やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 これほど地域リハビリテーションが喧伝される時代になろうとは,私も予想をしていなかった.なにせ,厚生労働省が音頭を取り出したのですから.
 ご存知の通り,介護保険が施行されると同時に両輪の機能をなす(実はヤマアラシのジレンマ)介護予防のための地域リハビリテーション推進事業が走り出しました.しかし,その道のりは容易なことではないでしょう.私は悲観論者ではでありませんが,机上で作られたシステムが現場でそう簡単にでき上がるはずがありません.考え方はドラスティックですが,効果が出るには何年もかかると思います.
 大きな理由は3つくらいあります.1つはシステムの枝に実がなる,すなわち専門のスタッフ(たとえばPT,OT,STなど)が絶対的に不足していること.2つには,人の働きに対する対価が計算されていないこと,3つ目は医療や福祉(施設や在宅介護)の現場でリハビリテーションの認識が不足していること,です.あげればもっと細かい理由はあるでしょうが,これらの解決に見通しがないからです.
 ではその間どうするか.それが肝心なことです.専門職でなければできないことは専門職に任せるとして,リハビリテーションケア(保健・医療・福祉の現場で行う)や地域リハビリテーションにとって根本的に何が必要なのか,かかわる人たちがそれをまず認識し,現場のすべての人ができ得る範囲で行動を起こすことであります.
 地域リハビリテーションにとって最も基本的なことは何か.それは当事者同士,介護者同士,支援者同士,が仲間として寄り合える道を拓くことです.なぜなら,障害というのっぴきならない関心事を共有しているもの同士は寄り合ってはじめて理解(身体的相互了解)し合える他の存在を深く知ることができるからです.そこでは,支え支えられるという人間の本質的関係が生まれ,真に支え合えるのはそのような仲間であることを知るからです.人の支えなしには人は生きていくことができません.障害のあるものは,そのような場ではじめて自分のアイデンティティ(障害のない自分と障害のある自分の自己同一性)を獲得していきます.それは元気のある自分に生まれ変わることでもあります.
 仲間が集まれる道をどうやって作っていくか.地域リハビリテーションの真髄はここにあると私は考えています.そのような集まりが,障害者の生活周辺にでき上がっていくことが最初であり,自然に生まれるようになるのが究極の姿であると信じています.このことが35年間リハビリテーション医療にかかわってきて得た結論の一つです.
 もう一つの結論は,リハビリテーションの本質は人間の死の有り様にまでかかわることであるということです.リハビリテーションの対象者の幅(スペクトラム)を自立可能なものから自立不可能なものまできちんと広げる.さらに後の方については,自分で自分の身体保全がかなわなくなった人まで広げ,死の間際まで,あるいは死後の身体状況にまで関心をよせてかかわることです.リハビリテーションはここまで踏み込まないと,良いとこ取りの仕事と言われかねないと思います.また,そこまで踏み込んで考えないと,在宅や福祉施設で終を迎えなければならない人々に対して,リハビリテーションは腰が引けていると言われても反論できないでしょう.そのことも,またこの35年間で勉強させてもらったのです.
 これらのことを教えてくれたのはもちろん当事者であり現場にいる援助者であります.その人たちがどのような場面を通して私を啓発しつづけてくれたか,それを視覚的に訴えようとしたのがこの本の趣旨であります.この「アルバム」にはそのようなことを教えてくれた人々や現場の状況がわかるように,できるだけ時代に沿いながら並べ,私の言葉で解説を加えました.
 私に深く影響を与えた人々はもちろんここに登場する方々や場面だけでないことは言うまでもありません.ここには姿を表しませんが,同じようなことを考え勉強してきた全国地域リハビリテーション研究会の仲間の影響は絶大なものがありました.そこから自らの活動を作り上げていった諸兄姉の活躍もまたそれぞれが語るに値する貴重なものです.
 それはさておき,ここに出てくるスライドには古いものもあり,その編集には多くの人の手を煩わせました.一部の資料やスライド作りには伊佐地隆先生,澤俊二先生,また有能な秘書の武田直子さんにお願いしました.この人たちがいなければ折角の宝も持ち腐れになっていたかもしれません.紙面を借りて御礼申し上げます.また仕事とはいえたくさんの写真の整理をしてくれた岸本舜晴氏はじめ医歯薬出版の方々に謝意を表します.そしてなにより,このアルバムに登場してくださっている人々に,心から「ありがとう」を申し上げます.
 平成14年1月 元旦
 大田仁史
 序文……大田仁史 iii

はじめに……1
川柳:「老人は死んで下さい国のため」……4
    ある川柳から 「金色夜叉」と「楢山節考」
なぜ同じ姿で寝たきりなのか……8
    QOD:御遺体が伝える終(末)期のリハビリテーションケアの質 評価の軸足
リハビリテーション医療の手始めと高円寺駅前病院……17
    はずされた看板 切りまくる!
「先生に聞いても無理」なこと……21
    外につれ出した人 元気の出る話
内外からみたリハビリテーション医療……29
    むずかしい軟着陸 やっぱりそうだったのか→データが示す
今も昔も変わらぬこと……36
    こわい孤独地獄
台湾からの一通の手紙……38
通信指導とスクリーニング……40
    大勢の人々
訪問活動のマニュアルづくり……47
    「脳卒中の在宅療養の動作訓練」 武蔵野市の人々を起こす! ボランティアの応援
在宅ケアとドッキング……52
    個人からピアの集団へ
保健婦さんの活動……57
    碑文谷から 行政の力
離島をどうする……64
    大島老人ホームを拠点に 施設から外へ,そしてシステムづくり
老人保健法が後押し……76
    『いきいきヘルス体操』うまれる 沖縄の研修→ついに北京・上海へ
障害者の行くところ……88
    お花見から始まる 沖縄→東京→岡山→兵庫
閉じこもりの予防……102
    小さな旅・大きな旅 「旅は最高のリハビリテーション」 原宿から全国へそしてロンドン
思想としての地域リハビリテーション……114
    それぞれのレベルでだれががまんするのか 似ている環境問題
思いを深めること……128
    相手への配慮 母親のリハビリテーション 仏師は木片のなかに仏を見る 人だけのもつ笑顔を求め

 自著参考図書……139