やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

別冊・医学のあゆみ 膠原病―診断・治療の進歩
はじめに
 京都大学大学院医学研究科臨床免疫学 三森経世

■膠原病の概念と予後の変遷
 膠原病(collagen disease)は1942年に病理学者のPaul Klempererによって提唱された疾患概念である.全身の多臓器を障害する原因不明の全身炎症性疾患の総称であり,組織学的には結合組織のフィブリノイド変性を特徴とし,多彩な自己抗体の産生が認められる.Klempererの考えはさまざまな批判にさらされながらも,その基本的概念は現在に至るまで踏襲されており,疾患の基本的な理解と優れた治療法開発に対する大きな一歩を築き,同時代の自己免疫現象の発見と相まって近代的なリウマチ学と臨床免疫学の進歩に大きく貢献した.
 膠原病は原因が不明で治療法のない“難病“というイメージが強い.事実,わが国では膠原病とその近縁疾患の多くは厚生労働省によって特定疾患(いわゆる“難病”)に指定され,公費補助対象疾患とされている.しかし,近年の診断法と治療法の進歩によって膠原病の生命予後は大きく改善している.膠原病の代表的疾患であるSLEでは,ステロイド治療が導入される以前の3年生存率は50%以下であったが,1960〜1970年代には5年生存率75%,1980年代以降の5年生存率は90%以上,1990年代以降は95%以上と,劇的な生命予後の改善がみられる.このような生命予後の改善傾向は,ほかの膠原病でも確認されている.これはステロイド剤の導入のみならず,ステロイド剤のきめ細かい投与法の確立,免疫抑制薬の開発と用法の進歩,人工透析による腎不全死の減少,抗生物質による感染症の克服など,医療全般の向上が関与していることは疑いない.その一方で,診断技術の向上による早期診断と,従来は見逃されていた軽症例の増加も関与していると考えられる.
 総体的な生命予後の向上をみる一方で,いぜんとして治療法が確立していないために死亡率が高く,または重い障害を残すような病態が認められている.また,膠原病自体の病態というよりも,むしろその治療によって誘発される病態もあり,長期生存例が増えるにつれて,近年はこのような難治性病態がいっそうクローズアップされるようになった.このような膠原病の難治性病態に対処する有効な治療法の確立が,膠原病の生命予後とQOLのさらなる向上に結びつく.
■膠原病と自己抗体
 1948年,Hargravesによって発見されたLE細胞現象は,後に血清中の抗核抗体によるin vitroの現象であることが明らかにされた.その後,抗核抗体の研究は急速に進歩し,抗核抗体が対応抗原の特異性によって細分化されると,このような特異抗核抗体が特定の疾患または臨床像と密接に関連することが明らかにされた.こうして抗核抗体は疾患の診断に有用であるばかりでなく,抗核抗体が規定するあらたな症候群あるいは病型がつぎつぎと報告された.1972年のSharpによる混合性結合組織病(MCTD)の疾患概念は,抗RNP抗体と臨床像の関連から生みだされたものである.多発性筋炎および皮膚筋炎(PM/DM)は膠原病のなかでも抗核抗体陽性率が低いことから,かつては自己免疫現象に乏しい疾患と考えられていた.しかし,抗Jo-1抗体の発見以来,PM/DMに特異的な自己抗体がつぎつぎと発見され,現在ではPM/DMは自己抗体の種類によって病型分類できるまでになっている.抗Jo-1抗体などの抗アミノアシルtRNA合成酵素抗体と関連するanti-synthetase syndromeはその代表である.同様に最近まで自己抗体が認められない疾患と考えられていた血管炎症候群も,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil cytoplasmic antibodies:ANCA)の発見によって血管炎も自己免疫疾患のカテゴリーに入ることが証明されたのみならず,血管炎の概念,病態,分類に大きな変革をもたらした.
 これほど自己抗体と臨床像との密接な関連があるにもかかわらず,一部を除いて疾患の発症および病態に対する自己抗体の病因的意義はいぜんとして不明である.しかし,自己抗体の産生機序と膠原病の発症機序はたがいに深く関連しあっていることには疑いがない.
■膠原病の治療の進歩
 これまで,膠原病の治療の基本はステロイド剤であった.しかし,ステロイド療法はEBMではなく,長年の経験の蓄積に基づいて疾患と病態に応じたきめ細かい投与法が決められてきたものである.ステロイドの地位が確立された現在では,もはやプラセボを用いた比較試験は倫理的に行いえないという事情もある.その一方で,ステロイド治療が疾患の自然歴を変えることができるのか,また長期予後やQOLを改善しているのか,といった疑問には明らかな解答がだされていないのも事実である.しかし,膠原病の分野においても,近年はすくなくとも新しい治療法や免疫抑制薬のあらたな適応拡大においてはエビデンスが重視された臨床研究が進められている.
 近年,膠原病の病因・病態および発症機序がしだいに明らかにされつつあり,このような知見に立脚した新しい治療戦略が開発されるようになった.サイトカインやサイトカインレセプターに対するモノクローナル抗体,サイトカインアンタゴニストを用いた抗サイトカイン療法はすでに実用化され,大きな成果を上げている.さらには病態に関与する遺伝子治療なども開発中であり,近い将来ヒト疾患にも応用される可能性が高い.
 本書では,新世紀の到来を視野に入れた膠原病の診断と治療の進歩について,わが国の膠原病・リウマチ学の第一線で活躍されている臨床家の方々にエビデンスを重視した最新の膠原病の診断と治療方針をまとめていただき,膠原病診療のガイドラインとすることをめざした.このような膠原病の有効な診断と治療法の確立により,膠原病の予後はさらに向上することが期待される.本書が膠原病診療の一助となれば,編者にとってこれに勝る喜びはない.
別冊・医学のあゆみ
膠原病―診断・治療の進歩
 Collagen disease-Progress in diagnosis and treatment
 Editor:Tsuneyo Mimori

はじめに 三森 経世

■診断の進歩
1.膠原病の診断法の進歩―検査診断法の進歩とその限界  熊谷俊一・林伸英
 Progress in diagnostics for collagen diseases
 ・膠原病診断のための自己抗体検査
 ・膠原病病態や活動性把握のための検査
 ・膠原病の検査診断
2.膠原病における自己抗体の意義―自己抗体の測定法,臨床意義,対応抗原 平形道人
 Autoantibodies in rheumatic diseases:Their detection methods,clinical significances,and molecular analysis of the cognate antigens
 ・自己抗体・自己抗原の分類
 ・自己抗体の測定法
 ・膠原病各疾患における自己抗体
3.膠原病の診断基準の進歩 吉田俊治
 Progress of the classification criteria for connective tissue diseases
 ・分類基準のタイプと機能
 ・診断理論
 ・診断用手段としての分類基準
 ・リウマチ性疾患に関連する分類基準
 ・分類基準の作成方法
 ・注意
 ・分類基準の作成方法の実際―1982年SLE改訂分類基準の場合

■治療の進歩
4.膠原病の病因・病態研究の最前線と治療戦略の進歩 伊藤健司
 The advance in the therapeutic strategy of collagen disease based on the current knowledge of the etiology and pathogenesis
 ・病因
 ・病態
5.膠原病治療における免疫抑制薬の現状と展望 亀田秀人・竹内 勤
 Current immunosuppressive therapies of collagen diseases
 ・ステロイド投与中の膠原病患者における免疫抑制薬使用の適応
 ・免疫抑制薬の作用および適応となる疾患・病態
 ・膠原病における免疫抑制療法の今後の課題
6.NSAIDsとCOX-2阻害薬 佐野 統
 NSAIDs and COX-2 inhibitors
 ・NSAIDsの種類と特徴
 ・NSAIDsの使用法と副作用
 ・RAの病態におけるPGsとCOXの役割
 ・COX-2阻害薬の種類と有用性
 ・COX-2選択的阻害薬の問題点
7.自己免疫疾患治療薬としての生物製剤 西本憲弘
 Biological therapeutic agents for autoimmune diseases
 ・生物製剤の標的分子
 ・薬物動態
 ・生物製剤の種類と対象疾患
8.免疫グロブリン大量静注療法―その臨床的適応,有効性,副作用と作用機序 原 まさ子
 Intravenous immunoglobulin therapy
 ・実際の方法
 ・臨床応用
 ・多発性筋炎,皮膚筋炎に対するIVIG療法
 ・副作用
 ・作用機序
9.造血幹細胞移植療法 諏訪 昭
 Hematopoietic stem cell transplantation for autoimmune diseases
 ・HSCTとは
 ・モデル動物でのBMTの検討
 ・血液疾患合併膠原病患者でのHSCT療法の経験
 ・膠原病治療を目的としたHSCT療法の初期の成績
 ・膠原病におけるHSCT療法の臨床試験
 ・HSCT療法の適応と問題点
10.遺伝子治療による自己免疫疾患の抑制 佐藤由紀夫
 Gene therapy in the treatment of autoimmune diseases
 ・膠原病の遺伝子治療の方法
 ・抗炎症性生理物質遺伝子を用いた遺伝子治療
 ・DNAワクチンによる関節炎の抑制

■膠原病各疾患の診断と治療のポイント―EBMを中心に
11.全身性エリテマトーデスの(SLE)の診断・治療 高崎芳成
 Diagnosis and treatment of systemic lupus erythematosus(SLE)
 ・診断のポイント
 ・SLEの活動性の評価
 ・重症度・臓器病変別の活動性の評価
 ・治療の実際
 ・開発中の先端的治療法
12.全身性強皮症 梅原久範
 Systemic sclerosis
 ・臨床症状と診断
 ・免疫学的検査
 ・治療法
 ・予後
13.混合性結合組織病 近藤啓文・石川 章
 Mixed connective tissue disease
 ・疾患概念
 ・疫学・発生率
 ・病態生理
 ・臨床症状
 ・診断
 ・鑑別診断
 ・治療
 ・経過,予後
14.血管炎症候群と臓器障害―中枢神経と肺を中心に 長澤浩平
 Organ disorder in vasculitis syndrome
 ・血管炎症候群の分類
 ・ANCA関連血管炎
 ・血管炎症候群の病理と臓器障害
 ・classic PNとMPAの差異,および肺,中枢神経障害
 ・血管炎症候群の治療
15.Sjoegren症候群 江口勝美
 Sjoegren's syndrome
 ・Sjoegren症候群を疑う診察のポイント
 ・Sjoegren症候群の診断のための検査
 ・診断基準
 ・SSの乾燥症状に対する治療
16.抗リン脂質抗体症候群の診断と治療のトピック―再発をいかに防ぐか 渥美達也
 Topics in antiphospholipid syndrome
 ・抗リン脂質抗体症候群の概念と分類
 ・抗リン脂質抗体症候群の臨床症状
 ・抗リン脂質抗体症候群の診断
 ・抗リン脂質抗体検出の臨床的意義
 ・抗リン脂質抗体症候群の治療
17.関節リウマチ 山田昭夫
 Rheumatoid arthritis
 ・関節リウマチ診断のポイント
 ・関節リウマチ治療のポイント
18.成人Still病―エビデンスに基づいた診断と治療のポイント 藤井隆夫
 Adult Stillユs disease
 ・成人Still病の診断
 ・成人Still病の治療
 ・成人Still病とサイトカイン
19.Behcet病 鈴木 登
 Behcets disease
 ・診断
 ・主症状
 ・副症状
 ・治療
 ・新しい治療法

■サイドメモ
 感度・特異度・尤度比
 自己抗体と診断
 絶対的な基準の難しさ
 Receptor revision
 免疫抑制薬の保険適応
 Alzheimer病とCOX-2
 末梢血幹細胞移植(PBSCT)
 軽症型SLEの診断
 CREST症候群
 肺高血圧症のプロスタサイクリン療法
 Wegener肉芽腫症に対するST合剤療法
 涙液や唾液分泌の神経支配
 β2-glycoproteinI
 成人Still病における慢性関節炎
 Behect病の病態形成