やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 東日本大震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに,被災された皆様にお見舞いを申し上げます.
 本書の企画は,2010年3月に東京で行ったスタディグループ火曜会55周年記念講演会「歯根膜の魅力」を骨子にしています.“置換”医療という語に抵抗感を覚えるなか,歯根膜に注目することで本来生体のもつ治癒力を見直し,歯科医療のあるべき姿を再確認しようというものでした.厳しい一年でしたが,この時の内容をベースに,これまでご教示いただいた先生方にも参加していただき,より広く,深く歯根膜をとらえ,「歯と歯列を守るための歯根膜活用術」というタイトルでまとめさせていただきました.
 第1章では,歯根膜と臨床とのかかわりを,臨床医,基礎研究者それぞれの立場から総説していただきました.
 第2章では,歯内療法,歯周治療における難症例を対象として,歯の保存のための歯根膜活用について解説していただいています.
 第3章では,歯列を守るための歯根膜活用について,小児の歯列育成,少数歯欠損,多数歯欠損に分けて症例を供覧するとともに,歯根膜が足りないときのインプラント応用についても私たちの考えを示しています.
 執筆いただいた先生方のご尽力で期待通りの内容となりましたが,原則4ページという制約のなかでしたので,ご無理も多かったと思います.読者の方には参考文献なども通じて理解を深めていただきたいと考えています.
 歯根端切除術,自家歯牙移植などの関連する外科術式や咬合誘導に関しては,具体例をDVDに収めました.未経験の方が取り組みやすいようにと考えてのことですが,慎重な症例選択のうえで実行していただきたいと思います.快く貴重な資料をご提供いただいた先生方に,感謝申し上げます.
 本書がこのタイミングで出版されることには時の巡り合わせを感じます.大震災から半年以上が過ぎても心の整理はつきませんが,今回の原子力発電を含むさまざまな問題から,人は自然に寄り添っていくしか生きる術はないことを私たち日本人は学びました.原子力依存から自然エネルギーへの転換も,自然を活かし,自然を守ることにつながるならば,当然の流れといえるでしょう.
 自然環境と口腔内環境はよく似ています.ひとたび誤った舵取りをした流れを元に戻すことが,いかに困難かを考えなければなりません.原子力発電の負の遺産を整理することは,私たちには手の届かないことです.しかし口腔内環境の保全は今日からでも行えて,私たちにしかできない責務です.そのために今ある歯根膜を活かさないのは「モッタイナイ」のです.
 2011年10月
 編集委員 下地 勲 須貝昭弘 千葉英史
Chapter1 総説 歯根膜の臨床と病理
  臨床にみる歯根膜のはたらき(下地 勲)
  病理学からみた歯根膜(下野正基)
  「歯根膜移動」がもたらしたもの(押見 一)
Chapter2 歯を守る―抜歯する前に考えたいこと
Section1:エンド難症例に困ったら―根尖性歯周炎で抜歯する前にすべきこと―
 エンド難症例(千葉英史)
 穿孔への対応(下地 勲)
 成功する歯根端切除術(笠崎安則)
 最後の手段としての意図的再植術(長谷川善弘)
Section2:骨縁下ポケット・根分岐部病変に困ったら1―歯根膜を見極め,歯周治療に活かす―
 歯周基本治療の可能性(北川原 健)
 歯周治療における歯科医師・歯科衛生士の役割(牧野 明)
 骨縁下ポケットへの対応(千葉英史・川瀬恵子)
 根分岐部病変への対応(鎌田征之・千葉英史)
 歯根膜を配慮した連結固定(鷹岡竜一)
Section3:骨縁下ポケット・根分岐部病変に困ったら2―歯周組織再生療法により歯根膜を増やす―
 歯周組織再生と歯根膜(久保田健彦・吉江弘正)
 歯周組織再生療法への取り組み1 PRGFという選択(塚原宏泰)
 歯周組織再生療法への取り組み2 エムドゲイン(R)を用いた再植再生(松井宏榮)
Chapter3 歯列を守る
Section1:子どもの歯並びに困ったら―まずは健全な歯列の育成から―
 前歯部の被蓋誘導(須貝昭弘)
 成長期に行うディスクレパンシーの改善(須貝昭弘)
 異所萌出歯への対応(中村輝夫)
 埋伏歯に対するMTM(松井宏榮)
Section2:少数歯欠損をそれ以上進行させないために―自家歯牙移植の活用―
 歯根膜の感覚機能(前田健康)
 一歯欠損への自家歯牙移植の応用(甲田和行)
 中間欠損・片側遊離端欠損への自家歯牙移植の応用(下地 勲)
 自家歯牙移植へのCTの利用(猪狩寛晶)
 自家歯牙移植後のトラブルへの対応(下地 勲)
Section3:多数歯欠損で困ったら―咬合安定のための歯根膜活用法―
 咬頭嵌合位は歯牙による支持で(金子一芳)
 欠損歯列において一歯の保存がもつ意味(黒田昌彦)
 歯根膜感覚を大切にした補綴処置(仲村裕之)
 歯根膜支持に期待した上顎遊離端欠損への補綴処置(設楽幸治)
 歯根膜の可能性の追求1 根尖側に自家歯牙移植を行った一症例(筒井純也)
 歯根膜の可能性の追求2 自家歯牙移植により咬合再建を図った一症例(斎田寛之)
Section4:歯列を守るためのインプラント―歯根膜を補う最小限のインプラント―
 歯根膜支持を補うインプラント(須貝昭弘)
 少数歯欠損におけるインプラントと天然歯の連結(藤関雅嗣)
 多数歯欠損における最小限のインプラントの利用(仲村裕之)
 歯列の対称性とインプラント パーシャルデンチャーの術後経過からのフィードバック(永田省藏)
 1本のインプラント(金子一芳)

 付録DVD 歯根膜を活かした治療法の術式(ビデオ・スライドショー)
  (1)外科的挺出(松井宏榮) (2)歯根端切除術(笠崎安則) (3)意図的再植(松井宏榮) (4)自家歯牙移植(松井宏榮) (5)咬合誘導(須貝昭弘)