やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 今や2 人に1 人ががんを罹患し,3 人に1 人ががんが死因で亡くなる時代になったが,実際には医療の進歩や高齢化に伴って,がんサバイバーの数はかなり増加している.
 欧米に遅れること数十年,わが国でもやっとがん看護や就労支援,がんのリハビリテーション(以下,リハ)など,がんサバイバーシップを前提としたがん患者へのケアという新しい分野が注目されている.
 このうち,がん看護は1970 年代頃から諸外国に始まりわが国でも普及し,予防期から終末期,グリーフケアまで多くのがん看護領域が定着してきた.一方でリハ専門職にとって,がん患者への対応は教科書にも載っていないほど現時点では未知の分野である.
 そのような中,2000 年代に入りやっと緩和ケアチームが診療報酬化され,一般病院に緩和ケア病棟が創設され始めたが,当然,2006 年にがん対策基本法が制定されたことと無縁ではない.そして2010 年の診療報酬改定においてがん患者リハビリテーション料が新設されたことにより,リハ専門職ががん患者に接することが急激に増加した.
 ところが,従来のリハは脳血管障害や内部障害,運動器疾患などを中心に扱い,リハ心理学の中心テーマは「障害の受容」であった.そのため,がん患者に接することが増えたリハ専門職には従来のリハ心理学ではがん患者の心理的理解やケアには不十分であることがわかってきた.つまり,がんという新たな経過をたどる対象の出現により,これまでの「障害の受容」だけでは通用しなくなったのである.
 がん患者の心理・社会的側面や行動の理解は,がん患者の生活を豊かにするために,すべての医療スタッフにとって重要な要素である.この心とがんとの関係性を扱う分野である「サイコオンコロジー(精神腫瘍学)」をリハ専門職が学ぶことで,「障害の受容」のみならず「死の受容」,「がんの受容」というリハにおけるパラダイムシフトが起こることになるであろう.
 本書はがん患者の心理をわかりやすく学び,明日からのケアに生かせる基本的なサイコオンコロジーの知識と事例解説で構成された,がん患者と接するすべてのリハ専門職,看護師のための新しい心理学の手引き書である.
 本書ががんリハにおけるパラダイムシフトの起爆剤となるのは間違いない.
 2017 年6 月
 保坂 隆
第1章 リハビリテーション心理学のパラダイムシフト
 (保坂 隆,田尻寿子)
 1.「がん患者リハビリテーション料」の診療報酬化
 2.従来のリハビリテーション心理学の中心テーマは「障害の受容」
 3.がんリハビリテーション心理学の中心テーマは「スピリチュアリティ」
第2章 がんリハビリテーションの実際と問題点
 1.がんリハビリテーションの実際とリハビリテーションスタッフの苦悩(田尻寿子)
  「がん」と「リハビリテーション」の変遷 / リハビリテーションを実施するときに触れる患者・がんサバイバーの人生 / がん患者・がんサバイバーの「生命予後」・「機能予後」と「リハビリテーションの目標・目的」 / リハビリテーション場面で遭遇するがん患者のさまざまな「苦痛」 / 終末期のリハビリテーションの目的と患者・家族の要求(demands,needs) / トータル・ペイン,特にスピリチュアル・ペインを引き起こしている原因の評価 / 希望・ニードを確認できたが,アプローチが難しいとき―「倫理的ジレンマ」を生じるとき / 希望・ニードを確認できたが,アプローチが難しいとき―「スピリチュアル・ペイン」を有しているとき / がんに特徴的な身体と心の問題とリハビリテーションにおける配慮点 / 運動が心理面に与える影響と運動療法を行う動機付け / リハビリテーションを終了・卒業するときのタイミング
 2.理学療法の実際と問題点(江原弘之)
  がんの理学療法の実際 / がんの理学療法と精神心理 / がんの理学療法の問題点 / がんの理学療法における実践と今後の課題
 3.作業療法の実際と問題点(小貫早希)
  がんの作業療法の背景 / がんの作業療法の実際 / 事例からみえるがんの作業療法の問題点
 4.言語聴覚療法の実際と問題点(泉谷聡子)
  がんリハビリテーションにおける言語聴覚療法 / 言語聴覚療法の対象患者の変化 / 当院の言語聴覚療法におけるがん患者の割合 / 当院でのがんの言語聴覚療法の臨床の特徴
第3章 がんリハビリテーション心理学に必要な知識
 (保坂 隆,奥野史子,岩田多加子)
 1.サイコオンコロジーの定義と歴史
 2.がんの告知
  日米のがんの告知 / がんの告知と精神症状の発現
 3.がん患者の心理
  がん患者の心の動揺-危機モデル / がん患者の受容への過程 / 怒りの表現型
 4.がん患者に合併する適応障害
  適応障害の診断 / 適応障害の危険因子 / 適応障害への対応
 5.がん患者に合併するうつ病
  がん患者のうつ病 / うつ病への対応 / うつが見落とされる原因 / がん患者の希死念慮
 6.ソーシャル・サポート
  ソーシャル・サポートの重要性 / ソーシャル・サポートの分類
 7.がん患者の家族ケア
  「家族は第二の患者である」の意味 / 遺族ケア―グリーフ・ワーク
 8.がん診療における医療チーム
第4章 がんリハビリテーションにおけるトータル・ペイン
 1.身体的な痛み(身体的苦痛)(保坂 隆)(江原弘之)
  痛みの定義 / 痛みの神経経路 / がん性疼痛における身体的な痛みの分類 / 身体的な痛みの出現パターンによる分類 / がんの身体的な痛みの臨床的症候群による分類 / 身体的な痛みの体験要素とがん患者のADL
 2.心の痛み(精神的苦痛)―悲哀・悲嘆(保坂 隆)
  悲哀とメランコリー(フロイト)と対象喪失(小此木) / グリーフ・ワーク(リンデマン) / グリーフ・カウンセリング(ウォーデン) / 悲嘆のプロセス(パークス)
 3.社会的な痛み(社会的苦痛)(保坂 隆)
  就労の問題 / 経済的な問題 / 家族との関係性
 4.スピリチュアル・ペイン(保坂 隆)
  スピリチュアル・ペインの歴史 / スピリチュアル・ペインの定義 / スピリチュアル・ペインの構造
第5章 がんリハビリテーション心理学の臨床技法
 (保坂 隆,奥野史子,岩田多加子)
 1.末期がん患者とのコミュニケーション
 2.リラクセーション
 3.心理・社会教育(認知療法)
 4.論理療法
 5.問題解決技法
 6.悪かったこと・良かったことリスト
 7.グループ療法
 8.スピリチュアル・クエスチョン
第6章 事例でみるがんリハビリテーション心理学の臨床技法
 ケース1 多発骨転移でADLがほぼ全介助,趣味が困難となり,抑うつとなった事例(田尻寿子,保坂 隆)
 ケース2 夜間に不穏を呈していた事例(境 哲生,保坂 隆)
 ケース3 投薬効果が得られなかったがん性疼痛をリハビリテーションで改善させた事例(江原弘之,奥野史子)
 ケース4 緩和ケア病棟で「未完の仕事」を完遂することを望んだ事例(田尻寿子,保坂 隆)
 ケース5 家族のために諦めず積極的治療を望んでいた事例(境 哲生,保坂 隆)
 ケース6 身体機能を否認していた事例(白木美代子,保坂 隆)
 ケース7 訪問リハビリテーション開始2カ月で「お休み」となった事例(山口美和,保坂 隆)
 ケース8 家族との問題が浮き彫りになった末期がん患者の事例(小貫早希,保坂 隆)
 ケース9 がんの治療過程において,治療者との転移・逆転移が顕在化した事例(野口麻礼,保坂 隆)

 コラム
  リハビリテーションにおけるバーンナウト(保坂 隆)
  がんと就労(保坂 隆)
  在宅におけるがんリハビリテーション(山口美和)

 索引