やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 富永真琴[1,2]
 西田基宏[3-5]
 自然科学研究機構生理学研究所細胞生理研究部門[1],同生命創成探究センター温度生物学研究グループ[2],同生理学研究所心循環シグナル研究部門[3],同生命創成探究センター心循環ダイナミズム創発研究グループ[4],九州大学大学院薬学研究院創薬育薬研究施設統括室[5]
 Transient receptor potential(TRP)チャネルは,1989年にショウジョウバエのtrp遺伝子が同定されて以来,世界で精力的に研究され,大きな機能的多様性を有するイオンチャネルファミリーを形成することが示されてきた.trp変異株において光刺激に対する受容器電位(receptor potential)変化が一過性(transient)であることから命名された.trpがコードする蛋白質(TRP)の多くは,非選択性陽イオンチャネルを形成している.2002年にTRPC,TRPV,TRPMサブファミリーについて分類と名前の統一が行われた.遺伝子解析の結果,多くのTRPホモログが同定され,TRPイオンチャネルスーパーファミリーは7つのサブファミリー,(1)TRPC(canonical),(2)TRPM(melastatin),(3)TRPV(vanilloid),(4)TRPML(mucolipin),(5)TRPP(polycystin),(6)TRPA(ankyrin),(7)TRPN(nompC),に分けられるが,哺乳類にはTRPNサブファミリーはなく28のチャネルが,そしてヒトではTRPC2が偽遺伝子となっており,27のチャネルが6つのサブファミリーを構成している.それまで“非選択性陽イオンチャネル(non-selective cation channels)”と電気生理学的に括られていた一群のチャネルの分子実体が明らかになったことで,その生理的意義が細胞,種を越えて議論できるようになったのである.Ca2+透過性が高いために,チャネル開口によるCa2+流入が細胞内のさまざまなCa2+依存性経路を活性化し,神経細胞においては脱分極から細胞興奮をもたらす.
 TRPチャネル研究のブレークスルーは,そのいくつかがセンサーとしてさまざまな細胞外刺激の感知を行うことが明らかになったことである.その最初の分子がカプサイシン受容体として,1997年に遺伝子クローニングされたTRPV1である.感覚に関与する受容体として研究が最も遅れていたのが物理刺激センサーであり,TRPV1は直接熱を感知して活性化することから大きな注目を浴びた.その論文は2019年8月1日の時点で引用が5,476回を数える.PubMedで“transient receptor potential”とタイプインすると,約14,500の論文がヒットする.TRPV1の遺伝子クローニング論文が5,476回引用されていることを考えると,この数字は実際の論文数よりかなり少ないと思われる.また,TRPチャネルが直接センサーとして機能することに加え,おもにTRPCチャネルが受容体作動性チャネルとして,さまざまな代謝型受容体活性化の下流で活性化することも,研究進展に寄与した.
 1つのサブユニットが6回の膜貫通ドメインを有し,第5・6膜貫通ドメインの間にイオンを通す短い疎水性領域が存在する.アミノ末端,カルボキシル末端とも細胞内にあり,四量体で機能的なチャネルを形成すると予想されてきたが,おもに低温電子顕微鏡を用いた単粒子解析によって現在までに17(8つの温度感受性TRPチャネルを含む)のTRPチャネルの構造が原子レベルで明らかにされた.2013年のカプサイシン受容体TRPV1の構造解明は,とくに大きな注目を浴びた.2017年のノーベル化学賞が低温電子顕微鏡の開発に関わった3人の科学者に授与されたとき,そのアナウンスで示された3つの例の一つがNompCというTRPNサブファミリーのチャネルであったことは,TRPチャネルの構造解明がいかに構造生物学の進展に貢献したかを示している.イオンチャネルを含む膜蛋白質は脂質二重膜に埋まった形で存在し,その機能が脂質環境との相互作用に依存している.そこで,水溶性で天然に近い脂質二重層内に膜蛋白質を調製することを可能にした“ナノディステクノロジー”を用いて,近年さまざまな研究が行われている.ナノディスク中の蛋白質は溶液中で単分散し,均一なサイズで安定なことから,可溶性蛋白質のために開発された数多くの生化学的および分析技術が適用できるのである.ナノディスクに組み込まれたイオンチャネルの構造も低温電子顕微鏡を用いて多く解析され,ナノディスク中でのTRPV1の構造も2016年に報告され,チャネルゲーティングへの膜脂質の関与が明らかになった.
 TRPチャネルの多くがセンサー機能を持つことから,感覚制御の側面からTRPチャネルは格好の創薬標的になると考えられた.また,TRPチャネル機能異常は多くのチャネル病を引き起こし(本特集・池川の稿を参照),多くの後天的疾患や癌の発生においてTRPチャネルが重要な役割を果たしていることが明らかにされ,阻害薬あるいは刺激薬の有用性がおおいに期待されている.とくに,感覚神経細胞のように限られた細胞での限局的な発現が明らかになっているTRPチャネルに対して世界中で作用薬開発が進んだ.カプサイシン受容体TRPV1は複数の侵害刺激受容(痛み感覚)に関わることから,その阻害薬はよい鎮痛薬になると期待されたが,遺伝子クローニングから22年,いまだ市場に阻害薬は現れていない.明らかになった原子レベルでの構造をもとにTRPV1作用薬開発が今後,急速に伸展するものと期待されるが,ほかのTRPチャネルも構造をもとに創薬が進むことが予想される.
 TRPチャネルがセンサー機能を持っていることは,生物が進化の過程でセンサー機能を変化させて環境変化に適応してきたことを予想させる(本特集・齋藤の稿を参照).また,線虫や昆虫もTRPチャネルを感覚に利用していることは,TRPチャネルが祖先種から存在する重要な蛋白質であることを意味する.しかし,ショウジョウバエは哺乳類とは異なる種類のTRPチャネル遺伝子を温度受容体として用いていることが分子系統解析により示されており,温度受容体は進化過程で種類や機能を柔軟に変化させてきたことがわかる.温度感受性TRPチャネルに焦点をあてて分子系統解析を行うと,ヒトや齧歯類の温度感受性TRPチャネルホモログのほとんどは硬骨魚類と陸上脊椎動物の祖先種にはすでに備わっていたことがわかった.その後,遺伝子重複や遺伝子欠失がそれぞれの進化系統で独自に生じた結果,遺伝子のレパートリーが脊椎動物種間で多様化してきたことが明らかとなっている.侵害刺激受容体として機能するTRPV1,TRPA1に絞ると,昆虫は複数種のTRPAチャネルをもっており,そのいくつかが熱刺激で活性化する.一方,TRPV1は魚類で現れることから,TRPA1のほうが進化的に古いといえる.TRPA1は齧歯類では冷刺激感受性と最初に報告され,ヒトでは温度感受性がないと理解されており,進化の過程で温度感受性が変化したことになる.このように,生物の進化と関連させたTRPチャネルの解析は,TRPチャネルの生理機能を理解するうえで必要不可欠である.
 1989年にtrp遺伝子が報告されてから30年,世界中の研究者がこの“非選択性陽イオンチャネル“の解析を進め,多くのことが明らかになってきた.しかし,Ca2+透過性の高い“非選択性陽イオンチャネル”は非常に多くの細胞機能に関わると想像され,まだほんの少ししか明らかにされていない.一日も早い全容解明が望まれる.そして,TRPチャネルを制御することが細胞機能,組織機能を,ひいては個体機能を制御することにつながることが理解され,原子レベルでの構造解明のうえにTRPチャネルを標的とした薬剤が開発されることが期待される.TRPチャネルと疾患との関連ももっと研究されていくであろう.現在までのTRPチャネル研究を本特集でまとめた.読者のTRPチャネルに関する理解が深まることを願ってやまない.
 はじめに(富永真琴・西田基宏)
 1.脊椎動物の温度感受性TRPチャネルの進化的な変化と環境適応(齋藤 茂)
  KeyWord 温度センサー,進化,環境適応,構造基盤,脊椎動物
TRPCチャネル
 2.TRPCサブファミリーの分子構造と活性化・制御機序の新知見(井上隆司・他)
  KeyWord 分子立体構造,光感受性脂質,数理モデルシミュレーション
 3.神経・グリア細胞におけるTRPCチャネルの生理学的・病態生理学的重要性(白川久志・金子周司)
  KeyWord TRPCチャネル,神経細胞,グリア細胞,アストログリオーシス
 4.TRPC/チャネルの生理機能および疾病との関連と標的創薬─特異的な活性化薬・抑制薬の発見による研究展開(村木克彦・今泉祐治)
  KeyWord TRPC1チャネル,TRPC4チャネル,TRPC5チャネル,ヘテロ4量体,標的創薬
 5.TRPC/C6蛋白質シグナル複合体形成の病態生理的意義(西田基宏・小田紗矢香)
  KeyWord 蛋白質間相互作用,心血管リモデリング,筋萎縮,創薬,活性酸素
TRPVチャネル
 6.TRPV2を核とした心臓のメカノバイオロジー研究(片野坂友紀)
  KeyWord TRPV2,心臓,心肥大,メカノトランスダクション,メカノセンサー
 7.心筋症・心不全治療をめざしたTRPV2阻害薬の開発(岩田裕子)
  KeyWord 心不全治療薬,拡張型心筋症,細胞内Ca2+濃度異常,TRPV2チャネル阻害薬,筋ジストロフィー
 8.メカノセンサーTRPV2による神経回路形成の促進(柴崎貢志)
  KeyWord TRPV2,メカノセンサー,機械刺激,軸索,発生
 9.温度感受性TRPチャネルと上皮バリア(城戸瑞穂・吉本怜子)
  KeyWord 皮膚,粘膜,創傷治癒,温度,TRPV3,TRPV4
 10.脳疾患におけるTRPV4の関与(星 雄高・小山隆太)
  KeyWord TRPV4,温度,脳浮腫,ストレス,てんかん
 11.TRPV4とヒトの遺伝性疾患─TRPV4病(池川志郎)
  KeyWord TRPV4病,遺伝子変異,骨系統疾患,神経・筋疾患
 12.TRPV4チャネル活性の制御機構(末次志郎)
  KeyWord TRPV4,TRPV1,PI(4,5)P2,脂質膜,アンキリンリピートドメイン(ARD)
 13.TRPV5,TRPV6と上皮Ca2+輸送(鈴木喜郎)
  KeyWord Ca2+ホメオスタシス,新生児副甲状腺機能亢進症(TNHP),尿路結石症
TRPMチャネル
 14.TRPM4チャネルと心血管の生理・病態生理(井上隆司・他)
  KeyWord 分子立体構造,心不整脈,ゲーティングモデル,シミュレーション
 15.TRPM7と歯の石灰化制御機構(岡部幸司・進 正史)
  KeyWord TRPM7,歯の石灰化,エナメル質形成不全,キナーゼ活性,ミネラル輸送
項目別
 16.微生物TRPチャネルの機能と役割(魚住信之・山下敦子)
  KeyWord 菌類,酵母,機能の多様性,ホスファチジルイノシトールリン酸
 17.エネルギー代謝調節におけるTRPチャネルの役割(内田邦敏・加塩麻紀子)
  KeyWord TRPチャネル,褐色脂肪細胞,非ふるえ熱産生,膵β細胞,インスリン分泌
 18.酸素センシングにおけるRedox感受性TRPチャネル(内山 誠・中尾章人)
  KeyWord Redox感受性TRPチャネル,酸素センシング,イオンチャネル
 19.昆虫のTRPチャネルと感覚機能(曽我部隆彰)
  KeyWord 感覚機能,ショウジョウバエ,温度受容,侵害刺激受容
 20.温度センシング(富永真琴)
  KeyWord 温度,進化,温度感受性TRPチャネル,感覚神経
 21.TRPチャネルと痛み(中川貴之)
  KeyWord 感覚神経,温度感受性,痛み・しびれ,末梢感作,中枢感作
 22.消化管炎症,内臓痛,味覚受容機構におけるTRPチャネルの機能(松本健次郎)
  KeyWord 炎症性腸疾患(IBD),過敏性腸症候群(IBS),内臓痛覚過敏,味覚,TRPV4
 23.カルシウム活性化クロライドチャネルとカルシウム透過性チャネルの相互作用─アノクタミン1とTRPチャネル(高山靖規)
  KeyWord アノクタミン1(ANO1),疼痛,体液分泌,血管収縮

 サイドメモ
  TRPV1のカプサイシンに対する種間多様性の適応的な意義
  アストログリオーシス
  拡張型心筋症
  筋ジストロフィー
  TRPV3とTRPV4
  ストレスと体温上昇
  骨系統疾患(skeletal dysplasia)
  発現クローニング(expression cloning)
  腎尿細管におけるCa2+再吸収
  ベージュ脂肪細胞(ブライト脂肪細胞)
  消化管ホルモンによるインスリン分泌調節
  TRPチャネル以外を介した温度応答
  オプシンの多機能性
  末梢感作と中枢感作
  スクランブラーゼ