やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 これまでの理学療法モデルの流れは,筋再教育(muscle reeducation),神経筋促通手技(neuromuscular facilitation)および課題志向型アプローチ(task oriented approach)に大別できる.筋再教育と神経筋促通手技がどちらかといえば個体に対する介入を中心とした概念であるのに対して,課題志向型アプローチは対象者に必要な課題を提供した“環境への適応”を目標としたシステム全体の再構築に重点が置かれている.これらの変化は,その時代のさまざまな学問的背景とともに,対象者の現状やニーズに応えようとしたもので,いわば理学療法自体が対象者のニーズという環境に適応した結果ともいえよう.
 環境適応という用語自体は新しいものではなく,医学生物学的にはセリエ(Selye Hans)のストレス学説に基づく,「ストレス要因によって生じる生理機能の変化を減少させ,個体の生存を容易にするための形態・機能的変化を意味する(生理学用語集改訂第5版:南江堂,参考)」概念が定着している.一方,今日の理学療法を取り巻く状況は,高齢社会の到来,対象者のニーズの多様化,入院期間の短縮化,医療・介護保険下における継続した介入など,社会行動学的な環境に対する適応が不可欠となっている.2001年5月には,世界保健機関の総会で国際生活機能分類(International Classification of Functioning,Disability,and Health: ICF)が採択され,生活機能の概念とともに環境因子が明確に位置づけられている.
 このような状況に鑑み,理学療法における環境を包括的に整理して,より効果的な理学療法を実践するために本書“環境と理学療法”を発行することとした.
 環境は,生物学,現象学,生態学,心理学,工学,教育学,社会学など多くの学際領域で扱われているため,本書においても多方面の研究者,臨床家にご執筆をお願いした.幸い,多くの方々からご理解とご協力をいただき,III部,27章からなる本書を完成させることができた.I,II部では,環境のもつ意味が深く広いものであることを実感すると同時に,環境は理学療法と不可分の関係にあることが再認識されるであろう.また,III部では実践活動でしばしば遭遇する病態や障害ごとに具体的な環境を取り上げ,臨場感あふれる内容となっている.
 本書が,環境という視点から今日の理学療法を見据えることで,さらに新しい評価-介入方法を模索する契機となり,実践に即した理学療法学を構築する一助となれば編者にとってこれに勝る喜びはない.
 2004年8月
 内山 靖
環境と理学療法 目次

 ●口 絵
 ●序 文
■SECITON:I 理学療法と環境
 理学療法における“環境”
  1.環境とは
   1) 環境のとらえ方
   2) 環境の基本的概念
   3) 環境の要因
   4) 環境世界
   5) 認知的環境
   6) 環境と人間との関係
   7) 生活の場としての環境
   8) 小 括
  2.理学療法における環境の位置づけ
   1) これまでの医療と環境との関係
   2) 理学療法における環境のとらえ方の変遷
   3) 課題志向型モデルと環境
   4) 環境への適応
  3.理学療法からみた環境の枠組み
   1) 横断的な構成要素
   2) 階層的な環境要素
  4.理学療法における二つの「い・しょく・じゅう」
   1) 衣・食・住
   2) 医・職・充
  5.環境に対する理学療法介入
   1) 異環境の理解
   2) 課題の選択
   3) 介入の展開
   4) 高齢者・障害者への環境
■SECITON:II 環境が運動・行動に与える影響
 (1)環境と身体の現象学
  1.自然主義から人格主義へ
  2.現象学的考察
   1) 周囲世界は関心において出現する
   2) 身の回りのものは何か
  3.世界の変容と没落
   1) 世界図式による知覚
  4.環境の存在論
 (2)社会学からみた環境と人間
  1.なぜ環境と人間なのか
  2.社会学における環境と人間の問題への取り組み:社会環境論から環境社会学へ
  3.環境社会学の定義とその特徴
  4.環境社会学における「環境問題」への取り組み
  5.環境をとらえる社会学的観点
  6.環境と人間の関係のとらえ方
 (3)環境と行為:生態心理学の観点
  1.物と行為の関係
  2.卵
  3.靴 下
  4.机 面
  5.地面の散在物とその周囲
 (4)外部環境による脳の可塑的変化
  1.動物における外部環境や使用の脳への影響
   1) 動物における外部環境と脳の可塑性
   2) 動物における使用に関連した可塑性
   3) 実験的脳虚血発症直後の使用に関連した機能悪化と脳損傷の拡大
  2.健常なヒトにおける使用に関連した可塑性
  3.脳の可塑性のメカニズム
  4.脳卒中における機能回復と脳の可塑性
   1) 脳卒中後の機能回復の特性
   2) ヒト脳卒中における外部環境
   3) 脳卒中後の上肢機能回復の脳内メカニズム
   4) 上肢に対する神経リハビリテーションと脳賦活の変化
   5) 脳卒中後の歩行機能回復の脳内メカニズム
   6) 歩行に対する神経リハビリテーションと脳賦活の変化
  5.内部環境と脳の機能的再構成
   1) 運動機能への加齢の影響
   2) 脳損傷の時期と機能回復のメカニズム
   3) 加齢と脳卒中リハビリテーションの転帰
  6.薬物による機能回復の促進
   1) 薬物と理学療法の併用効果
   2) 抗うつ薬と脳卒中後の機能回復
 (5)細胞と環境
  1.間葉系幹細胞
  2.筋細胞の分化過程
  3.筋の分子生物学(MyoDファミリー)
  4.骨芽細胞の分化過程
  5.細胞の生命現象と環境
  6.細胞内シグナル伝達系
  7.MAPKカスケードとは
  8.模擬微小重力環境での細胞応答
   1) 骨芽細胞模擬微小重力実験
  9.磁場を使った細胞伸展による細胞応答
   1) 筋芽細胞伸展実験
  10.電気刺激による筋芽細胞の応答
  11.超音波刺激による骨芽細胞の応答
 (6)環境と運動
  1.知覚の身体性
  2.知覚循環
  3.知覚システム間の協調
  4.基礎的定位のシステム
  5.視野狭窄とその治療仮説
  6.障害とは
  7.知覚システム間の協調を再確立するために
   1) キャリブレーション
   2) 支持面の変化に合わせたコントロール
   3) 自分を知る,ボディイメージの再獲得
  8.治療への展開
 (7)環境と学習
  1.パフォーマンスと学習
   1) パフォーマンス曲線
   2) トランスファー・デザイン
  2.学習に影響を与える練習環境
   1) 練習の組み方
   2) モチベーションと教示
   3) フィードバック
 (8)環境と行動
  1.行動分析学とは
   1) 行動分析学の目的とその特徴
   2) 後続事象
   3) 先行事象
   4) 三項随伴性
  2.高齢者施設における問題-施設環境が入所者の行動に及ぼす影響-
  3.行動モデルによる理学療法介入の基本的構想-行動変容のための環境操作による介入方法-
  4.行動モデルによる理学療法介入の実践事例の紹介
   1) 老人保健施設での車いす操作指導に対する行動分析的アプローチの適用
   2) ナーシングホーム入所者に対する歩行距離の増加と歩行の自立度の向上を目的とした行動論的アプローチ
 (9)環境と発達
  1.子どもとその発達の特性
  2.子どもと両親との相互作用
  3.乳幼児の発達と理学療法との関連性
  4.発達に影響を及ぼす運動制御の因子
  5.運動発達におけるnature-nurture論争の変遷
  6.神経細胞集団選択理論の理学療法への応用
  7.発達障害児の相互作用発達促進のための環境設定
  8.まとめと提言
 (10)環境と加齢
  1.環境と加齢と機能低下との関係
  2.自然環境と加齢
  3.生活環境と加齢
   1) 家族構成
   2) 食生活
   3) 住 宅
   4) 生活用品
   5) 役 割
   6) 交 通
   7) 活動の場
   8) ペット
   9) 経 済
   10)情 報
  4.人的環境と加齢
  5.社会環境と加齢
   1) 職 業
   2) 社会参加
   3) 社会保障
  6.環境適応不全による高齢者の転倒
   1) 転倒の発生機序
   2) 転倒の危険因子
   3) 転倒予防を目的とした評価
   4) 転倒の予防方法
■SECITON:III 疾患・病態ごとにみた環境と適応
 (1)片麻痺に対する環境と適応
  1.片麻痺をもつと何が変わるのか
   1) 脳の構造と機能の変化
   2) 筋骨格系における非神経的な変化
   3) 環境の変化を予測した身体活動を準備することが困難となる.また,変化に適応するように身体の使い方を変えられない
  2.重力と身体支持面そしてアライメント(身体連結)
  3.具体的治療の展開
   1) マルアライメントを改善するための姿勢・運動観察および身体側支持面の評価と治療
   2) 正中位指向と動き,感じるための身体側支持面をつくる
 (2)脳外傷に対する環境と適応
  1.脳外傷者の臨床像と理学療法での配慮点
   1) 不安・恐怖
   2) 意識・覚醒レベルの低下
   3) 意欲低下
   4) 記憶障害
  2.環境と適応を考慮に入れた治療を組み立てる視点
   1) 無自覚
   2) ひらめき
   3) 治療的誘導
  3.治療の実際
   1) 支持面
   2) 支持面に適応していく基本動作の誘導
   3) ボディイメージ
   4) 状 況
   5) 目 的
   6) 時 間
   7) 社会性
 (3)失行に対する環境と適応
  1.行為の障害と神経心理学
   1) 行為の障害概観
   2) 認知モデル
   3) 自動性と意図性の解離
  2.行為の障害と環境,その適応
   1) 行為と環境の連関
   2) 観念失行および観念運動失行と環境
   3) 着衣障害と環境
   4) 歩行失行と環境
   5) 遂行機能障害と環境
 (4)失認に対する環境と適応
  1.失認の病態と諸症状
   1) 失認の定義
   2) 身体失認と病態失認
   3) 注意障害
   4) 半側空間無視
   5) 視覚軸認知障害とpusher現象
  2.失認と環境
   1) 失認と環境
   2) 病態失認と環境
   3) 注意障害と環境
   4) 半側空間無視と環境
   5) pusher現象における視覚軸認知障害と環境
 (5)神経筋疾患に対する環境と適応
  1.神経筋疾患にみられる運動単位活動の適応
   1) 脱神経という環境が運動単位活動をどのように変化させるか
   2) 筋変性という環境が運動単位活動をどのように変化させるか
   3) 持続的な収縮時の運動単位活動
   4) 筋疲労が高い環境での理学療法
  2.呼吸器障害の環境とその適応
   1) 各疾患の呼吸器障害の病態と経過
   2) 呼吸器障害と理学療法
  3.神経筋疾患における運動機能障害とその動作適応
   1) 筋原性疾患(主にデュシェンヌ型筋ジストロフィーを中心に)
   2) 神経原性疾患
 (6)嚥下障害に対する環境と適応
  1.環境と嚥下障害
  2.嚥下障害の病態と症状
  3.嚥下障害と摂食・嚥下障害
  4.嚥下運動障害とは
  5.摂食・嚥下に必要な環境
   1) 先行期
   2) 準備期
   3) 口腔期
   4) 咽頭期
   5) 食道期
  6.各環境の相互関係と嚥下障害に対するリハビリテーション手技の位置づけ
   1) 重力と姿勢
   2) 身体内部環境
   3) 身体外部環境の一部としての理学療法士の介入と装具
   4) 食物環境
  7.理学療法と嚥下障害
  8.環境と適応を考えた嚥下障害に対する理学療法の取り組みの実際
   1) 覚醒向上へのアプローチ
   2) 良肢位により頚部筋緊張を調整し,喉頭運動や食塊通過ルートを誘導するアプローチ
   3) 座位機能獲得へのアプローチ
   4) 頚部および喉頭や舌の可能性向上へのアプローチ
   5) 嚥下関与筋群の強化
   6) 呼吸理学療法
 (7)脳性麻痺に対する環境と適応
  1.脳性麻痺児の環境
  2.脳性麻痺をもつ子ども-痙直型やアテトーゼ型を中心に-
   1) 脳性麻痺の痙直型麻痺をもつ子ども
   2) 脳性麻痺のアテトーゼ型麻痺をもつ子ども
  3.脳性麻痺児と環境-環境との相互作用,環境調整を考える-
  4.理学療法場面の例
   1) 事例A
   2) 事例B
   3) 事例C
 (8)頚髄損傷に対する環境と適応
  1.高位頚髄損傷者の環境を制限する要因
   1) 身体能力
  2.高位頚髄損傷者の環境
  3.環境に適応するため導入が考えられる用具・機器・設備
   1) ベッド
   2) エアマット
   3) 環境制御装置
   4) 電動車いす
  4.高位頚髄損傷者の理学療法
   1) 呼吸練習
   2) 残存筋力増強練習
   3) 関節可動域練習
   4) 座位耐久性向上,背もたれ角度増大
   5) 電動車いす操作練習
   6) 介助者への指導
 (9)骨関節障害に対する環境と適応
  1.代表的骨関節疾患
  2.術後の環境と適応
   1) 有痛環境
   2) 術側非荷重の環境
   3) 荷重歩行
   4) 病棟での人間環境
   5) 自己運動環境
   6) 異常歩行から正常歩行への適応
  3.生活環境
   1) 生活環境に関する教育的アプローチ
   2) 垂直方向の住環境
   3) 床の硬さと履物
   4) 気象環境
 (10)切断者に対する環境と適応
  1.切断者における義足の機械的環境と身体的環境
   1) 切断者と義足
   2) ソケット
  2.切断者と自然環境
   1) 高 温
   2) 低 温
   3) 水
  3.切断者と物理環境
   1) 歩行速度追随性
   2) 不整地
   3) 階段および坂道
   4) 和式生活
   5) スポーツ
   6) 社会環境
   7) 人間環境
 (11)スポーツ傷害に対する環境と適応
  1.外部環境とスポーツ傷害
   1) スポーツの種目特性
   2) ルール
   3) 練習計画
   4) 施設・用具
   5) 自然環境
  2.内部環境とスポーツ傷害
   1) 性 差
   2) 年代別
   3) メディカルチェック
  3.スポーツ活動への適応(復帰)と理学療法
   1) 膝前十字靭帯(ACL)・後十字靭帯(PCL)再建術後の理学療法
 (12)心疾患に対する環境と適応
  1.重力環境下での循環調節機構
   1) 構造的要因による循環系調節
   2) 自律神経系による反射的調節
   3) ホルモンによる体液量調節
  2.安静臥床による身体不活動環境によってもたらされる循環器系の変化
  3.安静臥床による身体不活動環境からの身体の回復
  4.心疾患患者に対する理学療法的介入と適応
   1) 慢性心不全患者の理学療法
  5.心疾患に対する理学療法の環境
   1) 監視下での理学(運動)療法
   2) 非監視下での運動療法
   3) 在宅環境での運動療法
  6.心疾患に対する生活指導(患者側の心理的準備環境ごとのアプローチ)
   1) 運動療法継続のための行動変容プログラム
 (13)呼吸障害に対する環境と適応
  1.環境因子と関係の深い呼吸器疾患
   1) 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
   2) 気管支喘息
  2.呼吸障害に対する環境の影響
   1) 大気汚染による影響
   2) 喫煙による影響
   3) 居住環境による影響
  3.呼吸障害に対する生活指導
   1) 急性増悪の予防と対応
   2) 禁煙指導
   3) 住環境の整備
   4) 日常生活活動の指導
  4.呼吸理学療法の介入と効果
   1) プログラムの内容
   2) 呼吸理学療法の効果
 (14)耐糖能障害に対する環境と適応
  1.生体の外環境
   1) 倹約遺伝子という考え方
   2) 代謝異常と環境変化-日本人と外国に住む日本人(日系人)-
   3) インスリン抵抗性という考え方
  2.生体内環境
   1) インスリンが存在していること
   2) 食事の安定が基本
  3.指導上の留意点-何が問題なのか,何が必要なのかを明らかにする-
 (15)高齢者に対する社会環境と適応
  1.高齢者を巡る社会的環境
  2.環境が高齢者の健康と生活に及ぼす影響
   1) 身体機能的要因
   2) 精神・心理的要因
   3) 環境的要因
  3.環境調節の基本的な考え方
   1) 寝ている生活からの脱却
   2) ベッド上の生活から起きて移動する
   3) 屋内での生活の活性化
   4) 家の外へと生活圏の拡大
   5) 街に出て人と交流する機会をつくる
  4.生活環境調整の実際
 (16)障害者に対する物理環境と適応
  1.障害と住環境との適応
   1) 段差へのアプローチ
   2) スペースへのアプローチ
  2.生活活動範囲と環境との適応
  3.住環境整備の進め方
   1) 評 価
   2) 整備前の調整
   3) 整備後の確認
  4.住環境の適応を考えるうえでの留意点
   1) 機能維持に関して
   2) 介護者に関して
   3) 進行性疾患に関して
   4) 中途障害者に関して
 索引