やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版発行にあたって
 初版『いつもと違う高齢者をみたら―在宅・介護施設での判断と対応』は,介護現場で系統的に行ったレクチャーをもとに執筆しました.看護師や介護スタッフ向けに,体調変化を見極めるうえで役に立ちそうな知識をまとめた書であり,高齢者の急変時対応マニュアル集でもありました.おかげさまで増刷を重ね,発売から2年が経とうという時点では一定の役割を果たしたと感じています.
 一方,初版が上梓されたあと,セミナーや講話をする機会が増えてきました.その都度感じたのは,参加者のニーズが急変時対応とともに看取りにもあることでした.「看取りに入るタイミングをどう決めればよいか」「最低限,家族に伝えておくべき事項は?」といった質問を多く受けました.また「介護スタッフへの説明がうまくいかない」「警察介入を経験してから看取りが怖いというスタッフが増えた」などの相談もありました.
 看取りについては,何が許され,何をしてほしくないかが家族と話し合われます.話がかみ合わないケースもあると聞きますが,わかる気がします.たとえば「不自然な延命はせず,自然の摂理に従いつつも苦痛緩和を取り入れた最期」を希望される家族は多く,事実,著者らもこの希望を全面支援しているのですが,素直に考えると,この希望はファジーです.苦痛緩和には否応なしに人為的行為が含まれてくるため,どこまでが自然で,どこからが人為的なのかが判然としないためです.人生の最終段階とよばれるようになった終末期対応の難しさは,自然と人為的行為をどう共存させるか協議する点にもあります.
 第2版では,高齢者医療や看取りに関する話題などを入れることで第4章と第5章を充実させ,第2章と第3章にあった早期発見・早期対応へのノウハウはそのままに残しました.
 さらに第1章では,初動対応を誤らないための確認事項を加えました.また,第2版第4刷では,第3章のColumnとして,新型コロナウイルスワクチン接種を病院以外の場で行う際の留意事項と,敗血症を疑うサインを新たに加え,心肺停止への向き合い方についても加筆しました.
 新型コロナウイルス感染症の出現とその蔓延によって,高齢者を取り巻く環境にも新たな課題が生まれました.高齢者の急変時対応マニュアル集という位置づけから,人生の最終段階に向けての包括的対応集にバージョンアップした第2版は,現場から何を求められているのかとアンテナを伸ばして常に情報収集し,“知りたかったことが載っている本”をめざしました.
 介護に追われて日々忙しい方々にとって,本書が少しでも助けになりますように.
 平成30年 秋 著者
 (第2版第4刷発行にあたり一部加筆しました 令和3年 初夏)


はじめに―第1版発行にあたって
 「いつもとちがう状態にある高齢者をみたとき何をどうすればよいか」とする声が,介護現場からしばしば聞こえてきます.施設看護師,介護スタッフ,訪問看護師たちは,状況判断の重さにとまどっているのです.
 しかし病院に目を移すと,こうしたとまどいの声は,看護師や介護スタッフからほとんど聞こえてきません.その理由を考えてみたことがありますか?
 理由は,いくつかあります.ひとつは病院を受診した時点で,受診が必要との判断がすでに下されているからです.また入院中に状態変化がみられたときは医師が対応するため,その指示を待てばよいといった理由もあるでしょう.
 ともあれ病院にとって,体調に変化をきたした高齢者はめずらしくありません.たとえば食べられなくなったと来院した場合,原因のひとつに薬剤の関与や感染症があることを,病院スタッフは知っています.介護現場でも知っている人がいるかもしれません.
 けれどももし,介護現場に知っている人がひとりもいなかったらどうでしょう.これまでどおりの薬剤や解熱剤を与えながら,根気よく食事供与を続けるのではないでしょうか.
 それは高齢者にとっても介護現場にとっても,よいこととはいえません.
 善後策を立てようにも基礎知識が足りないとの相談を施設幹部から受けたため,現場判断に必要な医学知識をレクチャーしたことがありました.すると半年もしないうちに現場は変わっていきました.看護師は身体の客観的変化を点でなく線でみられるようになり,介護スタッフたちは身体への興味が湧いたと語るようになりました.病院に搬送したあと長期入院になる例も減るようになりました.
 レクチャーしたいくつかの施設でも,似たような効果が得られつつあります.
 レクチャー内容をテキスト化することで,対応に悩む現場の看護・介護スタッフたちをいくらかでも救えるかもしれない――その結果,生まれたのが本書です.
 ある症状や状態から,疾患(病名)に至るプロセスについて学ぶ学問を,医療の領域では症候学や診断学といいます.
 とはいえ,この本は診断学の書ではありません.
 介護や在宅の場で必要なのは医師に求められる診断学でなく,判断力です.この状態は経過観察をしていてよいか,病院を受診したほうがよいか,救急車を呼んでまでしても病院受診をするべきかの判断ができればよいのです.
 それには,情報の扱い方,まとめ方,考え方,伝え方も大事になってきます.それらを知ることで“急変した高齢者”への不安が薄らぎ,より好ましい判断ができるようになるでしょう.
 介護と医療が融合するための一資料と理解していただければ幸甚です.
 平成28年 秋 著者
第1章 「いつもとちがう」ことへの気づきは,なぜ大切か
 1 施設看護師・訪問看護師および介護職に求められるもの
  異常かどうかの判断をせまられる現場
  施設看護師と訪問看護師と病院看護師,そのちがい
  施設看護師に求められるもの
  施設看護師や訪問看護師に求められるのは「見極め力」
  介護職に求められるもの
  対応を左右するのは「環境」
  複数の関係者で共有したい“情報”
 2 「いつもとちがう」ことへの気づきは,なぜ大切か
  「いつもとちがう」は,死の傍らにあることがある
  “いつも”を知り,アクシデントの芽を摘み取る
  食べられないなら迷わず病院へ
  それでも食べさせる本当の理由
  施設スタッフや訪問スタッフには医療知識が必要!
  介護と看護が一体化するには
  意思決定の権限
  わかりやすい説明をきちんとしよう
  Column 現場で働くスタッフに伝えたいこと
第2章 症状とバイタルサインのみかた
 「いつもとちがう」に出合ったら
 サチュレーションを活用しよう
 バイタルサインの異常と変化をみる
 摂食・排便・睡眠のチェックも忘れない
第3章 いつもとちがう状態と,その対応
 観察者の判断はブレる
 食べない
  事例1
  事例2
  求められる対応
  食べないときの考え方(チェックポイント)
   食べない背景に感染症や心不全はないか
   “食べさせてなんぼ”は命取り
  事例3
   Q 発熱したときの坐薬を,積極的に用いたほうがよかったのか?
   Q 誤嚥してムセているとき,背中を叩くタッピングをしてよいか?
 発熱した!
  事例4
  求められる対応
  発熱の考え方(チェックポイント)
   解熱剤の使用
  Column 悪性症候群とは
  Column 市販の消炎鎮痛剤と坐薬
   Q 何度からが体温上昇?突然の発熱はどんなとき?
   Q いきなり高熱が出るのは,どういった場合が多いか?
   Q 発熱がみられたら,まずクーリングで対応しているが,それでよいか?
   Q 皮下輸液とは何か? 施設では通常の点滴より皮下輸液が好ましいとされる理由は?
   Q 微熱が続いているときは,どうすればよいか?
   Q 熱があるけれど,原因不明ということもあるのか?
 痛みを訴える
   「痛みの7ポイント」を活用する
  事例5
  事例6
  事例7
  求められる対応
  痛みの訴えの考え方(チェックポイント)
   胸痛,心筋梗塞など
   腹痛の初期は,経過観察が大事
   吐いた時の対応
 機嫌が悪い
  事例8
  求められる対応
  せん妄の考え方(チェックポイント)
   せん妄は,“何か”によって起きている(原因)
 低血糖
  事例9
  事例10
   あくびやイライラ,易怒性に注意
  求められる対応
  低血糖の考え方(チェックポイント)
   気づかれないと危険な低血糖
   低血糖対応についてのツボ
  Column インスリン分泌を促す薬に注意する
 高血糖
  事例11
  求められる対応
   Q 高血糖を放置しておくことは,なぜいけないか?
 意識がない(1)
  事例12
  Column 回復する意識消失と,放置にて改善しない意識障害
  事例13
  意識消失(失神)についての考え方(チェックポイント)
   多いのは神経介在性失神と起立性低血圧
   意識消失にみられる特徴
  Column 高齢者施設での新型コロナウイルスワクチン接種実施時の留意点
 意識がない(2)
  事例14
   搬送のよりどころになるバイタルサイン
   二酸化炭素が高いときの酸素供与
  Column 肺炎が手遅れになる理由
  Column 敗血症を疑うサインを知っておこう
  事例15
   意識が途絶えたときの対応
  Column 覚醒と認識
  意識障害についての考え方(チェックポイント)
   施設では感染症による意識障害が,在宅では脳血管障害による意識障害が多い
   覚醒レベルが低下しているときは血圧をチェックしよう
   意識がない状態を数値化する(JCS)
  事例16
   「Δ20ルール」は万能ではない
  求められる対応
   Q 搬送する前に酸素を与えればよかったか?
   Q 低ナトリウム血症の「症状」は,「意識がなくなること」と理解してよいか?
   Q 腎機能が落ちると老廃物がろ過されず尿毒症になることは知っているが,ナトリウムはどうなるのか?血清ナトリウム値は上がるのか,それとも下がるのか?
   Q 高齢者に低ナトリウム血症が起きやすいのは,腎機能や心機能が落ちているからか?
 脈拍数が多い(頻脈)
  事例17
   痛み止めと貧血は縁が深い
  事例18
   原因がわからない頻脈は,薬剤が原因かも
  求められる対応
  頻脈の考え方(チェックポイント)
   脈を触れる場所
   Q 痛み止めで胃潰瘍になりやすい人は?
   Q 痛み止めを飲むときの留意点は?
   Q ベシケアODやプレタールODのように口の中で溶ける薬剤を水なしで飲んでいるが,噛み砕いて飲んでもよいか?
   Q 脱水の場合,血圧は上がる?それとも下がる?
   Q 頻脈(脈拍数の増加)や徐脈(脈拍数の低下)をきたしやすい薬剤は?
   Q 抗コリン作用を示す薬剤とは?
 呼吸数が多い
   呼吸が促迫しているなら迷わず病院へ
  求められる対応
 呼吸していない?心停止?
  事例19
   「終末期は看取り希望」だから「心肺蘇生はどんなときでも不要」は誤り
  心停止? の考え方
   救急車要請と心肺蘇生はセット
   病院での救急対応(心肺停止)
   心肺蘇生には及ばないケース
   最期の対応を決めるのはスタッフではない
   終末期の定義はさまざま
  求められる対応
   Q 心肺蘇生の方法はわかるが,心配蘇生を開始するタイミングがわからない.意識がないことを確認したら,AEDを用意して心肺蘇生をさっそく開始するとの認識でよいか?
第4章 看取り対応の実際
 病院や自宅,介護施設以外の場での死が増える
 死因不明は解剖になる
 病院に向けた意思確認書
 意思確認書その1 急変時での対応
 意思確認書その2 終末期での対応
 意思確認書その3 心肺停止状態での対応
 死因がわからないときと解剖
 看取りは自然死へのサポート行為
 終末期より「手前」の状態で分かれる判断
 家族の意向に沿ったブレない姿勢を
 終末期に移行しつつある人をどう拾い上げるか
 終末期にみられる症状や所見とターミナルスコア
 終末期にみられる時間的変化
 対応の実際
第5章 これからの高齢者医療への対応
 高齢者における肺炎の対応
 高齢者の背景で分類される糖尿病
 抵抗力がない高齢者
 痩せている高齢者
 老衰は未知の医学?
 寿命と老衰の関係
 種によって決まる寿命
 寿命のとらえかた
 老衰の本質とは
 多様性が求められる時代
 段階評価を共有しよう
 「前看取り期」をしっかり確保しよう

 参考文献