やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 今回,眞野行生教授の編集により本書 高齢者の転倒とその対策 が上梓されることはきわめて時宜を得たものと思われる.また,敬愛する愛知医科大学学長祖父江逸郎先生とならんで序文を寄せることができるのも大変光栄である.
 以前,祖父江先生が第20回日本リハビリテーション医学会学術集会を1983年に名古屋で開催されたときの会長講演がリハビリテーションと空間感覚 であった.当時はリハビリテーション医学のなかで空間感覚はあまり注目されておらず,私などもはじめはこの題にやや奇異な感をもったものである.しかし実際にご講演をうかがってみると,運動と空間感覚とが不可分であることが数々の例を通じて示され,まことにそのとおりであると納得され,先生の先見性に感銘を受けたものであった.
 その時祖父江先生を助けてその研究に中心的な役割を果たされた眞野先生が今回,転倒に関する研究をまとめられたということは深い意味をもっていると思われる.いうまでもなく高齢者にとって転倒は非常に大きな危険をはらんでおり,はじめの転倒それ自体は大きな障害を起こさなかったとしても,それがきっかけになって 廃用症候群と生活活動性低下との悪循環 が起こり,その結果 寝たきり 状態に陥る危険が大きいことはよく知られている.しかしその転倒の原因のうち,高齢者側の条件としての運動機能の低下,あるいは深部感覚の低下は当然注目されるが,ともすれば高次の脳機能,特に空間感覚の高次の障害が転倒の大きな原因因子であることが忘れられがちである.その点,眞野先生であれば間違いなく空間感覚の高次障害を含め,高次脳機能障害の関与を考慮に入れてこの問題を広い見地から検討していただけるにちがいないと安心できるのである.
 話は変わるが,現在1980年の WHO国際障害分類(ICIDH) の改定作業が全世界的に進行中であり,日本でもICIDH日本協力センター(代表 上田,事務局長 佐藤久夫)が中心になって,眞野先生をはじめ多くの方の協力を得て改訂作業が進行中である.
 今回の改定案(ICIDH-2)で最も大きく変わった点の一つは,人間のプラス面を重視する立場から障害の各レベルの名称をすべてプラスあるいは中立的な表現に変えたことである.それによってICIDHでは機能・形態障害―能力障害―社会的不利であったものが,ICIDH-2では心身機能・身体構造(body function & structure)―活動(activity)―参加(participation)となった.
 もうひとつの大きな変化は障害発生における環境因子の役割を重視するという立場から,背景因子として環境因子(environmental factor)の分類があらたに導入されたことである.
 転倒の問題にもどると,本書でも詳しく述べられているように転倒予防における環境整備の重要さ,そして高齢者が寝たきりになってから対策を考えるのでなく,転倒の予防・早期対策を通じて 寝たきり化 を防止しようとする姿勢はICIDH-2の基本方向とよく合致していると思われる.この点からも本書は時宜を得たものであり,健康で活力ある長寿社会を求めるすべての人々に勧めたい本である.
 1999年11月 国際リハビリテーション医学会会長 日本社会事業大学客員教授 上田 敏
発刊に寄せて…祖父江逸郎
序…上田 敏
はじめに…眞野行生

第1章 高齢者の転倒の特徴
 1.高齢者の転倒・転倒後症候群…眞野行生
  (1)高齢者の立位能・歩行能
  (2)転倒の定義
  (3)高齢者の転倒と活動について
  (4)転倒の要因
  (5)転倒後症候群
  (6)転倒へのintervention
  (7)まとめ
 2.高齢者の歩行と転倒の実態…眞野行生・中根理江・渡部一郎
  (1)高齢者の歩行
  (2)転倒の定義
  (3)転倒者の身体的状況
  (4)転倒の状況
 3.高齢者の姿勢・バランス・歩行…安東範明
  (1)高齢者の姿勢
  (2)高齢者のバランス
  (3)高齢者の歩行
 4.意識障害と転倒…蕨 建夫,吉田敏一
  (1)軽い意識障害で,転倒が起こりやすい
  (2)意識障害により,転倒が起こりやすい場面
  (3)軽度の意識混濁による,不注意型の転倒
  (4)意識の変容による,衝動型転倒
  (5)起立性低血圧による,失神型転倒
  (6)意識障害と転倒のリハビリテーションと看護
 5.高齢者の体力と転倒…琉子友男
  (1)体力の概念
  (2)行動体力の加齢による変化
  (3)鍛錬高齢者と一般高齢者の体力比較
  (4)速歩トレーニングと体力
  (5)高齢者の体力と転倒
 6.コストからみた転倒…今井尚志
  (1)症例
  (2)コストのシュミレーションと今後の問題点

第2章 高齢者の転倒と骨折
 7.高齢者の転倒と骨折…安村誠司
  (1)高齢者の転倒の実態
  (2)転倒に伴うけが,骨折の実態
  (3)今後の課題
 8.高齢者の転倒・骨折の整形外科的治療…山本精三
  (1)高齢者の転倒のよる骨折について
  (2)高齢者転倒による骨折の治療と予後
  (3)高齢者での骨折で鑑別を要する疾患
 9.骨粗鬆症と骨折…山崎 薫・井上哲郎
  (1)骨の粗鬆化と骨折
  (2)脊椎椎体骨折
  (3)大腿骨頚部骨折
  (4)橈骨遠位端骨折
  (5)上腕骨外頚骨折
 10.脳卒中における転倒と骨折…森本 茂
  (1)脳卒中での転倒要因
  (2)脳卒中での骨折
  (3)脳卒中での大腿骨頚部骨折
  (4)脳卒中で転倒後の対処
  (5)脳卒中での転倒・転倒骨折の防止策
 11.転倒に伴う骨折の防止…岡本五十雄
  (1)転倒の危険因子
  (2)脳卒中患者の転倒要因と転倒防止対策
  (3)寝たきりは転倒・骨折のハイリスク
  (4)寝たきりにならないための工夫
  (5)骨粗鬆症への対策と骨折後のリハ
  (6)骨折後は早期に座位,非麻痺側・非骨折側への体重負荷
  (7)まとめ

第3章 高齢者の転倒への対策
 12.転倒防止へのフレームワーク…丸石正治
  (1)高齢者の転倒防止の原則
  (2)転倒防止の手順
  (3)危険因子の評価
  (4)アセスメントシートの作成
  (5)転倒防止方法
 13.訓練室での転倒…伊籐俊一・眞野行生
  (1)転倒の原因と訓練室における転倒
  (2)姿勢保持訓練が立位重心動揺へ与える影響の検討
 14.老人施設での転倒とその対策…中川 翼・中根理江
  (1)入所(入院)前情報収集
  (2)外来受診(外来を通して入院される場合)
  (3)インテーク面接
  (4)入院後の転倒に対する取り組み
 15.高齢者を配慮した住環境…狩野 徹
  (1)物的環境に対する基本的考え方
  (2)安全で使いやすい住環境の基本的考え方
  (3)空間別チェックリスト
  (4)まとめ
 16.転倒者の看護…金川克子・狭川庸子
  (1)転倒者の看護の原則
  (2)転倒者の看護の実際
  (3)転倒に関する看護研究の発展
 17.運動療法・バランス・訓練…高木昭輝
  (1)バランスの定義
  (2)運動療法・訓練
 18.装具・補助具…野坂利也
  (1)体幹装具
  (2)下肢装具
  (3)杖・松葉杖・歩行器

第4章 障害(疾患)別にみる転倒とその対策
 19.高次脳機能障害と転倒…大津留 泉・江藤文夫
  (1)転倒の頻度と高次脳機能障害
  (2)高次脳機能障害と転倒の危険因子
  (3)認知障害と転倒
  (4)痴呆と転倒
  (5)高次脳機能障害と転倒予防
  (6)まとめ
 20.不眠・睡眠薬・精神安定剤服用…江藤文夫
  (1)服薬と転倒
  (2)ベンゾジアゼピン薬物
  (3)転倒・転落のリスク管理
  (4)おわりに
 21.聴覚・前庭機能障害…染矢富士子
  (1)聴覚・前庭機能障害の概要
  (2)検査所見
  (3)治療
  (4)転倒とその対策
 22.パーキンソニズム…安東範明
  (1)パーキンソン症候群とパーキンソニズム
  (2)パーキンソン病の特徴
  (3)パーキンソン病の歩行障害
  (4)歩行分析による検討
  (5)歩行障害の対策
 23.運動失調症…中馬孝容
  (1)小脳性運動失調
  (2)小脳の運動制御
  (3)小脳への入力と出力
  (4)小脳での運動学習
  (5)小脳性運動失調の分類
  (6)歩行分析
  (7)転倒に対する対策
 24.脊椎疾患…白土 修
  (1)脊柱の機能解剖
  (2)脊柱の機能破綻と転倒の関係
  (3)脊柱疾患による転倒の具体的要因
  (4)転倒の要因となる脊柱疾患の概要
  (5)脊椎疾患を原因とする転倒への具体的な対策
 25.深部覚障害…中根理江
  (1)深部覚とは
  (2)深部覚の診方
  (3)深部障害と転倒
  (4)深部覚障害に対する対策
 26.末梢神経障害…土田隆政
  (1)末梢神経障害の診断
  (2)転倒をきたす機序
  (3)評価
  (4)予防と対策
 27.リウマチ性疾患…渡部一郎
  (1)活動性指標
  (2)下肢関節病変の影響
  (3)外来患者による転倒の調査(自験例)
  (4)まとめ・転倒防止策
 28.循環器障害…田村拓久
  (1)失神の原因
  (2)心原性失神の分類と予後
  (3)不整脈
  (4)神経調節性失神
  (5)起立性低血圧
 29.下肢の骨・関節疾患…横串算敏
  (1)変形性関節症
  (2)その他の下肢の骨・関節疾患
  (3)転倒予防の観点からの治療
 30.大腿骨頚部骨折の早期理学療法…萩原洋子・山崎裕司・青木治人
  (1)理学療法の意義
  (2)早期理学療法開始時評価
  (3)理学療法の実際とリスク管理
付章 高齢者の転倒とその対策 に関する基礎研究―厚生省・長寿科学総合研究より―

  I-研究の総括 高齢者および高齢障害者の歩行障害と転倒に対する対策
  I-(1) 高齢者および高齢障害者の歩行異常と転倒に対する対策
  I-(2) 高齢リウマチ性疾患の転倒について
  I-(3) 小脳性運動失調の新しい靴型装具の開発
  I-(4) 高齢者の転倒・転落の危険要因
  I-(5) 転倒により骨折を生じた高齢者・障害者の転倒要因の検討

  II-研究の総括 高齢者および高齢障害者の歩行異常と転倒に対する対策
  II-(1) リウマチ患者の床反力,F-SCANによる歩行解析
  II-(2) 高齢者および高齢障害者の歩行異常と転倒に対する対策
  II-(3) 小脳性運動失調に対する新しい靴型装具の開発―適切な重量負荷の場所に関する検討
  II-(4) 転倒により骨折を生じた高齢者・高齢障害者の転倒時の動作内容の検討―転倒の重症度分類の試み
  II-(5) 高齢者の転倒・転落の危険要因―睡眠薬服用の影響

  III-研究の総括 高齢者および高齢障害者の歩行異常と転倒に対する対策
  III-(1) 脳卒中片麻痺歩行の定量的評価に関する研究
  III-(2) パーキンソン病における転倒に関するアンケート調査について
  III-(3) 高齢者の転倒・転落の危険要因―ベンゾジアゼピン薬物の影響
  III-(4) パーキンソン病の新しい靴型装具の開発
  III-(5) 下肢装具の重量が歩行に及ぼす影響について―一側下肢への重量負荷が歩行に及ぼす影響についての検討
  III-(6) 高齢者の体位変換に伴う循環動態の変化と心臓交感神経機能の関連

(I:1996年度研究より II:1997年度研究より III:1998年度研究より)