やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 このたび多くの人々の協力を得て本書が発刊されたことを心よりうれしく思っております.私自身,大学病院という急性期医療に携わり,頭部外傷のほんの一瞬のリハビリテーション(以下リハビリ)を行う者として,その後のリハビリがどのように行われるかについては常々関心をもっていました.意識障害や運動障害のために救命救急センターより依頼を受け,長期にわたって入院リハビリを継続し,専門病院に転院したり,あるいは急性期に脳外科的には大事に至らず比較的早期に退院した患者さんのなかで,後になって運動面よりも認知面の障害が発現し,リハビリを受け,初期評価の後に他院に紹介したケースなど,実に多くの頭部外傷の患者さんをみてきました.
 頭部外傷は急性期,回復期,維持期あるいは慢性期と経過が長く,永続する障害のため,本人はもとよりご家族,周囲の人々に多大な影響を及ぼし,そのリハビリも複雑なものとなっております.急性期のリハビリに携わる者は慢性期の状態に十分な知識がなく,一方,慢性期のリハビリを行う者は急性期にいかなる医療,リハビリが行われているかについては情報が不足していることも事実です.かねてから急性期,慢性期のそれぞれに不足する知識を補う書籍の必要性は叫ばれていましたが,それに的確に応えるものが少なかったことは否めません.特にケアを行う人々にもわかりやすく,急性期から慢性期にいたる治療・リハビリ,また在宅生活にいたる過程について説明されたものは皆無といってよいでしょう.その意味では本書は医療関係者よりケアに実際に関わる方々にぜひ読んでいただきたいと考えております.
 ひとつお断りしておきたいことは,タイトルに「頭部外傷」を用い,「外傷性脳損傷」という用語を用いなかった理由です.リハビリの立場からすれば,後者がより重要な意味をもち,身体面のリハビリよりも認知面のリハビリが長期的にはより深刻であると理解しております.しかし,本書の特徴として急性期の脳外科的治療も含めてより広い意味での損傷を取り上げたため,あえて「頭部外傷」という言葉を用いました.すなわち,単にリハビリの領域に限定せず関連する医療全体を示したことによります.
 さて,この企画・編集が進行する途中で頭部外傷のリハビリの診療報酬に大きな変化がありました.頭部外傷のリハビリを進めるうえで高次脳機能障害の「診断基準」が提示されたことです.それは学問的な意味合いではなく,あくまで診療報酬上の基準であると謳ってありますが,その基準にもとづき急性期の頭部外傷のリハビリがスタートするということは意義深いものであります.まず急性期に認知面の障害の有無が確実に捕捉され,そしてリハビリが始まることは画期的なことと考えております.わが国には,今まで急性期の高次脳機能障害のデータはほとんどありませんでした.急性期の認知障害がいかなる状況から出発しているかのデータの蓄積を加速させる意味でも重要なエポックと考えています.
 しかし,医療保険面で一歩前進したとはいえ頭部外傷のリハビリ全体には欧米と比べ著しい遅れが生じています.脳障害のリハビリを扱う専門のリハビリセンターは存在せず,厚生労働省が指定した地域のセンターの質と量はまだ十分とはいえません.また,身体面でのリハビリは何とか広がりをみせていますが,精神面,認知面のリハビリは必ずしも充実しているとはいい難い状況です.臨床心理士の身分制度など今すぐ手をつけなければならない行政上の問題も山積しています.引き続き改善へ向けての働きかけを緩めてはならないと考えています.
 今回,本書の発刊に当たって頭部外傷にかかわる第一線の専門家の多大な協力を得られたことに感謝すると同時に,医歯薬出版第一出版部編集担当者各位の熱意に賛辞を送りたいと思います.
 本書が,ようやく進み始めた頭部外傷・脳外傷のリハビリのさらなる前進の一助になれば幸いです.
 平成17年4月
 石田 暉
I.頭部外傷について理解を深める
 1.頭部外傷の疫学(花山)
  1)頭部外傷の原因と頻度(頭部外傷とは/頭部外傷の疫学調査上の問題点/頭部外傷の受傷原因と頻度/年齢による受傷頻度/スポーツによる頭部外傷)
  2)合併損傷(頸椎・頸髄損傷/多発外傷)
  3)小児と成人での違い(小児の頭部外傷の頻度/小児特有の頭部外傷受傷機転)
 2.諸外国との比較(吉田)
  1)米国での頭部外傷の疫学
  2)米国での頭部外傷治療・研究システム(民間における教育・支援・国民周知活動および政府への政治・政策活動のための団体/政府機関における活動)
  3)米国頭部外傷ガイドライン
  4)米国での頭部外傷チームづくり,病院ネットワーク,そして急性期後リハビリテーション(初期治療/リハビリテーション医療)
  5)保険によるカバー(コストパフォーマンス)
  ・コラム 頭部外傷に関するUpdateな知識 1 データバンク(田中(幸),有賀)
   頭部外傷データバンクが示すこと/今後の課題
  ・コラム 頭部外傷に関するUpdateな知識 2 ガイドライン(塩見,重森)
   わが国と欧米のガイドライン
II.頭部外傷では何が生じているのか(道免)
 1.損傷部位と多彩な障害
  1)脳の構造
  2)頭部外傷の分類(局所性脳損傷/びまん性脳損傷)
 2.障害像の特徴―脳血管障害との比較を中心に
  1)通過症候群
  2)頭部外傷と脳卒中
 3.予後を左右するもの
  1)頭部外傷の回復の経過
  2)予後予測の研究例
  ・コラム 脳の機能解剖―知覚に関係する脳神経領域を中心に(田中(宏))
   嗅覚の解剖と障害/味覚の解剖と障害/視覚の解剖と障害/聴覚の解剖と障害
  ・コラム 画像診断何を意味するのか(近藤,出江)
III.頭部外傷の重症度を知る(前島)
 1.臨床症状による分類
  1)荒木の分類
  2)意識障害の指標(Japan Coma Scale/Glasgow Coma Scale/外傷後健忘の重傷度)
 2.病態による分類
  1)一次的損傷と二次的損傷
  2)局所性損傷とびまん性損傷(局所性脳損傷/びまん性脳損傷)
 3.その他の分類―CTスキャンを用いた分類
  ・コラム 高次脳機能障害診断基準(丸石)
   モデル事業における調査の概要/高次脳機能障害診断基準
IV.頭部外傷の治療戦略 (石田)
 1.リハビリテーションの目的
 2.認知・行為障害に対する一般的治療
  1)覚醒障害,注意障害への治療
  2)障害の認識
  3)認知行動療法
  4)代償の利用
  5)家族の協力
  6)リハビリテーション関連職種
  7)頭部外傷の薬物療法
  8)てんかんと薬物療法
 3.基本となる治療戦略の組み立て方
  1)訓練評価モデル
  2)治療環境とフィードバック
V.頭部外傷に対する治療とケア―事故直後の処置から後遺障害(高次脳機能障害)の対応まで
 1-1.急性期の医療・看護――外科的治療(松前)
  1)頭蓋骨骨折の手術(通常の頭蓋骨骨折/頭蓋底骨折/進行性頭蓋骨骨折/眼窩の骨折)
  2)異物の手術
  3)頭蓋内出血性病変の手術(急性硬膜外血腫の手術/急性硬膜下血腫の手術/脳挫傷および脳内血腫の手術/慢性硬膜下血腫の手術)
  4)内頸動脈海綿静脈洞瘻の手術
  5)水頭症の治療(急性期の水頭症/慢性期の水頭症)
  6)外傷性てんかん
  7)手術後の管理
 1-2.急性期の医療・看護――看護(中川)
  1)受傷・初療期
  2)超急性期:受傷(手術)後〜1週間目まで(帰宅の場合/入院の場合)
 1-3.急性期の医療・看護リハビリテーション(古野)
  1)急性期リハビリテーションの効果
  2)急性期病院(病棟)でのリハビリテーション(初期評価/訓練時に毎回確認すべきこと/早期離床)
  3)特殊な治療に対する対応(頭蓋内圧亢進が予測されて管理が行われている場合/低体温療法中の場合)
 2.EBMにもとづく急性期における機能評価と予後予測(岩永,蜂須賀)
  1)急性期の症状の記載
  2)どのような機能評価があるか (FIM,FAM/DRS/CIQ)
  3)予後予測はどのように行うか
 3.頭部外傷者へのリハビリテーションチームアプローチ―生活技術(ADL,APDL)の獲得からQOLの向上をめざしたプロセス(橋本)
  1)治療アプローチの構造化
  2)統一した対応の維持
  3)神奈川リハビリテーション病院における各種の取り組み(頭部外傷クリニカルパス/朝のスケジュール確認訓練/無断離院・離棟への配慮/頭部外傷リハビリテーション家族講座「トーク&トーク」/協働事業室/通院プログラム/再評価入院/脳損傷病棟レクリエーション活動)
 4.さまざまな後遺障害へのアプローチの実際
  1)遷延性意識障害(植物状態)(豊倉)
   ・事例(評価・治療経過/転帰)
   遷延性植物状態について
   医学的治療(薬物治療/脳脊髄刺激/正中神経刺激/種々の感覚刺激)
   在宅への包括的アプローチ(家族の意向を確認/医学的管理/社会福祉制度の利用/福祉用具の導入/居住環境の整備/家族への指導,教育)
  2)記憶障害(豊倉)
   ・事例(評価・治療経過/転帰)
   記憶障害に対する評価
   記憶障害への対応(薬物治療/記憶障害に対するリハビリテーション訓練)
  3)注意障害(豊倉)
   ・事例(再初診時所見および評価/治療経過/転帰)
   「注意」障害の治療(薬物治療/認知リハビリテーション訓練)
   APT-II(Reverse Sentence Exercise/Serial Number Activity/Sustained Attention Activities with Distractor Noise/Read and Scan Task)
  4)遂行機能障害(山崎,先崎)
   事例(主症状の変化・経過/転帰)
   遂行機能とは
   遂行機能の障害(行動の開始困難,自発性の低下/活動の中断・中止困難,維持困難,活動の変換ができない/誤りの修正障害/衝動性,脱抑制)
   評価(神経心理学的検査/行動評価)
   具体的アプローチの実際(認知訓練/行動の言語化/具体的な動作の習熟/行動の結果についてのフィードバック/代償手段の使用/環境調整)
  5)コミュニケーション障害(坂藤,先崎)
   事例(ST訓練経過)
   コミュニケーション障害とは
   頭部外傷後に比較的共通してみられるコミュニケーション障害の特徴(会話においてみられる特徴/言語の基本的な能力の低下/現実的な認識が困難なため生じていると思われる特徴)
   評価
   訓練(個別訓練/グループ訓練)
   まとめ
  6)情緒・行動異常(渡辺)
   事例(患者の病態理解と対応/その後)
   情緒・行動異常の治療
  7)うつと意欲障害(渡辺)
   事例(リエゾン・カンファレンスでの検討内容/リエゾン・カンファレンス後のスタッフの対応とBさんの変化/患者の病態理解と対応)
   自殺願望への対処方法
  8)学習障害(丸石)
   事例(評価/治療内容)
   学習障害へのアプローチ(アプローチの原則 /学習環境への配慮/家族支援/地域療育支援事業の利用)
  9)社会適応の障害―a.病識欠如(丸石)
   事例(評価/治療内容)
   病識欠如による社会適応障害へのアプローチ(カウンセラーと一緒に行動を振り返る /集団行動を通じて誤りに気づかせる/できるだけその場で行為を修正する)
  9)社会適応の障害―b.生活管理障害(丸石)
   事例(検査結果/入院後経過/その後の経過)
   生活管理障害へのアプローチ( Step1:ベッド周囲の環境設定/Step2:メモリーノートの自己記入/Step3:地図・人の名前の覚書/Step4:その他の機器の導入)
  9)社会適応の障害―c.対人関係障害,人格の変化(丸石)
   事例(評価/治療内容/入院後の経過/後退のエピソード)
   人格変化へのアプローチ (興奮しないためのアプローチ/興奮したときのアプローチ)
 5.臨床心理士によるケア―知ること,気づくこと,身につくこと(下田)
  1)知ること:障害に関する情報提供(神経心理学的症状の一般的な特徴/心理アセスメント)
  2)気づくこと:新たな「自分」への適応を促す(アイデンティティの再構築/あるがままに自分を語ることのできる力)
  3)身につくこと:生活能力を伸ばすための援助(安心感のある環境づくり/自己信頼感を高める/生活の方向性を見いだす/仲間づくりの援助)
  4)家族支援(治療環境の選択/当事者対応で家族が留意すべき点/家族の冷静な対応/家族へのねぎらいと心のケア)
VI.障害克服への道―退院から社会生活まで (生方)
 1.頭部外傷と社会生活
 2.社会生活支援の基本的な視点
  1)頭部外傷者への支援の難しさとは
  2)支援の基本的な視点
 3.社会生活を支えるために
  1)退院から在宅生活への移行(本人や家族にとっての退院の意味を知る/退院時の支援計画/情報の共有)
  2)情報の提供(本人と家族への情報提供 /支援機関への情報提供 )
  3)家族への支援(社会的な孤立からの回避 /家族の二面性 )
 4.本人の社会生活力を高める支援
  1)障害の把握と統一性のある支援(障害特性の把握が支援のスタート/評価結果と支援方針の共有)
  2)障害の自己認識への支援
  3)社会適応能力の向上をめざした支援
  4)連続的・循環的なリハビリテーション支援
 5.関連制度の総合的オリエンテーション
  1)関連制度の総合的オリエンテーションの必要
  2)ニーズに応じた総合的オリエンテーションの実際(経済的な見通しから不要な懸念を除く/社会資源を活用しての生活のイメージつくり/将来のニーズに対応したオリエンテーション)
 6.高次脳機能障害と障害の認定
  1)頭部外傷後遺症における障害認定
  2)頭部外傷と障害者手帳制度
 7.頭部外傷者関連の福祉サービスなどについて
  1)在宅福祉サービス
  2)施設サービス(訓練施設/生活支援/作業施設/地域利用型施設)
  3)職業支援機関(障害者職業能力開発校/障害者職業センター/障害者就業・生活支援センター)
  4)権利擁護関連
VII.在宅生活における諸問題とその対応(大塚)
 1.受容がケアの第一歩
  1)家族会活動でみえてきたこと
  2)再び手に入れた人生の意義を見いだせるか
  3)こだわりを捨てられるか
  4)根性論では解決できない
  5)1人ではないことを知る
 2.日常生活の困難と工夫
  1)在宅生活への不安
  2)暴力
  3)金銭トラブル(金銭感覚の喪失/金銭管理は生活の充実から/介護者亡き後)
  4)家族関係
  5)対人関係(日常生活で多くみられる問題点/対応の工夫/キーパーソンの存在が鍵)
 3.ケアをする人のケア
  1)労働負担の軽減 ―レスパイト(他人に家事,介護を委ねる勇気をもつ/レスパイトに罪悪感をもたない)
  2)心のケア(家族の支え/専門家の支援/ピアサポート)
 4.今後の課題と取り組み
  1)障害認定
  2)受傷後の生活設計―経済問題(受傷時の経済問題/介護者亡き後の問題)
  3)連続したケア―医療機関から社会復帰まで
  4)家族会の果たす役割
  5)専門家と家族の協働
VIII.知っておきたい関連情報(東川)
 1.行政の取り組みと支援
  1)高次脳機能障害支援モデル事業―はじまった国の支援事業(創設の目的と経緯/モデル事業の概要)
  2)モデル事業とその波及効果(さまざまな会の発足/自治体独自の支援事業の開始)
 2.障害認定のあり方と総合福祉制度の早期実現を
 3.今後のモデル事業
  1)当事者会として期待したいこと
  2)障害者施策の立案に当事者・家族の参加を