執筆に快く同意していただいた各著者の歯科衛生士養成校の学長・学科長・校長各位に感謝を申し上げる.最後に,夏休みを返上してご執筆いただいた著者の先生方,および夜遅く帰宅しても笑顔でご支援賜ったと聞く著者の家族のみなさまにも感謝申し上げる.本書はこのように多くの方のご協力やご支援で成ったものである.
 専門性向上を求めて活躍する歯科衛生士,歯科衛生学や口腔衛生学を学び将来歯科衛生士となる学生,さらに臨床や公衆衛生の歯科関係者にとって,本書がお役に立てれば,これ以上の幸せはない.一方で,浅学な編著者のため,間違いのご指摘やご意見を賜るようお願いして序とする.
 2012年3月1日
 編著者代表 中垣晴男
I 総説編
第1章 齲蝕予防処置法序説(中垣晴男)
 1 齲蝕予防処置法とは
 2 齲蝕予防処置法の範囲と種類
 3 齲蝕予防処置法における歯科衛生士の役割
 4 齲蝕予防処置法実習にあたって注意すべき点
第2章 齲蝕の知識(中垣晴男)
 1 齲蝕とは
 2 プラークのなりたちと齲蝕
 3 齲蝕の早期(初期)診断の意義・診断の補助手段
第3章 歯および唾液とフッ化物応用の知識(中垣晴男)
 1 歯およびエナメル質表層の知識
 2 唾液の知識
 3 フッ化物応用の知識
第4章 齲蝕活動性(リスク)試験(中垣晴男)
 1 齲蝕活動性(リスク)試験とは
 2 齲蝕活動性(リスク)試験の種類
 3 齲蝕活動性(リスク)試験の成績
第5章 齲蝕抑制効果の評価およびスクリーニング手法(森田一三)
 1 齲蝕抑制効果評価法
 2 敏感度,特異度,スクリーニング指標とその活用
 3 オッズ比と相対危険度・寄与危険度
 4 齲蝕予防効果のデータベース利用
II 実習編
第1章 齲蝕予防処置法のアウトライン
 1 齲蝕予防処置法とその応用上の4つの条件(中垣晴男)
 2 齲蝕予防処置法を学ぶにあたっての基礎知識(中垣晴男)
 3 フッ化物局所応用法(中垣晴男)
 4 鍍銀法・フッ化ジアンミン銀の応用(中垣晴男)
 5 小窩裂溝填塞法の応用(中垣晴男)
 6 各種薬物の応用によるプラークの除去(加藤一夫)
 7 その他の齲蝕予防処置法(中垣晴男)
 8 齲蝕予防処置の一般的注意(中垣晴男)
第2章 齲蝕予防処置法の基礎実習(犬飼順子)
 1 唾液の消化作用確認実習
 2 スクロースとキシリトールの理解実習
 3 歯の脱灰観察実習
 4 エナメル質の脱灰〔酸処理(エッチング)〕観察実習
 5 飲料水・お茶中のフッ化物イオン濃度測定実習
 6 歯のCa,P,Mg測定実習
 7 フッ化物配合・非配合歯磨剤のフッ化物測定実習
 8 フッ化物配合歯磨剤の製作実習
第3章 フッ化物溶液歯面塗布法
 1 フッ化物溶液・ゲル(ゼリー)の作り方(調製)実習(犬飼順子)
 2 フッ化物溶液・ゲル(ゼリー)の味の確認実習(山田小枝子・南方千恵美)
 3 綿球・綿棒に含まれる溶液量の確認実習(山田小枝子・南方千恵美)
 4 綿球中のフッ化物量の確認実習(山田小枝子・南方千恵美)
 5 イオントレーに含まれる溶液量の確認実習(山田小枝子・南方千恵美)
 6 フッ化物歯面塗布の相互実習(山田小枝子・南方千恵美)
第4章 フッ化物ゲル(ゼリー)歯面塗布法(佐藤厚子・原山裕子)
 1 フッ化物ゲル(ゼリー)歯面塗布法の基礎実習(顎模型への塗布)
 2 フッ化物フォーム応用時の使用量確認実習
 3 フッ化物フォーム塗布の相互実習
第5章 フッ化ジアンミン銀溶液塗布法(高阪利美)
 1 フッ化ジアンミン銀の抜去歯への塗布実習
 2 フッ化ジアンミン銀の手指および布への着色・脱色実習
 3 フッ化ジアンミン銀塗布相互実習
第6章 小窩裂溝填塞法(田村清美・古澤昌子)
 1 酸処理面の観察実習
 2 小窩裂溝填塞歯の割面の観察実習
 3 小窩裂溝填塞法の相互実習(光重合型小窩裂溝填塞材)
第7章 早期齲蝕検出(森田一三)
 1 ダイアグノデント測定実習
第8章 齲蝕活動性(リスク)試験
 1 唾液流出量測定(仁井谷善恵・西村瑠美)
 2 唾液粘度測定(糸引き性測定器)(仁井谷善恵・西村瑠美)
 3 唾液粘度測定(ガラス粘度計)(中垣晴男)
 4 シーエーティー21バフ(星 雅子)
 5 ミューカウントR(仁井谷善恵・西村瑠美)
 6 デントカルトRSM(仁井谷善恵・西村瑠美)
 7 RDテスト「昭和」R(仁井谷善恵・西村瑠美)
 8 シーエーティー21Fast(星 雅子)
 9 カリオスタットR(星 雅子)
 10 シーエーティー21Test(星 雅子)
 11 その他の齲蝕活動性試験(星 雅子)
 12 ステファンカーブ測定相互実習(横井葉子・安井真奈美)
 13 歯の健康度テスト実習(横井葉子・安井真奈美)
第9章 齲蝕抑制効果評価とスクリーニング指標算出(森田一三)
 1 齲蝕抑制効果評価(齲蝕抑制率による評価)実習
 2 敏感度と特異度,スクリーニング指標の算出実習
 3 オッズ比と95%信頼区間算出実習
第10章 齲蝕予防処置法の臨床
 1 齲蝕予防処置法における臨床応用の配慮点(中垣晴男)
 2 フッ化物ゲル(ゼリー)塗布法の臨床(前田尚子)
 3 フッ化ジアンミン銀塗布法の臨床(高阪利美)
 4 小窩裂溝填塞法の臨床(犬飼順子)
III 集団応用編
第1章 齲蝕予防処置集団応用の考え方
 1 齲蝕予防処置集団応用と公衆歯科衛生(地域歯科)活動における現場活動(中垣晴男)
 2 集団応用の特徴(中垣晴男)
 3 集団応用の場面(中垣晴男)
 4 集団応用に用いられる齲蝕予防処置法(中垣晴男)
 5 集団応用実施の計画(中垣晴男)
 6 集団応用の事前検討(石飛國子・谷 さつき)
 7 集団応用実施の器材・薬剤の準備(石飛國子・谷 さつき)
 8 フッ化物ゲル(ゼリー)歯ブラシ塗布法(星 雅子)
 9 フッ化物洗口法(中垣晴男)
第2章 齲蝕予防処置集団応用実習
 1 集団応用実習の基礎知識(石飛國子・谷 さつき)
 2 机上実習(図上演習)とロールプレイング実習(石飛國子・谷 さつき)
 3 集団応用実習の実施にあたって(石飛國子・谷 さつき)
 4 集団応用実施例(石飛國子・谷 さつき・本多さおり)

 ●note
  さまざまな国における歯科衛生士の業務範囲(中垣晴男)
  口腔バイオフィルムのコントロール(加藤一夫)
  ミラーの化学細菌説(Chemico-parasitic theory)とその今日的意味(中垣晴男)
  エナメル質表層のフッ化物イオン濃度は年齢的に増加するか減少するか(中垣晴男)
  専門家の責任とBibbyの潜在脱灰能(中垣晴男)
  ミュータンス菌で脳出血のリスクが上昇(加藤一夫)
  幼児のフッ化物配合歯磨剤の指導(村上多惠子)
  フッ化物とアレルギー(村上多惠子)
  フッ化ジアンミン銀容器の使い方(高阪利美)
  アパタイトの化学とヒトの歯(犬飼順子)
  お茶とフッ化物(村上多惠子)
  衆議院予算委員会第5分科会におけるフッ化物洗口に関する質疑応答(中垣晴男)
  日本人におけるフッ化物摂取基準(案)(村上多惠子)
  根面齲蝕の予防(加藤一夫)

 フッ化物洗口ガイドライン(平成15年1月14日付医政発第0114002号/健発第0114006号)(抜粋)
 チェックポイント
 歯科衛生士国家試験に出題された「齲蝕予防処置」関連の問題
 索引