やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 岩坪 威
 東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻
 Alzheimer病に,社会の全体から,いままでになく熱い視線が注がれている.わが国の患者数は150万人を超えて伸び続け,ようやく整った介護の体制を,いわんやわれわれの社会生活そのものを脅かしはじめた.Alzheimer病に対する根本的予防・治療法の実現は文字どおり待ったなしの急務である.
 過去四半世紀のAlzheimer病研究のめざましい展開のなかで,遺伝学と病理学が合意した結論のひとつは,βアミロイドが病因に決定的な役割を果たすということであった.いまやβアミロイドの産生・蓄積を阻害する種々の治療薬が開発され,一部はすでにヒトでの臨床治験に突入している.
 他方,Alzheimer病をめぐる基礎研究は幅広い展開を見せ,生命科学に豊かなフィードバックを与えはじめた.γセクレターゼがもたらした“膜内蛋白質切断”の新概念や,Notchをめぐる発生学の展開はその好例であろう.
 さらに臨床面ではAlzheimer病の早期診断と治療をめざして軽度認知障害(MCI)の概念が生まれ,アミロイドイメージングの実用化により発症前段階での非侵襲的(病理学的)診断すら可能になろうとしている.Alzheimer病の発症過程を画像と生化学マーカーから客観的に評価しようとするAD Neuroimaging Initiative(ADNI)の活動が,わが国を含め世界中で動きはじめた.その成果に基いてサロゲートエンドポイントと評価の方法が明確に提示されれば,Alzheimer病根本治療薬の開発にさらに拍車がかかるであろう.
 Alzheimerによる本症の記載から101年目の年頭に,わが国を代表する22人のエキスパートからAlzheimer病の基礎・臨床研究の最先端を解説いただけたことはまさに天恵と申すほかない.基礎研究と臨床が手を携えてAlzheimer病の克服へとあゆみはじめたいま,本別冊が,さらに多くの医師と基礎研究者をこの領域へと誘い,一刻も早く根本治療が実現することを願ってやまない.
 はじめに(岩坪 威)
第1章 基礎研究
 1.Alzheimer病の病理―あらたな展開(山口晴保)
  ・脳 Alzheimer病変の進展過程
  ・βアミロイド沈着の様式
  ・脳βアミロイドに影響するライフスタイル
  ・Alzheimer病変と老化性病変の共存
 2.APPの機能と代謝(中矢 正・鈴木利治)
  ・APP
  ・APPの代謝および RIP制御によるAPPのあらたな機能発現
  ・カーゴ受容体としてのAPP
  ・APPの生理機能探索
  ・おわりに
 3.γセクレターゼの作用機構と阻害剤―Alzheimer病治療薬開発のターゲットとして(大河内正康・田上真次・武田雅俊)
  ・概念的γセクレターゼ
  ・γセクレターゼの現象論
  ・γセクレターゼの実体
  ・Alzheimer病の視点からみたγセクレターゼ
  ・生理現象としてみたγセクレターゼ
 4.βアミロイドの凝集とその抑制薬(小野賢二郎・山田正仁)
  ・Aβ凝集のメカニズムと神経毒性
  ・In vitro実験系にてAβ凝集抑制効果が報告されている化合物
  ・In vivo実験系にてAβ沈着抑制効果が報告されている化合物
  ・臨床試験にてAβ沈着抑制効果が報告されている化合物
  ・おわりに
 5.アミロイドβペプチド代謝とAlzheimer病(西道隆臣)
  ・Aβ分解系の同定
  ・加齢によるネプリライシン発現低下
  ・ネプリライシンのAβシナプス毒性に対する作用
  ・ヒトネプリライシンcDNAを用いた実験的遺伝子治療
  ・ソマトスタチンによるAβ分解系の制御
  ・MRIによる特異的アミロイドイメージング
  ・おわりに
 6.βアミロイドの脳外排出と末梢分解機構(山田 薫・岩坪 威)
  ・ワクチン療法とsink仮説
  ・BBBを介したAβ effluxとその分子機構
  ・抗Aβ抗体によるAβ引き抜き現象とAβ efflux
  ・Aβの末梢代謝と血液中での分解機構
  ・おわりに
 7.タウと Alzheimer病(笈川貴行・長谷川成人)
  ・タウ蓄積の病理変化
  ・AD脳蓄積タウの生化学的解析
  ・タウ蓄積を伴うADのモデルマウス
  ・おわりに
 8.Alzheimer病における神経細胞死機構(富山貴美・森 啓)
  ・細胞外Aβオリゴマーによる神経細胞死
  ・細胞内Aβ蓄積による神経細胞死
  ・トランスジェニックマウスにおける神経細胞死
  ・おわりに
第2章 診断・治療
 9.Alzheimer病の地域縦断臨床研究―今日の疫学研究の動向(朝田 隆)
  ・なぜ今,地域縦断臨床研究か?
  ・利根プロジェクトの概要
  ・まとめ
 10.MRIによるAlzheimer病の診断―画像統計解析手法を用いて(松田博史)
  ・画像統計解析手法の発展
  ・Alzheimer病におけるMRIの画像統計解析結果
  ・おわりに
 11.FDG-PETによるAlzheimer病の診断(伊藤健吾)
  ・FDG-PETによる ADの診断
  ・他のモダリティとの対比
  ・FDG-PETによる早期診断の可能性
  ・科学的エビデンスの確立を目標とする臨床試験
 12.病理像を画像化する分子神経イメージング法によるAlzheimer病の早期診断―日本でのBF-227の開発と臨床応用(荒井啓行・工藤幸司)
  ・アミロイドイメージングのAD診断における意義および原理
  ・アミロイドイメージング用プローブおよびそれらの臨床応用の現状
  ・アミロイドイメージングのさらなる発展
 13.Alzheimer病のバイオマーカー(瓦林 毅・東海林幹夫)
  ・CSFAβとtau
  ・CSFマーカーの臨床検討
  ・早期診断とCSFマーカー
  ・血漿Aβ
  ・おわりに
 14.MCIの臨床と病理(井原涼子)
  ・MCIとは?
  ・MCIの概念の推移
  ・MCIの臨床―ADへの移行という観点から
  ・MCIの病理―ADとの対応
  ・今後の課題
 15.Alzheimer病の神経心理学(目黒謙一)
  ・記憶
  ・言語
  ・行為
  ・視空間性機能
  ・知能
  ・おわりに
 16.Alzheimer病の疫学(角 徳文・本間 昭)
  ・Alzheimer病の有病率
  ・Alzheimer病の発生率
  ・Alzheimer病の危険因子
  ・Alzheimer病の長期予後
  ・おわりに
 17.アポEとAlzheimer病―アポEの分子病態と疾患発症機構(玉岡 晃)
  ・アポEアイソフォームの構造
  ・アポEと神経疾患
  ・アポEとAD
  ・Aβ依存性のアポEの病理作用
  ・Aβ非依存性のアポEの病理作用
  ・新規の治療法の可能性
  ・おわりに
 18.コレステロールとAlzheimer病―Cholesterol paradoxを紐解く一考察(道川 誠・柳澤勝彦)
  ・脳内コレステロール代謝関連蛋白をコードする遺伝子多型との関連
  ・コレステロールパラドックス―血清コレステロール値とAlzheimer病
  ・スタチンとAlzheimer病
  ・動脈硬化・循環障害とAlzheimer病病理
  ・脳内コレステロール代謝とAlzheimer病
  ・タウオパシーとAlzheimer病
  ・おわりに
 19.Alzheimer病に対する創薬の方向性(岩井晃彦)
  ・Alzheimer病創薬の現状
  ・Alzheimer病創薬の最近の傾向
  ・創薬の立場から望まれる基礎研究の方向
  ・今後の創薬の方向性
 20.Alzheimer病に対するAβ免疫療法(矢吹千織・岩坪 威)
  ・Aβワクチンと抗Aβ抗体療法
  ・作用機序
  ・ヒトへの臨床応用と副作用
  ・副作用の少ない免疫療法をめざした臨床開発
  ・新しいワクチン
  ・おわりに
 21.Alzheimer病:介護の現状と問題点―認知症介護における医師の役割(鷲見幸彦)
  ・認知症ケアの医療と福祉の連携モデル
  ・認知症の医療と福祉の役割分担と連携
  ・かかりつけ医の役割
  ・専門医の役割
  ・よりよいケアに向かって今後なにが必要か
【付録】
 22.Alzheimer病の理解に必要な最新基礎知識(長田有生・井原涼子)
  ・アミロイド関連
  ・タウ・臨床関連
 ・サイドメモ目次
  チオフラビンT
  ミレニアムプロジェクト
  Statistical parametric mapping(SPM)
  MCI
  Aβ oligomer
  Alzheimer病の呼称
  神経系におけるアポ Eの生成部位と機能
  臨床試験
  Aβワクチンによる免疫応答
  環境エンリッチメント