やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 松本直通
 横浜市立大学大学院医学研究科遺伝学
 2005年に,キャピラリー型シーケンサーの出力をはるかに凌駕する次世代シーケンサー(next-generation sequencer:NGS)が登場した.以来,複数のNGSプラットフォームが開発され,かつそれぞれが疾患ゲノム解析に耐えうる性能を獲得,2008年にははじめてNGSによるパーソナルゲノム解析が行われた.さらに,2009年にはターゲットキャプチャー法とNGS解析を組み合わせてヒト疾患の責任遺伝子単離が可能であることが示された(遺伝子異常が既知のFreeman-Sheldon症候群を用いて).
 そして,2010年に劣性遺伝病で全エクソームシーケンス〔whole exome sequencing:WES(Miller症候群)〕や全ゲノムシーケンス〔whole genome sequencing:WGS(Charcot-Marie-Tooth病)〕によるはじめての遺伝子単離が,続いて優性遺伝病においてもWES(Schinzel-Giedion症候群)やWGS(metachondromatosis)を用いた遺伝子単離が成功し,あらゆる遺伝性疾患がこれらの手法のターゲットとなりうることが実証された.
 さらに,エクソーム解析を加速するためのハイブリダイゼーションキャプチャーなどの周辺技術の急速な開発とも相まって,いまやWESは原因未同定の遺伝性疾患の原因解明研究において第一選択技術となっている.著者らも2009年初頭からNGSを導入し,WESを用いて複数のMendel遺伝病で責任遺伝子を同定するに至っている.
 この間,各省庁による研究費支援が研究を加速し,とくに2011年からスタートした厚生労働科学研究費“次世代遺伝子解析装置を用いた難病の原因究明,治療法開発プロジェクト”で,著者らを含めた5つの次世代シーケンス拠点と10の一般研究班が発足し,研究の裾野が急速に拡大している.
 本特集号ではWESにとくに限定せず,広くNGSを用いてヒト疾患ゲノム研究を積極的に進めておられる各方面の先生方に執筆をお願いし,NGSを用いた疾患研究の成果および遭遇する問題点などについて紹介していただいた.NGS研究の臨場感と可能性をすこしでも感じていただき,読者の研究展開への一助となれば幸いである.
 はじめに(松本直通)
総論
 1.全エクソーム解析における情報処理(三嶋博之)
  ・バイオインフォマティクス ・情報共有
  ・全エクソン解析のワークフロー
 2.日本人の遺伝子リファレンスライブラリーデータベース(日笠幸一郎・松田文彦)
  ・データ概要 ・今後の展望
  ・データの品質管理
 3.次世代シークエンサーによる病因遺伝子の探索と遺伝子診断への応用(松原洋一・他)
  ・爆発的に広がる病因遺伝子の探索と同定 ・遺伝子診断への応用
  ・病因遺伝子探索の実際 ・新しい出生前診断への応用
  ・病因遺伝子探索にあたり留意すべき点 ・将来への展望
 4.遺伝性疾患におけるエクソーム解析の有用性と近将来(吉浦孝一郎)
  ・次世代型シーケンサーの発達とエクソーム解析
  ・WESによる単一遺伝子病の遺伝子単離
  ・重合せ原理の論理・確率
  ・WESによるgene hunting成功率
  ・WESとWGSのそれぞれの利点欠点
  ・WESおよびWGSの今後の展望
 5.遺伝性疾患におけるターゲットリシーケンシングの有用性(小崎健次郎)
  ・解析系・方法
  ・感度と特異度に関する検討
  ・次世代シーケンサーの出力の解析:運用の実際
  ・検出された変異の臨床的意義の解釈
  ・疾患関連遺伝子のリスト
  ・倫理
各論:生殖細胞系列変異
 6.成育医療領域における大規模遺伝子解析(右田王介・秦 健一郎)
  ・成育疾患の特徴
  ・大規模遺伝子解析技術による新規変異解析
  ・高密度マイクロアレイ解析
  ・エクソーム解析
  ・次世代シーケンス解析技術による特殊な臨床検査
  ・次世代シーケンス解析技術によるエピゲノム解析
  ・今後の展望
 7.常染色体優性遺伝性疾患のエクソーム解析(要 匡・柳 久美子)
  ・現在までに原因遺伝子が同定された疾患
  ・遺伝子変異同定のストラテジーと注意点
  ・エクソーム解析による遺伝子同定における注意点・問題点
  ・エクソーム解析を利用した遺伝子同定の今後
 8.発達期の脳神経疾患の全エクソーム解析(才津浩智・松本直通)
  ・常染色体劣性遺伝病の全エクソーム解析
  ・大田原症候群の全エクソーム解析
  ・トリオ(患者および両親)全エクソーム解析によるde novo変異の検出
 9.難聴の遺伝子診断と次世代シークエンス解析―保険収載された遺伝子診断からターゲットリシークエンシングとエクソーム解析(西尾信哉・宇佐美真一)
  ・保険収載された“先天性難聴の遺伝子診断”
  ・難聴の遺伝子診断のメリット
  ・遺伝性難聴のターゲットリシークエンシング解析
  ・遺伝性難聴のエクソーム解析の実際
 10.全エクソーム解析による遺伝性網脈絡膜疾患の原因遺伝子探索(岩田 岳・他)
  ・網膜の構造 ・遺伝性網膜疾患のエクソームシークエンス
  ・遺伝性網脈絡膜疾患 ・エクソーム解析
  ・オカルト黄斑ジストロフィー(三宅病)
 11.ミトコンドリア呼吸鎖異常症のエキソーム解析(岡ア康司・大竹 明)
  ・ミトコンドリア病とは
  ・MRCD症例エキソーム解析プロジェクトの概要
  ・核にコードされた遺伝子異常によるミトコンドリア病
  ・MRCDの臨床診断
  ・MRCD症例のエキソーム解析
  ・MRCD解析の結果
 12.全エクソーム解析による難治性循環器疾患の原因遺伝子の同定(朝野仁裕・小室一成)
  ・循環器疾患(心筋症・不整脈)において遺伝子解析を行う必要性
  ・遺伝性心筋症を疑い,効率よく遺伝子解析を行うために
  ・遺伝性心筋症の遺伝子解析における留意点
  ・ある家系を対象とした家系連鎖解析による原因遺伝子の同定への取組み
  ・同家系発端者に対する全エクソーム配列解析による既知遺伝子の除外
  ・同家系発端者に加え複数の全エクソーム配列解析を行った場合の結果
  ・これからの遺伝情報解析
 13.小児血液疾患に対するエクソーム解析(村松秀城・小島勢二)
  ・稀少小児遺伝性血液疾患研究班の取組み
  ・若年性骨髄単球性白血病
  ・ターゲットシークエンスによる網羅的な既知遺伝子解析の計画
 14.次世代シーケンシングによる先天性内分泌疾患の分子基盤の解明(鳴海覚志・長谷川奉延)
  ・先天性内分泌疾患の遺伝学
  ・先天性内分泌疾患の既知責任遺伝子の包括的解析
  ・先天性内分泌疾患の未知責任遺伝子の探索
  ・次世代内分泌学に向けて
 15.エクソーム解析による遺伝性筋疾患の効率的遺伝子変異 スクリーニング法の開発と新規原因遺伝子同定(遠藤ゆかり・西野一三)
  ・筋疾患診断の歴史と現状 ・新規原因遺伝子の探索
  ・従来の遺伝子診断の問題点 ・新規疾患原因遺伝子同定の難しさ
  ・遺伝子変異の効果的スクリーニング法の開発
 16.エクソーム解析による新規関節リウマチ感受性遺伝子の探索(細道一善・他)
  ・RA患者のエクソーム解析 ・RA感受性候補遺伝子の症例対照研究
  ・RA感受性候補遺伝子の絞込み ・ENCODEプロジェクトに基づく今後の展望
 17.エクソーム解析による自己炎症疾患の遺伝的素因の解明―免疫プロテアソームの機能低下が自己炎症疾患を惹起する(北村明子・安友康二)
  ・自己炎症疾患とゲノム解析
  ・新しいタイプの自己炎症疾患(JASL)
  ・JASLのゲノム解析による疾患遺伝子PSMB8の同定
  ・免疫プロテアソームの構造と機能
  ・PSMB8のミスセンス変異によるプロテアソーム活性の障害
  ・免疫プロテアソームによる炎症応答や脂肪細胞の分化の調節
各論:体細胞変異
 18.全エクソーム解析による骨髄異形成症候群の原因遺伝子の探索(真田 昌)
  ・骨髄異形成症候群(MDS)とは ・MDSにおけるRNAスプライシング分子異常
  ・MDSにおけるゲノム異常 ・今後の展望
  ・MDSの全エクソームシーケンス解析
 19.全ゲノムシークエンスによる癌の遺伝子変異プロファイル(中川英刀・藤本明洋)
  ・癌の体細胞変異検出のゲノム解析戦略
  ・エクソーム解析の限界と全ゲノムシークエンス
  ・全ゲノムシークエンス解析の現状の問題点と将来
 20.がんゲノム研究におけるエクソーム解析の現状と将来(柴田龍弘・十時 泰)
  ・がんエクソーム解析 ・がんエクソーム解析実験の注意点
  ・がんエクソーム解析実験の流れ ・がんエクソーム解析の今後
  ・がんエクソーム解析のデータ解析
 21.“ゲノム変異解析”雑感(油谷浩幸)
  ・シークエンサー選び ・同じデータなのに答えが違う?
  ・いろいろなエクソーム ・塩基変異を調べるだけではもったいない
  ・配列解析のブラックボックス ・日本人のゲノム

 サイドメモ
  網膜,脈絡膜,黄斑
  BN-PAGE(Blue Native Polyacrylamide Gel Electrophoresis)
  真の孤発性特発性拡張型心筋症とは
  心筋症の表現型オーバーラップ
  臨床遺伝子診断への次世代シーケンサーの参入
  次世代シーケンシングは遺伝子診断に何をもたらすか
  筋疾患
  RNAスプライシング
  RNAスプライシング分子変異を標的としたMDS治療の可能性
  カバレッジまたは深度
  腫瘍内の不均一性
  第三世代,第四世代のシークエンサー