やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

新版の序
 脳卒中患者のリハビリテーションの目的は,患者が潜在能力を十分に発揮できるように,各種の療法およびケアから得られる便益を最大にして,自立した在宅生活,さらに地域社会における活動を可能にすることである.近年,わが国では回復期リハビリテーション病棟や介護療養型医療施設の導入などにより,脳卒中リハビリテーションの関連事項が制度面では整備されてきた.併せて,患者の機能的状態について,早期に入院リハビリテーション医療による帰結を予測し,患者ごとに最適なリハビリテーション・プログラムを設定すること,退院先の決定,その後のケア対策の準備などの必要性が認識されている.
 リハビリテーション医療の過程において,反復して測定した日常生活活動などのデータの解析に基づいた多くの縦断的研究によって,発症からリハビリテーション開始までの期間が機能回復にとって重要な予測因子であること,リハビリテーション開始後の時間経過と活動制限(能力低下)との関係が非線形であることが明らかにされてきた.また,機能的状態の予後と関連する複数の要因も同定され,多変量解析によってリハビリテーション後の機能的状態の予測が可能となった.現在,脳卒中患者の包括的リハビリテーションは,亜急性期(subacute phase)あるいは急性期後(post-acute phase)に開始されている.改訂した機能回復評価システム-6版(Recovery Evaluating System-6:RES-6)は回復期リハビリテーションの患者(発症後数日以内)に適用できる.RES-1は,1984年にケース会議資料の一部として運用を開始したデータベースであった.その時期にデータベースに登録された多くの患者は,慢性期になってからリハビリテーションを開始されていた.慢性期の患者には,RES-4によってリハビリテーション後の機能的状態を予測するとよい.RES-4,RES-6のいずれを用いても,脳卒中患者のリハビリテーション開始後4,8,12週後の機能的状態の予測が可能であり,機能的状態の予測値には両者間に大きな差異はない.
 2001年,世界保健機関(WHO)は,健康状況と健康関連状況とを記述するための統一的な標準的言語と概念枠組として「国際生活機能分類:国際障害分類改訂版(International Classification of Functioning,Disability and Health:ICF)」を公表している.今回の改訂では,記述をICFの用語に統一し,機能評価にかかわる諸尺度の位置づけを明らかにした.とくに,諸活動(activities)については,能力(capacities)と実行状況(performance)の相違,物的・社会的環境の意義に注意が必要とされる.家族関係やコミュニティにおける役割など,それらが退院後の生活にどのように影響するのか,退院患者の追跡調査データに基づいて,患者と家族に情報を提供することも必要であろう.リハビリテーション過程に影響する物的・社会的環境にかかわる要因の調査について,その方向を示唆するデータおよび患者・家族指導の手法も有用であろう.
 近年,脳卒中リハビリテーションの中心に位置づけられているのは,運動学習による機能代償(発症前とは相違する運動パターンによる動作の遂行など)という枠組である.これらの応用例については,歩行(CAGTプログラム),上肢機能(MFS標準回復プロフィールを利用したプログラム)を参照されたい.
 なお,本書は,1991年に第1版,1997年に第2版が発行された『脳卒中の機能評価と予後予測』に大幅に加筆・修正をして新版として発行したものである.
 2011年2月
 中村驤

第2版の序
 「脳卒中の機能評価と予後予測」を世に問うてから5年の歳月が過ぎた.本書はわれわれが東北大学医学部附属リハビリテーション医学研究施設・附属病院鳴子分院において10余年にわたって遂行した研究成果の要約であったにもかかわらず,多くの読者を得て増刷を繰り返したことは編者らの喜びとするところである.
 わが国は高齢社会となった.身体障害者の過半数は60歳以上の人々であり,身体障害の原因疾患の第一は脳血管疾患である.この間にリハビリテーション医療においては,生活の質(QOL)の向上が重視されるようになり,高齢者では可能な限り在宅生活を維持することが大切となった.一方,保険医療の面からは,限られたリハビリテーション医療サービスを有効に利用するために,資源の選別的配分(triage)が重視されている.そうであればこそ,脳卒中患者の機能的予後を予測し,適切なサービスを提供することが重要となる.初版では扱えなかったテーマのひとつであるが,入院によるリハビリテーション医療終了後,どのような患者が在宅生活になるのか,また施設入所になるのか,リハビリテーションの帰結に関する予測も第2版では取り上げている.日常診療の参考にされることを希望する.
 本書初版は研究の立場から執筆された.その後,データベースRESに収録された1,000例以上の脳卒中患者の治療と分析をもとに,第2版はリハビリテーション医療の実地医家を対象として,脳卒中リハビリテーションにおける機能評価をめぐる歴史的概説,RESの紹介を行い,さらにリハビリテーション医療機関であれば,どこででも利用できることを目的に開発したRES-4の活用を意図して編纂されている.
 RESを生んだ東北大学医学部附属リハビリテーション医学研究施設は1994年に大学院医学系研究科障害科学専攻へと発展的に転換したが,現在も東北大学医学部附属病院や国立身体障害者リハビリテーションセンター病院などでデータベースRESは継続している.この間,RESを利用した諸研究は数年にわたって厚生科学研究補助金(長寿科学総合研究事業)による助成を受けて進められた.支援に謝意を表明したい.
 本書の校正には森山早苗さん,森田稲子さんの協力を頂いた.心からお礼申し上げる.
 1996年12月
 中村驤

第1版の序
 20世紀も余すところ9年となり,わが国を始めとして先進諸国の保健医療には大きな変化が起こっている.人口の高齢化,慢性疾患の増加による医療費問題のほかに,より保健医療に内在的な問題がある.従来の保健医療の共通基盤である医学モデルに対して障害モデルによる修正,あるいは本質的な変化が求められている.以前には医療の主要対象は急性感染症であり,多くの患者は比較的短期間のうちに死亡するか,治癒するかであった.現在では,心身機能の障害を伴うような慢性疾患が中心となり,医療には長期にわたる疾病の管理,リハビリテーションが求められている.
 1987年,厚生省社会局の身体障害者(身体障害者手帳の保有者)実態調査では,全国の18歳以上の在宅身体障害者数は240万人強であり,原因別には脳血管障害が14.7%と第1位を占めている.今や脳血管障害による身体障害はリハビリテーション医療の中心課題となっている.
 脳卒中では,進行性の血管病変と並んで,心身機能の障害を伴う.リハビリテーション医療では,不可逆的病理過程を最小限に留め,残された生理的機能を最大限に発揮させるような治療,機能訓練が加えられている.しかし,その技術の多くは経験的であり,有効性が疑問視されることもある.各種の治療法の効果を判定するためには,まず疾患の自然経過を知らなければなるまい.脳卒中の心身機能の障害を客観的にとらえ,その自然経過を明らかにすることが,よりよい治療法の開発の第一歩となる.自然経過の解明に基づいて,発症初期に患者の将来の機能レベルを予測すること,すなわち機能的予後を臨床徴候や個人特性から判定することも科学的根拠をもって行えるようになる.機能的予後の予測により,医学的リハビリテーションを開始する時点で,患者や家族は将来の生活様式の変化にあらかじめ備えることが可能になり,現実的なリハビリテーションのゴール設定(職業復帰,在宅生活,施設入所など)も容易になる.さらにリハビリテーション医療の過程において,機能レベルの予測値と実測値とに相違があれば,プログラムを変更することによって,全経過の最適化を図ることもできる.言うまでもなく,新たな治療法の有効性を確認するのにも役立つはずである.
 以上のような意図の下に我々は脳卒中リハビリテーションのためのデータベースを作成し,それに基づいて機能予後を予測する研究を10年前に開始した.そして,その成果を「脳卒中機能回復評価システム(Recovery Evaluating System:RES)」として発表した(中村 1986).その後の研究において,RESは簡略化と汎用性を目指して改定され,現在ではRES-3として運用されている.RES-3は東北大学医学部附属病院鳴子分院だけでなく,市中のリハビリテーション病院においても1年間の試行が行われ,その有用性が確かめられている.
 本書はRESを中心とした脳卒中の機能回復に関する研究のまとめであり,機能評価をめぐる研究のレビュー,データベース(脳卒中機能回復評価システム)の構成,障害モデルとの関連,機能回復の特徴と予測因子,退院後の機能,症例の検討,訓練法(主としてプログラム学習)と学習曲線,について記述している.また,これからRES-3を使用する施設・病院のために,その使用マニュアルも第8章に提示してある.我々の研究は途上にあり,ここには記さなかったRESをめぐる諸テーマもある.機を見て,改めて世に問う心算である.
 本書の成立には,東北大学医学部附属リハビリテーション医学研究施設および附属病院鳴子分院の多くのスタッフの協力が不可欠であった.心からお礼申し上げる.なお,本研究の遂行には,数年にわたり文部省および厚生省の諸科学研究補助金を受けたことも申し添える.
 1991年5月
 中村驤

増補にあたって
 本書を世に問うてから半年余りが経過した.RESは我々の10年間に及ぶ研究成果であり,学術的内容を中心にしたものであるにも関わらず,好評をもって迎えられたことは編者らの喜びとするところである.
 この間,RES-3のソフトウェア,マニュアル提供の申し出もあり,それに応えてきたが,一方では簡便な予測法の有無についても問い合わせがあった.そこで今回の増刷にあたって,多忙な診療に追われている臨床医の利用を考慮して,巻末付録として「簡易機能回復予測式」を追加した.また本文の誤植の訂正など,最少限の手を加えた.
 脳卒中患者のリハビリテーションに従事する人びとのお役に立ち得ることを切望する次第である.
 1991年12月
 中村驤
 執筆者一覧
 新版の序
 第2版の序
 第1版の序
第1章 脳卒中患者の機能評価とリハビリテーション
 1 はじめに
 2 医学モデルと障害モデル
  1)健康とリハビリテーション
  2)病気と障害
   (1)医学モデル
   (2)障害モデル
   (3)事象の記述レベル
 3 機能評価について
  1)機能評価の諸側面
  2)機能評価の目的
  3)検査の信頼性と妥当性
  4)測定手段(技法)について
 4 脳卒中患者の機能評価に関する研究の変遷
  1)1950年代の研究―運動機能の回復:観察された規則性の認識
  2)1960年代の研究―機能評価尺度の開発
   (1)PULSES
   (2)Barthel指数(Barthel Index:BI)
   (3)Katz ADLインデックス(Katz's Index of independence in ADL)
   (4)Kenny身辺処理評価
  3)1970年代の研究―予後予測因子の同定
  4)1980年代の研究[I]:機能評価尺度,その後の展開
   (1)改訂Rankin尺度
   (2)機能的自立度評価法と機能評価尺度
   (3)移動性
   (4)Frenchay活動指数(FAI)
   (5)活動状況調査
   (6)役割遂行調査
  5)1980年代の研究[II]:4つの流れ
   (1)多変量解析による検討
   (2)回復の時間経過
   (3)リハビリテーション医療の効果判定
   (4)心理社会的側面への広がり
   (5)生存時間の質の評価をめぐって
 5 21世紀を迎えて
  1)リハビリテーション医療におけるEBM
   (1)脳卒中ユニットの効果
   (2)外来患者に対するリハビリテーションの効果
   (3)慢性期リハビリテーションの効果
   (4)脳卒中リハビリテーションの構造,過程と帰結
   (5)各種療法にかかわるEBM
   (6)リハビリテーション医療と臨床実践改善法
  2)これからの課題
第2章 脳卒中機能回復評価システム:RES
 1 脳卒中患者データベース
  1)データモデルと脳卒中機能回復評価システム(RES)の構造
  2)RESの運用実績
  3)RES-6の構造
 2 心身機能の評価バッテリー
  1)ミニメンタル・ステート鳴子版(MMS-N)と改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
  2)Barthel指数(Barthel Index:BI)
  3)上肢機能検査(Manual function test:MFT)
  4)運動年齢検査(Motor age test:MAT)
  5)標準失語症検査(Standard language test of aphasia:SLTA)
 3 RES-4およびRES-6の利用について
 付録1 ミニメンタル・ステート鳴子版(MMS-N)
 付録2 MMS-Nの採点基準
 付録3 脳卒中上肢機能検査(Manual function test-2:MFT-2)
 付録4 運動年齢検査(Motor age test:MAT)の項目(体幹・下肢)
第3章 機能回復の特徴
 1 RES-6のデータベース
 2 病変部位と神経症候の因子構造
  1)分析に用いたデータ
  2)病変部位と神経症候の分布
  3)病変部位と神経症候の因子構造
  4)病変部位と神経症候との相関
 3 RESにおける脳卒中の障害構造
  1)障害構造モデル
  2)入院時における障害構造
  3)入院後の障害構造の変化
 4 機能回復の特徴
  1)分析に用いたデータと機能回復予測
  2)機能回復の概要
  3)機能回復各論
   (1)体幹・下肢運動機能
   (2)上肢運動機能
   (3)日常生活活動
   (4)認知機能
   (5)言語機能
第4章 RES-4/RES-6による機能回復の予測
 1 脳卒中患者の機能回復予測
 2 分析に用いたデータ
 3 分析に用いた統計手法
 4 機能的帰結の予測
  1)体幹・下肢運動年齢(MOA)
  2)麻痺側上肢機能スコア(AMFS)
  3)日常生活活動(Barthel指数:BI)
  4)認知機能(MMS-N)
  5)言語機能(SLTA)
 5 RES-4/RES-6の予測式
 6 予測式の汎用性
 付録 RES-4/RES-6:Barthel指数の予測(簡易式)
第5章 RES-4/RES-6の利用の手引き
 1 データの収集と入力
 2 予後予測の印刷出力
 3 中間報告印刷出力
 4 収集データの保存と予測値の改訂
 5 リハビリテーションのゴール,プラン,プログラムの策定のために
  1)予後予測データの出力
  2)経時データの利用
第6章 RESによる症例検討
 1 RES-4による症例検討
  症例1
  症例2
  症例3
 2 RES-6による症例検討
  症例1
  症例2
  症例3
  症例4
第7章 退院後の機能的予後と退院先の決定因
 1 予後調査の意義
 2 第1回の予後調査
 3 第2回の予後調査
  1)生命予後
  2)日常活動レベルの変化
  3)機能的予後に関する生存分析
 4 退院後の活動レベルを決める要因
 5 退院先の決定因
 付録 大都市近郊地域のリハビリテーション病院における実態
第8章 運動機能回復の予測における学習曲線の利用
 1 機能回復曲線と学習曲線
 2 双曲線関数による近似
  1)歩行機能
  2)上肢機能
 3 双曲線関数による予測
 4 双曲線パラメータの決定因
  1)歩行機能
  2)上肢機能
 5 機能回復訓練法としてのプログラム学習
  1)CAGTプログラム
  2)MFS標準回復プロフィールを利用したプログラム

 巻末付録1 表計算ソフトを用いた脳卒中機能回復予測
 巻末付録2 表計算ソフトを用いたコンピュータ支援による歩行訓練
 巻末付録3 表計算ソフトを用いた脳卒中上肢機能検査

 文献
 索引