やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 荒井秀典
 国立長寿医療研究センター副院長
 かつては加齢とともに筋肉量が減少し,筋力が低下するのは生理的な老化現象であると考えられていた.すなわち,80歳を超えれば,筋力は衰え,動作は緩慢になり,転倒・骨折を起こしやすく寝たきりになりやすい.これはまさに老化であり,不可避の現象であると認識されていた.しかし,1980年代後半になってRosenbergがサルコペニアという概念を提唱するに至り,このような加齢に伴う筋肉量減少をある程度病的なものとして認識する必要性が出てきた.サルコペニアとは,ギリシャ語のsarco,peniaというそれぞれ筋肉,減少を意味する語を組み合わせることによりできた造語である.高齢者においては,筋肉量の減少がある一定レベル以上に進行すると,転倒,要介護状態,死亡などのリスクが高まることが明らかになってきた.筋肉量の減少だけでなく,歩行速度,握力など筋力に基づく機能低下が生命予後に関係するという報告も認められるようになり,ヨーロッパの研究者を中心としたグループおよびアメリカの研究者を中心としたグループによりサルコペニアの診断基準が提唱された.しかし,欧米人の基準がアジア人にそのまま適用できるかどうかについても明らかではないため,最近,アジアのサルコペニアワーキンググループによるアジア人のための診断基準が提唱された.これらいずれの診断基準においても,筋肉量の減少とともに握力・歩行速度の低下のように機能的な低下を伴ってはじめてサルコペニアと診断できる.
 サルコペニアに関する研究がはじまってから20年あまりであるが,その病態,疫学,治療などについてエビデンスの構築が必要である.本特集においては,サルコペニアに関する研究で活躍中の研究者により病因から新しい治療法まで最新情報を提供していただくことになった.本特集により日本におけるサルコペニア研究がさらに加速することを期待したい.
 はじめに(荒井秀典)
概念・診断基準
 1.サルコペニアの概念と診断基準(鈴木隆雄)
  ・サルコペニアの疫学
  ・サルコペニアの診断
  ・わが国における地域研究から
 2.地域在住高齢者におけるサルコペニアの実態(幸 篤武・下方浩史)
  ・地域住民におけるデータの収集
  ・筋量サルコペニアの実態
  ・筋力サルコペニアの実態
  ・身体機能サルコペニアの実態
  ・サルコペニアの病期とその実態
  ・サルコペニアと日常生活能力との関連
 3.サルコペニア肥満の病態と意義(小原克彦)
  ・肥満とサルコペニアをつなぐ分子メカニズム
  ・肥満とサルコペニアの関連性を示す臨床成績
  ・サルコペニア肥満が関連する病態
  ・身体機能低下
  ・心血管リスク
  ・代謝系への影響
 4.サルコペニアとフレイルティ(田中政道・他)
  ・Frailtyとは
  ・Frailtyの評価方法
  ・サルコペニアとFrailtyとの関係
  ・高齢者医療におけるサルコペニアの意義とFrailtyの意義
 5.サルコペニアのスクリーニング法(石井伸弥・飯島勝矢)
  ・サルコペニアスクリーニング法の意義
  ・サルコペニアに対するアプローチ
  ・サルコペニアスクリーニングの試み
  ・今後の展望
 6.骨格筋量・筋力の評価法(山田陽介)
  ・加齢に伴う骨格筋量の減少
  ・骨格筋量測定の直接法と間接法
  ・骨格筋量の生化学的推定方法
  ・画像による骨格筋量推定方法
  ・生体電気インピーダンスを用いた骨格筋量推定
  ・筋力の評価法
病因
 7.サルコペニア発症の分子機構(杉本 研)
  ・サルコペニアと慢性炎症
  ・サルコペニアとミトコンドリア
  ・サルコペニアと筋修復能
  ・サルコペニアとAGE
  ・サルコペニアと筋脂肪蓄積
 8.サルコペニアとアンドロゲン(江頭正人)
  ・テストステロン欠乏と骨格筋
  ・高齢者における血中テストステロン濃度と骨格筋量
  ・高齢者に対するテストステロン補充療法の効果
  ・運動とアンドロゲン
  ・まとめ
 9.サルコペニア発症における神経系の関与(重本和宏・森秀一)
  ・神経筋シナプスの役割
  ・神経筋シナプスを介した筋線維と運動神経細胞の相互作用
  ・加齢による神経筋シナプスの変化
  ・神経筋シナプスとサルコペニアのバイオマーカー
  ・加齢による運動神経細胞の変化
 10.原発性ならびに二次性サルコペニアと動物モデル(葛谷雅文)
  ・正常マウスモデルの問題
  ・正常マウスの加齢による筋肉変化
  ・老化促進マウス
  ・二次性サルコペニアモデル
  ・遺伝子操作マウス
各種疾患とサルコペニア
 11.サルコペニアとロコモティブシンドローム(原田 敦)
  ・サルコペニアの定義と診断
  ・ロコモティブシンドロームの概念と定義
  ・ロコモティブシンドロームの自己評価
  ・ロコモティブシンドロームの診断
  ・ロコモティブシンドロームとサルコペニアの関連性
 12.サルコペニアとCOPD(千田一嘉)
  ・慢性全身性炎症疾患であるCOPDの全身併存症としてのサルコペニア
  ・COPD患者におけるサルコペニアのメカニズム
  ・COPD患者のサルコペニアと予後
  ・COPD患者におけるサルコペニアの治療
 13.サルコペニアとメタボリックシンドローム(真田樹義)
  ・肥満・サルコペニアと炎症反応
  ・サルコペニアとメタボリックシンドロームの相互関係
  ・Site-specificサルコペニアとメタボリックシンドローム
 14.末期肝疾患におけるサルコペニアの意義と周術期栄養療法の有用性(海道利実)
  ・末期肝疾患患者におけるサルコペニア評価法
  ・末期肝疾患患者における骨格筋量(標準比)と各種パラメータの相関
  ・肝移植患者におけるサルコペニアの意義
  ・サルコペニア患者に対する肝移植周術期栄養療法の意義
 15.サルコペニアと骨代謝(小川純人)
  ・筋骨格系と内分泌・液性因子
  ・転倒・骨折リスクとサルコペニア・骨粗鬆症
 16.慢性腎臓病におけるサルコペニア(加藤明彦)
  ・サルコペニアの頻度
  ・サルコペニアの原因
  ・サルコペニア治療の現況
 17.糖尿病におけるサルコペニアの意義(荒木 厚)
  ・サルコペニアとは
  ・サルコペニア,サルコペニク・オベシティとインスリン抵抗性,炎症
  ・糖尿病患者とサルコペニア
  ・糖尿病におけるサルコペニア発症の機序
  ・サルコペニアの治療
介入・治療
 18.サルコペニアに対する介入の考え方(山田 実)
  ・骨格筋の同化作用と異化作用
  ・サルコペニアに対する介入の実際
 19.サルコペニアに対する運動・栄養による介入効果(金 憲経)
  ・サルコペニアに対する運動介入の効果と問題点
  ・サルコペニアに対する栄養補充の効果と問題点
  ・サルコペニアに対する運動・栄養による介入
 20.サルコペニアの新規治療法(土田邦博)
  ・筋量の調節因子
  ・筋量調節を軸としたサルコペニアの複合的な予防・治療への応用
  ・サルコペニアと筋内脂肪浸潤

 サイドメモ
  加齢に伴う骨格筋量減少の男女差と部位差
  骨格筋量と骨格筋細胞量の違い
  CKDの新重症度分類に対する日本腎臓学会のアクション
  運動の逆効果