やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 監修の序
 本書,『パーキンソン病の理学療法』の初版は2011年に発刊された.それ以来,パーキンソン病者の数は世界全体で600万人に至り,2030年までには3,000万人にもなると推定されている.その主な要因は世界的長寿社会によるとされている.
 今後,理学療法の対象者としてパーキンソン病が増えることは確実であり,本疾患の予防,機能不全・生活機能の改善,社会参加の支援を格段と充実することが大切である.
 2018年に日本神経学会が『パーキンソン病診療ガイドライン』を改訂したことを契機に,本書を改訂して第2版を発刊することになった.第2版では一部の執筆者を変更してすべての原稿を見直し,最新の情報を提供することに努めた.なかでも,丸山哲弘氏には最新の国際的研究の知見と動向について加筆いただいた.理学療法学科の学生はもとより理学療法士には馴染みのない用語やミクロ的機序の記述もあるが,正直なところ監修者の立場とて同様であった.それでも,改革には斬新な事象に対峙することが必要であり,常に挑戦することが求められる.
 上記のごとく,第2版は『パーキンソン病診療ガイドライン』に基づいて改訂したこともあり,「障害」が頻繁に使用されている.本来なら,「国際生活機能分類」(WHO,2001年)に準じて「障害」の使用を控えたかったが,今回はそのままにしたことを付記しておく.なお,近年米国などでは患者(patient:耐え忍ぶ)ではなくクライアントという用語が使用されていること,「国際生活機能分類」では健常者も対象にしているなどの理由から,本書ではパーキンソン病に罹患している者をさす言葉として「パーキンソン病者」という用語を用いた(一部原稿を除く).
 本書がより根拠のあるパーキンソン病の理学療法に寄与することを祈念する.
 2020年6月
 奈良 勲


第2版 編集の序
 Dorseyらによるとパーキンソン病における世界の有病率は,1990年から2015年にかけて2倍以上に増え,2015年から2040年までにさらにその2倍以上に増加すると2018年に報告されている.これは,本疾患の数が世界的に爆発的に増加し得ることを示唆している.日本においても高齢化が進むとともにパーキンソン病者がさらに増えると想定されることから,適切な医療体制を整備するのみならず,同時並行的に理学療法を含む治療介入を再構築し,介護サービスを充足する必要性が高まっている.
 一方,本疾患に対する理解はまだ十分に広まっているとはいえないため,本書が理学療法士に限らず保健・医療・福祉および行政領域の関係者の認識を深めることに寄与するよう期待したい.
 初版の発行から9年が経過し,パーキンソン病の理学療法に関する研究知見が数多く集積され,それに対応すべく知と技のエビデンスを集積するためにビッグデータの活用が緊急の課題になっている.また,2018年に日本神経学会監修の『パーキンソン病診療ガイドライン』が改訂されたことに鑑み,第2版では編者に石井光昭氏に参画いただき,医学用語の整合性などを含めガイドラインに沿って改訂作業を進めた.さらに,執筆者の一部変更も行い,各論では近年注目されている「パーキンソン病の遂行機能障害への対応」「有酸素運動とレジスタンストレーニング」の項を新設した.
 欧州を代表するパーキンソン病専門理学療法士のDr.Keusには,初版に続いて基本的な介入戦略について詳細に記述いただいた.さらに,認知機能障害や認知症を伴うパーキンソン病の増加に伴い,丸山哲弘氏には加筆していただいた.
 第2版の発刊に際し,多くの方々の支援に深謝すると同時に,本書がパーキンソン病者とその家族に少しでも役立つことができれば幸いである.
 2020年6月
 松尾善美


第1版 監修の序
 日本におけるパーキンソン病の有病率は,人口構成の高齢化とともに増加しており,人口10万人あたり150人とされていて,神経疾患の中では脳卒中に次いで多い.よって,理学療法・リハビリテーションを含む包括的なキュアとケアを要する疾患の1つである.
 パーキンソン病は,一旦発症すれば薬物療法を主体として,神経学に準じて医学的に管理されるが,パーキンソン病患者のADLの維持・改善を目的として提供される理学療法は,薬物療法と並行して,重要な治療手段の1つとなっている.理学療法士の立場としては,パーキンソン病の病態を多角的に捉えた上で的確な理学療法介入を行うことが,進行性でもあるパーキンソン病患者の社会参加を支援する上で最も重要な課題となる.しかし,パーキンソン病の病態はいまなお不明な点もあり,今後のさらなる解明が待たれる.
 これまでのパーキンソン病にかかわるさまざまな学術的進歩をふまえ,医師,研究者,理学療法士に執筆いただき,日本では初めての発刊となる『パーキンソン病の理学療法』として松尾善美氏に編集いただいた.よって,本書は,パーキンソン病の診療およびその病態を研究されている方々の最新の知見と英知が結集されており,幅広く,かつ奥深い内容が呈示されているといえる.特に,長年にわたり臨床研究を続けておられるオランダの理学療法士であるDr.Keusには,興味深い論文を寄稿していただいた.
 本書が科学的視点に立脚し,パーキンソン病患者のADLの維持・改善を図ることを通じて,社会参加の支援にも資する礎を構築することに役立てば,この上ない幸せである.そして,本書がパーキンソン病に対する理解を深め,診療技能を高めたいと願う理学療法士はもとより,医療関連職種,学生の方々にとっても示唆に富む内容であると確信する.
 本書が,未来の総体的理学療法(学)のさらなる発展の一翼を担うことを願ってやまない.
 2011年5月
 奈良 勲


第1版 編集の序
 このたび,本書『パーキンソン病の理学療法』の編集と執筆に関わる過程において,大阪大学医学部附属病院に理学療法士として勤務していた当時,多くのパーキンソン病の患者さんに関与し,同時にそのご家族の方々からもさまざまなことを学ばせていただいたことを想起させられました.寸前まで歩いていた患者さんが,数時間後には瞬きもできないほど運動の遂行水準が低下するといった症状の変動性や,階段昇降は可能でも平地ではすくみ足によって歩行困難となり,車椅子で移動するといった障害の特徴は,他疾患ではみられないパーキンソン病特有のものです.このように,臨床場面では患者さんだけではなく,医療者もパーキンソン病特有の障害への対応に難渋することは少なくありません.
 それでも,臨床場面で遭遇する現象を敏感に受け止め,その現実を客観的に直視しながら柔軟に対応することが,私たち理学療法士に求められる臨床力といえるでしょう.多種多彩な臨床徴候を呈するパーキンソン病は,周知のごとく緩徐進行性であり,病状の進行に伴い,難解な特徴が表出されます.近年,パーキンソン病の運動障害に対する研究は,脳科学の進展を基盤にした測定・解析技術の進歩に連動して,特に欧米では飛躍的に発展しています.
 本書は,薬物療法とともに重要な役割を果たしているパーキンソン病の理学療法について,第一線で診療・研究に従事されている医師,研究者,理学療法士の方々に執筆いただきました.なかでも,パーキンソン病の理学療法に関する研究で国際的にも著名なオランダのDr.Keusには,英語で寄稿していただいた論文を日本語に翻訳しました.
 本書はこれまでにないパーキンソン病の理学療法の専門書として,序論,総論,各論別に,最新の知見を呈示し,随所に図表を活用して読者の理解を得やすいよう配慮しました.本書の出版を通じて,パーキンソン病に関連した臨床と研究が格段と触発されることにより,パーキンソン病患者さんのQuality of Lifeの向上に貢献する契機になれば,このうえない喜びです.
 2011年5月
 松尾善美
序論 パーキンソン病に対する理学療法のパラダイムシフト
 (松尾善美)
 神経リハビリテーション
 運動制御と運動学習における大脳基底核の知見
 歩行障害と歩行制御
 運動が神経可塑性に及ぼす影響
 理学療法の効果に関する研究
 理学療法の治療目標と運動課題にかかわる構成要素
総論
(1)病態と薬物療法
 (依藤史郎)
 パーキンソン病の症状
 パーキンソン病の病態
 パーキンソン病の薬物療法
(2)運動症状と非薬物療法
 (阿部和夫)
 運動症状に対するリハビリテーション
 パーキンソン病体操
(3)すくみ足
 (大熊泰之)
 すくみ足の一般的特徴
 パーキンソン病におけるすくみ足
 すくみ足の記録,分析
 すくみ足の機序
 すくみ足と転倒
 画像
 すくみ足の治療
(4)運動制御異常
 (平岡浩一)
 中枢神経活動
 無動
 すくみ足
 筋強剛
 振戦
 姿勢制御障害
(5)下肢協調障害
 (浅井義之)
 下肢運動の協調性と中枢パターン生成器
 協調的な肢間協調性の生成と崩壊
(6)パーキンソン病の認知機能障害
 (丸山哲弘)
 パーキンソン病における認知機能障害の病型
 パーキンソン病における認知機能障害の神経基盤
 認知症を伴うパーキンソン病のリスクファクター
 認知症を伴うパーキンソン病の治療
 認知症を伴うパーキンソン病のリハビリテーション
 今後の治療戦略
(7)疲労
 (阿部和夫)
 疲労の概念および定義とパーキンソン病での疲労
 パーキンソン病における疲労の発現頻度
 パーキンソン病の疲労に対する評価スケール
 症候学的観点からみたパーキンソン病の疲労
 パーキンソン病における疲労の病態機序と治療
(8)理学療法機能診断
 (長澤 弘)
 パーキンソン病の病態を知る
 パーキンソン病者における運動障害の特徴を機能診断する
(9)理学療法のエビデンス
 (望月 久)
 2010年までのエビデンスの概略
 2010年までのガイドラインの概略
 2010年以降の理学療法のエビデンス
 理学療法の介入方法別の効果
 2010年以降の診療ガイドライン
(10)理学療法に関するリスクマネジメント
 (柴 喜崇)
 理学療法に関する予防的リスク管理
 パーキンソン病の進行と多様な症状に伴うリスク管理
 パーキンソン病発症の予防的リスク管理
 パーキンソン病発症後の予防的リスク管理
各論
(1)姿勢異常
 (藍原由紀)
 パーキンソン病に対する理学療法
 姿勢異常の原因と生活習慣による影響
 姿勢制御
 パーキンソン病の運動障害
 パーキンソン病の姿勢異常が動作に与える影響と対策
(2)すくみ足
 (鎌田理之・松尾善美)
 すくみ足を知る
 すくみ足の評価
 すくみ足に対する理学療法
(3)歩行障害に関するこれまでの知見
 (松尾善美)
 2006年
 2007年
 2008年
 2009年:すくみ足の病態生理学的モデル
 2010年
 2013年:歩行と転倒に対する認知的関与(エビデンスとその意味)
 2014年:パーキンソン病の理学療法(テクニックの比較)
 2015年
 2016年
 2017年:運動観察トレーニングにより生じるすくみ足患者の脳可塑性
 2018年:パーキンソン病の歩行に対するリズミカルな聴覚キューの影響(系統的レビューとメタ分析)
 2019年:パーキンソン病者のすくみ足に対するロボット支援歩行トレーニングの効果
(4)歩行補助具の適用法
 (橋田剛一)
 歩行補助杖
 歩行器・歩行車
 シルバーカー(押し車)
 その他
(5)バランス障害
 (岡田洋平)
 バランス障害
 バランス障害の発生機序
 理学療法介入
(6)転倒と認知機能
 (鎌田理之)
 パーキンソン病者の転倒要因と運動介入の現状
 パーキンソン病者の転倒に関連する認知機能障害について
(7)運動のための外的キューと認知戦略
 (Samyra H.J.Keus・Maarten Nijkraken・Mariella Graziano)(訳:小森絵美)
 理学療法の対象となる制限
 キューを用いた戦略
 複合的な運動連鎖(CMS)に対する戦略
 介護者の介入
 評価指標
 治療期間
 アフターケア
(8)パーキンソン病の遂行機能障害への対策
 (石井光昭)
 パーキンソン病における遂行機能障害
 パーキンソン病の歩行障害への遂行機能の関与
(9)有酸素運動とレジスタンストレーニング
 (奥山紘平・松尾善美)
 パーキンソン病者における有酸素運動
 パーキンソン病者におけるレジスタンストレーニング
 パーキンソン病者に対する運動療法
(10)体力低下
 (内田賢一)
 体力について
 パーキンソン病者の体力低下に関する研究
(11)呼吸障害
 (松尾善美)
 パーキンソン病の呼吸障害と咳嗽障害
 変動する呼吸機能―薬剤の影響―
 呼吸運動測定とその結果
(12)パーキンソン病の嚥下障害
 (石井光昭)
 パーキンソン病の嚥下障害の特徴
 評価
 理学療法アプローチ
(13)基本動作トレーニング(歩行以外)
 (佐藤信一)
 基本動作とステージ別の症状
 基本動作におけるパーキンソン病の身体機能特性
 基本動作トレーニングの具体的戦略
 文献的考察
(14)生活機能トレーニング
 (大久保智明・野尻晋一・山永裕明)
 生活機能に関するパーキンソン病者の声
 パーキンソン病者の生活機能障害と生活機能トレーニングの目標設定
 生活機能トレーニング
(15)脳深部刺激療法前後の理学療法機能診断と介入
 (澤田優子・武田優子・本田憲胤)
 脳深部刺激療法の概要
 理学療法機能診断と介入
 症例紹介
(16)在宅における生活適応支援の実際
 (岩井信彦)
 在宅支援の考え方
 在宅での障害像の的確な把握
 障害の経時的変化を考慮した生活支援,セルフケア,ADL指導,家族指導
 障害を考慮した運動・体操・ホームプログラム指導
 福祉用具の導入と住宅改修のポイント
 ケアマネジメントへのかかわり
 在宅生活を支える福祉制度・社会資源

 索引