やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 いつの時代にも「歯科臨床が変わってきている」ということが言われ続けてきた.現在もまた,同じような感慨が同じような言葉で表現されている.
 では,いま,歯科臨床において変わってきている内容の本質はなんであろうか.
 “インフォームドコンセント“,“主訴”,“それから“,“患者中心の医療”,“POS“,“患者が語り始める”,“minimal intervention“,“患者さんの要求と歯科医師の思い”,“メインテナンス”,本書にご執筆いただいた著者たちのキーワードのいくつかをランダムにあげてみると,おのずとその答えが浮かび上がってくるように思われる.
 それは,歯科のみならずわが国の医療において“カルテ開示”に象徴されるように,従来にもまして患者自らが十分理解して,納得のいく医療を受けたいという立場で医療とかかわり,これを軸にして患者と歯科医師の関係がより本来的な関係へと変化してきている,ということが一つの大きな要素ではないであろうか.
 性別,年齢,生活環境など,さまざまな条件を異にする患者個々に対応していくことは,わが国の歯科医療制度がもつ問題なども考え合わせると決して容易なことではない.しかしながら,歯科医療の変容の本質がそこにあるのであれば,それへの対応を基本とすることなくしては歯科臨床のスキルアップをはかることは望むべくもない.
 『歯をまもる』のタイトルのもとに,本書は,いわゆる第一次,第二次,第三次予防のコンセプトをふまえて齲蝕の予防・処置から歯冠崩壊の回復にいたるまでをカテゴリーとしているが,患者との対応はもちろん一つの処置や治療で終わるものではない.ある主訴をもって来院した患者に対して,処置・治療からメインテナンスまで,そして,その対応自体が第二次予防,第三次予防としての位置づけをもち,対応の時間の流れは継続していく.その流れのどこで積極的な処置や治療に介入していくのか,なにをもってゴールとするのかは若い歯科医師のみならず,歯科臨床の普遍的な課題である.歯科臨床のスキルアップをはかるためには,こうした時間の流れのなかで患者との関係を築き,維持していくことがまず前提になければならない.
 また,めまぐるしく進展する歯科材料や器機の知識を含め一つひとつの処置や治療を十分に行うためには,現在のスタンダードな技術の修得も当然必要とされる.さらに,多様化する患者のニーズに合わせた審美への対応,またさまざまな情報の収集や管理の方法などについても本書で取り上げた.
 このように,いくぶん欲張った内容を盛り込もうと意図したため,限られた紙面のなかで著者の先生方には多々ご無理をお願いしたが,そのぶん緊張した紙面を構成しえたと思っている.本書は,まだ経験の浅い比較的若い世代の歯科医師を主な対象として編集したが,中堅世代,ベテラン世代の先生方にお読みいただいても十分参考になる内容になっていると考えている.
 統計上の数値として,患者数に対して必要な歯科医師数が飽和状態に達して,そういう意味でも歯科医師にとって厳しい時代になってきたと言われている.この状況に対して後ろ向きに対処していくのではなく,患者の,国民の口腔を健康に保つ前向きな態度で歯科医療全体をよくしていくのでなければならないと考えている.
 本書が,歯科臨床のスキルアップをはかるために,先生方のよきパートナーとなることを願うものである.
 2002年4月10日
 中尾勝彦,安田 登,高島昭博
1章 患者さんへの対応
 1 「主訴」,「それから」
   1.インフォームドコンセントの歴史
   2.「主訴」,「それから」の意義
   3.医療者の心がまえと医療情報のやりとり
    (高島昭博)
 2 「主訴」への対応
   1.患者中心の医療へ
   2.診療の流れ
    (征矢 亘)
 3 「それから」への対応
   1.主訴とは具体的なもの
   2.臨床は,患者さんが主訴に伴う“物語”を携えて訪れる場である
   3.それに関わる予防指導は
   4.予防指導の受け入れは葛藤を伴う
   5.ブラッシング指導を通した関わり
   6.患者が語り始める,コミュニケーションの大事さ
   7.発見的に関わる
   8.関係性があるのみ
   9.雰囲気,流れを大事にする
   10.発見的に関わることのもう一つの意義
   11.どのように身に付けるか
    (丸森英史)
 1st Presentation 齲蝕の予防と処置
    中尾勝彦<司会>,伊古野良一,片山 昇,加藤賢祐,黒滝義之,斉藤佳雄,白神達也,高島昭博,仲村裕之,宮地建夫,安田 登<五十音順>
 コラム 3ミックスとは 3ミックスの使い方
    (岩久正明)
 アンケートによる 齲蝕の予防と処置
2章 齲蝕への対応
 1 感染症としての齲蝕
   1.齲蝕の考え方の変遷
   2.齲蝕の診断
   3.初期齲蝕への対応
    (藤木省三)
 2 年齢層による齲蝕発生パターンの違い
   1.小児期の齲蝕
   2.成人の齲蝕
   3.高齢者の齲蝕
    (田上順次,加藤純二)
 3 部位による治療方針の違い
   1.隣接面齲蝕
   2.歯頸部齲蝕
   3.咬合面齲蝕
    (田上順次,加藤純二)
 4 齲蝕にしない,進行させない予防システム
   1.予防に対する考え方,取り組み方
   2.リコールを確立するためには
   3.リコールで何をするか
    (柏木伸一朗)
3章 有髄歯の実質欠損への対応
 1 接着のメカニズムを知っておこう
   1.歯質(エナメル質,象牙質)への接着メカニズム
   2.樹脂含浸象牙質の生成
   3.脱灰象牙質の追放
   4.象牙質・歯髄複合体の概念
    (中林宣男,安田 登)
   5.レジン接着のメカニズム
   6.金属接着のメカニズム
   7.セラミックス接着のメカニズム
    (松村英雄)
   8.切削象牙質(創面)の保護:象牙質コーティング
    (秋本尚武)
 2 修復処置をどう選択するか
    歯質接着性コンポジットレジンをどのように使うか
   1.接着性コンポジットレジン修復が可能にしたもの
   2.成功のポイント
   3.直接充填で対応ができない場合
    (猪越重久)
 3 修復処置をどう選択するか
    間接修復用コンポジットレジン(ハイブリッドセラミックス)材料による修復
   1.間接修復用コンポジットレジン修復のための窩洞形成
   2.間接修復用コンポジットレジン修復の対象となる症例
    (秋本尚武)
 4 修復処置をどう選択するか
    グラスアイオノマー修復が適している場合
   1.グラスアイオノマーセメントの特性
   2.光硬化型グラスアイオノマーセメントの適応
   3.光硬化型グラスアイオノマーセメント修復法のポイント
    (小野瀬英雄)
   コラムコンポマーとは
    (安田 登)
 5 修復処置をどう選択するか
    メタルによる修復
   1.レジン修復(直接法)とインレー修復(間接法)の住み分け
   2.従来型(非接着性)メタルインレー修復と接着性メタルインレー修復
   3.接着性メタルインレー修復
   4.MI歯学とメタルインレー修復
    (冨士谷盛興,新谷英章)
 6 機能的で寿命のながい修復物を装着するための形態
   1.インレー(アンレー,部分被覆冠)かクラウンか
   2.インレー(アンレー,部分被覆冠)製作法のポイント
    (吉田恵一,加藤 均,田中正信,三浦宏之)
 2nd Presentation 齲蝕,歯髄への対応と修復法
    (参加者:1st Presentationと同じ)
4章 歯髄の保護を必要とする齲蝕への対応
 1 歯髄の診査・診断
   1.痛み,バイタルテスト
    (橋口 勇,赤峰昭文)
   2.エックス線診断のポイント
    (吉浦一紀)
   3.歯髄を保存すべきか抜髄か?
    (橋口 勇,赤峰昭文)
 2 象牙質知覚過敏の処置
   1.象牙質知覚過敏症とは
   2.象牙質知覚過敏症の背景と増悪因子
   3.象牙質知覚過敏症の治療法
    (山本 寛)
 3 露髄への対応-間接覆髄か直接覆髄か
   1.歯髄の保存・除去の診断と歯髄保存の可能性
   2.齲蝕歯の覆髄にあたって
   3.感染歯髄の保存は可能か?
   4.支台歯形成中の(偶発的)露髄に対する処置
    (上野道生)
 コラム 最新の歯科用小型エックス線CT(3DX)
    (新井嘉則)
5章 歯内療法のポイント
 1 具体的処置の術式
   1.抜髄
   2.感染根管処置
   3.根管形成
   4.根管充填
    (吉嶺嘉人)
   5.根管内異物除去
    (中牟田博敬)
 2 歯内療法と歯周治療との相関
   1.発病における相関
   2.治療における相関
   3.治療後の留意点
    (高島昭博)
 3 歯内療法と補綴治療の相関
   1.有髄歯補綴の利点
   2.有髄歯補綴の欠点
   3.無髄歯補綴の利点
   4.無髄歯補綴の欠点
   5.補綴治療の目的のために歯内療法が必要な場合
   6.無髄歯補綴の留意点
   7.根尖病変と咬合との相関
    (高島昭博)
 4 歯内療法の難症例
    難症例を論じるまえに
   1.歯内療法の基本的問題事項
   2.歯の解剖学的特徴
   3.難症例
   4.根未完成歯
   5.歯根破折
    (牛島 進)
 コラム エンドの最先端技術
    (小林千尋)
 3rd Presentation 歯髄の処置,歯の破折,支台築造を考える
    (参加者:1st Presentationと同じ)
6章 歯髄処置後の実質欠損への対応
 1 ポストとコアの目的と必要性を問う
   1.失活歯の理解
   2.失活歯の修復
   3.コアとポストの適用法
   4.ポストの考え方
    (高島昭博)
 2 破折歯根への対応
   1.破折歯根の診断の目安
   2.破折歯根接着・再植法の理論的背景
   3.破折歯根接着の実際
   4.臨床例 破折歯根の接着・再植保存法/193(斉藤佳雄)
 3 支台歯形成
   1.失活歯支台歯形成の基本概念
   2.使用器具・材料
   3.前処置(歯肉切除,歯周外科手術,小矯正)
   4.形成前処置
   5.補綴物別形成術式
    (玉本光弘)
 4 印象採得
   1.印象採得の前提(歯周組織が健康であること)
   2.印象採得を困難にする要因
   3.暫間補綴物(プロビジョナルレストレーション)の重要性
   4.歯肉圧排
   5.印象(通法)
   6.印象(個歯トレー法)
    (安部倉 仁)
 5 咬合採得
   1.咬合採得材料
   2.咬合採得,咬合器装着時にクラウンが高くなる要因と対策
   3.咬合状態に応じた咬合採得法
    (安部倉 仁)
 6 テンポラリークラウンの目的,留意事項,製作法
    テンポラリーとは?,プロビジョナルレストレーションとは?
   1.テンポラリークラウンの目的
   2.テンポラリークラウン作製での留意事項
   3.テンポラリークラウンの製作法
   4.製作法に関しての症例
    (飯田良彦)
 7 クラウンの形態
   1.マージン部よりの立ち上がり
   2.軸面形態
   3.コンタクトポイントとエンブレジャー
   4.咬合面形態
   5.歯列の調和
   6.形態の総論
    (安部倉 仁,加藤了嗣)
 8 材料および歯科技工との連携
   1.金属材料
   2.ポーセレン
   3.硬質レジン,ハイブリッドセラミック
   4.歯科医院とラボのチェックポイント
    (中居伸行)
 9 合着セメント,接着性セメントの種類
   1.リン酸亜鉛セメント
   2.ポリカルボキシレートセメント
   3.グラスアイオノマーセメント
   4.接着性レジンセメント
    (山城啓文)
7章 審美への対応
 1 患者さんの要求と歯科医師の思い
   1.審美的歯科治療
   2.SPA要素
   3.患者の審美に対する恐怖心
   4.歯科医師の思い
   5.間
   6.動き
    (阿部成善)
 2 審美についての考え方と実際
   1.変色歯の処置法
    (東光照夫,久光 久)
   2.軟組織,硬組織のマネージメントと審美修復の実際
    (水上哲也)
   3.オールセラミックスの臨床応用
    (若林健史)
8章 メインテナンスへの対応
   1.メインテナンスの意義
   2.二次齲蝕の予防
   3.修復物そのものの耐久性を延ばすためのメインテナンス
   4.患者さんへのアプローチの仕方
   5.リコールシステムの構築
    (安田 登)
9章 記録・情報 診断能力,治療技術のスキルアップのために
 1 診療記録の充実
   1.POSに基づく診療記録について
   2.歯科医院でのPOS
   3.POSの利点と欠点
    (中野 充)
 2 歯科医療・医学情報の収集と管理
   1.大学から
   2.学会から
   3.同窓会から
   4.歯科医師会から
   5.個人主催の有料研修会
   6.個人のスタディグループ
    (西原廸彦)
 3 歯科診療とコンピュータ
   1.インフォームドコンセントとコンピュータ
   2.デジタルカメラの利用
   3.画像データの管理
   4.患者説明用の模式図の作成とプレゼンテーション
    (日高雄一)