やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 機能性構音障害は,発声発語器官に運動障害や形態的な損傷などを伴わないにもかかわらず発声発語の異常を示す状態である.また,少なくとも臨床的には,聴覚認知や言語発達などの問題も伴わないものを指している.多くは,構音発達の単純な遅れか,構音の獲得過程における誤った構音動作の獲得である.器質的な問題がないので,理論的には,正しい構音動作の誘導で完全に治癒するもので,治癒するか否かの責任は,すべて言語聴覚士の技量に委ねられる.
 しかし,短期間の訓練で完全に治癒する場合がある一方で,訓練に長期を要し,完全な治癒に至らない場合が少なくないことを,多くの臨床家は経験的に気付いている.本書では,後者の一群を「特異な構音障害」と位置付け,経験に基づく評価と訓練方法について可能な限り詳細に記述した.経験の浅い言語聴覚士が,「特異な構音障害」の存在や対応を知らずに,訓練の長期化や改善の限界を自分の責任と感じていることも少なくない.定義や原因,分類,対応について十分議論されているとはいえないにもかかわらず「特異な構音障害」として本書でとりあげたことについては,この分野に携わる言語聴覚士の方々からお叱りを受けるかもしれない.しかし,何よりも現に発話の異常の回復が長引いている子どもたちのために議論が活発になるきっかけになればと考え,あえてとりあげることにした.
 とはいえ,機能性構音障害の臨床では,構音運動の的確な誘導が発話の改善と直結している事実は変わらない.言語聴覚士の音声や構音運動についての知識とその誘導の技術が明確に問われ,全くごまかしが効かない.臨床においてはもちろん,言語聴覚士の養成においても発話への基本的なアプローチの原点である機能性構音障害への対応をもっと重視すべきである.
 器質的な要因がない機能性構音障害の訓練が的確にできずに,運動障害性構音障害や器質性構音障害,さらには聴覚障害や言語発達遅滞に伴う構音の障害に対処できるはずがない.これらの発話の障害への対応は,運動障害の特徴にそっての手技の応用,鼻咽腔閉鎖不全等への対処を踏まえての手技の実施,聴覚的フィードバックを視覚など他の方法で代償しながらの構音の誘導,言語発達の内容にあった発話指導など,基本的に機能性構音障害への対応の応用と考えられるからである.その意味で,本書が機能性構音障害のみならずすべての発話の障害を持つ方の臨床に役に立つものであってほしいと願っている.
 本書は,言語聴覚障害学を学ぶ学生,現に発話の障害を持つ方々の支援をしている言語聴覚士の皆さまに読んで頂きたい.さらに,発話の障害を持つ子どもの多くは,特別支援学校や特別支援学級など教育現場での支援を受けている.そうした子どもに関わる教師の皆さまにも活用して頂きたい.その結果,一日でも早く一人でも多くの子どもの発話の問題が解決し改善することに役立つことを望んでやまない.
 末尾ながら,本書の執筆にあたり東京都リハビリテーション病院の池上奈津子先生に多大なご協力を賜ったこと,さらに,本書の計画から実現までに大変な時間を費やしてしまったにもかかわらず,あきらめずに励まし続けてくださった医歯薬出版の編集担当者に心から感謝申し上げます.
 2012年3月
 白坂康俊
 熊田政信
 序文
第1章 機能性構音障害の定義(白坂康俊)
 1 構音障害の分類
  1 健常者の言語処理過程モデル
   (1)記号(音声)と文字の想起(A−1,A−2)およびその障害
   (2)構音運動と書字運動(B−1,B−2)およびその障害
   (3)聴覚認知と視覚認知(C−1,C−2)およびその障害
   (4)記号と文字の解読(D−1,D−2)
  2 言語障害の分類
   (1)失語症 (2)言語発達遅滞(知的発達遅滞および対人関係の障害) (3)構音障害 (4)吃音 (5)音声障害 (6)聴覚障害 (7)その他の言語障害
 2 機能性構音障害の定義
  1 構音障害の分類
  2 境界的な病態との関係
   (1)特異な機能性構音障害 (2)器質性構音障害 (3)発語失行 (4)脳性麻痺 (5)聴覚障害
  3 機能性構音障害の特徴
 3 構音障害の学問史
  1 前史
  2 比較言語学と音声学
  3 実験音声学と聴覚音声学
  4 言語病理学
  5 日本の言語病理学
 4 機能性構音障害のリハビリテーション
  1 「リハビリテーション」とは
  2 機能性構音障害に対するリハビリテーション
   (1)機能性構音障害のもたらす問題 (2)リハビリテーションの流れと概要
第2章 機能性構音障害の基礎(熊田政信)
 1 構音器官の形態と機能
  1 ヒトのコミュニケーションにおける音声言語の重要性
   (1)コミュニケーションの手段 (2)音声言語におけるコミュニケーションとその障害
  2 末梢における音声言語生成過程
  3 発声のしくみ
   (1)声帯振動 (2)粘膜波動
  4 構音のしくみ
   (1)母音の構音 (2)子音の構音
  5 摂食嚥下のしくみ
 2 構音の障害
  1 音声言語の4つのレベルとその障害
   (1)発声のレベル (2)構音のレベル (3)プロソディのレベル  (4)言語学的レベル
  2 構音障害
   (1)器質性構音障害 (2)機能性構音障害 (3)運動障害性構音障害
  3 構音の検査法
   (1)一般外来において (2)専門外来において (3)検査室において
第3章 機能性構音障害の臨床の流れ(白坂康俊)
 1 臨床の流れ
  1 機能性構音障害の臨床
   (1)基本方針の決定 (2)具体的な方針決定 (3)リハビリテーションのプログラム立案とインフォームドコンセント (4)機能訓練 (5)家族指導 (6)家庭以外の環境調整 (7)集中的機能訓練終了後の経過観察 (8)集中的機能訓練開始前までの経過観察
  2 特異な構音障害の臨床の流れ
   (1)基本方針の決定 (2)具体的な方針決定 (3)リハビリテーションのプログラム立案とインフォームドコンセント (4)機能訓練 (5)家族指導 (6)家庭以外の環境調整 (7)集中的機能訓練終了後の経過観察 (8)集中的機能訓練開始前の経過観察
  3 器質性構音障害の臨床の流れ
  4 訓練期間と予後
  5 訓練開始と経過観察の判断
   (1)訓練開始年齢の原則 (2)構音獲得の単純な遅れ (3)構音障害の性質 (4)構音動作の誤学習(誤りの定着度の問題) (5)二次的な問題の有無 (6)他の言語障害に合併する場合 (7)その他
  6 インフォームドコンセント(説明と同意)
   (1)障害の理解 (2)不安の解消 (3)信頼関係を築く
  7 臨床の実際
   (1)臨床の形態 (2)時間と頻度と期間 (3)空間
 2 リハビリテーションにおける留意点
   (1)対象児とラポート(ラポール)を形成する (2)家族の心理的問題と接遇 (3)集中と動機付け (4)対象児・家族との物理的距離 (5)教示と介助を適切に (6)対象児に触れよく観察する
第4章 検査・評価(白坂康俊)
 1 目的・留意点・プログラム
  1 検査の種類と目的
   (1)問診・情報収集 (2)発声発語器官検査 (3)発話の検査 (4)その他の検査
  2 検査・評価と診断の流れ
  3 鑑別
   (1)聴覚障害の有無 (2)知的発達遅滞および対人関係の障害などの有無 (3)発声発語器官の形態異常あるいは運動障害の有無
  4 方針の決定
  5 機能訓練プログラム立案
   (1)誤りの発現機序の確定
  6 終了あるいは方針の修正
 2 検査の実際
  1 初診問診と情報収集を中心に
   (1)主訴 (2)対象児に関する情報 (3)対象児とのコミュニケーション (4)言語の問題に関する情報
  2 発声発語器官検査(発声発語器官の形態と機能の検査)
   (1)目的 (2)検査の視点と留意点 (3)基本的検査 (4)精査
  3 発話の検査
   (1)正常な構音 (2)音声学的記述 (3)構音(類似)運動検査 (4)プロソディの評価
  4 その他の検査
   (1)言語発達検査 (2)音韻処理能力の検査 (3)聴覚検査 (4)その他
 3 特異な構音障害の評価
   (1)運動レベルの特異な障害 (2)音韻処理レベルの特異な障害 (3)行動レベルの特異な障害
第5章 機能訓練(白坂康俊)
 1 訓練の原理と原則
  1 訓練の原則
  2 訓練の原理
   (1)基本原理 (2)反応の評価(正誤の判断) (3)評価結果1試行毎のフィードバック (4)課題の変更や選択 (5)指示の仕方 (6)モチベーションの維持
 2 訓練の実際
  1 教材および報酬
   (1)報酬や教材の条件 (2)教材と報酬の実際
  2 家族指導,環境調整とホームワーク
   (1)家族指導 (2)環境調整 (3)ホームワーク
  3 機能訓練
   (1)訓練の構成と訓練方針決定 (2)課題参加態度の形成 (3)基礎的動作 (4)音・音節レベルの訓練 (5)単語(複数音節)レベル (6)文から文章,会話へ (7)終了へ (8)プロソディ
  4 音韻処理能力の訓練
   (1)音韻処理能力の訓練適応 (2)訓練の実際
  5 文字(平仮名)の習得訓練
  6 特異な構音障害への対応
   (1)運動の巧緻性低下 (2)行動的な問題

 和文索引
 欧文索引