やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 歯科医療が大きな発展を遂げた20世紀も,余すところ2年半となった.世紀末を迎え,医療を取り巻く環境は,風雲急を告げるがごとくに変化しようとしている.制度疲労を起こした健康保険は,まず受療者側の負担増に踏み切った.さらに,介護保険制度の発足も決定している.また,家庭医の構想も,いまだ有力な改革案の一つとなっている.
 しかし,改革への動きは,このような公的なものだけにとどまらない.歯科医療に対する患者さんの意識も,確実に変化の兆しをみせている.受診率の低下,患者さんとしての多様な要求など,医療情報に精通した人々の増加は,まさしく個人個人における価値観の主張が表出したものといえるであろう.状況の変化は,まさに医療の“明治維新”が始まることを示唆している.
 このような時,改革の是非を論ずることも,もちろん大切なことである.しかし一方で,変化の兆しを読み取り,われわれがどのように適応し,変化すべきかを考えてみることは,自己改革をも視野に入れた基本的な重要事項だと考える.
 なかでも,補綴臨床は歯科医療の最終段階として,その役割は計り知れないものがある.しかも,歯科医療のなかでは,患者さんの評価がもっとも集中する分野でもある.咀嚼機能や嚥下機能,そして発音,審美など,それだけ“人“としての生活に大きくかかわる部分だということであろう.このような評価の総称である“QOL”は,いまや誰もが知っている時{・}の言葉になっている.
 本別冊は,このような部分にスポットを当て,どのような改革の道筋があるのかを模索してみようとの試みのもと,計画された.登場していただいた執筆者の方々は,福祉先進国やわが国の医療保健行政に詳しい学識者の先生,経験豊富な臨床家の先生,そして新進気鋭の諸先生である.
 改革の真只中にある時,すべてが不透明さを拭えないというのが事実であろう.何をどのように変えていくべきかと一人で悩んでいても,なかなか霧は晴れないものである.そんな時に,本誌を手に取り,患医双方が求める理想の姿のいくつかを,経験者から学び,医療者自らも変革に歩み寄る姿勢を打ち出してみることは,決してマイナスにはならないと信じている.そしてそのことは,来たるべき21世紀の歯科医療を,希望をもって発展させることにつながるのではないだろうか.
 本書が,一人でも多くの方々のお役に立てることを,切に願っている.
 1998年7月
 編集委員 東京都中央区開業 鈴木 尚
 広島県尾道市開業 中尾勝彦
第I部:鼎 談
21世紀の歯科医療に向けて

第II部:変革を迫られる補綴学
1.日本の歯科医療・現状と展望−補綴診療を中心にして
2.ヨーロッパの歯科医療・その光と影
3.医療保険政策からみた歯科界への提言

第III部:私の診療姿勢・実践者の足跡と展望
1.予防とケアを中心にした診療室
2.ライフステージからみるミニマムトリートメント
3.全身疾患に付随する歯科的障害
4.臨床疫学と欠損補綴の評価
5.欠損歯列の処置方針
6.形成へのこだわり
7.新しい手法による咬合再構成をめぐって
8.歯牙移動とオーラルリュンストラクション
9.インターディシプリナリー・マネージメント
10.顎関節症への取り組み
11.21世紀の総義歯臨床
12.人生の神髄に触れた在宅往診

第IV部:新しい歯科医療を求めて・先駆者の試みに学ぶ
1.顎顔面補綴領域へのインプラントの活用
2.健やかな美・心身の健康美
3.高齢者と口腔ケア
4.明日の臨床に付加価値をもたらす東洋医学
5.スピーチセラピーの現在
6.歯科医院とコンピュータ
7.いびきを止める・歯科からのアプローチ−睡眠時無呼吸症候群に対するスリープスプリント
8.スポーツ歯学と将来