発刊にあたって
本別冊は,支台歯形成のすべてを網羅した本ではなく,1本の歯のフルクラウンの基本的な形成についてまとめたものである.
歯が頭蓋に対してどのような角度で植立しているのかを観察し,次いで抜去歯を用い桑田のスリープレーンコンセプトに則って桑田と西川で測定した,長軸に対する中央基準面,切端(咬頭)基準面の角度の平均値を算出し,支台歯形成の面の基準について考察を加えた.幸い,昨今のパソコンのアプリケーションの進歩とCT画像の活用によってこれらの計測は簡便に行えたが,DempsterやKrausなどの先人たちの計測データがあったからこそ,それらを基として進むことができた.
本別冊において,面の基準の基本コンセプトとしたのは,「力学的な配慮」である.Dawsonが“Functional occulusion:From TMJ to smile design”(2007)で述べたように,われわれは「咀嚼系の内科医」でなければならない.すべての歯科治療は咀嚼系の安全が確保されたうえに行われるべきであり,支台歯形成とて同じである.力学的な配慮と抜去歯の計測値から,支台歯形成の面の基準は3面とした.
また本別冊では,生物学的な安全性を確保できるマージン位置の設定は,臨床的にはどうあるべきかを考えている.さらに,機能的回復を図るために修復物を計画する際の,削除量の基準についても述べている.修復物の形態は支台歯形成によって規定されることから,クラウン装着後の機能的回復にはその基となる支台歯形成が重要なかかわりをもつ.
削除量を規定するのは歯の長さや幅径などの解剖学的要因であり,東京歯科大学・井出吉信教授らのデータをはじめとする日本の研究者のデータがたいへん参考になった.たとえば上顎中切歯においては,舌面中央部が狭窄しており,その厚みを考慮しなければ臨床的な支台歯形成はとうていできない.
支台歯形成は,咀嚼系の安全性と生物学的な健康を確保したうえでなされるものであり,逆を言えばそれらの要因によって制約を受ける.それらを無視したり,度を超えた支台歯形成は,必ず早期に歯や周囲組織,あるいは修復物のトラブルを引き起こすことから,厳に慎みたい.
上部構造である修復物は,治療形態を有するが,生物学的に健康な形態を回復しなければならない.咀嚼系の安全性と生物学的な健康を無視して審美のみを重視した形態や咬合面幅径の大きなクラウンは,結果として再治療の時期を早め,口腔内を破壊するだろう.
完璧な修復治療などというものは存在しない.疾患のリスクが存在し続ける一方で,口腔内環境は変化していく.修復物は劣化していき,環境の変化に対して意図的な対応はできない.そのため,われわれは治療を始める前にしっかりとした診査・診断を行い,熟達した手技で最小の治療にとどめるように心がけるべきである.
いったん治療を行えば,再治療になる危険性を有することになる.齲蝕と歯周疾患を徹底的に管理して治療にいたらないようにすることが,歯科医療従事者の理想であり目標とすべきところであろう.
2011年3月11日に起きた東日本大震災とそれに伴って発生した福島の原発事故によって,日本中で人々の生活環境は大きく変化してしまった.さらにこれからの環境変化の可能性も考えると,歯科治療においては早期に予防システムを確立すべきであるし,コントロールしやすい一本の歯の治療をしっかりした基準に則って行い,結果として治療の「封じ込め」を目指したいものである.また,すべての歯科医師,歯科技工士,歯科衛生士が基本歯冠修復治療において,確実な診査・診断の下,熟達した手技で治療を行える環境を整えていくべきではないだろうか.
本別冊は,そのような基本歯冠修復治療を根付かせたいという思いから,数年にわたる筆者らの打ち合わせを経て形になったものである.内容の多くは,われわれの先達から直接的に,もしくは本や論文を通じて教わってきたことを基盤としており,そこにわれわれの臨床的解釈やアイデアを盛り込んだ.しかしながら,これは完成形ではなく,器材の進歩やさらなる臨床での観察によってブラッシュアップされてゆくものであると考えている.それにより,誰もが安全な基準に則ってより正確な支台歯形成が行えるようになることを願っている.
最後に,山ア長郎先生(東京都開業),本多正明先生(大阪府開業),内藤正裕先生(東京都開業)には,特別に感謝の意を表したい.
2012年5月
編集委員 西川義昌
桑田正博
本別冊は,支台歯形成のすべてを網羅した本ではなく,1本の歯のフルクラウンの基本的な形成についてまとめたものである.
歯が頭蓋に対してどのような角度で植立しているのかを観察し,次いで抜去歯を用い桑田のスリープレーンコンセプトに則って桑田と西川で測定した,長軸に対する中央基準面,切端(咬頭)基準面の角度の平均値を算出し,支台歯形成の面の基準について考察を加えた.幸い,昨今のパソコンのアプリケーションの進歩とCT画像の活用によってこれらの計測は簡便に行えたが,DempsterやKrausなどの先人たちの計測データがあったからこそ,それらを基として進むことができた.
本別冊において,面の基準の基本コンセプトとしたのは,「力学的な配慮」である.Dawsonが“Functional occulusion:From TMJ to smile design”(2007)で述べたように,われわれは「咀嚼系の内科医」でなければならない.すべての歯科治療は咀嚼系の安全が確保されたうえに行われるべきであり,支台歯形成とて同じである.力学的な配慮と抜去歯の計測値から,支台歯形成の面の基準は3面とした.
また本別冊では,生物学的な安全性を確保できるマージン位置の設定は,臨床的にはどうあるべきかを考えている.さらに,機能的回復を図るために修復物を計画する際の,削除量の基準についても述べている.修復物の形態は支台歯形成によって規定されることから,クラウン装着後の機能的回復にはその基となる支台歯形成が重要なかかわりをもつ.
削除量を規定するのは歯の長さや幅径などの解剖学的要因であり,東京歯科大学・井出吉信教授らのデータをはじめとする日本の研究者のデータがたいへん参考になった.たとえば上顎中切歯においては,舌面中央部が狭窄しており,その厚みを考慮しなければ臨床的な支台歯形成はとうていできない.
支台歯形成は,咀嚼系の安全性と生物学的な健康を確保したうえでなされるものであり,逆を言えばそれらの要因によって制約を受ける.それらを無視したり,度を超えた支台歯形成は,必ず早期に歯や周囲組織,あるいは修復物のトラブルを引き起こすことから,厳に慎みたい.
上部構造である修復物は,治療形態を有するが,生物学的に健康な形態を回復しなければならない.咀嚼系の安全性と生物学的な健康を無視して審美のみを重視した形態や咬合面幅径の大きなクラウンは,結果として再治療の時期を早め,口腔内を破壊するだろう.
完璧な修復治療などというものは存在しない.疾患のリスクが存在し続ける一方で,口腔内環境は変化していく.修復物は劣化していき,環境の変化に対して意図的な対応はできない.そのため,われわれは治療を始める前にしっかりとした診査・診断を行い,熟達した手技で最小の治療にとどめるように心がけるべきである.
いったん治療を行えば,再治療になる危険性を有することになる.齲蝕と歯周疾患を徹底的に管理して治療にいたらないようにすることが,歯科医療従事者の理想であり目標とすべきところであろう.
2011年3月11日に起きた東日本大震災とそれに伴って発生した福島の原発事故によって,日本中で人々の生活環境は大きく変化してしまった.さらにこれからの環境変化の可能性も考えると,歯科治療においては早期に予防システムを確立すべきであるし,コントロールしやすい一本の歯の治療をしっかりした基準に則って行い,結果として治療の「封じ込め」を目指したいものである.また,すべての歯科医師,歯科技工士,歯科衛生士が基本歯冠修復治療において,確実な診査・診断の下,熟達した手技で治療を行える環境を整えていくべきではないだろうか.
本別冊は,そのような基本歯冠修復治療を根付かせたいという思いから,数年にわたる筆者らの打ち合わせを経て形になったものである.内容の多くは,われわれの先達から直接的に,もしくは本や論文を通じて教わってきたことを基盤としており,そこにわれわれの臨床的解釈やアイデアを盛り込んだ.しかしながら,これは完成形ではなく,器材の進歩やさらなる臨床での観察によってブラッシュアップされてゆくものであると考えている.それにより,誰もが安全な基準に則ってより正確な支台歯形成が行えるようになることを願っている.
最後に,山ア長郎先生(東京都開業),本多正明先生(大阪府開業),内藤正裕先生(東京都開業)には,特別に感謝の意を表したい.
2012年5月
編集委員 西川義昌
桑田正博
Chapter 1 支台歯形成の基本概念 8 つのキーワード
天井と底の計画
スリープレーンコンセプト
3面形成
エマージェンスプロファイル
ティッシュリテンション
生物学的幅径(biologic width)
マージンロケーション
歯の長軸方向
Chapter 2 頭に入れておきたい歯のデータ
歯の長軸方向
支台歯形成における第1面,第2面,第3面の角度
歯の垂直線
CT像に見る歯の長軸方向と基準面の傾き
日本人の歯の大きさ
Chapter 3 支台歯形成に必要な臨床コンセプト
フルクラウン形成の基本原則
支台歯のテーパー(Total Occlusal Convergence)
支台歯マージン形態と三角構造の理論
支台歯の削除量
ポーセレンサポーティングストラクチャー
バーの選択
力への配慮
支台歯形成の仕上げ
フィニッシングラインの形成
Column バーの持ち方
Chapter 4 臼歯部フルクラウンの支台歯形成
臼歯の長軸方向
下顎第一大臼歯の形成
4面4隅角の形成
フルーティング・分割歯の形成
グルーブとボックスの付与
小臼歯形成上の注意点
Column 歯肉圧排
Chapter 5 前歯部フルクラウンの支台歯形成
前歯の長軸方向
上顎中切歯の形成
前歯削除量についての考察
Chapter 6 模型写真で再確認!3面形成
上顎中切歯の形成
上顎犬歯の形成
上顎第一小臼歯の形成
上顎第一大臼歯の形成
下顎第一大臼歯の形成
Column 模型にこめられた半世紀の修復治療の歴史
Column 齲蝕予防・知覚過敏に役立つ新器材:ナノシール
器材一覧
天井と底の計画
スリープレーンコンセプト
3面形成
エマージェンスプロファイル
ティッシュリテンション
生物学的幅径(biologic width)
マージンロケーション
歯の長軸方向
Chapter 2 頭に入れておきたい歯のデータ
歯の長軸方向
支台歯形成における第1面,第2面,第3面の角度
歯の垂直線
CT像に見る歯の長軸方向と基準面の傾き
日本人の歯の大きさ
Chapter 3 支台歯形成に必要な臨床コンセプト
フルクラウン形成の基本原則
支台歯のテーパー(Total Occlusal Convergence)
支台歯マージン形態と三角構造の理論
支台歯の削除量
ポーセレンサポーティングストラクチャー
バーの選択
力への配慮
支台歯形成の仕上げ
フィニッシングラインの形成
Column バーの持ち方
Chapter 4 臼歯部フルクラウンの支台歯形成
臼歯の長軸方向
下顎第一大臼歯の形成
4面4隅角の形成
フルーティング・分割歯の形成
グルーブとボックスの付与
小臼歯形成上の注意点
Column 歯肉圧排
Chapter 5 前歯部フルクラウンの支台歯形成
前歯の長軸方向
上顎中切歯の形成
前歯削除量についての考察
Chapter 6 模型写真で再確認!3面形成
上顎中切歯の形成
上顎犬歯の形成
上顎第一小臼歯の形成
上顎第一大臼歯の形成
下顎第一大臼歯の形成
Column 模型にこめられた半世紀の修復治療の歴史
Column 齲蝕予防・知覚過敏に役立つ新器材:ナノシール
器材一覧