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糖尿病治療研究会と改訂新版の刊行

 糖尿病治療研究会は1980年(昭和55年)に発足し,その年の10月22日第1回の研究会を開催し,以後10年にわたって糖尿病の運動療法をテーマに運動療法の理論と実践について検討をすすめた.当時も勿論,糖尿病の治療に関して食事療法と運動療法は車の両輪にたとえられる基本治療として位置付けられていたが,日本糖尿病学会編による「糖尿病治療のてびき」の中での運動療法についての記述は,その理念を示すにとどまっていた.そして指導の実際面と,それを裏付ける科学的なデータはなお乏しく,糖尿病治療における運動療法には,不確定の要素の多かったことは否めないところであった.
 このような実状を踏まえて,糖尿病治療研究会は運動療法に焦点を絞った活動を展開した.そして10年に及ぶ研究会活動の中で,1983年最初の成果として「糖尿病運動療法のてびき」を取りまとめ,第一線の医療スタッフに運動療法の正しい理論と方法論のプラクティスを提供するに至った.
 その後1988年には,より分かり易い表現と新たな情報を盛り込んだ第二版「糖尿病運動療法のてびき」が刊行され,これが長らく我が国における糖尿病の運動療法指導のバイブル的な存在となっていたことは,研究会活動の大きな結実であった.
 一方,糖尿病治療研究会は,その翌年の1989年4月から,現在では(社)日本糖尿病協会編集によっている「プラクティス」を創刊し,運動療法を中心にした研究会活動の幅を大きく広げる形の中で糖尿病臨床のための新しい情報ソースを提供するようになった.
 プラクティス創刊の言葉は「今,なぜプラクティスなのか」であった.目指したところは「糖尿病の診断,治療,管理並びに患者教育,生活指導などについて,その名の如くプラクティカルな内容に徹した研究や情報の提供を目指します.同時にメディカル,コメディカルスタッフのための経験交流の広場となることも願っています.」であった.
 そして1999年,糖尿病治療研究会はダイナボット(株)との共催による「医療スタッフのための糖尿病セミナー」を We are up for self-careというスローガンのもと,全国展開での活動をスタートさせている.その一方で,「糖尿病運動療法のてびき」の改訂版編集にも着手し,このたび河盛隆造幹事を委員長に新進気鋭の執筆陣による,内容を全く一新した本書を世に送り出せることになったことは誠に御同慶の至りである.
 21世紀の糖尿病医療はセルフメディケーションを主体にしたセルフケアの充実によるものとして捉えられる.このような流れの中で本書が多くの医療スタッフによって活用され,これによって糖尿病の予防と治療に役立つ運動療法がさらにしっかりと根付いていくことを期待したい.
 2001年3月21日 糖尿病治療研究会 代表幹事 池田義雄



 糖尿病に対し,発症あるいは診断直後からの集学的アプローチが必須となってきた.運動療法の必須性は,2型糖尿病患者に対してのみならず1型糖尿病患者においても,臨床的に証明されている.さらに,近年の分子生物学手法により運動生理学が様変わりしてきた.得られた科学的根拠のもとに対象患者一人一人の状況を把握したうえで,的確な運動療法指導が必須となる.
 糖尿病管理の所期の目的が,細小血管障害発症予防・進展阻止から動脈硬化症発症・進展阻止にシフトしつつあることから,運動療法の実践がより重みを有するであろう.
 本書は糖尿病ケアチームの全員がコンセンサスをもって,患者指導にあたれるよう編集した.実地診療に役立たせていただければ望外の喜びである.
 2001年3月26日 編著代表 河盛隆造
糖尿病治療研究会と改訂新版の刊行,序

1 運動の人体に及ぼす影響
 1.運動と糖代謝の分子メカニズム(浅野知一郎・林 達也)
  1 運動の急性血糖降下作用
  2 GLUT4 トランスロケーション
  3 GLUT4 トランスロケーションに至るシグナル伝達機構
   1.インスリンの場合 2.筋収縮の場合
  4 運動によるインスリン感受性の改善―1 回運動の効果
  5 1回の運動によるインスリン感受性の改善の分子機構
  6 運動の積み重ね(トレーニング)効果
 2.運動時の呼吸・循環反応(鈴木政登)
  1 運動時のエネルギー供給機構
  2 運動負荷時の呼吸および代謝応答
  3 運動負荷時の心拍数(HR)および血圧応答
 3.筋肉・脂肪組織への影響(林 達也)
  1 筋肉組織への影響
   1.ミトコンドリアの大きさと密度の増加,酸化系酵素活性の増大 2.毛細血管密度の増加 3.タイプ1筋線維の肥大 4.筋肉内のエネルギー貯蔵の増加 5.運動トレーニングによる糖輸送担体の増加
  2 脂肪組織への影響
   1.運動による体脂肪の減少 2.運動と脂肪細胞の縮小 3.運動と内臓脂肪の減少
 4.内分泌・代謝への影響(林 達也)
  1 糖代謝の観点から
  2 脂質代謝の観点から
 5.運動能力(体力)への影響(浅野知一郎)
 6.ストレスの解消と精神機能の賦活化への影響(浅野知一郎)
 7.運動時の生体反応に及ぼす環境要因(鈴木政登)
  1 交感神経系および心拍数,血圧の日内リズム
  2 運動負荷時の心拍数,血圧およびカテコールアミン応答の日内変動
  3 運動負荷時の生体反応に及ぼす外部環境の影響
 文献
2 運動療法の適用と効果
 1.一次予防のために(藤井 暁)
  1 運動習慣と糖尿病発症
  2 IGTから糖尿病への進展予防
 2.運動療法が勧められる場合と勧められない場合(藤井 暁)
  1 運動療法の適応と禁忌
  2 注意してすすめるべき場合
   1.肥満 2.血管合併症
 3.糖尿病における運動療法効果(田中史朗)
  1 インスリン感受性ならびに耐糖能
  2 高脂血症
  3 体脂肪とその分布
  4 高血圧
  5 骨量
  6 その他
 文献
3 運動療法を始める前のチェックポイント
 1.日常生活活動量の把握(鈴木政登)
  1 エネルギー代謝
   1.基礎代謝 2.睡眠時代謝 3.安静時代謝 4.特異動的作用 5.運動(労作)時代謝
  2 エネルギー代謝測定法
   1.生活活動調査法 2.酸素消費量実測法およびHR-VO2回帰式を用いる方法 3.簡便なエネルギー消費量測定装置
 2.運動療法を始める前のメディカルチェック(望月健太郎・河盛隆造)
  1 メディカルチェックの目的
  2 問診
  3 診察所見
  4 各種検査項目
 3.体力測定(望月健太郎・河盛隆造)
  1 体力測定の繰り返しの重要性
  2 体力測定の方法
  3 呼吸循環機能における持久力
  4 体力測定を行う際の注意点
 4.施設などに示す処方書式の例示(望月健太郎・河盛隆造)
 文献
4 糖尿病治療のための運動処方の原則
 1.運動の種類とその質(浅野知一郎)
 2.運動強度(浅野知一郎)
 3.運動時間および運動頻度(鈴木政登)
 4.運動実施時間帯(鈴木政登)
 文献
5 運動プログラムの管理とすすめ方(藤沼宏彰)
 1.運動のとらえ方
  1 運動療法の前段階
  2 運動療法としての運動
  3 運動療法の枠を超えた運動
 2.目的に応じた運動プログラムの実際
  1 ストレッチング
   1.弾みをつけない 2.伸ばされている筋肉を意識する 3.呼吸を止めずに一定時間保持する
  2 レジスタンストレーニング
   1.目的に合わせた大きな筋群をトレーニングする 2.中等度の負荷で行う 3.3 セットを目標とする 4.運動中呼吸を止めない 5.負荷を漸増する
  3 有酸素運動
  4 スポーツ
   1.スポーツが実施可能な対象を選定する 2.勝負にこだわらない 3.対戦相手を考える 4.用具やルールを見なおす
 3.ウォーミングアップ,クーリングダウンの重要性と行い方
  1 ウォーミングアップ
  2 クーリングダウン
 4.処方に沿った運動ができない人に
  1 日常生活と運動
  2 仕事と運動
  3 人目が気になる人へ
 5.運動療法を行う際の注意点
  1 運動実施を見合わせるべきとき
  2 運動を中止すべきとき
  3 靴と服装
  4 水分摂取の必要性
  5 運動記録のつけ方
 6.運動施設の利用法
  1 厚生大臣認定 運動型健康増進施設
  2 厚生大臣認定 指定運動療法施設
  3 フィットネス(アスレチック)クラブ
  4 公共運動施設
 文献
6 運動処方の実際
 1.病型からみた運動処方の実際(田中史朗)
  1 運動処方の実際
  2 病型別にみた運動処方上のチェックポイント
   1.肥満を有する2型糖尿病の場合 2.1型糖尿病などインスリン治療下の場合
 2.糖尿病性合併症の有無,種類,程度からみた場合(渥美義仁)
  1 糖尿病網膜症を有する場合
  2 糖尿病性腎症を有する場合
  3 糖尿病性神経障害や足病変を有する場合
   1.足病変でウォーキングができないとき
 3.糖尿病性合併症あるいはそのリスクを有する場合(林 達也)
  1 心血管系疾患の評価
  2 運動処方
  3 運動処方の注意点
   1.低血糖の防止 2.糖尿病性神経障害,とくに自律神経障害を合併する場合 3.薬剤の影響
 4.治療方法別にみた場合(佐藤祐造)
  1 食事療法単独で治療を行っている症例
   1.身体運動と2型糖尿病 2.運動の種類と組み合わせ 3.運動量 4.運動強度 5.運動療法実施上の注意点 6.食事療法と運動療法併用の成功例と失敗例 7.運動療法の実施により,短期的には糖尿病,高血圧,高脂血症が改善したが,長期的には悪化した症例
  2 糖尿病経口薬
  3 インスリン療法
   1.身体運動と1型糖尿病 2.運動の具体的実施法
 文献
7 運動療法のフォローアップと再処方のすすめ方(河盛隆造・田村好史)
 1.運動療法のフォローアップの概要
 2.運動療法の効果判定の目的と動機付けの方法
 3.運動療法の効果判定
  1 糖尿病や糖尿病に付随する高血圧や高脂血症の治療としての有効性の評価
  2 自覚症状の改善
  3 運動能力と体力
   1.有酸素運動能力の評価 2.無酸素運動のフォローアップ
 4.再処方のすすめ方
 文献

付録1 長期にわたり運動療法を継続し,良好なコントロールを維持している症例(藤沼宏彰)
付録2 運動器具の紹介と選び方(藤沼宏彰)
付録3 厚生大臣認定健康増進施設(運動型)一覧表(鈴木政登)

索引