やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 この検査は親(養育者)や子どものケアに直接関わる保育・教育者,諸施設で働く医療・保健・福祉関係者などを対象として,子どもの発達状態を簡便な方法で的確に把握し,それを支援の手がかりに活用することを意図して作成したものである.
 また,この検査は発達検査・知能検査のように発達指数や知能指数を求めるためのものではない.実際上,子どもとの日常生活のなかで発達指数が90とか95とかの数字は,親や直接世話する者にとってあまり意味のないことでもある.むしろ子どもおよび直接世話する者のニーズを念頭に,子どもの発達の様相を把握するためにわかりやすく図にして示すことにした.子どもは年月齢が幼いほど成長・発達も早いので,同じ図を使用して年月齢とともに変化する子どもの様子を記録すれば,発達の様相を知り安心できる,あるいは必要とする早期の対応にも活用できる.
 ところで,歴史的にみると家庭・地域で生活する子どもの行動発達の大がかりな研究に取り組み,個人差に注目して発達診断という概念を提唱したのは20世紀初頭のGesellであった.彼は病気がなく,普通の環境で生活している子どもの行動発達に個人差があることを4つの領域に分けわかりやすく示した.また,Frankenburgは個人差の幅は無限でないことを米国の子どもを対象とした観察・調査に基づいて実証した.
 その後,小児科医,文化人類学者,発達心理学者などが世界のいろいろな異なる国や地域に住む子どもの行動発達の調査研究を実施した結果,子どもに身体的病気・異常がないにも関わらず,行動発達の速度に違いがあり,それには育て方や生活様式の違いが関係していることが報告された.たとえば,米国ニューイングランド地方とメキシコに住むインディアン部族(ズナカンテコ・インディアン)の子どもの行動発達の様相には違いがあり,両者の遅速の違いは同じ地域で住む子どもにそのような違いがあれば,病気を疑われる程度のものであったこと3),ユカタン半島の乳幼児の行動発達と子育て,さらに同じアフリカの黒人の間でも育て方(排泄のときにとらせる子どもの姿勢の違いなど)によって運動発達の速度に違いがあることも報告された6).つまり,人種という生物学的要因ではなく,その地域に住む人々の子どもの養育行動と生活環境との観察から,子どもの行動発達の遅速は生活様式と関係が深いことが明らかになった.そして,生物学的な疾患ばかりでなく,環境要因としての養育行動と生活様式にも注目されるようになってきた.
 このように,普通の子どもの行動発達には個人差はあるものの無限ではないこと,また子どもを育てる養育行動や生活様式・スタイルが関係するというこれらの調査研究からヒントを得て,筆者は日本の子ども達の行動発達と個人差に関心をもち,養育行動と社会的・文化的環境の側面から1970年代以来調査研究を重ねてきている.本検査“上田式子どもの発達簡易検査(USDT)”は,これらの経験から個々の検査項目などを再検討し,発達簡易検査の目的に沿って子どもの発達過程において広く一般的に観察され,かつ個人差の幅が比較的小さく,日常生活でも観察しやすい項目を選んで検査用紙を作成した.
 グローバル化が急速に進み,大人は自らの生活の変化に日々心を奪われ,ややもすると子どもの姿を見失いがちである.この検査が次世代を育み・教育する責任のある大人達にとって実用的な手がかりとなればと願っている.
 2010年12月
 上田礼子
第1部 「上田式 子どもの発達簡易検査」とは
 第1章 発達簡易検査の必要性
  1.子どもをめぐる社会的環境の変化
   1)核家族化
   2)少子化
   3)情報化・価値の多様化
   4)不安軽減の必要
   5)アセスメントの重要さ
  2.親(養育者)や直接的ケア担当者の現代的ニーズとしてのアセスメント・ツール
   1)働く母親の増加と乳幼児早期からの集団保育・教育的ニーズの増加
   2)子どもの発達の様相を知る手がかり
   3)親(養育者)と直接ケアする者とのコミュニケーションを媒介するアセスメント・ツール
  3.子どもの発達を正しく理解する知識と手だての必要性
   1)子どもと大人の質的違い
   2)子どもは大人をモデルにする
   3)普通の子どもの行動発達の個人差の幅
  4.急激な都市化の進展とアセスメントの関係
 第2章 USDT作成の目的とその過程
  1.事例:来談者との対話から
  2.USDT作成の目的と7つの条件
   1)本検査作成の目的
   2)本検査作成に関する7つの条件
  3.USDT作成過程
   1)第1段階:日本版デンバー式発達スクリーニング検査JDDSTの標準化
    (1)対象児のサンプリング (2)デンバー市(米国)と東京都(日本)の子どもの比較 (3)日本国内における地域差 (4)行動発達と環境要因
   2)第2段階:臨床的および統計的検討からの簡易化
    (1)簡易検査1の有効性
   3)第3段階:実用的観点からの簡易化
    (1)改めて子どもと子育て環境の変化から注目すべき観点 (2)簡易化の方法 (3)簡易化の結果 (4)妥当性 (5)信頼性:同一事例による再検査 (6)考察
 第3章 本検査の作成と検査用紙
  1.USDTの検査用紙:発達の3領域と54項目
   1)3つの領域とは
    (1)社会性 (2)言語 (3)運動
   2)年月齢の尺度
  2.検査用具
第2部 USDTの実施方法
 第4章 検査実施の進め方
  1.検査場面の設定・導入
   1)自発的協力の必要性と準備
   2)導入時の説明
  2.検査実施の順序
   1)検査用紙への記入
   2)実施する検査項目の指針
   3)実施する検査項目数
   4)試行の回数とできない印「×」,できる印「○」の基準
   5)検査項目の採点記録
   6)発達的「遅れ」の項目の採点記録
  3.検査結果の評価方法
   1)総合評価で「疑問」となる(1)と(2)の場合
   2)総合評価で「不能」となる場合
   3)総合評価で「普通」となる場合
 第5章 検査終了後のクライアントとの話し合いと対応の仕方
  1.再検査の必要性
  2.診断的検査のための紹介
  3.子ども(身体・精神面)と家族・地域・環境の双方向からの支援
  4.相談場面におけるUSDTの活用法
   1)事例S.K.
   2)事例M.K.
   3)事例K.S.
 第6章 各発達領域における検査項目の実施方法
  1.社会性領域:対人関係・生活習慣(13項目)
  2.言語性領域:発語・言語理解(14項目)
  3.運動領域:微細運動・粗大運動(27項目)
   1)微細運動(15項目)
   2)粗大運動(12項目)
資料編
  1.子どもの発達検査と発達スクリーニング検査・発達簡易検査
   1)発達検査・発達診断検査
   2)発達スクリーニング検査
   3)発達簡易検査
  2.発達質問項目の活用とその他の簡便な検査
  3.20世紀後半からの日本の子どもの健康・発達に対する見方の変遷
   1)子どもの環境と精神面への関心の増大
   2)乳幼児前期からリスク児に対応する予防活動
   3)乳幼児期の発達評価への関心の増大
  4.日本の子どもの地理的および社会・経済的背景と行動発達の個人差
   1)日本と米国との比較
   2)日本国内における比較:補正版の作成
  5.JDDST簡易検査1の作成過程
   1)対象と方法
   2)結果
 付録
  1.日本版デンバー式発達スクリーニング検査─東京都全被検児の項目抜粋
  2.日本版デンバー式発達スクリーニング検査─沖縄県および岩手県被検児の項目抜粋
  3.3地域(東京都,沖縄県,岩手県)間の被検児の比較
 文献