やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 子どもは,1歳を迎える頃にことばをしゃべり始め,3〜4歳頃に多語文が使えるようになり,就学頃には平仮名を読んだり書いたりするようになる.
 ことばは,周囲の人・物・音など環境から刺激を受け,聴覚や視覚などの感覚器,発声発語の運動機能,脳機能などが年齢とともに成熟することにより発達してくるものである.したがって,子どもの側にその成熟を遅らせるような要因,すなわち発達障害があれば,環境からの刺激を取り込むことができなくなり,言語発達は遅れてしまう.またそれらの機能の成熟を促すための環境に問題があっても,言語発達は遅れてしまう.
 本書は,言語聴覚士が言語発達障害について理解し,言語発達障害をもつ子どもたちに適切な支援が行えるようになることを目指した教科書である.
 言語発達障害とは,ことばの理解や表出の発達について,子どもがその年齢で期待されるレベルに達していないため,日常の家庭生活や地域での集団生活で不利益を被る状態をいう.したがって,言語発達障害の診断にあたっては,その子どもと同年齢の子どもの言語発達がその基準となるし,その支援にあたっては,子どもの発達年齢に即した支援を組む必要がある.さらに認知や行動などの発達障害があれば,言語発達に影響してくるので,それぞれの発達障害について理解し,その障害に応じた支援を組み立てることが必要である.
 本書では,まず第2章で言語発達を支える基盤と前言語期から学童期までの正常な言語発達を概観する.第3章では,発達という視点から,その生理と病理を解説したのち,種々の発達障害について,言語聴覚士に必須の医学的知識を解説する.第4章では言語発達障害を診断するにあたっての評価の目的と方法を解説し,種々の検査法とその結果の解釈について事例を通して解説する.子どもの発達支援にあたっては,単に子どもへの支援だけではなく,家族や所属集団への支援が必要になるので,第5章の支援では,まず家族支援を取り上げたのち,種々の発達障害に合わせた支援について解説する.そして最後に医療職との連携だけでなく,近年特別支援教育で言語聴覚士に期待されている教育との連携について解説する.
 本書は,言語発達障害のそれぞれの分野で子どもたちに長く関わってこられた経験豊かな言語聴覚士(第3章は医師)の先生方に,<これだけは大切にしてきた>,<これは是非次の世代の方たちに伝えていきたい>という強い思いをこめて,それぞれの障害についての検査法・指導法についてわかりやすく執筆していただいた.障害別の章でも,できるだけ事例を通してわかりやすく解説していただいているので,必ずや日々の臨床の参考になることと思われる.またコラムをもうけ,言語聴覚士が子どもや家族と向き合うときに必要と思われる態度や心構え,さらに近年の言語発達障害に関わる研究動向や知見をも解説してある.若い方たちだけではなく,現任のSTの方たちにも参考にしていただけると確信している.
 最後に,本書の出版にあたっては,企画の段階から医歯薬出版の編集担当者に多大なお力添えをいただいたことに深謝します.
 2008年3月
 編者を代表して 石田宏代
 序文
第1章 言語発達障害とは(大石敬子)
 1 言語・コミュニケーション
  (1)ことばとシンボル (2)言語(language) (3)言語の3構成要素 (4)コミュニケーション
 2 言語発達
  (1)発達とは (2)言語発達の基盤
 3 言語発達障害
  (1)言語発達障害とは (2)言語発達障害のとらえ方 (3)言語発達障害の予後
第2章 正常言語発達
 1 言語発達の3つの基盤(石田宏代)
  1 生理学的基盤
   (1)聴覚の発達 (2)視力・視知覚の発達 (3)触運動機能の発達 (4)口腔機能と発声の発達
  2 社会的相互交渉基盤の発達
   (1)人への志向性 (2)微笑みの発達 (3)視線の共有からやりとりへ (4)愛着行動(アタッチメント)の発達
  3 認知的基盤の発達
   (1)事物の認識機能の発達 (2)象徴機能の発達 (3)模倣行動の発達 (4)記憶
 2 前言語期の発達(石田宏代)
  1 非言語的コミュニケーションの成立
  2 ことばによるコミュニケーションの発達
  3 ことばの理解・表出過程
 3 幼児期から就学期までの発達(石田宏代)
  1 語彙の発達
   (1)初語の出現 (2)語彙の増加
  2 統語の発達
   (1)動詞の獲得 (2)助詞の獲得 (3)助動詞の発達
  3 談話の発達
   (1)会話の発達 (2)語り(ナラティブ)の発達
  4 音韻意識の発達
 4 学童期の発達(大石敬子)
   (1)意味の理解 (2)統語 (3)会話 (4)談話 (5)読み書き
第3章 発達障害学(栗原まな)
 1 発達の生理
  1 成長
  2 発達
   (1)発達と反射 (2)感覚機能の発達 (3)運動発達 (4)知的発達
 2 発達の病理
  1 発達障害とは
  2 発達障害への気づき
   (1)発達障害に気づかれる時期 (2)発達障害の原因 (3)ことばの遅れ (4)軽度発達障害
 3 発達障害の分類
  1 知的障害
   (1)発生頻度と原因 (2)診断 (3)治療
  2 聴覚障害
   (1)発生頻度と原因 (2)診断
  3 脳性麻痺
   (1)発生頻度と原因 (2)分類 (3)診断 (4)治療
  4 広汎性発達障害
   (1)自閉症 (2)アスペルガー症候群
  5 特異的言語発達障害
   (1)診断基準 (2)原因 (3)症状
  6 学習障害
   (1)診断 (2)頻度と原因 (3)症状 (4)治療
  7 注意欠陥/多動性障害
   (1)原因 (2)診断 (3)症状 (4)治療
  8 重複障害
   (1)重症心身障害とは (2)発生頻度と原因 (3)重症心身障害の病態とその対応
第4章 評価
 1 評価の目的と方法(大石敬子)
  1 評価の目的
  2 評価の視点
  3 評価の手順
   (1)情報収集 (2)検査の実施 (3)評価のまとめと判断
  4 保護者への説明
 2 基礎的検査(小杉裕子)
  1 基本情報の収集
   (1)主訴の確認 (2)情報収集の方法
  2 基礎的検査
   (1)聴覚機能の検査 (2)視覚機能の検査 (3)口腔機能の検査 (4)言語環境の評価
 3 発達検査(小杉裕子)
   (1)新版K式発達検査2001 (2)遠城寺乳幼児分析的発達検査法 (3)乳幼児精神発達質問紙(津守式) (4)乳幼児発達スケール(KIDS)
 4 知能検査(小杉裕子)
  1 知能検査
   (1)田中ビネー知能検査V (2)ウェクスラー式知能検査
  2 その他の検査
   (1)K─ABC心理・教育アセスメントバッテリー (2)Raven色彩マトリックス検査(RCPM) (3)グッドイナフ人物画知能検査(DAM)
 5 言語検査(小杉裕子)
  1 言語発達検査
   (1)ITPA言語学習能力診断検査 (2)言語・コミュニケーション発達スケール(LCスケール) (3)国リハ式言語発達遅滞検査<S─S法>
  2 語彙検査
   (1)理解語彙検査 (2)表出語彙検査
  3 読み能力の評価のための検査
   (1)読み書きに関する検査 (2)音韻認識に関する検査 (3)Rapid Automatized Naming Test(RAN課題) (4)構音検査
 6 視覚認知・記憶の検査(小杉裕子)
  1 視知覚認知検査
   (1)フロスティッグ視知覚発達検査 (2)ベンダー・ゲシュタルト検査
  2 記憶検査
   (1)聴覚性記憶検査 (2)視覚性記憶検査
 7 自閉症関係の検査(大石敬子)
  1 小児自閉症評定尺度(CARS)
  2 心理教育プロフィール(PEP─R)
第5章 支援
 1 支援の枠組み(大石敬子)
  1 支援の目標
  2 支援の対象と期間
  3 支援の形態
  4 支援の方法
 2 家族支援(中川信子)
  1 はじめに
   (1)揺れる気持ちを理解して
  2 STによる家族支援とは
   (1)専門家と家族との違い (2)「家族」の範囲について (3)STによる家族支援の目的 (4)STの業務─直接的指導と環境調整─ (5)地域で,家族で生きていけるように (6)まず家族の思いを知り,敬意を払うことから
  3 家族支援の実際
   (1)言語発達全般についての知識を伝え,今,家でできることを提案する (2)保護者のコミュニケーションスキルを向上させるような実体験に即した指導 (3)子どもの実態理解をすすめ,望ましい対応を促す (4)保護者の不安をやわらげ,前向きな対応を育てる受容的雰囲気での面接 (5)言語聴覚指導の内容を生活場面につなぐ工夫─具体的でわかりやすい説明─ (6)親同士の関係を意識的に作り出す
  4 発達時期ごとの家族支援
   (1)出生後の早期に障害や障害の可能性と直面する (2)乳幼児健康診査(健診) (3)集団参加(幼稚園・保育園入園)後に,抱える課題が明らかになる場合 (4)就学後 (5) 中学,高校,そして成人期
  5 おわりに─障害受容をめぐって─
  コラム1:言語聴覚士としての面接への態度と心がまえ(樫村由子)
   1 医療面接(インタビュー)も相互のコミュニケーションによって展開される
   2 カウンセリングマインドとカウンセリング
   3 ことばの指導・訓練とカウンセリングマインド
   4 構音障害の指導とカウンセリングマインド
   5 望ましい面接ができるSTになるために─心がまえと態度のまとめ─
 3 支援技法(石田宏代)
  1 行動主義的アプローチ(行動療法)
  2 認知・言語的アプローチ
   (1)<S─S法> (2)NCプログラム (3)太田ステージによる自閉症認知指導プログラム
  3 語用論的アプローチ
   (1)インリアルアプローチ
  4 拡大・代替コミュニケーション(augmentative and alternative communication:AAC)
  5 障害別支援
   (1)ポーテージ・プログラム (2)TEACCHプログラム (3)ボバースアプローチ
  6 個別指導と集団指導
   (1)個別指導 (2)集団指導
  7 支援に当たって
 4 発達段階にそった支援(斉藤佐和子)
  1 幼児期前期の指導
   (1)適切な母子関係の確立 (2)身の周りの事物や状況の認識 (3)物を扱う操作能力の習得 (4)目的的行動の確立 (5)簡単な因果関係の理解 (6)概念形成:分類,見本合わせ (7)単語〜初期2語レベルの音声言語理解と表出
  2 幼児期後期の指導
   (1)動詞,形容詞の指導 (2)構文指導 (3)様々な見本合わせ,マッチング (4)関係性の概念形成
  3 学童期の指導
   (1)構文と談話能力の発達 (2)読み (3)書字 (4)青年期以降の指導
 5 障害別の指導・支援
  1 知的障害(斉藤佐和子)
   1知的活動とは何か
   2知的障害とは
   3知的障害児者の言語の特徴
   4知的障害児の指導
    (1)知的活動のモデルにそった配慮 (2)発達全体を考慮した指導 (3)構音障害とその指導
   5ダウン症候群
    (1)ダウン症児者の知的能力 (2)言語・コミュニケーションの発達に影響する合併症 (3)言語の特徴 (4)指導 (5)事例:男児:指導期間4歳7カ月〜9歳5カ月
   6 ウイリアムズ症候群
   7 おわりに
  2 広汎性発達障害(斉藤佐和子)
   1 PDD児者の言語特徴
    (1)言語の獲得の遅れ (2)語用の障害 (3)語彙の偏り (4)感情表現が希薄 (5)コミュニケーション意欲はもっている
   2 自閉性に即した感覚・知覚・認知障害と指導
    (1)感覚入力・知覚の障害 (2)統合の障害:概念化,一般化の障害 (3)対人認知の障害
   3 PDD児者の認知特性に即したAACの利用
   4 特異な言語発達障害を伴うPDD児の指導
    (1)サインから (2)構音指導を通して
   5 PDD児者の行動の問題
   6 知的障害に応じて
    (1)高機能PDD児者への指導 (2)知的障害が重度のPDD児者への指導
   7おわりに
  3 特異的言語発達障害(石田宏代)
   1 はじめに
   2 診断基準
   3 言語特徴
    (1)発達年齢段階からみた言語特徴 (2)言語様式からみた特徴 (3)言語の諸側面からみた特徴 (4)まとめ
   4 原因
   5 評価方法
    (1)言語発達初期 (2)言語発達中・後期
   6 指導
    (1)子どもへの直接的指導 (2)親への指導 (3)所属集団への指導
   7 事例をとおして
    (1)言語表出が徐々に発達し,言語理解に追いついていく事例 (2)構音の発達に問題があった事例 (3)理解・表出ともに重篤な問題をもつ事例
   8 まとめ
   コラム2:SLI─近年の研究知見のまとめ:英語圏を中心に─(田中裕美子)
    1 英語圏SLIの3つの症状
    2 SLIについて理論仮説
    3 神経学的・分子生物学的基盤に関する知見
     (1)神経学的基盤 (2)遺伝的要因
    4 発達障害の発生機序についての神経生物学的モデル
    5 まとめ
  4 学習障害(大石敬子)
   1 学習障害とは
   2 発達性読み書き障害
    (1)日本語の文字体系 (2)読みの情報処理過程 (3)読み書きの発達の認知・言語的基礎 (4)定義,出現頻度 (5)タイプ (6)予後
   3 算数障害
    (1)数の理解と操作の発達 (2)症状 (3)指導
   コラム3:言語学習障害(LLD)に関連する近年のトピックス(田中裕美子)
    1 近年の読み障害のとらえ方
     (1)話しことばと書きことばの関係 (2)話しことばと書きことばの関係からみた読み障害のタイプ (3)読みの問題にみられる発達的変化
    2 話しことばと書きことばの関連:SLIとディスレキシアは個別の発達障害か
  5 脳性麻痺と重複障害(高見葉津)
   1 はじめに
   2 脳性麻痺児の言語・コミュニケーションの発達
   3 言語・コミュニケーションの支援
    (1)発達特徴にそった支援方法 (2)ライフステージにそった支援 (3)言語・コミュニケーション発達の臨床像と主な支援内容
   4 おわりに
  6 後天性障害(紺野加奈江)
   1 後天性脳損傷によるコミュニケーション障害と小児失語
   2 支援の枠組み
    (1)支援期間と支援内容の明確化 (2)支援範囲 (3)支援の連携
   3 見立て(評価)
    (1)インテーク面接(初回面接) (2)検査・能力に関する情報(種類,重症度)の収集
   4 支援
    (1)支援の方法 (2)回復過程
   5 事例
    (1)事例1 (2)事例2
   コラム4:記憶とワーキング・メモリー(紺野加奈江)
    1 記憶の構造
    2 短期記憶とワーキング・メモリー
    3 音韻ループ
    4 ワーキング・メモリーの検査方法
    5 ワーキング・メモリーと読みの学習障害,算数の学習障害
    6 特異的言語発達障害とワーキング・メモリー
 6 連携(石田宏代)
  1 医療・福祉現場での他の専門職との連携
   (1)医師との連携 (2)STに何が求められているのか (3)コ・メディカルスタッフとの連携 (4)看護師・保育士・その他の職種との連携
  2 教育との連携
   (1)報告書などによる連携 (2)巡回相談などによる連携 (3)定期的に学校へ出向く方法 (4)STに期待されていること (5)教育とSTの連携 (6)最後に─早期発見・早期対応を

 和文索引
 欧文索引

 サイドメモ
  平均発話長(MLU)(石田宏代)
  後天性障害(栗原まな)
  てんかん(栗原まな)
  DN─CAS(Das─Naglieri Cognitive Assessment System)認知評価システム(柴 玲子)
  AAC(augmentative alternative communication:拡大・代替コミュニケーション)(斉藤佐和子)
  発達障害児の読解・作文の問題(大石敬子)
  広汎性発達障害,特異的言語発達障害,学習障害の関係(大石敬子)
  プレスピーチ(高見葉津)
  オーラルコントロール:口腔のコントロール(高見葉津)
  特別支援教育コーディネーター(石田宏代)
  専門職としての位置づけ(石田宏代)