やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 “変わりつつある歯科医療”これが1984年ヘルシンキで行われた第72回FDI世界大会のメインテーマであった.歯周治療の領域では何が変わりつつあるのであろうか.変化のひとつは歯周疾患が“治さなければならない”対象として目の前にたちはだかってきたことであろう.有史以来人類の病気のひとつとして記載されてき,そしておそらくは人間の疾病のなかで,もっとも普遍的にみられるもののひとつでありながら,大勢として歯科医療の現場ではないがしろにされてきた事実は否定できない.
 むろん,歯周治療が一般歯科医療の現場で定着しにくい理由にはいくつかあるであろう.保険制度の問題,国民の意識の問題,また外科的・修復的診療パターンに慣れている歯科医のとまどいなども円滑な医療の妨げになっていると想像される.しかし,すでに“治しうる”歯周治療が体系化されてきつつあるのであれば,医療担当者がその体系に沿って日々“治す努力”を実践してゆく“はずみ”がなければ,それらの障壁も解決しがたい.
 イニシャルプレパレーションは,“治しうる”歯周治療のもっとも基本的な部分,いわば根幹をなしていると同時に,これが徹底しなければその後の歯周処置のすべては砂上の楼閣にすぎない.このイニシャルプレパレーションに含まれる処置は,決して新しいものではない.むしろ歯科医がタービンを握ることと同様に日常的な行為の積みあげである.しかし,確信をもって処置を進めるための理解がいまひとつ得られていない部分でもあり,さらには,今後もっと高い効率で処置が進められなければならない部分でもある.
 臨床歯科医が多くの困難のなかで,国民の口腔の衛生と健康の改善に日々悪戦苦闘している現場は,たとえ大学病院に勤務する歯科医にとっても無縁ではない.しかし,痛みから解放され,健康でピンクにひきしまった歯肉と爽快感を,何でもかめる美しい義歯と同じく評価する患者も多く,一生自分の歯でかむために5年,10年と定期的に来院する患者も多数みかけられるようになってきた.
 本書は“治さなければならない”歯周疾患に対し,より強力かつ鋭利な刃で武装するのに少しでも役立つことを念じて企画したものである.全編を通読して各著者の日常の臨床と研究を土台とした見解が平易かつ的確に述べられ,随所に珠玉の光りを感じられることは編者として幸いなことと思っている.
 本書が著者らと同じ苦悩と疑問をもちながら診療にあたられている方々,大学での卒前教育では不十分な知識しか得られなかったと思われる方々,大学院生あるいは臨床実習を経験中の歯学部学生諸君らの,今日そして明日の歯科診療におおいに役立つことを念願している.
 1986年7月 編者
I.イニシャルプレパレーションとは

1.イニシャルプレパレーションとは
 1.歯周疾患を取り囲む諸問題
 2.歯周治療におけるイニシャルプレパレーションの位置づけ
 3.プラークコントロール
 4.スケーリング,ルートプレーニングとキュレッタージ
 5.歯の動揺への対応
 6.Minor Tooth Movement
 7.治療用義歯
2.プラーク中の細菌の役割と動態
 1.歯周疾患と細菌
 2.プラークの細菌叢
 3.歯周疾患のプラーク除去療法
3.歯肉の炎症巣で起きている病理学的変化
 1.感染症としての歯周疾患―歴史的考察
 2.歯周炎における病変―概説
 3.宿主対微生物相互作用の結果としての病態
 4.病態からみた治療法の展望
4.咬合による外傷―その病因としての意義
 1.歯周疾患における咬合の問題
 2.咬合による外傷
5.全身的要因の考え方―病理学の立場から
 1.歯周疾患の概念
 2.辺縁性歯周炎の病理観
 3.年齢素因
 4.各種全身的異常症例
 5.要約
6.全身的要因の考え方―臨床の立場から
 1.全身疾患と歯周疾患との関係
 2.全身疾患の歯周組織への影響
 3.口腔疾患の全身状態への影響
 4.全身疾患と歯周疾患が合併している症例に対する治療
7.歯周疾患の新しい分類
 1.宿主対微生物相互作用
 2.従来の分類
 3.PageとSchroederの分類
 4.前思春期性歯周炎
 5.若年性歯周炎
 6.急速進行性歯周炎
 7.成人性歯周炎

II.歯周疾患の診査
1.ポケットプロービングでわかること―プロービングデプス,アタッチメントレベルとは
 1.プロービングの方法
 2.プローブの使用法
 3.プロービングデプスとアタッチメントレベル
 4.フロービングにおいて留意すべき事項
2.歯周ポケットの病変活性度とは
 1.臨床的な指標
 2.基礎的な指標
3.プラークの付着を助ける要因
4.歯の動揺の意味とその対応
 1.歯の動揺が起こる原因
 2.臨床的な意味
 3.歯の動揺の診査
 4.歯の動揺に対する処置
5.習癖の役割とその診査
 1.口呼吸
 2.ブラキシズム
 3.弄舌癖
6.歯槽骨の吸収―その型と量を決めるものは
 1.歯槽骨の吸収形態
 2.歯槽骨の吸収成因
 3.歯槽骨の吸収例について
7.歯周疾患のX線診断―病態をどこまで読みとれるか
 1.X線写真から得られる歯および歯周組織に関する情報(読影上のポイント)
 2.外傷性咬合がみられる際のX線所見
 3.X線写真撮影法について
 4.歯周疾患のX線診断における限界について
 5.歯周疾患のX線診断における限界を向上させるためには
8.病態(口腔)写真の撮影法
 1.近ごろ口腔内写真撮影は特殊技術でなくなってきている
 2.写真で記録できる限界
 3.写真記録として
 4.写真撮影をする術者の利点
 5.隠された術者の利点
 6.患者に対する効果
 7.時が経っても同じ色の写真を作りたい
 8.今,良いスライドを作るために気をつけることは
 9.色の忠実な再現もさることながら,色より形を立体的に―歯周処置の写真で規格写真は今のところあまり意味がない
 10.撮る時は,目的意識をはっきり持って
 11.写真記録の将来にかける夢
 12.症例

III.歯周疾患の治療方針のたて方
1.症状からみた処置の進め方
 1.治療計画
 2.治療計画のたて方
 3.治療の順序
 4.症状からみた処置の進め方
 5.症例
2.社会保険における治療計画の作り方

IV.イニシャルプレパレーションとしての歯周措置
1.プラークコントロールをどう進めるか,その目標は
 1.歯周治療におけるプラークコントロールの意味
 2.プラークコントロールの方法
 3.O'Learyのプラークコントロールレコード
2.モチベーションで起きやすい失敗とその対策
 1.モチベーションの必要性
 2.モチベーションの実際
 3.モチベーションを失敗しないために
3.露出セメント質の臨床的意義
 1.セメント質の分類
 2.露出セメント質の変化
 3.露出セメント質の臨床的対応
4.スケーリングとルートプレーニング
 1.歯周治療の対象となる歯肉縁上,縁下歯石および露出歯根表面
 2.スケーリングとルートプレーニングの定義
 3.スケーリングとルートプレーニングはいつ行うか
 4.スケーラーの種類
5.インスツルメントアクセス(用具,器具の到達性)はどこまでか
 1.いわゆる器具の到達性について
 2.どの程度セメント質を除去すればよいか
6.超音波スケーラーの有効な使用法
 1.超音波スケーラーの概説と種類
 2.歯肉縁上スケーリングとしての使用
 3.歯肉縁下スケーリングとしての使用
 4.キュレッタージとしての使用
7.カイス法とは
 1.基本的概念
 2.歯周疾患の診断
 3.治療法
 4.カイス法の効果について
8.暫間固定はいつ,どの時点まで行い,その後どうするか
 1.暫間固定の時期について
 2.暫間固定の期間について
 3.暫間固定後の処置
9.イニシャルプレパレーションとしての咬合調整
 1.意義と原則
 2.診査ならびに器材
 3.咬合調整の時期について
 4.スポットグラインディング
 5.歯冠の形態修復
 6.再評価の時期
10.キュレッタージ,その有効性は
 1.キュレッタージの目的と種類
 2.キュレッタージの適応症
 3.キュレッタージの術式
11.イニシャルプレパレーション時のエンド処置
 1.スケーリング,ルートプレーニングの歯髄への影響
 2.エンドとペリオの優先性
 3.イニシャルプレパレーションとしてのエンド
12.スケーリング,ルートプレーニング後の知覚過敏
 1.プラークコントロールが最大の治療法
 2.プラークコントロールで解決しない時
13.カリエスコントロールとは
 1.なぜ最終修復はいけないか
 2.処置すべき齲蝕
14.歯周治療用補綴物の目的とその調整法
 1.歯周治療用補綴物の目的
 2.調整法の実際

V.イニシャルプレパレーションで起こる問題と再評価のとらえ方
1.姑息的治療の適応
 1.姑息的治療の適応
 2.姑息的治療への対処
2.イニシャルプレパレーションのみで治る患者,治らぬ患者
 1.イニシャルプレパレーションの意義
 2.観察対象
 3.治療内容
 4.治療効果
 5.本研究の治療効果と他の研究者の報告結果との比較
 6.臨床的に治りやすい患者と手術に移行しなければならない患者の判断
3.再評価の進め方
 1.再評価とは
 2.何を再評価するのか
 3.再評価の時期
4.歯周外科治療へのスムーズな移行をどうはかるか
 1.外科的治療前のイニシャルプレパレーションの重要性
 2.外科的治療へ移行する際の留意点