やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに―Introduction
 竹原和彦
 Kazuhiko TAKEHARA
 金沢大学大学院医学系研究科皮膚科学
 ◎アトピー性皮膚炎は1933年にアメリカの Sulzbergerにより提唱された疾患概念で,彼はそれまでにさまざまな疾患名で分類されていたいくつかの疾患がひとつの疾患の異なる表現型であることを見出し,以後この病名は一気に世界的に認知されるに至った.ちなみにアトピー性皮膚炎の“アトピー“とは,“奇妙な”“とらえどころがない”という意味のギリシャ語由来であり,多彩な病態やいまだ十分に解明されていない病因を有する本疾患の本質を適切に表現していると思われる.本症は当初アレルギー疾患としての側面が強調されたが,実地臨床上の立場からも皮膚角層バリア機能の研究面からも,ドライスキンを基盤とする非特異的刺激反応による炎症反応としての側面も重要視すべきであると考えられる.
 本別冊の編集者としての立場より,アトピー性皮膚炎の概念についての総括が必要との原稿依頼を受けた.そこでまず,編集者として以下のことを強調したい.ともすれば,アトピー性皮膚炎は「皮膚を病変の場とした純粋なアレルギー疾患」として理解されがちであるが,むしろ「特有の遺伝的背景をもち,皮膚を炎症の場として慢性に増悪と寛解を繰り返し,炎症の原因として皮膚バリア障害を基盤とする非特異的刺激反応と皮膚を反応の部位とするアレルギー反応の両者が関与する湿疹・皮膚炎群の一疾患」と理解すべきである.
 このことは,東京女子医科大学皮膚科川島 眞皮膚科教授が委員長として作成した『日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎治療ガイドライン』の“2.病態”の項に,「表皮の中でも角層の異常に起因する皮膚の乾燥とバリア機能異常という皮膚の生理学的異常を伴い,多彩な非特異的刺激反応および特異的アレルギー反応が関与して生じる,ソウ痒を伴う皮膚における慢性に経過する炎症をその病態とする湿疹・皮膚炎群の一疾患である.また,一般に慢性に経過するも適切な治療により症状がコントロールされた状態に維持されると,自然寛解も期待される疾患である」と記載されていることとも一致する.
 アトピー性皮膚炎の治療の混乱が社会的問題となり,いまだ不適切な治療が横行して多大なる健康被害例があとを断たないのも周知の事実であるが,その原因のひとつにアトピー性皮膚炎=アレルギーとするメディア報道と,それに誘導された患者サイドの誤った認識や,上記の考えを修正しようとしない一部の頑迷な医師の存在があげられる.したがって,本特集の項目と執筆者の選択にあたっては,本来のアトピー性皮膚炎の病態を正しく理解し,さらにそれを読者に適切に伝えうることを意識した.
 ●アトピー性皮膚炎の概念
 アトピー性皮膚炎の病因や病態についてはつぎつぎと新しい知見が得られ,さらなる病態形成に至る仮説が提唱されるものの,いまだ統一的な病因論の完成はみていない.
 しかし,皮膚科の純粋に臨床的な立場からいうと,多様な臨床像をとるものの,その個別の臨床像は教科書的な“急性湿疹像“と“慢性湿疹像”の組合せにすぎず,長期慢性の経過をとる点以外には単純な湿疹像といえなくもない.ただし,本症の背景に存在する遺伝的背景の表現型と考えられる,乾燥し,鳥肌様の丘疹を伴い,ときに落屑を伴う,いわゆる“atopic skin”の存在は本疾患に特徴的な臨床像であることを忘れてはならない.
 いずれにせよ,本症をアレルギー反応にとらわれすぎることなく「遺伝的背景を有する慢性に経過する湿疹・皮膚炎群の一疾患」と単純に考えることが,本症の臨床の現場では重要であろう.
 ●Sulzbergerによるアトピー性皮膚炎の提唱
 アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis)は1933年にアメリカの Sulzbergerという皮膚科医によって提唱された疾患である.Sulzbergerはそれまでさまざまな疾患名で分類されていたいくつかの疾患がひとつの疾患の異なる表現型であることを見出し,以後この疾患名が世界中に定着した1).表1に,アトピー性皮膚炎に対して使用されていたさまざまな疾患名を示した.“アトピー“とは“奇妙な”“とらえどころがない”という意味のギリシャ語である.Sulzbergerは当初本症を気管支喘息や枯草熱などと同等の純粋のアレルギー疾患と考えていたようであるが,最初の論文から約30年後に,「アトピー性皮膚炎はアトピーの家族歴,既往歴と密接な関連をもつことにより特徴づけられるすべての炎症性病変をいう」とする考えを改めて提唱し,アトピー性皮膚炎=アレルギー疾患という視点を否定している2).このことは後に皮膚科領域からの本症のバリア機構の異常の解明によってより明確なものとなった3).
 ●日本皮膚科学会・診断基準による定義
 日本皮膚科学会による『アトピー性皮膚炎の定義・診断基準』では,まずその定義(概念)として,
 「アトピー性皮膚炎は,増悪・寛解を繰り返す,ソウ痒のある湿疹を主病変とする疾患であり,患者の多くはアトピー素因をもつ.
 アトピー素因:(1)家族歴・既往歴(気管支喘息,アレルギー性鼻炎・結膜炎,アトピー性皮膚炎のうちいずれか,あるいは複数の疾患),または,(2)IgE抗体を産生しやすい素因」
 と記されている4).
 さらに診断基準として,
 「1.ソウ痒,2.特徴的皮疹と分布,3.慢性・反後性経過(しばしば新旧の皮疹が混在する):乳児では2カ月以上,その他では6カ月以上を慢性とする.
 上記 1,2 および3の項目を満たすものを,症状の軽重を問わずアトピー性皮膚炎と診断する」
 とされ,本症はあくまで臨床的特徴によって診断される疾患であることが明記されている.
 アレルギー関連の検査については,診断の参考項目のひとつとして“血清 IgE値の上昇”があげられているのみで,特異 IgE抗体についてはいっさい記載されていない.
 ・Sulzbergerより70年を経て
 Sulzbergerがいかにしてアトピー性皮膚炎という概念にいきつき,さらにどのような過程を経てその概念を修正したかの詳細は不明である.しかし,IgE発見以前にいったんはアトピー性皮膚炎を純粋なアレルギー疾患と考え,後に一定の遺伝的背景を有する非特異的皮膚炎であるとの立場にその考えを修正したわけである.
 このことは,過去20年間に,すなわち IgE RAST検査の普及とともに多くの臨床家がたどった「アトピー性皮膚炎は純粋なアレルギー疾患である」という誤りから,「バリア異常を背景とした非特異的な皮膚炎の要素が無視できない」とする最近の考えへの修正とまさに同じプロセスであるといえよう.
 以上のことから,Sulzbergerがいかに偉大な臨床家であったかが痛感される.しかし,彼自身の2つ目の業績,すなわち非特異的な皮膚炎の要素も含むと修正した彼のアトピー性皮膚炎に対する考え方がなぜか無視されたといってよいほど注目を集めなかったことが,今日のアトピー性皮膚炎医療の混乱の一因となったともいえよう.本別冊が,アトピー性皮膚炎の医療に関与する多くの人に対して,むしろこの疾患をシンプルな湿疹・皮膚炎群のひとつと考えるべきであるというメッセージが伝わり,ご理解いただければ幸いである.
 文献
 1)Sulzberger,M. B.:Historical notes on atopic dermatitis:Its names and nature.Semin.Dermatol.,2:1-4,1983.
 2)Sulzberger,M. B.et al.:Atpic dermatitis,Dermatology(2nd ed.). Year Book,1961.
 3)芋川玄爾:角質細胞間脂質の機能と乾燥性皮膚疾患.臨床皮膚科,35:1147-1161,1993.
 4)日本皮膚科学会(編):アトピー性皮膚炎治療ガイドライン.日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎治療ガイドライン作成委員会.日本皮膚科学会雑誌,110:1099-1104,2000.
・はじめに(竹原和彦)
  ・アトピー性皮膚炎の概念
  ・Sulzbergerによるアトピー性皮膚炎の提唱
  ・日本皮膚科学会・診断基準による定義
  ・Sulzbergerより70年を経て
第1章 病態生理―現況と最近の進歩
 1.アレルギーとアトピー性皮膚炎―そのドグマの問題点―Allergy and atopic dermatitis(塩原哲夫)
  ・Th2による疾患としてのAD,その矛盾
  ・ケモカインの関与
  ・皮膚への遊走を制御する機構
  ・自然免疫の関与
  ・ADの治療における問題点
  ・おわりに
 2.バリア障害とアトピー性皮膚炎―Barrier functions of atopic dry skin(林 伸和)
  ・皮膚の機能と構造
  ・アトピー性皮膚炎でのバリア異常
  ・バリア異常とアトピー性皮膚炎の発症(図4)
  ・バリア機能を修復する
  ・予防としてのバリア機能の重要性
  ・今後の課題
 3.サイトカイン・ケモカインとアトピー性皮膚炎―Cytokines and Chemokines in atopic dermatitis(中村晃一郎・玉置邦彦)
  ・末梢血のサイトカイン産生異常からみた病態
  ・AD病変部組織におけるサイトカイン反応
  ・ADでのTh2特異的ケモカイン,受容体
  ・免疫担当細胞(樹状細胞,ケラチノサイト,好酸球)のサイトカインと皮膚炎の遷延化
  ・サイトカイン異常を規定する遺伝子
  ・免疫調節薬によるサイトカイン,ケモカインの制御
  ・おわりに
 4.細胞接着分子とアトピー性皮膚炎―A role of adhesion molecules in atopic dermatitis(佐藤伸一)
  ・炎症は細胞接着分子の発現と機能に制御される
  ・アトピー性皮膚炎と細胞接着分子
  ・可溶性 L-セレクチンの意義
  ・ADにおける可溶性L-セレクチンの上昇
  ・ADのモデルとしての慢性接触皮膚炎モデル
  ・慢性接触皮膚炎モデルではL-セレクチンやICAM-1欠損によって即時型過敏反応,LPRが抑制される
  ・L-セレクチン,ICAM-1に対する抗体投与によっても即時型過敏反応,LPRは抑制される
  ・L-セレクチン,ICAM-1は肥満細胞浸潤を制御する
  ・L-セレクチン,ICAM-1はIgE産生を制御する
  ・慢性接触皮膚炎モデルではADと同様に可溶性L-セレクチンが上昇する
 5.アトピー性皮膚炎のマウスモデル―Animal model of atopic dermatitis(水谷 仁)
  ・食餌抗原経口感作モデル
  ・経皮的感作モデル
  ・自然発症モデル
  ・遺伝子改変マウスモデル
  ・おわりに
 6.アトピー性皮膚炎における痒みのメカニズム―Mechanisms of itch in atopic dermatitis(高森建二)
  ・痒みのメカニズム
  ・アトピー性皮膚炎の痒み
  ・おわりに
第2章 診断―現況と最近の進歩
 7.アトピー性皮膚炎の診断基準と重症度の診断―Definition,diagnostic criteria and severity for atopic dermatitis(古川福実)
  ・概念
  ・診断基準
  ・重症度
 8.アトピー性皮膚炎における鑑別診断―Differential diagnoses from atopic dermatitis(五十嵐敦之)
  ・接触皮膚炎
  ・脂漏性皮膚炎
  ・単純性痒疹
  ・疥癬
  ・汗疹
  ・魚鱗癬
  ・皮脂欠乏性湿疹
  ・手湿疹
  ・Sezary症候群
  ・貨幣状湿疹,自家感作性皮膚炎
  ・汗疱
 9.アトピー性皮膚炎における合併症―Complication of atopic dermatitis(岸本恵美・江藤隆史)
  ・Kaposi水痘様発疹症
  ・伝染性膿痂疹
  ・伝染性軟属腫
  ・接触皮膚炎
  ・眼の合併症
  ・その他
 10.接触皮膚炎のかかわり―Association of contact dermatitis to atopic dermatitis(松永佳世子)
  ・合併する接触皮膚炎の種類と症状
  ・診断方法
  ・ADによくみられる接触皮膚炎
  ・治療と生活指導
第3章 治療―現況と最近の進歩
 11.エビデンスに基づいたアトピー性皮膚炎治療―総括―Evidence-based management of atopic dermatitis―Summary(深川修司・古江増隆)
  ・ステロイド外用薬
  ・タクロリムス外用薬
  ・抗ヒスタミン薬・抗アレルギー薬
  ・保湿剤
  ・食物アレルゲン除去
  ・環境アレルゲン除去
  ・紫外線療法
  ・シクロスポリン内服療法
  ・おわりに
 12.日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎治療ガイドライン2004―Guidelines for therapy for atopic dermatitis,2004 by Japanese Dermtological Association(竹原和彦)
  ・本ガイドラインの作成の経緯
  ・ガイドラインの改訂の意義
  ・本ガイドラインの特徴
  ・厚生科学研究の治療ガイドラインとの比較
  ・おわりに
 13.アトピー性皮膚炎治療ガイドライン2002―厚生労働科学研究の治療ガイドライン―Guidelines for care of atopic dermatitis,2002(高路 修)
  ・ガイドライン作成の方法
  ・ガイドラインの概要
  ・原因・悪化因子とその対策(図2)
  ・スキンケア(表2)
  ・薬物療法
  ・タクロリムス外用薬
  ・アンケート調査から(表4)
 14.抗アレルギー薬・抗ヒスタミン薬の位置づけと使い分け―Clinical significance and selective use of antihistamines(相馬良直)
  ・抗ア薬,抗ヒ薬の位置づけ―従来の考え方
  ・抗ア薬,抗ヒ薬の位置づけ―最近の考え方
  ・抗ア薬,抗ヒ薬の適応
  ・抗ア薬と抗ヒ薬の使い分け,併用
  ・薬剤選択の考え方
 15.保湿剤とスキンケア―おもな保湿外用剤の使い方とスキンケアにかかわる生活指導―Emollients(moisturizers)and skin care(玉木 毅)
  ・皮膚の保湿機序
  ・アトピー性皮膚炎患者における保湿とスキンケア
  ・おもな保湿剤の種類と作用
  ・スキンケア関連の生活指導(表2)
 16.アトピー性皮膚炎と新規治療薬―New therapeutic opinion for atopic dermatitis(大槻マミ太郎)
  ・新規治療薬としての免疫調整薬
  ・タクロリムス軟膏0.03%小児用
  ・臨床開発中の薬剤
  ・おわりに
 17.食物除去とアトピー性皮膚炎―The role of food in atopic dermatitis(藤本 学)
  ・食物アレルギーとその診断・治療
  ・“食物アレルギー“と“アトピー性皮膚炎”
  ・アトピー性皮膚炎における食物アレルギーの実際
  ・アトピー性皮膚炎における食物の関与の判定
  ・アトピー性皮膚炎における食物除去のエビデンス
  ・エビデンスに基づいた食物除去のあり方
  ・おわりに
 18.重症アトピー性皮膚炎に対する核酸医薬治療―転写因子NF-κBを標的としたデコイDNA軟膏の臨床応用―Nucleic acid medicine for severe atopic dermatitis―clinical application of NF-κB-targeting decoy DNA ointment(玉井克人ほか)
  ・NDON軟膏の動物試験
  ・NDON軟膏の臨床試験
  ・NDON軟膏の評価と展望
  ・おわりに
 19.脱ステロイド療法の評価は今―The present evaluation of inadequate therapy without topical steroid(越後岳士)
  ・当科入院治療後のアンケート調査4)
  ・脱ステロイド療法の問題点
  ・おわりに
・索引
 
 ・サイドメモ目次
  L-セレクチンの機能とそのリガンド
  ステロイド外用薬の離脱とリバウンド現象