やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書は「がん看護の実践シリーズ」の2冊目として,既刊「がん看護の実践-1エンドオブライフのがん緩和ケアと看取り」に続き,「乳がん患者への看護ケア」について取り上げました.
 乳がんは,女性の部位別がんの罹患数では1位を占めます.多くのがんが60歳代から増加するのとは異なり,乳がんは30歳代から増加して40歳代後半にピークに達します.60歳代からはむしろ減少しますが,死亡率も同様のカーブを描くため,壮年期女性のがん死亡原因の一位を乳がんが占めることになります.働き盛りの女性,母親,妻をがんで亡くすことは,両親や子ども,そしてパートナーなどに,過酷な影響が及ぶことが推察されます.
 しかし,乳がんの5年生存率は80%台と高く,早期に発見すれば,高い確率で治癒します.それにもかかわらず,乳がんの検診率は低く,たとえ気づいたとしても受診が遅れるなどして進行がんとなっている現実があります.この状況を打破,すなわちブレークスルーによって,乳がん死亡数の増加を抑えることを意図した試みが近年行われています.
 1つは,乳がんを日々の生活の中で意識することを目指した取り組みで,実際にはイベント開催や,街を飾り付けてメッセージを発信するなどです.わが国でも2000年代に入って,乳がん予防を象徴するピンクリボンフェスティバルが開催されるようになり,2007年12月には東京タワーがピンクリボンのイメージにライトアップされました.また,神戸,東京,仙台などの都市でウォーキングが行われています.もう1つは,40歳以上の女性を対象とした乳がん検診の導入で,2005年から始まりました.
 予後の良い乳がんの告知を受けた人々への看護では,“がんと診断されたときから(その人は人生のいろいろなバランスを考えるという意味で)がんサバイバーである”という視点を大切にしたいと思います.“がんという病気の体験を経て,がんと共にどのように長期的に生きていくのか”は,がん体験者に共通する課題です.また,がんを生きる体験には変容と成長を確信させる力が秘められています.
 本書ではその意を汲み,内容構成として最初の項に,乳がんの死亡者数が年々増加している現況を踏まえ,課題である「予防・検診」「乳がん告知」を専門の医師・放射線技師・看護師の方々に詳述していただきました.その後に,がんと共に生き抜く4つの時期を配置しました.(1)急性期の生存の時期では手術から退院後の生活に向かう患者への支援を,退院後の(2)延長された生存の時期ではサバイバーとして外来治療や補完代替療法を選択しながらセルフケアにとりくむ過程への支援を,そして(3)長期生存の時期から,あるいは再発・進行期を経て,(4)終末期の生存の時期を生きるサバイバーへの緩和ケアを取り上げました.
 乳がん看護に関心を抱いて本書を読まれる皆様が,乳がん体験を自分らしく生きるサバイバーやその家族に寄り添い,豊かな交流を体験していただけることを心から願っております.
 2008年4月
 編者 嶺岸秀子 千ア美登子
A.乳がんの予防・早期発見
 1 乳がんの予防と定期検診のすすめ(山田好則)
  1)乳がんの発生頻度と死亡率
  2)乳がんの予防と生活習慣
   生活習慣と関連して乳がん発生を促進すると考えられる要因 女性のホルモン環境に関連した乳がん発生要因 喫煙や脂肪の大量摂取
  3)乳がんの遺伝
  4)乳がんの早期発見(二次予防)と定期検診および自己検診
 2 乳がん検診時の看護の実際
  1)マンモグラフィ(高倉由希子)
   撮影の実際 マンモグラフィでわかること マンモグラフィの不得意分野 画像診断の展望 マンモグラフィ検診受診率向上のために
  2)マンモグラフィ・マンモトーム生検前後の看護(古寺麻希/青木富士子)
   マンモグラフィ撮影の看護 マンモトーム(画像ガイド下組織吸引術)生検時の看護 おわりに
  3)外来手術:生検前中後のオリエンテーションと看護(武石優子/森田みどり)
   生検前のオリエンテーションと看護 生検中のオリエンテーションと看護 生検後のオリエンテーションと看護
B.乳がんの告知―病期,がん細胞の種類,予後など
 1 インフォームド・コンセント/セカンドオピニオン(浅沼史樹)
  1)インフォームド・コンセント
   乳がん告知のためのスキル―SPIKES 診断 治療 転移,再発
  2)セカンドオピニオン
 2 外来における乳がん告知前後の看護の実際(長谷川久巳)
  はじめに
  1)初診時から乳がん告知に至るまでの患者の理解と看護
  2)乳がん告知時〜後の患者の理解と看護
   乳がん告知による患者の反応の理解 乳がん告知時〜後の看護
  おわりに
C.乳がんサバイバーの病期経過に特有な看護の実際
 1.急性期の生存の時期
  ≪治療のオリエンテーションと看護≫
   1 手術療法と看護の実際(大野朋加)
    はじめに
    1)術式
    2)その他の乳がん手術
     MRガイド下集束超音波手術(MRgFUS) ラジオ波熱凝固療法(RFA)
    3)手術を受ける患者への看護
     術前の看護 術後の看護
    4)事例:手術によるボディイメージの変化に不安を抱いている患者へのかかわり
     プロフィール 看護のポイント
    おわりに
   2 リハビリテーション療法と看護の実際(鈴木敦子/児玉美由紀)
    はじめに
    1)リハビリテーションの目的
    2)リハビリテーションの実際
     術前 術後 退院時 外来通院時
    3)リハビリテーションにおける看護師の役割
    4)事例:術後の機能障害に対し不安を抱いていた山田さんへの看護
     プロフィールと看護のポイント 考察
    おわりに
   3 乳がん化学療法と看護の実際(荻原修代)
    はじめに
    1)化学療法とは
    2)乳がん患者・家族の傾向を踏まえたオリエンテーション
    3)事例:化学療法を受けながら有害事象と共に生活しているAさんへのかかわり
     プロフィール 具体的な看護スキル
    おわりに
   4 乳がん放射線治療と看護の実際(シュワルツ史子)
    はじめに
    1)放射線治療の実際
    2)放射線治療開始前の看護
    3)放射線治療中の看護
     早期乳がんの乳房温存療法における放射線治療 転移巣における放射線治療
    4)放射線治療終了時の看護
     放射線治療における有害事象への看護
    5)事例:複数の診療科や多職種間の連携不足で大切な情報が漏れてしまったAさん
     プロフィール 看護のポイント
    おわりに
   5 乳がんホルモン療法と看護の実際(荻原修代)
    はじめに
    1)ホルモン療法とは
    2)乳がん患者・家族の傾向を踏まえたオリエンテーション
    3)ホルモン療法を受ける患者・家族の体験の実際
    4)事例1:人暮しで手術・化学療法・ホルモン療法を受けているBさんへのかかわり
     プロフィール 具体的な看護スキル
    おわりに
  ≪入院時から退院後の生活ガイドと教育≫
   6 乳がんサバイバーのQOLを高めるためのかつら(濱田あや子/野間恵利子)
    はじめに
    1)脱毛に対するかつらの意義
    2)かつらの種類
    3)かつらの毛質
    4)かつらなどの選択についてのアドバイス
    おわりに
   7 乳がんサバイバーのトータルブレストケアを目指した補整用品(戎谷 洋)
    はじめに
    1)乳がん術後の補整用品
    2)補整用品の種類
     パット ファンデーション(下着)
    3)トータルブレストケアとしての補整用品
   8 患者とパートナーの関係への支援(高橋 都)
    1)パートナーシップへの支援はなぜ必要か
    2)乳がん発病と治療がカップル関係に及ぼす影響
     カップル関係や婚姻形態の変化 パートナーの心身への影響 カップルのコミュニケーション・パターンと関係性 パートナーに対する患者の心理
    3)カップルに向けたサポートの実際
     パートナーへの情報提供 コミュニケーションの促進
    おわりに
   9 乳がん患者会の紹介(寺岡和美)
    はじめに
    1)患者会(セルフヘルプ・グループ)とは
    2)乳がんの特徴的な問題とサポートの現状
    3)乳がん患者会の特徴と活動内容
     特徴と種類 活動内容 運営費
    4)看護師の患者会とのかかわり方
     患者会へ積極的な参加をし,患者会について学ぶ 患者会における看護師の立場 患者会の情報を提供する 患者会の効果
    5)おわりに
 2.延長された生存の時期─外来受診中の看護の実際
  1 乳がん患者の退院指導の実際(加藤牧子/近藤まゆみ)
   はじめに
   1)手術先行型の治療を受ける患者の退院指導
   2)退院指導の実際
    手術した腕の保護について 薬の服用について 生活・リハビリテーションについて リマンマ製品(補整用品)について
   3)術前化学療法先行型の治療を受ける患者の退院指導
   4)抗がん剤による副作用の理解とセルフケアへ向けての指導の実際
   おわりに
  2 外来で治療を受けるサバイバーへのケア(瀬畑善子/清水奈緒美)
   はじめに
   1)手術後の影響による不安
    手術の影響による機能障害が持続すること リンパ浮腫の予防と社会復帰 補助療法への対処と社会復帰
   2)再発・転移の不安
    適切な経過観察が行われていると実感できないことに関する不安 自覚的な症状が再発・転移と結びついて感じられることによる不安 新たな発がんや再発・転移の予防に関すること
   3)ボディイメージと社会復帰
   4)社会的な役割の変更
   5)経済的負担への対処
  3 補完代替療法の選択(渡邉眞理)
   はじめに
   1)がん看護に用いられている補完代替療法に関する国内研究
   2)補完代替療法とは
   3)リラクセーションとは
   4)リラクセーション法による効果
   5)リラクセーション法の長所と短所
    長所 短所
   6)リラクセーション法を実施するときの条件
   7)リラクセーション法の実際
    呼吸法 漸進的筋弛緩法 イメージ法
  4 分子標的治療薬と看護の実際(佐久間ゆみ)
   はじめに
   1)乳がんにおける分子標的治療薬
    トラスツズマブとは 対象 作用機序 投与方法 用法と用量 副作用とinfusion reaction
   2)看護に必要な知識
   3)看護の実際
    意思決定への支援 副作用への看護 事例1:心障害を併発した患者 事例2:治療を続けていく中で気持ちの変化があった患者
   おわりに
 3.長期生存期から再発期・進行期・終末期の生存の時期─乳がんに特徴的な治療・緩和ケアの実際と相談
  1 がん治療後の長期有害反応(副作用)と対処―リンパ浮腫(松尾里香/近藤敬子/山本香奈恵)
   はじめに
   1)リンパ浮腫とは
   2)リンパ輸送の特徴
   3)リンパ浮腫の症状
   4)リンパ浮腫の治療:複合的理学療法
   5)ケアの実際
    皮膚のケア 医療徒手リンパドレナージ 圧迫療法 運動療法
   6)日常生活上の注意
   7)ケアの評価
    方法
   8)事例:右乳がん手術後続発性リンパ浮腫患者
    プロフィール 初回受診時の状況 アセスメント ケアの構成 治療の効果
   おわりに
    コラム 推奨する冷却法 “ ほぐし手技”をしよう! 上肢の弾性包帯法に使用する物品 終末期の患者の圧迫療法
  2 自壊創を抱える乳がんサバイバーへのケア(児玉美由紀/長谷川香奈子)
   はじめに
   1)自壊創とは
   2)ケアの実際
    アセスメントのポイント 自壊創のケアのポイント
   3)ケアの評価
   4)事例:自壊創を抱え「いつ死んでも構わない」と話す西さんへのかかわり
    プロフィール アセスメントとケア目標 ケアの実際と評価 ケアの評価
   おわりに
  3 呼吸困難感を抱える乳がんサバイバーへのケア(長谷川香奈子/児玉美由紀)
   はじめに
   1)乳がんの進行による呼吸困難感とは
   2)ケアの実際
    ケアの目標設定 アセスメントのポイント ケアのポイント ケアの実際 ケアの評価
   3)事例:呼吸困難感を生じ,生命への危機を感じているサバイバーへのかかわり
    プロフィール アセスメントとケアの目標 ケアの実際 ケアの評価
   おわりに
  4 骨転移を抱える乳がんサバイバーへのケア(坂元敦子/三川麻衣子/逢坂美希)
   はじめに
   1)骨転移にみられる症状
   2)骨転移のあるサバイバーと家族の体験
   3)骨転移の治療
   4)ケアの実際
    症状マネジメント サバイバーの願いを尊重した生活実現への支援
   5)ケアの評価
   6)事例:骨転移に関連したセルフケアを獲得し退院したAさん
    プロフィール 考察
   おわりに
  5 乳がん患者が活用できる社会資源(前田景子)
   はじめに
   1)経済面の軽減について
    高額療養費の限度額適用認定証の利用 70歳以上の高額療養費 傷病手当金 障害年金
   2)様々な年齢・家族構成の患者の生活課題
    事例1:日中独居である患者の退院準備 事例2:子育ての最中に車椅子生活となった患者の退院準備
   おわりに

 索引