やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序にかえて
―食と健康―
 最近,わが国の“食の安全性”が損なわれるような事件・事故に接することが多くなり,不安と心配を抱いているのは私だけではないでしょう.食自体によって健康が損なわれるということは大きな問題であり,まず第一に国民の食の安全を確保することが急務の課題です.
 「食と健康」は最近どのように変化してきたのでしょう.わが国の死因統計の推移をみると,第1位はがんなどの悪性新生物ですが,そのなかでも大腸がんや前立腺がんなど食事との関連性が疑われている“がん”が増えてきています.悪性新生物は,一貫して上昇を続け,昭和56年以降死因順位の第1位となっています.第2位の心筋梗塞などの心疾患は,昭和60年に脳血管疾患を抜いて第2位となり,その後も死亡数・死亡率ともに上昇傾向を示しています.第3位の脳血管障害は減少していますが,脳梗塞はむしろ増加している印象です.また,糖尿病の患者数は600万人とも700万人ともいわれ,網膜症や腎症,神経症,四肢の壊疽などの合併症も急増しています.これらは,いずれも生活習慣病に含まれる代表的な疾患です.一方,欧米での死因の多くは心筋梗塞などによる心疾患であり,これによる死亡率を低下させることが最大の課題とされています.それを達成するには,食習慣の改善(脱欧米化)が重要であり,総摂取エネルギー量の減少や動物性脂肪・動物性たんぱく(獣肉)の摂取量の抑制が勧められています.反対に,米飯,植物性たんぱく,魚肉たんぱく,魚肉脂肪の摂取を勧めるなど,これまで日本人が慣れ親しんできた日本食の利点が一層注目されています.
 近年,わが国では本格的な高齢社会を迎え平均寿命の著しい延長が認められていますが,食習慣を含むライフスタイルの多様化と欧米化が急速に進んでいます.その結果,高脂血症,糖尿病,高血圧,動脈硬化などを基盤とする生活習慣病が著しく増加してきました.わが国では,若い世代を中心に食習慣の脱日本化・欧米化が進み,これら多くの疾患の罹患率の増加を招きました.とくに,若い世代における生活習慣病予備群の増加が著しいのです.たとえば,学童期からみられる運動不足・肥満(肥満傾向)の増加,血清脂質の上昇などは,将来の生活習慣病の罹患率の増加やその若年発症を予測させます.したがって,こうした傾向は見過ごすことのできない重要な問題だと思います.
 バランスのとれた食生活は,私たちの健康保持・増進に不可欠であることはいうまでもありません.しかし,近年の外食産業や加工食品・ファーストフードの増加,健康や食に関する情報の氾濫などによって,食生活のスタイルも多様化し,かつ欧米化してきました.そのため,食のバランスに栄養学的偏りが生じ,一方では必要栄養素の摂取過多,他方では摂取不足が生じやすくなっています.これが遺伝的素因と相俟って,疾病発症の促進因子となっているのです.
(1)総エネルギー・たんぱく質・脂質の摂取
 総エネルギーや総たんぱく質の摂取量は,最近は横ばい状態にあります.しかし,脂質,とくに動物性脂質と動物性たんぱくの摂取量は増加の一途をたどり,炭水化物(糖質)は減少しています.インスリン抵抗性(インスリンに依存するブドウ糖の各組織,主に骨格筋への取り込み低下により,血中インスリン値が高値を示す状態)は,脳・心血管,腎動脈,末梢動脈の動脈硬化症,さらに心筋梗塞,腎不全,大動脈瘤,末梢動脈閉塞症など,生活習慣病発症の重大な危険因子であることが指摘されています.
 最近は,Metabolic Syndromeが注目されています.インスリン抵抗性,シンドロームX,死の四重奏などといわれていた疾患概念は,Metabolic Syndromeという呼称に統一されつつあります.National Cholesterol Education Program(NCEP)-ATP IIIによれば,(1)臍周囲径で診断する内臓肥満,(2)高TG血症,(3)低HDL-C血症,(4)高血圧,(5)耐糖能異常のうち3項目以上もつ場合を,Metabolic Syndromeと診断するとしています.その成因には遺伝的素因に加えて運動不足・喫煙・加齢とともに,肥満(とくに内臓肥満)が大きく関与していると考えられています.したがって,若い世代の肥満者の増加は生活習慣病の発症を増加させると考えられますので,極めて憂慮すべき問題といえます.
 低たんぱく食は,各種腎疾患の進行を抑えることができるとされていますが,どの時期からたんぱく制限食を始めるのか,どの程度の制限が必要なのか,継続していくにはどのような指導がいいのかなど,解決すべき問題が多く残されています.また,10歳代から20歳代の女性で“やせ願望”によると思われる「るいそう」の頻度が,増えています.そのため,貧血,無月経などの内分泌異常,自律神経異常などを呈する人が多くなり,危惧すべき問題として指摘されています.
(2)食塩の摂取
 わが国における食塩摂取量は,昭和62年までは漸減し(1日11.7g),その後やや増加しました.平成15年には1日平均11.2gと報告(「平成15年 国民健康・栄養調査」)されています.成人の目標摂取量は男性10g/日未満,女性8g/日未満(「日本人の食事摂取基準(2005年版)」)ですから,ほぼ目標に達しているといえます.しかし,食塩摂取量が増加する原因には,調味料としての食塩に加え,外食(ファーストフード)や魚介類の加工品,保存食品,インスタント食品の摂取増加の関与が考えられます.食塩摂取量の増加は,高血圧の発症や進展を介して,脳血管障害,虚血性心疾患,腎不全,解離性大動脈瘤などの重大な危険因子となることが知られています.今後とも一層の啓蒙活動が必要であり,努力なしには目標摂取量を達成することは困難だと思われます.
(3)Ca・Mg・Kの摂取
 わが国における心筋梗塞などの心疾患死亡率の増加に,食生活の欧米化と関連したCa/Mg摂取比の上昇が関与していると推察されています.Ca/Mg比の増加とともに心筋梗塞など虚血性心疾患による死亡率が高まっていることが指摘されています.一方,女性における閉経後の骨粗鬆症とCa摂取量との関連性が注目され,更年期以降の女性にCa摂取量の増加を奨める傾向にあります.しかし,閉経後の女性では高血圧や虚血性心疾患の罹患率が急上昇することが知られています.したがって,閉経後の女性に対してCa摂取量の増加のみを奨めるのは正しい食事指導とはいえず,同時にMgの摂取量も増やして,Ca/Mg摂取比の上昇を招かないようにすることが大切です.Ca/Mg比を2以下に保つよう配慮する必要があるとされています.
 K摂取量の増加は,腎からのNaの排泄を促進し,さらには血管を拡張させる作用によって,食塩摂取過多の状態を軽減して,降圧効果を発揮することが知られています.しかし,腎不全で高K血症を示す患者では,心臓への負担を増す危険性からK含量の多い食品の摂取は奨められません.
(4)わが国の食の現状
 わが国の食の現状をまとめてみますと,私たちが摂取している総エネルギー量は所要量に十分達していると思われます.しかし,欠食したり,太りたくないからという理由で食事を十分にとらなかったり,逆に夜遅く夕食や夜食をとったりと,食のバランスに乱れが認められることも事実です.ふだん欠食習慣のある人は,20〜29歳が最も多く,男性で46.3%,女性で34.7%にみられています(平成13年国民栄養調査).若年女性では低体重(やせ)の人が増加しています.
 食事内容では,脂質(とくに動物性脂質)の摂取量やその総エネルギー量に占める割合が増えています.2型糖尿病やインスリン抵抗性に関連する肥満(エネルギー摂取過多)が増加しており,生活習慣病発症の増加が懸念されます.また,カルシウムと鉄の摂取量は所要量を下回っています.食塩の過剰摂取やCa/Mg比の増加は,生活習慣病と深く関連していると考えられます.
 本書第1版が“いかしかたシリーズ”『臨床検査の看護へのいかしかた』,『薬の作用・副作用と看護へのいかしかた』の姉妹編として上梓されたのが1995年ですから,はや10年の歳月が流れました.月日のたつのは実に早いものです.本書が医師,看護師,栄養士からなるチーム医療としての食事療法の実践書として多くの人たちに読まれ,利用されていることを知り,大変うれしく思っています.とくに,看護師はベッドサイドでの食事介助・指導から入院時・退院時・外来時での食事指導を医師・栄養士とともに担っています.したがって,看護師が食事や栄養についての知識をもつことと自らの役割を学び実践することは,大変重要なことだと思います.
 このたび,各章を見直し,過不足を是正し,最新の情報を提供することを目指して第2版を刊行することにいたしました.本書の特長の一つは,症状別・疾患別食事指導を医師,看護師,栄養士の立場からわかりやすくまとめたことです.内科系疾患に限らず,外科系疾患や術後の食事指導についても述べられています.本書を第1版同様,食事指導の実践書として活用していただきたいと願っています.さらに,看護学校(部)のサブテキストとしてもご利用いただければ望外の喜びです.
 各担当者にわかりやすく記述していただくようお願いしましたが,内容の不備な点も多々あろうかと思います.読者の皆様のご批判やご叱正を心から願う次第です.
 お忙しいなか,ご協力いただきました執筆者の皆様に深謝いたします.最後に,いろいろとご尽力いただいた医歯薬出版の関係各位に厚くお礼申し上げます.
 2005年初夏
 神田川のほとりにて
 富野康日己
 ・はじめに
 ・第2版の序にかえて―食と健康

第1章 知っておきたい栄養・食事の基礎知識
 1.栄養とは
  栄養素とその役割
  栄養補給法
   (1)経消化管栄養法
   (2)経静脈栄養法
 2.栄養士の役割
  栄養管理の目的
  栄養士の役割
 3.食事摂取基準
  基本的な考え方
  設定基準
  見直しのポイント
  基本的な活用法
 4.食品成分表の理解
  食品成分表とは
  食品成分表の用途
 5.献立
  献立の種類
  献立計画の設定の条件
   (1)対象となる喫食者
   (2)食事の目的,種類および形式
   (3)適正な食費
   (4)調理設備,作業環境および作業能力
   (5)供食の形式と環境条件
  献立作成上のポイント
 6.食事量
 7.食事時間
 8.食事の摂り方
   (1)体を動かすエネルギーになるもの
   (2)血や肉を作るもの
   (3)体の調子を整えるもの
 9.病院給食について
  患者食の種類
   (1)一般食
   (2)特別食
  食形態
   (1)流動(流動食)
   (2)半流動(軟菜食)
   (3)固形(常食)
  基準給食(現・入院時食事療養)について
   (1)基準給食(現・入院時食事療養) における給食費(食事療養費)
   (2)基準給食の見直しと食事の向上
  入院時食事療養費について
   (1)制度の仕組み
   (2)施行期日
  食事箋および約束食事箋について
   (1)食事箋
   (2)約束食事箋
  病院食の献立について
 10.調理について
 11.配膳について
   (1)中央配膳
   (2)病棟配膳
 12.給食委員会(栄養管理委員会)
 13.検食
 14.栄養指導について
  栄養指導システム
   (1)医師の栄養指導依頼
   (2)その他の場合
  栄養指導カルテ項目
  栄養指導の業務フロー
第2章 看護における食事指導の実際
 1.医師との連携をどう行うか
 2.栄養士との連携をどう行うか
 3.患者さんが食事の持ち込みを希望する場合にはどうするか
 4.患者さんに食事を持ち込ませる場合にはどうするか
 5.患者さんに楽しんで食事を摂ってもらうには
 6.配膳,下膳の工夫
   (1)食事に適した環境
   (2)食事を楽しく迎えるには
   (3)食後の観察とケア
 7.ベッドサイドでの食事援助のポイント
 8.食行動の自立への援助を行うには
  食事摂取動作への援助
   (1)食事摂取時の体位を工夫する
   (2)眼で確認する
   (3)食器や箸,スプーン,フォークを使いながら口まで運ぶ
   (4)咀嚼する
   (5)嚥下する
 9.患者さんの家族への退院指導は
 10.外来患者さんの食事指導
  入院前の食事指導
   (1)集団指導
   (2)個人指導
   (3)食事指導の効果のチェック
  退院後の食事指導
 11.年齢別食事指導
   (1)新生児期
   (2)乳児期
   (3)幼児期
   (4)学童および思春期
   (5)成人期
   (6)老年期
 12.妊産婦,授乳期での食事指導
 13.検査,手術での食事指導
  血液検査
  基礎代謝検査
  甲状腺機能検査
  便検査
  消化管造影検査
  内視鏡検査
  造影剤使用の検査
  超音波検査
  手術の場合
第3章 食事指導の実際
 I 症状別食事指導の実際
  1 食欲のない患者さんの場合(精神的 要因による)
   ナーシングポイント
   1)精神的要因による食欲低下神経性無食欲症(Anorexia nervosa)
   2) 精神的要因による食欲低下(神経性無食欲症)における食事指導
   ナースの役割
  2 食欲のありすぎる患者さんの場合(精神的要因による)
   ナーシングポイント
   1)精神的要因による食欲亢進
    神経性過食症
   2)神経性過食症における食事指導
   ナースの役割
  3 患者さんが食事を嘔吐した場合
   ナーシングポイント
   1)嘔吐
   2)嘔吐における食事指導
   ナースの役割
  4 脱水症状のある場合
   ナーシングポイント
   1)脱水
   2)脱水における食事指導
   ナースの役割
  5 便秘・下痢のある場合
   ナーシングポイント
   1)便秘
   2)便秘における食事指導
   ナースの役割
   3)下痢
   4)下痢時の食事指導
   ナースの役割
  6 腹痛をおこした場合
   ナーシングポイント
   1)腹痛
   2)腹痛時の食事指導
   ナースの役割
  7 発熱をおこした場合
   ナーシングポイント
   1)発熱
   2)発熱時における食事指導
   ナースの役割(成人の場合)
  8 意識障害のある場合
   ナーシングポイント
   1)意識障害
   2)意識障害における食事指導
   ナースの役割
  9 摂食・嚥下障害のある場合
   ナーシングポイント
   1)摂食・嚥下
   2)摂食・嚥下障害における食事指導
   ナースの役割
  10 褥瘡のひどい場合
   ナーシングポイント
   1)褥瘡
   2)褥瘡がひどい場合の食事指導
   ナースの役割
 II 疾患別食事指導の実際
  1 高脂血症・動脈硬化・虚血性心臓病の 場合
   ナーシングポイント
   1)高脂血症・動脈硬化・虚血性心臓病
   2)高脂血症・動脈硬化・虚血性心臓病における食事指導
   ナースの役割
  2 肥満の場合
   ナーシングポイント
   1)肥満
   2)肥満における食事指導
   ナースの役割
  3 高血圧の場合
   ナーシングポイント
   1)高血圧
   2)高血圧における食事指導
   ナースの役割
  4 心不全の場合
   ナーシングポイント
   1)心不全
   2)心不全における食事指導
   ナースの役割
  5 脳卒中の場合
   ナーシングポイント
   1)脳卒中
   2)脳卒中の食事指導
   ナースの役割
  6 胃炎・胃十二指腸潰瘍の場合
   ナーシングポイント
   1)胃炎・胃十二指腸潰瘍
   2) 胃炎・胃十二指腸潰瘍における食事指導
   ナースの役割
  7 消化管術後の場合
   ナーシングポイント
   1)消化管の外科的疾患
   2)消化管術後における食事指導
   ナースの役割
  8 肝臓病の場合
   ナーシングポイント
   1)肝臓病
   2)肝臓病における食事指導
   ナースの役割
  9 胆石症・胆嚢炎・胆管炎の場合
   ナーシングポイント
   1)胆石症・胆嚢炎・胆管炎
   2)胆石症・胆嚢炎・胆管炎における食事指導
   ナースの役割
  10 膵炎の場合
   ナーシングポイント
   1)膵炎
   2)膵炎における食事指導
   ナースの役割
  11 糖尿病の場合
   成人糖尿病
    ナーシングポイント
    1)成人の糖尿病および糖尿病性腎症
     (1)糖尿病
     (2)糖尿病腎症
    2)成人の糖尿病における食事指導
    ナースの役割
   小児糖尿病
    ナーシングポイント
    1)小児糖尿病
    2)小児糖尿病における食事指導
     (1)1型糖尿病
     (2)2型糖尿病
    ナースの役割
  12 腎炎・ネフローゼ症候群の場合
   ナーシングポイント
   1)腎炎・ネフローゼ症候群
   2)腎炎・ネフローゼにおける食事指導
   ナースの役割
  13 腎不全の場合
   ナーシングポイント
   1)腎不全
   2)腎不全における食事指導
   ナースの役割
  14 痛風の場合
   ナーシングポイント
   1)痛風
   2)痛風における食事指導
   ナースの役割
  15 貧血の場合
   ナーシングポイント
   1)貧血
   2)貧血における食事指導
   ナースの役割
  16 熱傷をおった場合
   ナーシングポイント
   1)重症熱傷
   2)重症熱傷における食事指導
   ナースの役割
  17 終末期の患者さんの場合
   ナーシングポイント
   1)ターミナルケア
   2)末期癌の患者さんにおける食事指導
   ナースの役割

 ・栄養関係資料一覧
 ・索引